学位論文要旨



No 111036
著者(漢字) 長嶋,寿江
著者(英字)
著者(カナ) ナガシマ,ヒサエ
標題(和) 個体サイズ追跡による群落内のシロザ個体間のサイズ差生成機構の解明
標題(洋)
報告番号 111036
報告番号 甲11036
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2949号
研究科 理学系研究科
専攻 植物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高橋,正征
 東京大学 教授 矢原,徹一
 東京大学 講師 邑田,仁
 筑波大学 助教授 寺島,一郎
 筑波大学 助教授 鷲谷,いづみ
内容要旨

 多くの野外の植物は群落を形成して生活している。そこでは、密度によって個体サイズが変化したり、死亡する個体が生じたりする。個体の数や量の動態の仕組みを明らかにすることは、植物個体群生態学の主要なテーマである。

 1950年代に大阪市立大学のグループによって、群落の密度と平均個体重に関する重要な現象が明らかにされ、それらについての理論的考察がなされが、その後、平均個体重だけで集団の挙動を議論することが問題視され、群落内の個体のサイズの不均一性が着目されるようになってきた。サイズの大きい個体ほど多くの種子生産を行い、次世代に多くの子孫を残すことが可能であるため、個体の適応度などの進化的な観点からも、個体間のサイズ差の生じる仕組みを明らかにすることは重要である。しかし、多くの研究は、ある時間断面における個体サイズの頻度分布を扱うにとどまり、群落内の個体の成長過程を直接研究対象としなかったために、個体の物質生産や成長生理学的な知見と個体群レベルの現象との間には、まだ大きなギャップが存在するのが現状である。本研究は、二次遷移初期に純群落を形成することがしばしば観察される一年生草本シロザ(Chenopodium album L.)の実験個体群をモデルシステムとし、個体の高さ、直径などを生育の初期から終了まで追跡調査することにより、個体間にサイズ差が生じるしくみを解明することをめざした。

1.群落内における個体の2つの成長パターン

 400本/m2のシロザの実験群落を作り、水と栄養が欠乏しない条件で、発芽後15日目の6月から結実し成熱する10月まで、1-2週毎に個体の高さを追跡調査した。その結果、群落内の個体の高さの成長には、2つのパターンがあることが明らかになった。一つは、花をつける生殖成長期まで伸長し続けるもので、もう一つは栄養成長期の比較的初期に伸長を停止するものである。前者のパターンを示す個体は、最終的には群落の上層を占めるので、これらの個体を以降、Upper plantsと呼び、一方、後者のパターンを示す個体は、群落の下層を占めるので、こちらをLower plantsと呼ぶことにする。Upper plantsはLower plantsに比べ、平均して200-500倍もの量の種子を生産し、群落全体では、90%以上の種子生産量を占めた。

2.サイズ差の決定機構の解明

 そのため、個体がUpper plantsとLower plantsのどちらの個体となるかは、その個体の子孫の量を非常に大きく左右することが考えられる。そこで、次に、その決定の仕組みを明らかにした。

 生育終了期の高さの順位と生育途中での高さの順位との相関をみると、発芽後15日では相関係数は0.34と低く、初期には高さの順位の大きな入れ替わりがおこることがわかる。その後、相関係数は次第に大きくなり、群落高が最終群落高の15%にすぎない発芽後42日目に、0.90以上に達した。すなわち、この時点で各個体の高さの順位はほぼ固定してしまうことがわかる。各時期の高さと伸長速度との関係を調べると、高さの順位がほぼ決定する直前(発芽後29から42日の間)にUpper plantsになる個体の伸長速度はLower plantsになる個体の伸長速度よりもはっきりと高くなることがわかった。この分離の時期は、ちょうど、個体間で葉が重なり合い葉冠が閉じる時期であった。群落上部から撮影した写真より個体当たりの群落上部露出葉面積(Visible Leaf Area:VLA)を求めると、Upper plantsとなる個体は、この葉冠が閉鎖する時期により多くの葉を群落上部に露出できた個体であることが明らかになった。

 この葉冠閉鎖時のVLAの量は、隣個体のサイズと自分自身のサイズの両方によって決まる。個体のサイズに影響を与える要因としては従来、1)発芽時期、2)種子サイズ、3)遺伝的要因、4)微環境の不均一性、5)競争あるいは相互作用、6)披食、寄生、病気など、が挙げられている。サイズの順位がほぼ決定する発芽後ほぼ40日までの時期において、自分自身のサイズがどのような要因で左右されるのか、これら各要因の貢献度を評価した。なお、本実験期間中は、昆虫などによる被食はほとんど観察されなかったため、6)は解析の対象から除外した。その結果、発芽時期が早い個体、あるいは子葉サイズ(種子サイズと相関が高い)が大きい個体は必ずしもUpper plantsになるとは限らず、1)、2)の要因の貢献度は小さいことが明らかとなった。3)、4)、5)の要因を評価するために、以下のように個体の高さ成長を4つの要因に分解した。

 

 Wは主茎の高さと直径、LAは各葉の葉身長から、回帰式を用いて推定した。(1/VLA)(W/t)は受光量当たりの成長速度を表わし、3)の遺伝的、内的な成長能力、および4)の微環境(光以外)の不均一の指標である。VLA/LAは直接被陰されていない葉面積の割合を表わし、5)の光の競争の指標である。これらの項の値の大きさをUpper plantsとLower plantsで比較した。Upper plantsは、初期(発芽後17日目)からすでに葉面積が大きくサイズの大きい個体だったが、その時点ではまだ最終の順位は決定していなかった。葉冠の閉鎖後に、VLA/LAがUpper plantsの方で2倍以上と有意に高くなり、順位が最終的に決定し、かつUpper plantsとLower plantsが分離した。遺伝的要因、微環境の要因をあらわす因子(1/VLA)(W/t)はUpper plantsとLower plantsで有意差がある場合もあったが、その差は小さかった。

 つまり、個体がUpper plantsとなるには、初期からサイズが大きいことが有効ではあるが、最終的には、葉冠の閉鎖後約2週のごく短い期間に、隣個体による被陰が少なくより多くの葉面積を群落上部に露出できることが直接必要な条件だった。

3.個体の形態

 これまでは、個体のサイズとして高さに着目してきたが、植物は環境によって高さ/直径比などの形態が変化することが知られている。群落内の個体の高さと直径の成長の様式を明らかにし、それらの形態の変化がUpper plantsとLower plantsの決定にどのようにかかわっているかを調べた。

 Upper plantsとLower plantsの分離の時期である葉冠の閉鎖時(発芽後29日目)から、どの個体においても顕著な茎の節間成長が観察された。そして、Upper plantsとLower plantsが分離し、順位が決定した発芽後42日目からは、Upper plants個体間では、直径が大きく異なるのに対して高さがほぼ等しいという、いわば、"背ぞろい"と呼べるような現象が見られた。

 下式のように、個体の"高さの増加"(log H)を、個体の"物質生産量"(log W)と、その"茎への分配率"(log Ws/log W)、"茎の伸長効率"(log H/log Ws)の3つの要因に分解し、Upper plantsとLower plantsでそれらの因子の値を比較した。

 

Ws:個体の茎の乾燥重量

 その結果、"茎への分配率"(log Ws/log W)は両集団間で有意な差が認められなかった。"茎の伸長効率"(logH/log Ws)はむしろLower plantsのほうが大きい値を示し、Lower plantsは、直径成長を抑えてより高さに投資していた。しかし、"物質生産量"(log W)がUpper plantsでより大きく、この効果が、"茎の伸長効率"の効果を打ち消した。この時期、形態を変化させなければUpper plantsになれないが、どの個体も一斉に変化させるため、むしろ物質生産の量そのものの違いがUpper plantsの決定に重要だった。

 この時期、直径の成長とVLAは直線的な関係を示したのに対し、高さの成長とVLAの関係は飽和型の曲線で表わされ、この"最大高さ成長速度"をもつことができた個体が"背ぞろい"しUpper plantsとなった。つまり、Upper plantsとなるために必要である光量の下限は、"背ぞろい"を可能とする最低限の光量であることが示された。Upper plants間にも受光量の差がかなりあることが予想されるが、VLAの比較的小さいUpper plantsは、直径成長を小さくすることによって高さの成長を保ち、受光量の少ないUpper plantsは群落上層から脱落しないと考えられる。

4.個体のサイズ頻度分布と群落の初期密度

 本研究で明らかになった群落内の個体の2つの成長パターンに基づいて、群落の初期密度と個体サイズ頻度分布との関係についてモデルを提示した。

 400、800、1200個体/m2の3通りのシロザの実験群落をつくったところ、400個体/m2の群落と同様に、800、1200個体/m2の群落でも個体にUpper plantsとLower plantsの分化が見られた。Lower plantsの単位面積当たりの数は初期密度が高いほど大きいが、Upper plantsの数は初期密度によらずほぼ一定であった。高さの頻度分布の形はこれらUpper plantsとLower plantsの量比でほぼ決まった。つまり、400個体/m2の群落では2つのピークがはっきり認められる一方、800およびl200個体/m2の群落では、Lower plantsによる山が大きくなるので二山ははっきりせず、L字型を示した。

 この現象は、群落内の生存できるUpper plantsとLower plantsの数にはそれぞれ上限があり、個体密度の増加にともなって、まずUpper plants、次にLower plantsの許容量が埋められていくためであると理解できる。この考え方に従えば、高さの頻度分布は初期密度が高くなるに従って、釣鐘型、J字型、二山型、L字型となると予想される。従来、光をめぐる競争が生じているときに個体サイズの頻度分布の二山化がおきることが知られていたが、光をめぐる競争下で常に二山型分布がみられるとは限らず、その出現の詳しい条件は明かにされていなかった。しかし、このモデルによれば、はっきりした二山分布となるのはごく限られた範囲の初期密度であることが予想される。このモデルはサイズ頻度分布の様々なパターンを統一的に説明し得るものであり、さらに実証的なデータによる検証を行いたい。

 以上、本研究では、シロザ群落内の個体の成長を追跡することによって、個体の2つの成長パターンの存在とその分離のプロセスを明かにした(1、2)。従来の研究では、サイズ差の生成に重要だと思われる要因が列挙され考察されるにとどまっており、サイズ差決定にクリティカルな成長段階や要因は不明だったが、本研究ではその実体をはじめて明らかにした。そして、その2つの成長パターンをもとに、従来不明だったサイズ頻度分布の形の違いをもたらす機構についての仮説を提示した(4)。また、今までは、サイズ差の要因としては、主に光合成生産量の違いが考えられていたが、それに加え個体の形態の変化の重要性も示し、群落上層の個体は様々な直径をもつにも関わらず"背ぞろい"しながら成長するという、特異な現象を明かにした(3)。これをもたらすメカニズムが、個体の運命やひいては個体群のサイズ構造を決定する鍵となる生理学的機構であることを示した。

審査要旨

 多くの野外の植物群落では個体間に大きなサイズ差が存在する。個体サイズの大小はその個体の生存率や種子生産量を左右するため、サイズ差が生じる機構は現在までに多くの植物生態学者の注目を集めてきた。従来の研究が、サイズ差を生じさせる要因を挙げるにとどまるなか、本論文提出者は、一年生草本シロザ(Chenopodium album L.)の実験個体群を用いて、個体間にサイズ差が生じるプロセスを明らかにし、そのメカニズムを実証的に解明することをめざした。

 本論文は、General Introduction、 General Discussion、と4章からなり、General Introductionでは、関連分野の従来の研究経緯と本論文の研究目的が述べられている。

 第1章では、まず、個体サイズに差が生じる実態を明らかにするために、実験群落内の各個体の高さ成長の様子を記載した。その結果、群落内の個体の高さの成長には、2つのパターン、つまり、花をつける生殖成長期まで伸長し続ける場合(upper plants)と、栄養成長期の比較的初期に伸長を停止する場合(lower plants)があることを明らかにした。個体の種子生産量を調査した結果、upper plantsはlower plantsの200-800倍もの種子生産を行っており、個体がupper plantsとなることはその個体の適応度に非常に重要であることを示した。

 第2章では、群落内の個体がupper plantsとlower plantsのどちらになるかを決定する仕組みの解明を行った。群落高が最終群落高の15%にすぎない群落発達の比較的初期に、すでに各個体の高さの順位はほぼ決定し、さらにこの直前に、upper plantsになる個体の伸長速度はlower plantsになる個体の伸長速度よりも明確に大きくなることを明らかにした。この現象と個体の光環境とを対応づけるために、群落上部から撮影し、群落表面の写真を解析した。その結果、この伸長速度の分離の時期はちょうど個体間で葉が重なり合い葉冠が閉じる時期であり、upper plantsとなる個体は、この葉冠が閉鎖する時期に、より多くの葉を群落上部に露出できた個体であることが判明した。また、サイズ差に影響を与える諸要因の評価を行った。個体のサイズに影響を与える要因として従来挙げられている、1)発芽時期、2)種子サイズ、3)遺伝的要因、4)微環境の不均一性、5)競争あるいは相互作用、6)披食、寄生、病気、のサイズ差に対する貢献度を成長解析の手法などを用いて調査した。その結果、1)-4)、6)の要因の貢献度は比較的小さいことが明らかとなった。個体がupper plantsとなるには、初期からサイズが大きいことが有効ではあるが、最終的には、葉冠の閉鎖後約2週間というごく短い期間に、隣個体による被陰が少なく、より多くの葉面積を群落上部に露出できるということが不可欠な条件であることを明らかにした。

 第2章までは個体の高さのみを対象とした解析だったが、第3章では、群落内の各個体の高さと直径の関係の経時的な変化を調査し、それらの形態の変化とupper plantsの決定との関係を解明した。upper planesとlower plantsの分離の時期である葉冠の閉鎖時に、顕著な茎の節間成長が生じて高さと直径の関係が変化し、その後upper plantsでは、個体間で直径が大きく異なるのに対し高さがほぼ等しいまま成長を続けるという、いわば、"背ぞろい"と呼べるような現象を発見した。この時期、高さや直径への光合成生産物の分配の仕方が受光量に応じて変化しており、ある程度以上の光量を得た個体が比較的等しい高さ成長を維持し、upper plantsとなることを明らかにした。従来は、サイズ差をもたらす要因としては主に光合成生産量の違いが考えられていたが、それに加え個体の形態の変化の重要性も指摘し、群落上層の個体の"背ぞろい"をもたらすメカニズムが、個体の運命やひいては個体群のサイズ構造を決定する鍵となる生理学的機構であることを示した。

 第4章では、本論文で明らかになった群落内の個体の2つの成長パターンに基づいて、群落の初期密度と個体サイズ頻度分布との関係についてモデルを提示した。lower plantsの単位面積当たりの数は初期密度が高いほど大きいが、upper plantsの数は初期密度によらずほぼ一定であることに基づいて、群落内の生存できるupper plantsとlower plantsの数にそれぞれ上限を仮定し、個体密度によるサイズ頻度分布の様々なパターンを統一的に説明した。

 General Discussionでは、本研究で見られた個体の2つの成長パターンがシロザ以外の種においても存在することを明らかにし、本論文における結果の一般性を強く示唆した。また、本論文における結果に基づき、個体密度と平均個体重の関係など、従来知られている個大群レベルの現象についての考察を行った。

 以上のように本論文は、従来不明であった、サイズ差決定にクリティカルな成長段階や要因を明らかにしたことで、個体群生態学および個体間相互作用について新しい知見を提供し、また、個体群レベルの現象を個体成長生理学的に理解する基礎を築いたものとして評価される。よって、本論文の提出者は博士の学位を得るに十分な資格があるという点で審査委員の意見が一致した。

 なお、本論文第3章は寺島一郎氏と、また第4章は加藤栄氏、寺島一郎氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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