A-myb遺伝子は、癌原遺伝子c-mybの相同遺伝子として単離された遺伝子であり、現在までにヒト、マウス、ツメガエル、ニワトリで発現が確認されている。ノーザン解析の結果、多くの組織で発現しているc-mybと異なり、A-mybは精巣及び末梢白血球特異的に発現することなど興味深い事実が発見されてきたので、A-myb遺伝子産物(A-Myb)の機能解析を行なうことにより、mybファミリーを構成する遺伝子相互の関係を明らかにし、myb全体の理解を進めることが本研究の目的である。まず、c-mybと比較してA-mybの知見をまとめる。 がん遺伝子v-mybは、その名の由来であるトリの骨髄性白血病の原因ウイルスであるAMV(avian myeloblastosis virus)や、E26から単離され、造血系細胞を特異的に癌化させるという特徴をもつ。その細胞性相同性遺伝子c-mybは、増殖の盛んな未分化造血性細胞において発現が高く、分化に伴い発現が減少する。ヒトA-mybは逆に血球系細胞が増殖しているときは発現がみられず、分化に伴い発現する。。c-myb遺伝子産物(c-Myb)は、核内に局在し、5’-AACNG-3’配列に特異的に結合し、転写を活性化する。機能ドメインとしては、N末端から、51-52アミノ酸が3回繰り返した構造をもつDNA結合ドメイン(DBD:DNA-binding domain)、酸性アミノ酸のクラスターである転写活性化ドメイン(TAD:transcriptional activation domain)、mybファミリーで配列が保存されている保存領域(CR:conserved region)、そしてロイシンジッパー構造と保存領域を含む負の調節領域(NRD:negative regulatory domain)がある。A-Mybとc-Mybとは、DBD,TAD,CRで相同性が非常に高いが、A-mybの変異によるがんの発症例は報告されてない。 c-mybを強制発現させるとある種の細胞では分化誘導に対して抵抗性を示す、またv-mybを強制発現させるとマクロファージ様に分化した細胞が未分化表現型を示すことから、c-mybは未分化状態を維持するうえで重要な機能をもつと考えられている。 c-myb欠損マウスは、胎児肝での造血不全により、15日胚で重度の貧血を起こし、致死となる。また、G0期のT細胞をIL-2刺激すると、G1/S期においてc-mybの一過性発現が見られることや、T細胞におけるアンチセンス実験では、G1/S期でブロックが起きることなどから、c-mybは、G1/Sを進める上で重要な役割をもつと考えられている。A-mybでは、細胞周期に関する情報、ノックアウト実験の結果は,未だ報告されていない。 c-Mybの標的遺伝子としては、mim-1,MD-1等が報告されているが、造血細胞特異的に発現し、かつ細胞増殖に関与している遺伝子は、未だ同定されていない。また、mim-1遺伝子の活性化には、組織特異的転写因子NF-IL6(C/EBP)との協同作用が必要であることが示された。 本論文では、ヒトA-myb遺伝子の発現およびその遺伝子産物の転写活性化能やDNA結合能について機能解析を行なった結果を報告する。 これまで報告されていたヒトA-myb遺伝子の塩基配列は、3’末端が欠けており、その遺伝子産物のC末端にどのようなアミノ酸配列があるのかは不明であった。A-Mybの機能解析を行うにあたり、A-MybC末端部分をコードするcDNAを3’-RACE法によりクローニングした結果、全長A-Mybは、以前に解析したA-Mybに7アミノ酸(TSRALIL)を付加したものであることがわかった。 種々の株化した細胞から調製したRNAを用いてノーザン解析をした結果、A-myb遺伝子が発現している細胞としてJBL-1,3,5やMolt-4等リンパ腫由来の細胞や、253J,T24,Colo320DM等の腫瘍由来の細胞(それぞれ腎、子宮、結腸)が知られていた。正常な組織、細胞での発現を検討したところ、c-mybが、胸腺、肺、小腸、前立腺、卵巣、末梢白血球で発現しているのに対し、A-mybは、精巣および末梢白血球でのみ特異的に発現していることがわかった。 ヒトA-Mybの転写活性化能の強さを調べた結果、A-Mybは,mybファミリーの中で最も強い転写活性化能を有することがわかった。mybファミリーの中で、B-Mybは転写の活性化因子として働くか、抑制因子として働くか細胞により異なることが知られているので、A-Mybの転写活性化能にこのような細胞特異性があるかどうか検討したところ、調べた細胞全て(CV-1,NIH3T3,293T,HeLa)で、A-Mybは転写活性化能を有することから、c-Mybと同様、転写活性化能の細胞特異性がないことが示された。 また、c-Mybでは負の活性調節が働いている。負の活性調節とは、遺伝子産物の量が増えるにつれて、逆に活性(ここでは、転写活性化能)が低下することである。負の調節のメカニズムの一つとして、c-Mybが負の調節領域中のロイシンジッパーを介してホモダイマーを形成し、ダイマーはDNAに結合できないため、Mybの量が多いときにはダイマーが形成され、転写活性化能が抑制されるというモデルが報告されている。A-Mybにもロイシンジッパーモチーフがあり、負の活性調節を受けることが考えられたため、CAT cotransfectionアッセイにより検討したところ、予想どうりA-Mybにも負の調節が働いていることがわかった。しかし、ロイシンジッパー部分に点変異を導入しても、野生型A-Mybと変化がなかったので、A-Myb固有のメカニズムによる負の調節が働いていると考えられる。転写活性化能の負の調節は、C末端欠失変異体CT325では働いているが、変異体CT296で解除されているので、296-325の領域(NRD2)がこの調節に重要であると考えられる。そこで、負の調節に関係しているドメインNRD2中の重要なアミノ酸を特定することを考え、さらに変異体を作製して、CATcotransfectionアッセイを行った結果、317-322及びその近傍の配列が重要であることが判明した。 一方、一連のC末端側欠失変異体を作製し、負の調節に関与しているドメインを検索した結果、A-Mybには、上で述べた転写活性化能の負の調節の他に、DNA結合能の負の調節に関与するドメインが存在することがわかった。具体的には種々のC末端欠失変異体を作製し、各々の発現ベクターを293T細胞にトランスフェクションで導入し、核抽出液を調製し、ゲル移動度シフトアッセイを行った。その結果、396-590の領域を欠失させるとDNA結合能が著しく上昇することが明らかとなった。 以上の結果から、A-Mybは、精巣及び血球系の細胞に特異的な転写活性化因子であり、その活性はmybファミリーのなかで最も強く、かつ複数のメカニズムによる調節を受けていることが結論された。 |