本論文は2部5章からなり、C3植物における光合成と窒素の関係を生態学的観点から解析し、その結果について述べている。 第1部では、光環境による光合成系タンパク質の組成比変化についてその適応的意義の研究を行った。光条件の変化によって光合成タンパク質の組成比変化が起こることは古くから知られており、光合成系タンパク質に含まれる窒素が葉の窒素の大半を占めるため、植物の窒素利用の点から注目されている。しかし、その変化が植物の成長や物質生産にとってどのような意味を持ち、どれだけ大きな影響を与えるかということについては、解明が進んでいなかった。第1章では、異なる光条件においておこる光合成系タンパク質の組成比変化が、物質生産に与える影響を定量的に予測するためのシミュレーションモデルを構築し、その理論的裏付けについて述べている。第2章では、現実の植物(陽生植物シロザ、陰生植物クワズイモ)を種々の光条件下で成育させたときに、それぞれが示すタンパク質組成比変化と、第1章のモデルによって予測された最適な組成比とを比較し、モデルの有効性を実証するとともに、両種の植物が広範囲の光環境において最適に近い組成比を実現することができることを明らかにした。また、葉の老化も光合成系タンパク質の組成比に影響を与えるが、光条件が老化の進行を大きく左右するため、個々の葉でそのどちらが光合成系タンパク質の組成を決める主要な要因であるか、議論の別れるところであった。第3章では水平に這わせて個葉の相互被陰をなくしたつる植物を用いて、個々の葉の成育光条件を独立にコントロールして葉齢と成育光条件の影響を切り離して解析することに成功している。その解析の結果、タンパク質組成比は直接は葉齢の影響を受けず、主に光条件の影響によって変化することを明らかにした。以上の結果から、光合成タンパク質の組成比変化は現実の植物において可塑的であり、また、厳密に調節されていることを示した。 第2部では、窒素含量と光合成能力との相関における種間差について解析している。葉の窒素含量と光合成能力との間には高い相関が認められるが、その回帰直線の傾きは種によって大きく異なることが知られている。また、草本植物では窒素あたりの光合成能力が高く、木本植物では低いことが知られている。第4章では木本植物と草本植物の窒素あたりの光合成能力の違いがどのような生理学的違いにもたらされているかを解析した。その結果、光合成速度の律速段階であるリブロース二リン酸カルボキシラーゼあたりの光合成能力が木本植物で有意に低いことを明らかにした。そして、この酵素あたりの光合成能力の低さは、葉内の二酸化炭素拡散が悪いことに起因していることを示した。第5章では解剖学的観察を行い、葉肉細胞の細胞壁が厚い、もしくは厚い葉では二酸化炭素拡散が悪くなることを示唆した。さらに、木本植物では細胞壁を厚くすることによって光合成の効率を犠牲にして葉の強度を増し、草本植物では葉の強度を犠牲にして光合成の効率を高くしているという戦略を選んでいると考察している。 本論文は第3章を除いて、全て寺島一郎氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断する。 |