多くの野外の植物群落では個体間に大きなサイズ差が存在する。個体サイズの大小はその個体の生存率や種子生産量を左右するため、サイズ差が生じる機構は現在までに多くの植物生態学者の注目を集めてきた。従来の研究が、サイズ差を生じさせる要因を挙げるにとどまるなか、本論文提出者は、一年生草本シロザ(Chenopodium album L.)の実験個体群を用いて、個体間にサイズ差が生じるプロセスを明らかにし、そのメカニズムを実証的に解明することをめざした。 本論文は、General Introduction、 General Discussion、と4章からなり、General Introductionでは、関連分野の従来の研究経緯と本論文の研究目的が述べられている。 第1章では、まず、個体サイズに差が生じる実態を明らかにするために、実験群落内の各個体の高さ成長の様子を記載した。その結果、群落内の個体の高さの成長には、2つのパターン、つまり、花をつける生殖成長期まで伸長し続ける場合(upper plants)と、栄養成長期の比較的初期に伸長を停止する場合(lower plants)があることを明らかにした。個体の種子生産量を調査した結果、upper plantsはlower plantsの200-800倍もの種子生産を行っており、個体がupper plantsとなることはその個体の適応度に非常に重要であることを示した。 第2章では、群落内の個体がupper plantsとlower plantsのどちらになるかを決定する仕組みの解明を行った。群落高が最終群落高の15%にすぎない群落発達の比較的初期に、すでに各個体の高さの順位はほぼ決定し、さらにこの直前に、upper plantsになる個体の伸長速度はlower plantsになる個体の伸長速度よりも明確に大きくなることを明らかにした。この現象と個体の光環境とを対応づけるために、群落上部から撮影し、群落表面の写真を解析した。その結果、この伸長速度の分離の時期はちょうど個体間で葉が重なり合い葉冠が閉じる時期であり、upper plantsとなる個体は、この葉冠が閉鎖する時期に、より多くの葉を群落上部に露出できた個体であることが判明した。また、サイズ差に影響を与える諸要因の評価を行った。個体のサイズに影響を与える要因として従来挙げられている、1)発芽時期、2)種子サイズ、3)遺伝的要因、4)微環境の不均一性、5)競争あるいは相互作用、6)披食、寄生、病気、のサイズ差に対する貢献度を成長解析の手法などを用いて調査した。その結果、1)-4)、6)の要因の貢献度は比較的小さいことが明らかとなった。個体がupper plantsとなるには、初期からサイズが大きいことが有効ではあるが、最終的には、葉冠の閉鎖後約2週間というごく短い期間に、隣個体による被陰が少なく、より多くの葉面積を群落上部に露出できるということが不可欠な条件であることを明らかにした。 第2章までは個体の高さのみを対象とした解析だったが、第3章では、群落内の各個体の高さと直径の関係の経時的な変化を調査し、それらの形態の変化とupper plantsの決定との関係を解明した。upper planesとlower plantsの分離の時期である葉冠の閉鎖時に、顕著な茎の節間成長が生じて高さと直径の関係が変化し、その後upper plantsでは、個体間で直径が大きく異なるのに対し高さがほぼ等しいまま成長を続けるという、いわば、"背ぞろい"と呼べるような現象を発見した。この時期、高さや直径への光合成生産物の分配の仕方が受光量に応じて変化しており、ある程度以上の光量を得た個体が比較的等しい高さ成長を維持し、upper plantsとなることを明らかにした。従来は、サイズ差をもたらす要因としては主に光合成生産量の違いが考えられていたが、それに加え個体の形態の変化の重要性も指摘し、群落上層の個体の"背ぞろい"をもたらすメカニズムが、個体の運命やひいては個体群のサイズ構造を決定する鍵となる生理学的機構であることを示した。 第4章では、本論文で明らかになった群落内の個体の2つの成長パターンに基づいて、群落の初期密度と個体サイズ頻度分布との関係についてモデルを提示した。lower plantsの単位面積当たりの数は初期密度が高いほど大きいが、upper plantsの数は初期密度によらずほぼ一定であることに基づいて、群落内の生存できるupper plantsとlower plantsの数にそれぞれ上限を仮定し、個体密度によるサイズ頻度分布の様々なパターンを統一的に説明した。 General Discussionでは、本研究で見られた個体の2つの成長パターンがシロザ以外の種においても存在することを明らかにし、本論文における結果の一般性を強く示唆した。また、本論文における結果に基づき、個体密度と平均個体重の関係など、従来知られている個大群レベルの現象についての考察を行った。 以上のように本論文は、従来不明であった、サイズ差決定にクリティカルな成長段階や要因を明らかにしたことで、個体群生態学および個体間相互作用について新しい知見を提供し、また、個体群レベルの現象を個体成長生理学的に理解する基礎を築いたものとして評価される。よって、本論文の提出者は博士の学位を得るに十分な資格があるという点で審査委員の意見が一致した。 なお、本論文第3章は寺島一郎氏と、また第4章は加藤栄氏、寺島一郎氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 |