原核生物と真核生物の多くの分泌タンパク質や膜タンパク質は、N-末端にシグナル配列と呼ばれる15-30残基のアミノ酸からなるペプチドを伴って合成され、ほとんどの場合そのシグナル配列は膜透過直後にリーダーペプチダーゼ(LPase)(シグナルペプチダーゼ)によって切断される。したがって、このLPaseはタンパク質の輸送に重要な役割を果たしている。シグナル配列はタンパク質の種類によってアミノ酸配列が異なるが、N-末端に塩基性アミノ酸、中央部には疎水性のアミノ酸クラスター、LPaseによる切断部位から1残基上流及び3残基上流には小さい側鎖を持つアミノ酸が存在しており、これらの残基のうちいくつかのものがLPaseの認識に重要であることが示唆されている。この酵素の基質認識メカニズムはまだ明らかでないが、一般的な酵素と異なり、基質のアミノ酸配列ではなく2次あるいは3次構造を認識し、切断する可能性もある。本研究ではLPaseの活性中心残基の同定および活性発現機構の究明を目的として大量発現系を構築し、本酵素の特性の解明と化学修飾及び部位特異的変異による検討を行った。 大腸菌LPaseを大量発現するために新しい発現系を作製した。まず、DNA合成でLPase遺伝子(lep)の5’末端(34塩基)と3’末端(37塩基)プライマーを作成し、すでにlep遺伝子が組み込まれているプラスミドpJT03よりPCR法で、lep遺伝子を取り出し、プラスミドpT7-7のT7RNAポリメラーゼプロモーターの下流にあるNdeIとPstI制限酵素部位につなぎ、MV1190菌を形質転換させた。このMV1190にはT7RNAポリメラーゼ遺伝子がないので培養2時間後、この遺伝子を持つM13ファージmGp1-2を感染させ、大量の大腸菌LPaseを発現させた。本研究で作成したMV1190/pT7-7lep発現系と従来の発現系によるLPaseの発現量をSDS-PAGE及び活性測定で比べて見るとMV1190/pT7-7lep発現系のほうが従来の発現系(pJTO3を用いた場合等)より大幅に発現量を増やすことができた。これを用いて遠心分離により膜画分をとり、1%Triton X-100で可溶化し、DEAE-cellulose、Mono P、Sephadex G-75のカラムクロマトグラフィーでLPaseを完全に精製した。その結果、1リットルの培養液から1.2-1.5mgのLPaseが調製できた。また、作製したpT7-7lep発現系のlep遺伝子のDNA sequenceを完全に確認した結果従来報告されていたlep遺伝子のDNA sequenceとは4カ所が異なる部分があることが判明した。そのDNA sequenceは以下のとおりである:CGG(42Arg)はGCCGGG(42Ala-Gly)、AAC(122Asn)はACC(122Thr)、GCT(148Val)はGTG(148Val)、GCT(182Ala)はGTC(182Val)である。さらにこのプラスミド作成にあたりPCRのテンプレートとして用いたプラスミドpJTO3を各種制限酵素で切断しM13ファージベクターに挿入し塩基配列を調べた。その結果、pJTO3上のlep遺伝子の配列も上記の結果と一致し、従来報告されていた配列との相違はPCRの操作により生じたものではないことが確認された。したがって、LPaseは324アミノ酸残基(分子量35,999)で構成されていることが明らかになった。 完全精製した酵素を用いて本酵素の活性のpH依存性、pH安定性、温度安定性、阻害剤の効果、反応動力学定数及び活性部位残基のpKaを測定した。その結果、LPaseの至適pHは10、40℃で最大の活性を示し、37℃では安定であることが分かった。大腸菌LPaseではAla37-Ala38のあいだが特異的に自己分解され31kDaと5kDの断片になることが知られているがこの自己分解もpH10付近で最大になることが分かった。そして、自己分解されたLPaseの31kDaの断片がLPaseの酵素活性をほぼ完全にもっていることが本研究ではじめて明らかになった。また、合成基質を用いて反応動力学定数を測定した結果LPaseのkcatは54.2/h、Kmは0.35mMであった。また、LPaseの活性部位残基の酵素のみ及び酵素基質複合体のpKaは各々7.5と6.8であった。 さらに大腸菌LPaseの触媒活性及び基質認識に関与するアミノ酸残基を明らかにするために種々の化学試薬を用いて修飾反応を行い、酵素活性に対する影響を調べた。各化学修飾はそれぞれの化学試薬の最適条件で行い、酵素の修飾の程度及び残存活性を測定した。LPaseのシステイン残基(Cys)はヨード酢酸及び5,5’-ジチオビス(2-ニトロ安息香酸)(DTNB)で、チロシン残基(Tyr)N-アセチルイミダゾールで、リシン残基(Lys)は2,4,6-トリニトロベンゼンスホン酸(TNBS)で、アルギニン残基(Arg)はフェニルグリオキサール(PGO)で、そしてカルボキシル基(Asp,Glu)は1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC)でそれぞれ化学修飾した。これらの化学試薬による修飾度は各残基と試薬の反応生成物の特異的な波長の吸光度を分光光度計で測定、分析した。その結果Cys、Tyr及びHis残基はLPaseの触媒活性機構にはあまり関与していないが、Argとcarboxyl基はかなり重要な役割をしている事が推定された。また、Lys残基はTNBSにより7個の残基が修飾され、その残存活性は80%であった。しかし、LPaseの活性部位残基のpKaの測定結果及びその他の知見からLPaseのLys残基(TNBS未反応Lys残基中の1個)は触媒活性機構で塩基として作用している可能性が大きいと推定された。これらの結果及びこれまでに得られている他の知見からLPaseはHis残基が不要な新しいタイプのセリンプロテアーゼであると推定される。またN-ブロモスクシンイミドを用いて2個のTrp残基を修飾した時、LPaseの酵素活性がほぼ完全に失われた。アミノ酸分析とCD測定の結果,この修飾による1次構造(Trp以外)および2次構造の大きな変化はなかった。ペプチドマッピングにより300番と310番目のTrp残基が修飾されていることが明らかになった。したがってこれらのTrp残基のうち1つまたは2つがLPaseの活性部位の構造または基質結合部位において重要な役割をすると思われる。 大腸菌のLPaseはその2次構造予測および疎水性残基の分布などにより膜への結合に関して、図1に示すようなモデルが提出されている。LPaseは6個のTrp残基(Trp20,Trp59,Trp261,Trp284,Trp300そしてTrp310)持っているが、このモデルによれば300番と310番目のTrp残基は大腸菌のペリプラズムに存在する。このペリプラズムに存在する部分は酵素活性に重要な残基であると推定される。本研究ではLPaseの300番と310番目のTrp残基および20番,59番,261番,284番目のTrp残基の役割を調べるために、部位特異的変異実験により全てのTrp残基をPhe及びAla残基に変換させたものを調製した。これらについて酵素活性、温度安定性、2次構造などを調べた結果、各変異酵素の温度安定性と2次構造には顕著な変化が認められなかった。また、合成基質を用いた酵素活性とLPase温度感受性菌(IT41)の相補性を調べた(表1)。 図1.LPaseの膜結合モデル表1.Wild-typeとMutantの酵素活性 LPaseの20,59,261,284,310番目の変異酵素はwild-typeと同程度の酵素活性を示し、すべてIT41の温度感受性を相補した。W300FとW300A変異酵素はIT41温度感受性を相補せず、合成基質に対する酵素活性はそれぞれ40%と20%以下になっていた。さらに合成基質を用いてW300FとW300A変異酵素の動力学定数を測定した結果Kmはあまり変化がなかったが、kcatはwild-type酵素の各々43%と21%に低下した。従ってLPaseの300番目のTrp残基は活性部位構造の形成、維持に必須であることが示唆された。 |