学位論文要旨



No 111033
著者(漢字) 門田,裕志
著者(英字)
著者(カナ) カドタ,ヒロシ
標題(和) 細胞増殖に必須な出芽酵母RHO1 GTPaseの分子生物学的研究
標題(洋) Molecular biological studies on RHO1 GTPase,which is essential for cellular growth in Saccharomyces cerevisiae.
報告番号 111033
報告番号 甲11033
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2946号
研究科 理学系研究科
専攻 植物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安楽,泰宏
 東京大学 助教授 中野,明彦
 東京大学 教授 東江,昭夫
 東京大学 助教授 大隅,良典
 東京大学 教授 大森,正之
内容要旨 序論

 低分子量GTPaseは、GTP型・GDP型の分子種変換を通して細胞内での様々な分子スイッチとして働いており、その活性発現には、GTPase活性化因子(GAP)、グアニンヌクレオチド交換因子(GEF)、翻訳後修飾酵素(prenyltransferase)等の蛋白質が必須である。rho GTPaseは、低分子量GTPaseの一つのサブファミリーに属しており、出芽酵母では、RHO1、RHO2、RHO3、RHO4、CDC42の五つの遺伝子が単離されている。このうち、RHO1とCDC42が細胞増殖に必須であることが知られている。CDC42についての遺伝学的、細胞生物学的研究の進展に比べ、現在までRHO1に関しては、唯一その局在の研究から分泌過程での関与が示竣されている程度であり、温度感受性変異も得られていなかった。また、ヒト相同遺伝子もその存在が明らかになってはいたが、機能的相同性に関しては解析が行われていなかった。

 私は、細胞増殖におけるRHO1の必須機能の解析を行うために、ヒトのrhoA遺伝子と酵母のRHO1遺伝子との機能的な相同性を調べることから研究を開始した。また、機能解析に必須な条件致死変異株を得るために、酵母RHO1遺伝子の温度感受性変異株を多数単離し、それらの表現型を解析した。さらに、出芽酵母の利点である分子遺伝学的手法を駆使してRHO1の機能に関連する因子の単離を行った。

結果と考察1.ヒトrhoAと酵母RHO1の機能的相同性

 RHO1の増殖における必須な機能が、ヒトのrhoA遺伝子でも保存されているかどうかを調べる目的で、ヒトの遺伝子を酵母の中で発現することを試みた。そしてrhoAのコーディング領域を酵母のRHO1のプロモーター下流につないで発現したところ、酵母のrho1を23℃で相補することを見い出した。しかし、37℃では相補できなかった(図1)。rhoAを発現している細胞が高温で増殖できなくなるのが、どの領域に起因しているかを調べるために、ヒトrhoAと酵母RHO1遺伝子間のキメラ遺伝子を作成し、それが高温での増殖能を回復するかどうかを調べた(図2)。GTP結合領域の共通配列として知られるDTAGQとNKxDLを組み替え点として全体の3分の1部分のRHO1をrhoAに挿入したキメラ蛋白質では、中央の部分をRHO1で置換したキメラのみが高温でrho1遺伝子破壊株を相補した。さらにこの領域のキメラを作って調べたところ、最終的にRasの構造上3-loop7に相当する部分のみをRHO1に置き換えたキメラは、ほぼ完全に37℃での増殖を可能にした。3とloop7というわずか27アミノ酸のRHO1配列をrhoAに導入することにより、温度感受性が相補されたことから、この領域がRHO1とrhoAの決定的な機能的相違を引き起こしていることがわかった。また、RHO1のかわりにrhoAを発現させた細胞の高温での表現型を解析したところ、37℃で細胞破裂を起こしていることを見い出した(図3)。この結果から、出芽酵母においてRHO1GTPaseがOsmotic integrityに関与していることが示唆された。

図表図1 酵母RHO1の代わりにヒトrhoAを発現させた株は、温度感受性を示す。それぞれの温度で、3日間培養した結果を示す。 / 図2 酵母RHO1とヒトrhoAのキメラ遺伝子とその相補能 / 図3 酵母RHO1の代わりにヒトrhoAを発現させた株は、細胞破裂を引き起こす。 1;野性型 2;rhoA発現株 3;stt1-1 4;cdc42-1 37°Cで一晩培養した後、アルカリフォスファターゼの活性染色を行った。細胞破裂を起こすと、液泡内にあるアルカリフォスファターゼが細胞外に出てくる。
2.酵母RHO1遺伝子の温度感受性株の単離と解析

 ヒト相同遺伝子rhoAを用いた上記の知見が酵母RHO1の機能を反映しているか否か、を調べるために、酵母RHO1遺伝子の温度感受性株の単離を行った。PCRを利用してランダムに変異を導入し、温度感受性変異をスクリーニングした。温度感受性を示す変異RHO1の変異部位を決定し、単独で温度感受性を示すと思われる変異を部位特異的変異導入により作成した。4000個のコロニーをスクリーニングしたところ、42種類の独立な変異が得られ、部位特異的変異導入の結果から、単独または二重のアミノ酸の置換により温度感受性を示す変異を12種類得た(図4)。これらの温度感受性変異のうち、6種類の変異が高温で細胞破裂を示した。これらの結果から、ヒトrhoAを用いた結果が酵母RHO1の機能を反映していることがわかった。他の6種類の変異は細胞破裂を示さなかったことは、二つの可能性を示唆する。一つは、変異によるRHO1機能欠損の程度の差によって表現型の違いが現われる可能性であり、もう一つは、Rho1蛋白質が多機能蛋白質である可能性である。これらの可能性を検討するために、12種類のうち、温度感受性のはっきりしている9種の温度感受性変異について遺伝子内相補がみられるか、を調べた(表1)。4種類の温度感受性変異とヒトrhoA発現株に関して、遺伝子内相補がみられ、二つの相補群に分けられることがわかった。一つの相補群に属する変異は、すべて細胞破裂を引き起こす。これらの結果は、それぞれの相補群に属する変異が、異なる機能欠損を持っていることを示唆しており、Osmotic integrity以外にも酵母RHO1の関与する細胞増殖に必須な過程があることが示唆される。以上の解析から、酵母RHO1遺伝子は、細胞内で複数の機能を担っていることが示唆された。

3.Rho1蛋白質の翻訳後修飾

 Rho1蛋白質は、I型ゲラニルゲラニル基転移酵素(GGTase I)によりインプレノイド修飾を受ける。GGTase Iは、ヘテロ二量体で、アルファサブユニットはRAM2遺伝子に、ベータサブユニットはCAL1/CDC43遺伝子にコードされている。CAL1/CDC43遺伝子の破壊は致死であり、この致死性は、GGTase Iにより修飾を受ける基質の機能欠損による可能性が考えられる。GGTase Iの基質となりうる蛋白質のうちで増殖に必須なものは、Rho1pの他にCdc42pが知られているので、cal1欠損株に、二つの遺伝子を高発現させてみた。すると、cal1欠損株は、二つの遺伝子の高発現により増殖が可能になった(図5)。さらに、両遺伝子にファルネシル基転移酵素(FTase)により修飾を受けるような変異を導入し、高発現させると増殖は野生型と同程度になった。これらの結果から、GGTase Iの破壊の致死性は、Rho1pとCdc42pの修飾欠損によることが示された。

4.RHO1遺伝子と遺伝学的に相互作用する遺伝子の解析

 酵母RHO1遺伝子の機能発現に必須な因子を検索する目的で、2種類のスクリーニングを行った。まず、ヒトrhoA発現株の温度感受性を多コピーで抑圧する遺伝子の単離を行った(図6)。20000個のコロニーをスクリーニングした結果、4種類の遺伝子が単離できた。3種類は既知の遺伝子で、一つだけが新規の遺伝子(MSR1)であった(表2)。4種類の遺伝子は、多コピーでrhoA発現株だけでなく、RHO1の温度感受性変異をも抑圧した。

 既知の遺伝子の一つは、細胞のOsmotic integrityに関与しているPKC1遺伝子であった。この遺伝子は、哺乳動物のProtein kinase Cの相同蛋白質をコードしている。二つめは、MSB1遺伝子であった。MSB1遺伝子は出芽において重要な役割を果たすCDC24遺伝子の温度感受性変異株の多コピー抑圧遺伝子として単離されており、RHO1の温度感受性をも抑圧することから、RHO1が出芽においても重要な役割を果たしていることが示唆された。三つめは、PAM1遺伝子と同じであった。PAM1遺伝子は、2A型プロテインフォスファターゼの三つの触媒サブユニット、PPH21、PPH22、PPH3、の三重欠損の致死性の多コピー抑圧遺伝子として単離されており、この結果から、RHO1遺伝子は2A型プロテインフォスファターゼの制御系にも関与していることが示唆された。

 二つめのアプローチとして、過剰発現させたRHO1に依存して多コピーで増殖阻害を示す遺伝子の単離を行った。その結果、RHO1 GTPaseのGAPをコードしていることが生化学的に明らかになっているBEM2遺伝子が単離された(図7)。この結果から、RHO1 GTPaseのGDP型の蓄積が細胞増殖にとって致死であることが示唆される。BEM2遺伝子の欠損は温度感受性を示すことが知られているので、RHO1 GTPaseのGTP型およびGDP型のどちらの蓄積も細胞にとって致死となることが示唆された。

図表図4 酵母RHO1遺伝子の温度感受性変異株 温度感受性のアリルとその変異部位を示す。袋文字になっているアリルははっきりと細胞破裂を示すものを、太文字のアリルは弱く細胞破裂を示すものを、それぞれ表わす。 / 表1 RHO1遺伝子の温度感受性変異の遺伝子内相補 縦と横のアリルを組み合わせたときの37℃における増殖を示す / 図5 GGTase I欠損株は、Rho1p,Cdc42pの高発現により増殖可能になる。 それぞれ、以下の遺伝子をcall破壊株に導入した結果を示す。 1;RHO1とCDC42 2;FTaseにより修飾を受けると思われる変異を導入したRHO1とCDC42 3;CAL1(ポジティブコントロール) / 図6 rhoA発現株の温度感受性の多コピー抑圧遺伝子の単離それぞれのクローンをrhoA発現株に導入して37℃で3日間培養後の増殖を示す。 / 表2 rhoA発現株の温度感受性の多コピー抑圧遺伝子 / 図7 RHO1とそのGAPをコードするBEM2過剰発現は細胞にとって致死であった。 GAL1プロモーターによりRHO1発現させるプラスミドと多コピーベクター上に乗せたBEM2を同時に導入し、CAL1プロモーターによる発現が起こる培地上でその効果をみた。右のベクターのみを導入したものは、ネガティブコントロールである。
まとめ

 1)rho GTPaseは、ヒトと酵母の間で部分的に機能的相違を示した。酵母RHO1の代わりにヒトrhoAを発現させた株は温度感受性の増殖を示し、表現型を調べたところ細胞破裂を引き起こすことがわかった。

 2)酵母RHO1遺伝子の温度感受性変異株を12種類単離した。その中にはrhoA発現株と同様に細胞破裂を引き起こす変異が含まれていた。遺伝子内相補の結果から、酵母RHO1遺伝子は、細胞のOsmotic integrityだけでなく、増殖に必須なもうひとつ別の機能を持つことが示唆された。

 3)Rho1pのインプレノイド修飾(ゲラニルゲラニル化)はRho1pの機能発現に必要であった。Rho1pの修飾と、同じくrho型GTPaseであるCdc42pの修飾こそが、I型ゲラニルゲラニル転移酵素の必須な機能であることを遺伝学的に示した。

 4)rho GTPaseの温度感受性変異株を利用し、機能発現に必須な因子を遺伝学的手法を用いて検索した。その結果、Rho1pの関与が明らかになっていたOsmotic integrityに属するPKC1、生化学的にrho GTPaseの活性化因子であると示されていたBEM2、その他3つの遺伝子(MSB1、PAM1、MSR1)を同定した。以上のRHO1遺伝子の変異株ならびにそれらを用いた分子生物学的解析から、RHO1の関与する細胞増殖の制御ネットワークが明らかになった。

審査要旨

 低分子量GTPaseは、GTP型・GDP型の分子種変換を通して細胞内での様々な分子スイッチとして働いており、その活性発現には、GTPase活性化因子(GAP〉、グアニンヌクレオチド交換因子(GEF)、翻訳後修飾酵素(prenyltransferase)等の蛋白質が必須である.rho GTPaseは、低分子量GTPaseサブファミリーの一つに属しており、出芽酵母では、RHO1、RHO2、RHO3、RHO4、CDC42の五つの遺伝子が単離されている.このうち、RHO1とCDC42が細胞増殖に必須であることが知られている.門田裕志は、細胞増殖におけるRHO1の必須機能の解析を行うために、ヒトのrhoA遺伝子と酵母のRHO1遺伝子との機能的な相同性を調べることから研究を開始した.また、機能解析に必須な条件致死変異株を得るために、酵母RHO1遺伝子の温度感受性変異株を多数単離し、それらの表現型を解析した.さらに、出芽酵母の利点である分子遺伝学的手法を駆使してRHO1の機能に関連する因子の単離を行い,以下の成果を得た.

1.ヒトrhoAと酵母RHO1の機能的相同性(第2章)

 RHO1の増殖必須機能が、rhoA遺伝子中に保存されているか否かを調べるため,ヒトの遺伝子を酵母の中で発現した.rhoAのコーディング領域を酵母のRHO1のプロモーター下流につないで発現したところ、酵母rho1株の増殖を23℃で相補したが,37℃では相補しなかった.また,rhoA発現株の高温感受性がどの領域に起因しているかを調べるために、rhoAとRHO1遺伝子間のキメラ遺伝子を作成し、高温での増殖能を調べた.GTP結合領域の共通配列として知られるDTAGQとNKxDLを組み替え点として全体の3分の1部分のRHO1をrhoAに挿入したキメラ蛋白質では、中央の部分をRHO1で置換したキメラのみが高温でrho1遺伝子破壊株を相補した.さらにこの領域のキメラを作って調べたところ、最終的にRasの構造上3-loop7に相当する部分のみをRHO1に置き換えたキメラは、ほぼ完全に37℃での増殖を可能にした.従って,この領域がRHO1とrhoAの決定的な機能的相違に寄与すると結論した.また、RHO1のかわりにrhoAを発現させた細胞の高温での表現型を解析したところ、37℃で細胞破裂を起こしていることを見い出した.この結果から、出芽酵母においてrho GTPaseが浸透圧調節に関与していることが示唆された.

2.酵母RHO1遺伝子の温度感受性株の単離と解析(第3章)

 ヒト相同遺伝子rhoAを用いた上記の知見が酵母RHO1の機能を反映しているか否かを調べるために、RHO1遺伝子の温度感受性株の単離を行った.PCRを利用してランダムに変異を導入し、温度感受性変異をスクリーニングした.温度感受性を示す変異RHO1の変異部位を決定し、単独で温度感受性を示すと思われる変異を部位特異的変異導入により作成した.4000個のコロニーをスクリーニングして42種類の独立な変異が得られ、部位特異的変異導入の結果から、単独または二重のアミノ酸の置換により温度感受性を示す変異を12種類得た.これらの温度感受性変異のうち、6種類の変異が高温で細胞破裂を示した.この結果はrhoAがRHO1の機能を反映していることを支持した.他の6種類の変異が細胞破裂を示さなかったことは、二つの可能性を示唆する.一つは、変異によるRHO1機能欠損の程度の差によって表現型の違いが現われる可能性であり、もう一つは、Rho1蛋白質が多機能蛋白質である可能性である.これらの可能性を検討するために、12種類のうち、温度感受性のはっきりしている9種の温度感受性変異について遺伝子内相補がみられるか否かを調べた.4種類の温度感受性変異とrhoA発現株に関して、遺伝子内相補がみられ、二つの相補群に分けられることがわかった.一つの相補群に属する変異は、すべて細胞破裂を引き起こす.これらの結果は、それぞれの相補群に属する変異が、異なる機能欠損を持っていることを示唆しており、浸透圧調節以外にも酵母RHO1の関与する細胞増殖に必須な過程があることが示唆される.以上の解析から、酵母RHO1遺伝子は、細胞内で複数の機能を担っていることがわかった.

3.Rho1蛋白質の翻訳後修飾(第4章)

 Rho1蛋白質は、I型ゲラニルゲラニル基転移酵素(GGTase I)によりイソプレノイド修飾を受ける.GGTase Iは、ヘテロ二量体で、アルファサブユニットはRAM2遺伝子に、ベータサブユニットはCAL1/CDC43遺伝子にコードされている.CAL1/CDC43遺伝子の破壊は致死であり、この致死性は、GGTase Iにより修飾を受ける基質の機能欠損による可能性が考えられる、GGTase Iの基質となりうる蛋白質のうちで増殖に必須なものは、Rho1pの他にCdc42pが知られているので、cal1欠損株に、二つの遺伝子を高発現させた.cal1欠損株は、二つの遺伝子の高発現により増殖が可能になった.さらに、両遺伝子にファルネシル基転移酵素(FTase)による修飾を受けるような変異を導入し、高発現させると増殖は野生型と同程度になった.これらの結果から、GGTase I破壊の致死性は、Rho1pとCdc42pの修飾欠損によることが示された.

4.RHO1遺伝子と遺伝学的に相互作用する遺伝子の解析(第5章)

 RHO1遺伝子の機能発現に必須な因子を検索する目的で、まず、rhoA発現株の温度感受性を多コピーで抑圧する遺伝子の単離を行った.20000個のコロニーをスクリーニングした結果、4種類の遺伝子が単離できた.3種類は既知の遺伝子で、一つだけが新規の遺伝子(MSR1)であった.4種類の遺伝子は、多コピーでrhoA発現株だけでなく、RHO1の温度感受性変異をも抑圧した.既知の遺伝子の一つは、細胞の浸透圧調節に関与しているPKC1遺伝子であった.この遺伝子は、哺乳動物のProtein kinase Cの相同蛋白質をコードしている.二つめは、MSB1遺伝子であった.MSB1遺伝子は出芽において重要な役割を果たすCDC24遺伝子の温度感受性変異株の多コピー抑圧遺伝子として単離されており、RHO1の温度感受性をも抑圧することから、RHO1が出芽においても重要な役割を果たしていることが示唆された.三つめは、PAM1遺伝子と同じであった.PAM1遺伝子は、2A型プロテインフォスファターゼの三つの触媒サブユニット、PPH21、PPH22、PPH3、の三重欠損の致死性の多コピー抑圧遺伝子として単離されており、この結果から、RHO1遺伝子は2A型プロテインフォスファターゼの制御系にも関与していることが示唆された.

 第二のアプローチとして、過剰発現させたRHO1に依存して多コピーで増殖阻害を示す遺伝子の単離を行った.その結果、RHO1 GTPaseのGAPをコードしていることが生化学的に明らかになっているBEM2遺伝子が単離された.この結果から、RHO1 GTPaseのGDP型の蓄積が細胞増殖にとって致死であることが示唆された・BEM2遺伝子の欠損は温度感受性を示すことより、RHO1 GTPaseのGTP型およびGDP型のどちらの蓄積も細胞にとって致死となることがわかった.

 これらの成果に基づき,門田裕志は以下の結論を得た.

 1)rho GTPaseは、ヒトと酵母の間で部分的に機能的相違を示す。酵母RHO1の代わりにヒトrhoAを発現させた株は温度感受性の増殖を示し、細胞破裂を引き起こした.

 2)RHO1遺伝子の温度感受性変異株を12種類単離した。その中にはrhoA発現株と同様に細胞破裂を引き起こす変異が含まれていた.遺伝子内相補の結果から、RHO1遺伝子は、細胞の浸透圧調節だけでなく、増殖に必須な他の機能を持つことを示唆した.

 3)Rho1pのイソプレノイド修飾(ゲラニルゲラニル化)はRho1pの機能発現に必要であった.Rho1pの修飾と、同じくrho型GTPaseであるCdc42pの修飾こそが、I型ゲラニルゲラニル転移酵素の必須な機能であることを遺伝学的に示した.

 4)rho GTPaseの温度感受性変異株を利用し、機能発現に必須な因子を遺伝学的手法を用いて検索した.その結果、Rho1pの関与が明らかになっていた浸透圧調節系に属するPKC1、生化学的にrho GTPaseの活性化因子であると示されていたBEM2、その他3つの遺伝子(MSB1、PAM1、MSR1)を同定した.以上のRHO1遺伝子の変異株ならびにそれらを用いた分子生物学的解析から、RHO1の関与する細胞増殖の制御ネットワーク(参考図)を提案した.

図表

 上記の成果は、従来未知であった酵母RHO1GTPaseの細胞増殖制御系における多機能性を新たに提示したものであり,審査委員会はその業績が博士(理学)の学位を授与するに充分値すると認めた.なお,本論文の第2,3,4,5章は共同研究(論文目録参照)として行われたが,実験計画およびその遂行はいずれも論文提出者が主体的に関わっていたことを確認した.

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