学位論文要旨



No 111024
著者(漢字) 武藤,彰彦
著者(英字)
著者(カナ) ムトウ,アキヒコ
標題(和) ヒトGM-CSFレセプターの構造とその活性化機構
標題(洋) Structure and activation mechanisms of human GM-CSF receptor
報告番号 111024
報告番号 甲11024
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2937号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 横田,祟
 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 横山,茂之
内容要旨 背景

 顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)は、活性化T細胞をはじめ血管内皮細胞や線維芽細胞など様々な細胞で産生され、血球系、特に顆粒球マクロファージ系列の細胞に作用し、その細胞の増殖、分化、機能発現を調節するサイトカインである。GM-CSFのシグナルは、標的細胞上に発現している特異的レセプターを介して伝達される。GM-CSFのレセプター(GMR)は鎖、鎖の二種のサブユニットから構成されている。どちらのサブユニットもサイトカインレセプタースーパーファミリーに属する単一膜貫通型の糖蛋白質で、細胞外領域にはこのファミリーに特徴的な4つのシステイン残基とWSXWSモチーフを有する。また細胞内領域には、チロシンキナーゼなどの既知の機能領域と相同的な配列は認められない。ヒトのGMR(hGMR)は鎖が細胞外領域298アミノ酸残基(a.a.)、膜貫通領域26a.a.、細胞内領域54a.a.の計378a.a.、鎖が各422a.a.、26a.a.、433a.a.の計881a.a.からなり、細胞外領域の糖鎖修飾により成熟蛋白質では各々約80kDa、130kDaの分子量を呈する。鎖はGM-CSFに対し低親和性に結合できるが、単独ではシグナルを伝達できない。一方、鎖はそれ単独ではGM-CSFを含むいかなるサイトカインに対しても結合能を示さないが、鎖との共発現により高親和性かつ機能的なGMRを再構成できる。鎖は、類似の生理活性を持つIL-3、IL-5の機能的高親和性レセプターに共有されている。

 hGMRの細胞内領域欠失変異体を用いた解析の結果から、両サブユニットの細胞内領域はhGM-CSFとの高親和性結合には関与しないが、シグナル伝達にはどちらも必須であることが示されている。鎖細胞内領域には、C端側からの段階的欠失変異体を用いることにより2つの機能領域が同定かれている。膜貫通領域近傍の領域A(N末端からアミノ酸配列上455-517番目)は細胞増殖や初期応答遺伝子の一つであるc-mycの発現誘導に必須であり、この領域には他の多くのサイトカインレセプターで保存されている、Box1と呼ばれるプロリンに富む配列が認められる。細胞内領域中央よりややN端側に位置する領域B(アミノ酸配列上544-589番目)には、GM-CSF刺激に応答してリン酸化かれるチロシン残基が存在し、鎖自身を含む種々の蛋白質のチロシンリン酸化の亢進、Ras-Raf-MAPKからなるシグナル伝達経路の活性化、初期応答遺伝子のc-fos、c-jun、Egr-1の発現誘導に重要である。領域AにはJAK2チロシンキナーゼの、領域BにはShcやSHPTP2などのSH2ドメインを有する蛋白質の会合がそれぞれ示唆されている。一方、鎖の細胞内領域もGM-CSFのシグナル伝達に必須であるが、この領域と相互作用する分子は報告されていない。

 レセプター活性化にとって重要なステップの一つとして、サブユニットの多量体化が知られており、特に増殖因子レセプターにおいてその活性化との相関性が広く研究されている。内在性のチロシンキナーゼ活性をもつこれらのレセプターはリガンドに依存して多量体化し、レセプター自身のチロシン残基をリン酸化する。SH2ドメインをもつ細胞内分子はこのリン酸化チロシン残基を介してレセプターと結合し、局在性の変化やチロシンリン酸化などによって活性化され、下流へシグナルを伝達すると考えられている。サブユニットの多量体化は、様々なサイトカインレセプターについても報告されている。サイトカインレセプターはそれ自身にはチロシンキナーゼ活性をもたないが、細胞質内チロシンキナーゼと相互作用することが知られており、両者の組み合わせにより増殖因子レセプターと類似の機構で活性化されることが予想される。

目的

 hGM-CSFは多様な活性を有し、その作用は単一のhGMRを介して細胞内に伝達される。hGMR活性化はシグナル伝達の最初のステップであり、その機構の解明はhGM-CSFの作用を分子レベルで理解するために必須である。上述のようにhGMR鎖の細胞内領域には2つの機能領域が同定されており、鎖細胞内領域もhGMRの活性化に必須である。しかし、hGMR活性化に必要とされる各サブユニットの分子数や、サブユニット間での機能分担に関しては未解明の点が多い。本研究はこれらの問題の解明を通して、hGM-CSFの作用機構を明らかにすることを目的として行われた。

結果1)キメラhGMRを用いた鎖および鎖細胞内領域の解析

 個々のサプユニットの細胞内領域の役割について検討するため、両者の細胞内領域を交換したhGMRのキメラサブユニット/(鎖の細胞外および膜貫通領域と鎖の細胞内領域からなる)、および/を作製し、これらのキメラおよび野生型サブユニットの様々な組み合わせについてシグナル伝達能を解析した。細胞はマウスIL-3依存性pro-B細胞株であるBa/F3細胞、およびマウス線維芽細胞株NIH3T3を用いた。c-fosプロモーターをルシフェラーゼ遺伝子の上流に連結した融合遺伝子をレポーターとし、一過性発現実験を行ったところ、両キメラサプユニットを組み合わせたhGMR(/,/)、および鎖由来の細胞内領域だけを持つhGMR(a/,)においてのみ、野生型レセプターhGMR(,)と同様、hGM-CSF刺激に応答したc-fosプロモーターの活性化を検出した。これらのキメラhGMRのc-fosプロモーター活性化以外のシグナル伝達について検討するため、Ba/F3細胞を用いて各種hGMRの安定発現株を作製し、hGM-CSF依存性の細胞増殖、初期応答遺伝子(c-fox、c-jun、c-myc)の発現誘導、細胞内蛋白質のチロシンリン酸化の亢進を指標とした機能解析を行った。その結果、hGMR(a/,/)およびhGMR(a/,)は高親和性であり、かつこれら全ての細胞応答を誘導できる機能的hGMRであることが明らかとなった(図1)。一方、鎖由来の細胞内領域しかもたないhGMR(,/)は、高親和性にhGM-CSFと結合するにも関わらず、いかなるシグナルも伝達しなかった。以上の結果は、hGMRのシグナルが鎖の細胞内領域を通して伝達されることを示しており、またその活性化には多量体化された鎖が重要であることを示唆する。

図1 キメラhGMRによるシグナル伝達
2)鎖の二量体形成に関する解析

 鎖二量体の検出を目的とし、hGM-CSFで刺激したBa/F3-,細胞に発現する膜蛋白質を親水性の化学架橋剤で架橋した後、抗鎖抗体を用いた免疫沈降およびウェスタンプロット解析を行った。約130kDaの鎖単量体に加え、架橋剤の濃度に依存して鎖二量体の分子量に匹敵する約260kDaの高分子量複合体の出現を確認した。この複合体は、hGM-CSF刺激に依存せず恒常的に形成されており、ジスルフィド結合の介在は認められなかった。この架橋物は、内在性のhGMRを発現するhGM-CSF依存性細胞株M-TATを用いても検出されたことから、Ba/F3細胞中での過剰発現の産物ではない。さらに、細胞内領域を欠失した鎖を用いても同様に高分子量架橋物が検出され、この架橋物の分子量は変異体鎖の二量体に相当していた。したがって、鎖は細胞外領域あるいは膜貫通領域を介して、リガンド非依存的に二量体を形成していることが示唆された。この推測は、細胞内領域を抗ヘムアグルチニン(HA)抗体のエピトープ配列に置換した鎖(-HA)と野生型鎖とをCOS細胞に発現させ、これらのリガンド非依存的な共沈を検出することにより支持された。

 鎖はリガンド非依存的に二量体を形成していたが、鎖との相互作用、およびチロシンリン酸化はhGM-CSFによって誘導された。これらの誘導を架橋された鎖二量体にも同様に認め、鎖が活性化されたhGMR複合体中で二量体として存在することを示した。hGM-CSF刺激による鎖と鎖の複合体形成は、細胞内領域を欠失した変異体鎖を用いても認められたが、このときには鎖のチロシンリン酸化は誘導かれなかった。

考察

 キメラレセプターを用いた実験によって明らかにしたように、hGM-CSFのシグナルは主に鎖の細胞内領域から伝達される。しかし野生型hGMRの活性化には、鎖の細胞内領域も必須である。したがって、少なくとも増殖シグナルの伝達においては、鎖の細胞内領域が、鎖細胞内領域との相互作用を通じて鎖の活性化を誘導することが推測される。鎖細胞内領域の欠失が、両サブユニットのリガンド依存的な相互作用に関与しないという結果は、この推測と矛盾しない。一方、鎖はリガンドに依存せず恒常的に二量体を形成していることを示した。前述のように、GMR鎖にはJAK2キナーゼなどの細胞質内チロシンキナーゼが相互作用することが示唆されているが、鎖に結合する分子は報告されていない。JAKキナーゼのリガンド刺激による活性化の詳細な機構は不明であるが、多くの研究から、多量体化したレセプターとの結合を介した局所的な高濃度化が重要であると推測されている。鎖の二量体化はこのJAKキナーゼのような分子の活性化にとって重要である可能性が考えられる。

 本研究によって得られた結果から、hGMRの活性化機構を以下のように推測した(図2)。

 1)hGM-CSFにより鎖と鎖二量体との複合体が形成される。

 2)両サブユニットの細胞内領域間の相互作用により、同領域の構造変化が誘導される。

 3)細胞内分子と鎖との会合およびその結合分子の活性化が誘導され、シグナルが伝達される。

図2 GMRの活性化機構
審査要旨

 ヒトGM-CSFのレセプター(hGMR)は鎖と鎖の二種のサブユニットによって構成され、高親和性かつ機能的なGMRを再構成するには両サブユニットが必須である。hGMRの活性化とそのシグナル伝達機構に関しては、鎖の細胞内領域の重要性についてのみ、欠失変異体を用いたhGMRの再構成実験によって詳細に解析されてきた。しかし、鎖の細胞内領域のシグナル伝達への関与、活性型レセブターの化学量論的な構造、およびサブユニット間の相互作用等に関しては不明であった。本論文では、これらの未解明の問題について、欠失変異体やキメラレセプターによるhGMRの再構成実験、および化学架橋剤を用いた生化学的な解析により検討を加えている。

 本論文は三章からなる。第一章では、GM-CSFの作用、GMRの構造およびシグナル伝達について概説しており、本論文の序章として位置づけられている。

 第二章は結果を示してあり、さらに三項に分かれている。第一項では欠失変異体を用いて鎖の細胞内領域のシグナル伝達への関与を検討し、以下の新たな知見を得ている。(1)鎖の細胞内領域の欠失により、細胞増殖、c-fosプロモーターの活性化、および鎖を含む細胞内蛋白質のチロシンリン酸化へのシグナルを伝達できなくなる。(2)鎖細胞内領域の中で、インターロイキン3(IL-3)、IL-5の鎖細胞内領域と高い相同性を有するN末端よりの29アミノ酸残基が、これらのシグナル伝達に重要である。(3)鎖と鎖はhGM-CSFに依存して複合体を形成し、この複合体形成に鎖細胞内領域の関与は認められない。以上の結果は、hGM-CSFのシグナル伝達に、鎖のみでなく鎖の細胞内領域も関与することを示しており、鎖の重要性を示す興味深い知見である。

 第二項では、各サブユニットの細胞内領域の役割について検討するため、両サブユニット間で細胞内領域を交換したキメラサブユニット(/および/)を作製し、これらのキメラサブユニットおよび野生型のサブユニットを組み合わせた様々なキメラhGMRのシグナル伝達能について解析を行っている。その結果、鎖由来の細胞内領域のみを有するキメラhGMR(/,)が、hGM-CSFに依存した細胞増殖、初期応答遺伝子の発現、細胞内蛋白質のチロシンリン酸化を、野生型hGMRと同様のレベルで誘導できることを明らかにしている。

 第三項では上記の結果からhGMR鎖が二量体を形成することを予測し、以下の事実を明らかにしている。(1)鎖が細胞外あるいは膜貫通領域を介して恒常的に二量体を形成している。(2)鎖二量体は、その単量体と同様、hGM-CSFに依存して鎖と複合体を形成する。(3)hGM-CSF依存的に鎖と相互作用した鎖二量体は、チロシン残基のリン酸化を受ける。

 第三章では、本研究で得られた知見から各サブユニットの細胞内領域の役割、および活性型hGMRの構造について以下のように考察している。hGM-CSFのシグナルは、鎖由来の細胞内領域のみを有するキメラhGMR(/,)を通しても伝達される。このことは鎖がhGMRの主たるシグナル伝達分子であることを示している。しかし野生型のhGMRでは、鎖細胞内領域の欠失によりシグナルを伝達できなくなることから、通常は鎖は鎖との相互作用を通して活性化されること、キメラhGMRにおいては活性型の鎖の構造を模倣していることが示唆される。鎖は恒常的に二量体を形成しており、その活性化機構は他の多くのサイトカインレセプターに見られるリガンド依存的な二量体の形成では説明されえない。したがって、鎖細胞内領域との直接的相互作用による鎖の構造変化、あるいは鎖に結合する細胞内分子による鎖の修飾によって活性型の鎖に誘導されると推察している。さらにリガンドの構造およびそのレセプターとの結合様式を考え合わせ、活性型hGMRは、鎖二量体に二分子のhGM-CSFと二分子の鎖から構成されるというモデルを提唱している。

 以上の研究は、hGMRの活性化機構に対して新たな知見を与えるものであり、さらにhGM-CSFのシグナル伝達の研究にも大きく貢献することが期待される。よって、論文提出者は、博士(理学)の学位を受けるのに十分な資格があるものと判断した。なお、本論文第二章は渡辺すみ子氏、宮島篤博士、新井賢一博士、横田崇博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断した。

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