学位論文要旨



No 111030
著者(漢字) 中村,寿士
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ヒサシ
標題(和) ツメガエル初期胚におけるHGF mRNAの発現様式及びその転写制御
標題(洋) Expression pattern of Xenopus HGF mRNA during early embryogenesis and its regulation of tissue-specific transcription
報告番号 111030
報告番号 甲11030
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2943号
研究科 理学系研究科
専攻 動物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩川,光一郎
 東京大学 教授 石川,統
 東京大学 教授 守,隆夫
 東京大学 助教授 三谷,啓志
 東京大学 講師 田代,康介
内容要旨

 Hepatocyte Growth Factor(HGF)は元々初代培養肝細胞の増殖を促する因子として発見されたが、その後様々な生物活性が明かとなった.まずHGFは肝細胞だけでなく数多くの上皮細胞の増殖を促し、アイランドを形成して増殖する細胞に対しては細胞接着を低下させ、細胞運動能を上昇させる.さらに、腎臓上皮細胞であるMDCK細胞をcollagen matrix上で三次元的に培養すると、無処理ではシストを形成したままだが、HGFを作用させると腎尿細管の元となる管腔構造が誘導される.つまりHGFはmitogen,motogen,morphogenといった生物活性に多面性のある、いわゆるpleiotropic factorであると言われている。

 このHGFは、間葉系組織で蛋白合成及び分泌され、一方で、HGFのレセプターであるc-metプロトオンコジーンの発現はHGFとは異なり、上皮組織に局在している.HGFはいわゆるパラクライン機構で様々な生物活性を引き起すと考えられている。多彩な生物活性、あるいはHGF及びそのレセプターの発現領域を含めて考えるとこのHGFが上皮間充織相互作用において重要な働きをしていることが予想される。しかしながら、このHGFが発生過程において、間充織特異的発現をしめすのか、あるいは間充織の分化に伴って発現してくるのかなど解明されていない点が多い.そこでわたしは、アフリカツメガエルがほかの動物にくらべて中胚葉誘導の研究が進んでいることに注目して、HGFの初期発生における発現様式及びその生理作用の解析、あるいは転写制御の解析を行なった.

第一部ツメガエル初期胚においてHGF mRNAは腹側中胚葉で発現する.

 様々な発生段階のembryoからRNAを抽出し、ノーザンハイブリダイゼーション法でHGF mRNAの発現をみた。HGF mRNAの発現は未受精卵から初期期のう胚まで検出できない.後期嚢胚から発現が開始され、神経胚でピークに達し、少なくともオタマジャクシ胚までは発現が見られる.そこで次に、空間的発現パターンについて調べてみた.尾芽胚のembryoを頭部及び背腹に分け、0.1%collagenaseで処理し、背側からneural tube、notochord、somiteを、腹側からectomesodermとendodermを分離した.ectomesodermについてはさらにectodermとmesodermとにも分離した.ノーザンブロットの結果、HGFは中胚葉に特異的に発現し、とくに腹側中胚葉での発現が背側に比べて高いことがわかった.空間的発現の結果はHGF mRNAが中胚葉誘導によって発現が引き起こされることを示唆している.そこで実際に中胚葉誘導を起こしたときにHGF mRNAの発現がどうなるか調べてみた.ステージ8の胞胚からanimal cap及びvegetal poleをとりだし、単独で培養した時ではHGF mRNAの発現が見られないのに対しcunjugateしたものでは強く発現が見られ、中胚葉を誘導する条件でのみ発現が見られることを見いだした.そこで次にanimal cap cell(stage8)をとりだし、この細胞に中胚葉誘導因子であるactivinとbFGFを作用させたところ、HGFの発現はactivin bFGF共に中胚葉誘導を起こすとHGFの発現がみられ、この発現量はactivinに比べてbFGFの方が非常に高いことがわかった.中胚葉誘導因子のうちactivinは主に背側中胚葉、bFGFは腹側中胚葉を誘導すると言われており、この誘導実験の結果は空間的発現パターンの様に腹側中胚葉を誘導したときにHGF mRNAの発現が見られることが示された.

第二部ツメガエルHGFプロモーター領域の単離と発生に伴う発現制御の解析

 つぎに、Xenopus HGF mRNAの腹側中胚葉での発現のメカニズムについてプロモーター活性を中心にして解析してみた。

 プロモーター解析を行うに当たり、cDNAの5’末端側約500bpをプローブとして、HGFプロモーター領域のクローニングを行い、40万個のgenomic libraryより10個のpositive cloneが得られた。これらのクローンを詳細にmapping等を行った結果、一つのクローンXHG2が1st exon及びその上流域約14kbを含んでいる事がわかった。このクローンを用いて、HGF上流域約800bpについて塩基配列を決定し、すでに塩基配列のわかっている他の動物種(ラット、マウス、ヒト)と比較したところ、NF-1,NF-IL6,AP-1が結合すると思われる領域およびTIE(TGF- inhibitory element)に相当する配列が保存されていることがわかった.

 次にS1 protection assayにより転写開始点の決定を行った。S1のプローブとしてPstI-AvaIII断片302bpを用いたところ86bpのprotected fragmentが検出され、この位置は開始コドンから66bp上流にあたった。転写開始点決定後、HGFプロモーター領域約1.7kb断片をchroramphenicol acetyl transferase(CAT)レポーター遺伝子と連結することで融合遺伝子を作成し、この遺伝子を受精卵にインジェクションしてCATのactivityを指標にHGFプロモーター活性を調べてみた。空間的発現では、やや全体的にbackgroundが見られるが、ectomesodermでの発現が特に強くみられ、内在性RNAの発現とCATの活性がほぼ一致した。

 そこで次にインジェクション後、胞胚まで培養した胚からanimal cap cellを取り出し、activin,bFGFを作用させたところ、中胚葉誘導に伴って転写活性が上昇した.しかしながら予想と反して、bFGFでの誘導はactivinとほぼ同レベルであり、プロモーターアッセイに用いた領域にbFGFによって誘導される領域が含まれてないことなどが予想された.

第三部HGF過剰発現に伴うツメガエル初期胚腹部の奇形

 初期胚におけるHGFの作用を調べるにあたり、HGFのectopic expressionによる発生への影響について調べました。発現ベクターpCDM8のCMVプロモーターの下流にXenopus HGF cDNAをつなげ、このプラスミドDNAを受精卵にmicroinjectionし、発生に伴ってどのように影響が現われるか調べた。

 pCDM8発現ベクターそのものをinjectionしたものをコントロールとして比較すると、尾芽胚までは外観では顕著な変化は見られないが、オタマジャクシになると腹側での奇形が顕著に見られた。また目が正常な胚に比べて小さいこと、色素の散りかたが異常で正常胚より全体的に色が薄いこと、腸管の巻き方が正常胚とは異なり、のびきった様な構造をしていること等が確認できた.これらの奇形はHGFの生物活性の一つであるscatter activityの影響によって形態形成に異常が起こったと予想される。今後より詳細な解析を行なうつもりである.

業績目録

 Original Reports:

 1,Hisashi Nakamura,Kosuke Tashiro,Toshikazu Nakamura and Koichiro Shiokawa.

 "Molecular cloning of Xenopus HGF cDNA and its expression studies in Xenopus early embryogenesis."

 (論文第1部)

 (Mech.of Dev.,in press)[Sep 19/94 accepted]

 2,Hisashi Nakamura,Kosuke Tashiro and Koichiro Shiokawa

 "Isolation and characterization of Xenopus HGF gene promoter region and developmentally regulated expression of its CAT-fusion gene after injection into fertilized eggs."

 (論文第2部)

 (Submitted,Development)[Nov.14/1994]

 3,Hisashi Nakamura,Kosuke Tashiro and Koichiro Shiokawa

 "Malformation of the ventral structure in Xenopus embryos injected with CMV-promoter-containing Xenopus HGF gene."

 (論文第3部)

 (inpreparation)

 4,Itsushi Minoura,Hisashi Nakamura,Kosuke Tashiro and Koichiro Shiokawa.

 "Stimulation of circus movement by activin,bFGF and TGF-2 in isolation animal cap cells Xenopus laevis."

 (Mech.of Dev.,in press)[Sep 13/94,accepted]

 Reviews:

 1,Hisashi Nakamura and Toshikazu Nakamura.

 HGFの発見

 Medical Technology,18,756-757(1990)

 2,Koichiro Shiokawa and Hisashi Nakamura.

 アフリカツメガエル卵へのDNA及びRNA注入による遺伝子機能解析

 実験医学12,160-172(1994)

審査要旨

 本論文は3章からなり、第1章はアフリカツメガエル発生過程におけるHepatocyte Growth Factor(HGF)mRNAの腹側中胚葉における発現、第2章はHGF遺伝子プロモーターの分離・特徴づけ及びそのCAT融合遺伝子の発生的に調節された発現、第3章はHGF遺伝子をCMVプロモーターに連結させて発現させた際に見られる腹側構造の異常について述べられている。HGFは、種々の細胞の増殖促進あるいは抑制(mitogenとしての作用)、腎尿細官や胆管上皮における細胞間相互作用に伴う形態形成(morphogenとしての作用)、上皮系細胞の細胞運動能の獲得(motogenとしての作用)等の様々な生物活性を持つことが報告されている。また、HGFは中胚葉由来の間充織細胞から産生分泌され、上皮系細胞に働きかけると考えられており、上皮間充織相互作用において重要な働きをしていることが予想される。しかし、現在までに、発生過程においてHGFが間充織分化に伴って発現するのか、また間充織特異的に発現する機構などについては解明されていない.そこで本論文提出者は、Xenopusが他の動物種に比べて中胚葉誘導などの研究が進んでいることに着目し、初期胚におけるHGFの発現様式および発現制御機構を解析した。

 その結果、HGF mRNAは後期のう胚から初期神経胚にかけて転写が開始され、尾芽胚にかけてその発現が上昇し、オタマジャクシ期にはやや減少することが示された.また尾芽胚を胚葉別に切り分けして調べた結果、中胚葉性組織、特に腹側中胚葉で強く発現していることを発見した。さらに胞胚の動物極および植物極の細胞を用いた実験から、中胚葉誘導因子であるactivinとbFGFによりHGFの発現が引き起こされ、そのうち腹側中胚葉の誘導因子と考えられているbFGFによってより強く発現誘導されることを見いだした。これらのことは、Xenopus HGFは初期胚においても将来間充織組織になる腹側中胚葉細胞で強く発現し、この発現は、中胚葉誘導によって起こることを示している.

 次に、間充織特異的発現の機構を調べる為、HGF遺伝子のプロモーター解析を行なった.プロモーター領域における塩基配列の相同性はラットやヒトとそれほど高くないが、NF-1,AP-1,TATA-like motif等が三種間で保存されていた.転写開始点決定後、HGF遺伝子プロモーター領域(約1.7kb)とCAT遺伝子を連結したDNAを受精卵にマイクロインジェクションし、CAT活性の測定によってプロモーターの機能解析をおこなった.その結果、内在性RNAと同様に、腹側中胚葉で高い発現の活性がみられ、さらにアニマルキャプアッセイでも中胚葉誘導に伴いCAT活性が上昇した.また、上記の様に得られたHGF cDNAのオープンリーディングフレーム部分をCMVプロモーターに連結して、受精卵にマイクロインジエクションして調べた結果、腸などの腹側構造に奇形形成が起こることも明らかにした。なお、本論文第1章は塩川光一郎、田代康介、中村敏一の3氏と、また第2章及び第3章部分は塩川光一郎、田代康介両氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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