学位論文要旨



No 111008
著者(漢字) 岩崎,利泰
著者(英字)
著者(カナ) イワサキ,トシヤス
標題(和) 高等動物ゲノムの組み換え部位のIGCR法によるクローニグとその解析
標題(洋)
報告番号 111008
報告番号 甲11008
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2921号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大石,道夫
 東京大学 教授 池田,日出男
 東京大学 教授 榊,佳之
 東京大学 助教授 小林,一三
 東京大学 助教授 室伏,擴
内容要旨

 遺伝子的組み換えは、真核・原核を問わずほとんどすべての生物にみられる基本的生命現象であり、進化における多様性の形成だけでなく、生体内においてもDNAの修復や遺伝子の発現に関与するなど重要な役割を果たしている。組み換えは相同的組み換えと非相同的組み換えとに大きく分けられ、動物細胞においては非相同的組み換えが頻繁に起こることが知られている。この動物細胞における非相同的組み換えの機構については細胞内に導入したDNAが染色体の非相同部位に組み込まれることから、構造のわかっているDNAを導入しその組み換え産物を調べることで機構を推察する方法などがとられている。これに対して生体内で起こっている組み換えを直接把握しようとするとき、組み換えの低い頻度と、染色体内のさまざまな位置でおこるためその産物が不均一であることが大きな障害となる。

 このような問題に対して、我々の研究室ではゲノム中で組み換えなどによりDNAの一次構造が変化した部位を、特定のプローブを用いることなく検出し、クローニングする系としてIGCR(in-gel competitive reassociation)法を開発し、現在マウスのハプロイドゲノムあたり1コピー相当加えたDNA断片について105倍の濃縮が得られることを確認している。この方法を用いることにより、原理的には不特定の組み換え部位について濃縮およびその部位のクローニングを行うことが可能である。ただ、たとえば仮にある細胞群の中で100細胞あたり1回の割合で部位特異的な組み換えが起きているとすると、実験においてここから染色体DNAを抽出する事を考えたとき、この組み換えによる変化は細胞群全体の染色体DNA中の0.01コピーの変化と言う事になり、これは現在のIGCR法の感度ではその濃縮が難しい。

Fig.IGCR法の原理図

 一方、これまで調べられたすべての真核生物の細胞において染色体外環状DNA(extrachromosomal circular DNA;以後EC DNAと呼ぶ)が存在することが知られている。これは真核生物の細胞中の全DNAの0.001〜0.1%存在し、染色体に起源を持ち、サイズの分布や塩基配列がきわめてヘテロであるなどの特徴をもつ。このヘテロさゆえにEC DNAの解析は困難なものとなっており、その機能についてはわかっていない部分が多いが、EC DNAのサイズ分布やコピー数が細胞の発生分化や老化などにともなって各組織特異的に変化する例などが報告されており、その生成が何らかの遺伝的制御の下にある可能性も示唆されている。その生成の機構についても不明な部分が多いが、一般的に組み換えにより染色体から切り出されると考えられている。よって染色体DNAと比べるとEC DNA中に組み換え産物が比較的濃縮されていることが考えられ、EC DNAが染色体DNAと比べるとサイズやcomplexityが小さいこととあわせ、その組み換え部位の解析において有利と考えられる。したがって、EC DNAを用いてIGCR法を行うことにより、EC DNAの切り出しをともなうようなタイプの組み換え部位の濃縮とクローニングを試みることにした。

 まずモデル系としてヒトHeLa細胞のEC DNAを用いた。EC DNAは、HeLa細胞からHirt法により得たextractをCsCl/エチジウムブロマイド密度勾配超遠心法を行い、そのccc(covalently closed circular)分画のDNAとしてまず精製した。この時ともに精製されるミトコンドリアDNAを除くために、まずミトコンドリアDNA中に認識部位を持つようなレアカッターの制限酵素でこのccc分画のDNAを切断し、linear DNA特異的DNaseであるATP-dependent DNaseで処理することによりミトコンドリアDNAを除去した。このようにして得られたEC DNAを制限酵素BfaIで切断し、adaptor ligation後PCRにより増幅したものをTarget DNA(クローニングの対象となる側)とし、BfaIで切断した染色体DNAをReference DNA(competitorとして働く側)としてIGCRをおこなった。

 IGCR法を2サイクル繰り返したところで外来性濃縮マーカーとして系に加えたSV40DNAで最大150倍(1回目15倍、2回目10倍)の濃縮が見られた。それ以上のサイクルにおいてはあまり濃縮がみられず、2サイクル目でプラトーに達していたと考えられたため、このIGCRを2サイクル繰り返したサンプルの中で最も高い濃縮を示したものについてライブラリーを作製した。

 IGCRの過程で反復配列のL1について濃縮が見られていたことから、まずこのライブラリーからL1配列と相同性を持つものについて調べることにした。L1の3’側の部分をプローブとしてライブラリーをスクリーニングして3つのクローンを得た。そのうち、1つのクローンはL1配列に含まれる部分だけからなり組み換え部位の有無を判断できなかったが、残りのうちの1つのクローンについてL1配列とコピー数の少ない未知の配列間との組み換えによってEC DNAに切り出された部位を含むものであることを確認した。

 次にライブラリーからランダムに22クローンを選択し、サザンハイブリダイゼーションにより解析した。その結果45%(10/22)のクローンで、染色体DNAにEC DNAのクローンと同じサイズの位置に対応するバンドが見られない、すなわち組み換え部位をその中に含むと思われるパターンを示した。また14%(3/22)は高頻度反復配列をその中に含むためバンドのパターンの差異が判断できないものであり、残る41%(9/22)のクローンはEC DNAと染色体DNAとでサザンハイブリダイゼーションにおいてはパターンの差の見られないものであったが、EC DNAにおいて強いシグナルを示し、EC DNAに高い頻度で存在していたためにIGCRの過程で若干の濃縮がかかりクローニングされたものと思われた。

 EC DNAと染色体DNAとでパターンに差の見られたクローンが組み換え部位を含むことを確認し、またその組み換えの特徴を調べるため、これらのクローンのうち、3クローンについてはファージのゲノムDNAライブラリーから組み換え前のDNA配列を含むクローンを選択して、1クローンについてはinverse PCRにより染色体DNAから直接増幅することによって染色体上の組み換え部位について調べた。塩基配列の比較から、いずれのクローンにおいても一箇所の組み換え部位が確認できた。このうちファージによる解析をおこなった3クローンについてはいずれも580bpから800bpの小さな環状のDNAを、それに一箇所含まれていたBfaI部位で切断してクローニングしてきたものであることがわかった。各クローンの組み換え部位において、3クローンについては組み換え部位に3から5bpの相同性が認められたが、1クローンについてはそのような相同性は認められなかった。いずれも特別なモチーフなどはその周辺に存在しておらず、前者は相同性依存型の、後者は非依存型の非相同的組み換えにより切り出されたものと考えられた。

 以上のことから、IGCR法によりEC DNAの切り出しにおける組み換え部位の濃縮およびクローニングが可能であることがわかり、その検出頻度はHeLa細胞におけるEC DNAの平均鎖長などから少なくとも3倍以上に向上したと考えられた。よって本法を他の細胞や組織などに応用することによって、そこで起こっている(EC DNAの切り出しをともなうタイプの)組み換えの、少なくともホットスポットがあればそれを濃縮し、クローニングしてくることができると思われる。

審査要旨

 遺伝的組み換えは、真核・原核を問わずすべての生物に見られる基本的生命現象である。生体内で起きている組み換えを調べるに際しては、その頻度の低さと、染色体内の不特定な部位で起こることが障害となるが、これに対し、論文提出者らのグループでは、ゲノム中で組み換えなどによりDNAの一次構造が変化した部位を特定のプローブに依存することなく検出し、クローニングする系としてIGCR(in-gel competitive reassociation)法を開発してきた。現在同法を用いることで、マウスのハプロイドゲノムあたりに1コピー相当加えたDNA断片について105倍の濃縮が得られることが確認されており、これによりRFLPなど2種のDNA間で一次構造が異なる部分の濃縮とクローニングが可能となった。ただ、同法を生体内での組み換え部位の検出に用いようとするとき、組み換えの頻度の低さゆえになおまだ現在のIGCR法の感度ではその濃縮が難しいと考えられた。

 ここで、真核生物の細胞中には染色体外環状DNA(extrachromosomal circular DNA;以後EC DNAと呼ぶ)が存在することが知られており、その機能などについては不明な部分が多いが、一般に組み換えにより生成されると考えられている。よってEC DNAの生成を伴うようなタイプの組み換えの産物が、染色体DNAに比べEC DNA中に比較的濃縮されていると思われ、IGCR法を適用しうる可能性があると考えられた。

 本論文ではEC DNAをもちいたIGCR法の開発と、それを用いて得られたクローンの解析について述べている。

 まず初めに、IGCR法を適用するためのEC DNAの調整について述べている。特にEC DNAはCsCl/エチジウムブロマイド密度勾配超遠心法によるccc(covalently closed circular)画分のDNAとして精製されるが、この時ともに精製されるミトコンドリアDNAを除くために、ミトコンドリアDNAを切断するようなレアカッターでこのccc画分のDNAを切断し、linear DNA特異的DNaseで処理することによりミトコンドリアDNAを除去した。これにより約半量を占めていたミトコンドリアDNAを約1/30にまで除くことができたことを示している。

 次にヒトHeLa細胞のEC DNAをモデル系としたIGCR法について述べている。EC DNAをTarget DNA(クローニングの対象となる側)とし、染色体DNAをReference DNA(competitorとして働く側)としてIGCR法をおこなったところ、IGCR法を2サイクル繰り返したところで外来性濃縮マーカーとして系に加えたSV40DNAで最大150倍の濃縮が見られた。このライブラリーからランダムに22クローンを選択し、サザンハイブリダイゼーションにより解析した。その結果45%(10/22)のクローンで、組み換え部位をその中に含むと思われるパターンを示した。このうち、4クローンについて対応する染色体上の部位について調べたところ、いずれも一箇所の組み換え部位を持つことが確認され、3クローンについては組み換え部位に3から5bpの相同性が認められたが、1クローンについてはそのような相同性は認められなかった。いずれも特別なモチーフなどはその周辺に存在しておらず、前者は相同性依存型の、後者は非依存型の非相同的組み換えにより切り出されたものと考えられた。ここで、この検出頻度はHeLa細胞におけるEC DNAの平均鎖長などから少なくとも3倍以上に向上したと考えられた。さらにいずれのクローンにおいてもEC DNAにおいて染色体DNAにくらべ強いシグナルを示し、これはEC DNAに切り出される頻度が高いもの、すなわちおそらく特異的な部位での切り出しによるものを主に濃縮していると考えられた。

 以上、EC DNAのIGCR法によりその切り出しにおける組み換え部位の濃縮が可能であることを示しており、本法を他の細胞や組織などに応用することによって、そこで起こっているEC DNAの切り出しをともなうタイプの組み換えについて、主に部位特異的なものを濃縮し、クローニングしてくることができると考えられる。

 そこで、最後にこの方法が有効と思われる応用例として、近年問題となっているマウスの脳における特異的な体細胞組み換えの有無について、その検出を試みており、これについては脳のEC DNAを用いたIGCR法における外来性濃縮マーカーのSV40DNAの濃縮までを示している。

 この研究は大木理恵子、木山亮一、大石道夫氏との共同研究であるが、論文提出者が実験の立案および実行において重要な部分を主体となって行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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