Rho1蛋白質は、I型ゲラニルゲラニル基転移酵素(GGTase I)によりイソプレノイド修飾を受ける.GGTase Iは、ヘテロ二量体で、アルファサブユニットはRAM2遺伝子に、ベータサブユニットはCAL1/CDC43遺伝子にコードされている.CAL1/CDC43遺伝子の破壊は致死であり、この致死性は、GGTase Iにより修飾を受ける基質の機能欠損による可能性が考えられる、GGTase Iの基質となりうる蛋白質のうちで増殖に必須なものは、Rho1pの他にCdc42pが知られているので、cal1欠損株に、二つの遺伝子を高発現させた.cal1欠損株は、二つの遺伝子の高発現により増殖が可能になった.さらに、両遺伝子にファルネシル基転移酵素(FTase)による修飾を受けるような変異を導入し、高発現させると増殖は野生型と同程度になった.これらの結果から、GGTase I破壊の致死性は、Rho1pとCdc42pの修飾欠損によることが示された.
4.RHO1遺伝子と遺伝学的に相互作用する遺伝子の解析(第5章) RHO1遺伝子の機能発現に必須な因子を検索する目的で、まず、rhoA発現株の温度感受性を多コピーで抑圧する遺伝子の単離を行った.20000個のコロニーをスクリーニングした結果、4種類の遺伝子が単離できた.3種類は既知の遺伝子で、一つだけが新規の遺伝子(MSR1)であった.4種類の遺伝子は、多コピーでrhoA発現株だけでなく、RHO1の温度感受性変異をも抑圧した.既知の遺伝子の一つは、細胞の浸透圧調節に関与しているPKC1遺伝子であった.この遺伝子は、哺乳動物のProtein kinase Cの相同蛋白質をコードしている.二つめは、MSB1遺伝子であった.MSB1遺伝子は出芽において重要な役割を果たすCDC24遺伝子の温度感受性変異株の多コピー抑圧遺伝子として単離されており、RHO1の温度感受性をも抑圧することから、RHO1が出芽においても重要な役割を果たしていることが示唆された.三つめは、PAM1遺伝子と同じであった.PAM1遺伝子は、2A型プロテインフォスファターゼの三つの触媒サブユニット、PPH21、PPH22、PPH3、の三重欠損の致死性の多コピー抑圧遺伝子として単離されており、この結果から、RHO1遺伝子は2A型プロテインフォスファターゼの制御系にも関与していることが示唆された.
第二のアプローチとして、過剰発現させたRHO1に依存して多コピーで増殖阻害を示す遺伝子の単離を行った.その結果、RHO1 GTPaseのGAPをコードしていることが生化学的に明らかになっているBEM2遺伝子が単離された.この結果から、RHO1 GTPaseのGDP型の蓄積が細胞増殖にとって致死であることが示唆された・BEM2遺伝子の欠損は温度感受性を示すことより、RHO1 GTPaseのGTP型およびGDP型のどちらの蓄積も細胞にとって致死となることがわかった.
これらの成果に基づき,門田裕志は以下の結論を得た.
1)rho GTPaseは、ヒトと酵母の間で部分的に機能的相違を示す。酵母RHO1の代わりにヒトrhoAを発現させた株は温度感受性の増殖を示し、細胞破裂を引き起こした.
2)RHO1遺伝子の温度感受性変異株を12種類単離した。その中にはrhoA発現株と同様に細胞破裂を引き起こす変異が含まれていた.遺伝子内相補の結果から、RHO1遺伝子は、細胞の浸透圧調節だけでなく、増殖に必須な他の機能を持つことを示唆した.
3)Rho1pのイソプレノイド修飾(ゲラニルゲラニル化)はRho1pの機能発現に必要であった.Rho1pの修飾と、同じくrho型GTPaseであるCdc42pの修飾こそが、I型ゲラニルゲラニル転移酵素の必須な機能であることを遺伝学的に示した.
4)rho GTPaseの温度感受性変異株を利用し、機能発現に必須な因子を遺伝学的手法を用いて検索した.その結果、Rho1pの関与が明らかになっていた浸透圧調節系に属するPKC1、生化学的にrho GTPaseの活性化因子であると示されていたBEM2、その他3つの遺伝子(MSB1、PAM1、MSR1)を同定した.以上のRHO1遺伝子の変異株ならびにそれらを用いた分子生物学的解析から、RHO1の関与する細胞増殖の制御ネットワーク(参考図)を提案した.
図表 上記の成果は、従来未知であった酵母RHO1GTPaseの細胞増殖制御系における多機能性を新たに提示したものであり,審査委員会はその業績が博士(理学)の学位を授与するに充分値すると認めた.なお,本論文の第2,3,4,5章は共同研究(論文目録参照)として行われたが,実験計画およびその遂行はいずれも論文提出者が主体的に関わっていたことを確認した.