学位論文要旨



No 111038
著者(漢字) 藤井,伸治
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,ノブハル
標題(和) ニンジンの不定胚発生過程における遺伝子発現制御の解析 : rol Cプロモーターを用いた解析
標題(洋)
報告番号 111038
報告番号 甲11038
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2951号
研究科 理学系研究科
専攻 植物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 内宮,博文
 東京大学 教授 庄野,邦彦
 東京大学 教授 長田,敏行
 東京大学 助教授 河野,重行
 東京大学 助教授 高橋,陽介
内容要旨 【序論】

 ニンジン(Daucus carota L.cv.US-Harumakigosun)の培養細胞系では2,4-D(2,4-dichlorophenoxyacetic acid)によりカルスが誘導され、2,4-Dを除去することにより不定胚形成が誘導される。本実験系は、高頻度かつ同調的に不定胚形成を誘導可能であることから、培養細胞における胚発生のモデル系として用いられている。本研究は、ニンジンの不定胚発生に伴う遺伝子の発現制御機構を解明することを目的として行われた。発表者は、Agrobacterium rhizogenesのRiプラスミドに存在するrolC遺伝子プロモーター(転写開始点から5’上流域約-850bp)とuidA遺伝子(-グルクロニダーゼ)とを連結したキメラ遺伝子をニンジンに導入し解析した。その結果、本プロモーターは不定胚誘導後、その発現が上昇することを見い出した(Nobuharu Fujii and Hirohumi Uchimiya 1991,Plant Physiol.95:238-241)。

 本研究ではまず、rolCプロモーターの発現と不定胚発生との関係をより詳細に解析すると共に、発現制御に関わるシス領域の同定を試みた。更に、不定胚発生過程におけるニンジン培養細胞核タンパク質のDNA結合活性について解析した。

【結果と考察】I.不定胚発生過程におけるrolCプロモーターの発現様式の解析

 ニンジンの不定胚発生には通常、2,4-D存在下で維持しているカルスのうち、メッシュサイズ37-106mの小さな細胞群、即ち、PEMs(proembryogenic masses)を用いる。これを2,4-Dを除去した培地で培養することにより、球状胚、ハート型胚、魚雷型胚と発生は進行する。球状胚、ハート型胚、魚雷型胚は-2,4-D培地での培養期間、及び胚の大きさにより分離することができる。そこで、rolCプロモーター(-848bp/+23)とuidA遺伝子との融合遺伝子を導入した形質転換ニンジンを用い、不定胚の各発生段階におけるGUS活性の変動を解析した。その結果、GUS活性の上昇は、PEMsから球状胚、球状胚からハート型胚が形成される過程で観察された(図1)。

 ニンジンの不定胚誘導系においては、ハート型胚(メッシュサイズ180-250m)をサンプリングする際、これより小さな胚の画分より球状胚(メッシュサイズ63-150m)を得ることができ、魚雷型胚(メシュサイズ300-355m)をサンプリングする際には、これより小さな胚の画分よりハート型胚、球状胚をそれぞれ得ることができる。これらの胚でのGUS活性を比較することにより、rolCプロモーターの発現活性の上昇が不定胚誘導培地(-2,4-D)での培養日数に依存しているのか、或いは不定胚発生の進行に依存しているのかを検討した。その結果、それぞれの球状胚でのGUS活性は一定に保たれていた。一方、ハート型胚、魚雷型胚でのGUS活性はそれぞれの球状胚でのGUS活性よりも高い値を示した。したがって、rolCプロモーターの発現活性の上昇と、不定胚発生との間で相関が存在することが示された。本研究では、この様なプロモーターの活性化をSERA(Somatic-Embryogenesis-Related Activation)と以下呼ぶことにする。

II.rolCプロモーターのシス領域の解析

 不定胚発生に伴う発現活性を制御するシス領域の同定を試みた(図2)。その為、rolCプロモーターの5’上流域を順次欠失し、uidA遺伝子を連結させたキメラ遺伝子を導入した形質転換体を作成した。5’上流域を-848bpから-255bpまでを順次欠失した場合、不定胚でのGUS活性は徐々に低下したが、カルスより高い値を示した。さらに-230bpより5’上流側を欠失させたところ、GUS活性はカルス、不定胚共にバックグランドのレベルまで低下した。

 以上の結果より、SERAを担うシス領域は、-255bpより転写開始点側に存在することが示唆された。そこで、-255bpより5’上流域を残し、転写開始点側を中間欠失させたプロモーターを作製し、これらの不定胚の発生段階における発現パターンを解析した。その結果、最も欠失領域の大きい-255bpより+2bpを欠失させた場合においても、SERAは認められた(図2)。したがって、rolCプロモーターの不定胚発生に伴う発現活性を制御するシス領域は、-255bpより5’上流側と転写開始点側の2つの領域、もしくは+2bpから+23bpの領域のみであると推察された。

 そこで、rolCプロモーター領域とCaMV35Sのコア領域(-90bp/+6bp)とを組み合せた融合プロモーターを用い、解析を行った。その結果、rolCプロモーターの-848bpから-94bpを35Sコア領域の上流に組み込んだ場合、SERAが検出され、+2bpから+23bpにのみ存在する可能性が否定された。一方、-255bpから-94bp、または-848bpから-255bpの領域を35Sコア領域の上流に組み込んだ場合、SERAが認められなかった(図2)。以上の結果より、不定胚における遺伝子発現の制御にはrolCプロモーター上の複数の領域が関与している事が示された。

III.不定胚発生における核タンパク質のDNA結合活性の変動

 SERAが検出された最小領域である-255bpから転写開始点側を含む領域に注目し、この領域を含む3種類のDNA断片(A;-271bpから-174bp、B;-203bpから-92bp、C;-94bpから+23bp)への粗核抽出物のDNA結合活性をゲルシフト法により解析した。DNA断片Aをプローブとした場合、少なくとも3種類のDNA結合因子が検出された(図3A)。AII、及びNaはPEMs、球状胚においてDNA結合活性の低下が認められた。DNA断片Bに対しては、球状胚で最も高い活性を示すBI、及びPEMs、球状胚で活性の低下するNbが観察された(図3B)。DNA断片Cにより検出されるCI、及びNcはPEMs、球状胚において低下した(図3C)。これらの結果より、不定胚発生の進行には複数の異なるDNA結合因子の関与が示唆される。

 rolCプロモーターへのDNA結合因子のうちBIは、球状胚で最大の活性を示し、本プロモーターの発現活性と正の相関を有するので、以下の解析を行った。即ち、DNaseIフットプリント分析の結果、上鎖では-217bPから-l74bp、-160bpから-137bp、-120bpから-93bpの領域が、下鎖では-207bpから-l76bp、-164bpから-98bpの領域がDNaseIによる切断から保護され、これらの領域にBI因子が結合していると予想された。そこで、-217bpから-174bp(B-1)、-164bpから-137bp(B-2)、-120bpから-93bp(B-3)に相当する合成オリゴヌクレオチドを用い、競合実験を行った。その結果、B-1あるいはB-3を反応液に加えた場合、DNA-BIタンパク質複合体の形成が抑えられた(図4)。したがって、BI因子はrolCプロモーターの領域B-1とB-3に結合していると推測される。領域B-1とB-3には共通配列TAATA/TANTAAが存在する(図5)。同様の配列はrolCプロモーターの-255bpよりも5’上流側の-728bpから-719bpにも存在する。以上の結果は、第II章のシス領域の解析結果、即ち「SERAのシス領域は、-255bpより5’上流側と転写開始点側の少なくとも2つの領域に存在している」と矛盾せず、これらの配列がrolCプロモーターの発現制御に関与していると考えられる。

【結論】

 rolCプロモーターの発現は不定胚発生の進行に依存して上昇し、この発現活性の上昇はrolCプロモーターの複数の領域によって制御されている。rolCプロモーター領域への不定胚発生に伴う核タンパク質のDNA結合活性の変動には複数の異なるパターンが認められた(図6)。本プロモーターの発現が低いカルスでは、Na、Nb、Nc、及びAIIのDNA結合活性が強く、PEMs、球状胚では低下する。一方、TAATA/TANTAA配列を含む領域に結合するBIは、不定胚誘導後、本プロモーターの発現活性が上昇する球状胚においてDNA結合活性が最大となることから、正の制御因子として機能するものと考えられる。

図表図1.rolC-uidAを導入した形質転換体を用いた解析.A.ニンジンの各発生段階の不定胚.(a)球状胚(b)ハート型胚(C)魚雷型胚.右側はGUS染色の結果.B.rolC-uidAを導入した形質転換体の不定胚発生段階におけるGUS活性の変動.ハート型胚でのGUS活性を100とした.PEMs;Proembryogenic Masses. / 図2.改変rolCプロモーターを用いたシス配列解析のまとめ.+;不定胚発生に伴う発現活性有、-;不定胚発生に伴う発現活性無し.SERA;Somatic-Embryigenesis-Related-Activation. / 図3.不定胚の各発生段階における粗核抽出物のDNA結合活性の変化.rolCプロモーターの-271bpから-174bp(A)、-203bpから-92bp(B)、-94bpから+23bp(C)を標識プローブとしたゲルシフト法の結果. / 図4.合成オリゴヌクレオチドを用いた競合実験.rolCプロモーターの-203bpから-92bpまでの領域(B)を標識プローブとし、これに対しモル比で100倍、1000倍量の非標識の合成オリゴヌクレオチドB-1(-217bpから-174bp)、B-2(-164bpから-137bp)、B-3(-120bpから-93bp)を用いた. / 図5.rolCプロモーターのB-1(-217bpから-174bp)とB-3(-120bpから-93bp)領域に共通して存在する塩基配列. / 図6.カルスと球状胚でのrolCプロモーターへの核タンパク質の結合活性の比較、及び結合推定領域.AII;-271bpから-174bpの領域内に塩基配列特異的に結合する.BI;TAATA/TANTAA配列を含む領域への結合活性を示す.CI;-94bpから+23bpの領域に結合する.Na、Nb、Nc;塩基配列非特異的にATに富む領域への結合活性を有する
審査要旨

 本論文はニンジン(Daucus carota L.cv.US-Harumakigosun)の不定胚発生に伴う遺伝子の発現制御機構を解明することを目的として、rolC遺伝子プロモーターの遺伝子発現領域、及び発現領域に結合するDNA結合タンパク質について述べられている。

 論文提出者は、高頻度かつ同調的に不定胚形成を誘導可能であることから、培養細胞における胚発生のモデル系として用いられているニンジンの不定胚誘導系に注目をし、解析を行っている。不定胚誘導後、発現が上昇するAgrobacterium rhizogenesのRiプラスミドに存在するrolC遺伝子プロモーター(転写開始点から5’上流域約-850bp)を用い、以下の研究を行った。

 まず、rolC遺伝子プロモーターとuidA遺伝子(-グルクロニダーゼ)とを連結したキメラ遺伝子をニンジンに導入し、rolCプロモーターの発現と不定胚発生との関係のより詳細な解析を行った。ニンジンの不定胚発生には通常、2,4-D存在下で維持しているカルスのうち、メッシュサイズ37-106mの小さな細胞群、即ち、PEMs(proembryogenic masses)を用いる。これを2,4-Dを除去した培地で培養することにより、球状胚、ハート型胚、魚雷型胚と発生は進行する。rolCプロモーターの発現活性の上昇は、PEMsから球状胚、球状胚からハート型胚が形成される過程で為されることを、及び不定胚発生の進行に依存していることを明らかにした。この様なプロモーターの活性化をSERA(Somati-Embryogenesis-Related Activation)と以下呼ぶ。

 次に、論文提出者はSERAを制御するrolCプロモーターのシス領域に述べている。まず、rolCプロモーターの5’上流域欠失プロモーターを用いた解析より、SERAを担うシス領域は、-255bpより転写開始点側に存在することを示した。そこで、-255bpより5’上流域を残し、転写開始点側を中間欠失させたプロモーターを作製し、これらの不定胚の発生段階における発現パターンを解析した。その結果、最も欠失領域の大きい-255bpより+2bpを欠失させた場合においても、SERAは認められたことから、SERAを制御するシス領域は、-255bpより5’上流側と転写開始点側の2つの領域、もしくは+2bpから+23bpの領域のみであると推察された。そこで、rolCプロモーター領域とCaMV35Sのコア領域(-90bp/+6bp)とを組み合せた融合プロモーターを用い、解析を行った。その結果、rolCプロモーターの-848bpから-94bpを35Sコア領域の上流に組み込んだ場合、SERAが検出され、+2bpから+23bpにのみ存在する可能性を排除した。一方、-255bpから-94bp、または-848bpから-255bpの領域を35Sコア領域の上流に組み込んだ場合、SERAが認められなかった。以上の結果より、SERAの制御にはrolCプロモーター上の複数の領域が関与している事を示した。

 更に、論文提出者は、SERAが検出された最小領域である-255bpから転写開始点側を含む領域に注目し、この領域への不定胚の発生段階由来の粗核抽出物のDNA結合活性をゲルシフト法により解析した。PEMs、球状胚においてDNA結合活性の低下が認められるAII、CI、Na、Nb、Nc、球状胚で最も高い活性を示すBI、及び明瞭な規則性を示さないAIsを検出した。これらの結果より、不定胚発生の進行には複数の異なるDNA結合因子が関与することを示唆した。rolCプロモーターへのDNA結合因子のうちBIは、球状胚で最大の活性を示し、本プロモーターの発現活性と正の相関を有するので、更に解析を行った。DNase Iフットプリント分析、合成オリゴヌクレオチドを用いた競合実験、及び合成オリゴヌクレオチドをプローブとして用いたゲルシフト解析の結果、BI因子は-217bpから-174bp(領域B-1)と-120bpから-93bp(領域B-3)に結合することを示した。領域B-1とB-3には共通配列TAATA/TANTAAが存在すること、同様の配列がrolCプロモーターの-255bpよりも5’上流側の-728bpから-719bpにも存在することを見い出した。以上の結果は、シス領域の解析結果、即ち「SERAのシス領域は、-255bpより5’上流側と転写開始点側の少なくとも2つの領域に存在している」と矛盾せず、これらの配列がrolCプロモーターの発現制御に関与しうることを示した。

 本研究で行ったSERAを担う発現調節領域を形質転換体を用いて検討した報告は無く、不定胚における遺伝子発現を制御するシス領域の存在様式に関する初めての知見である。更に、各発生段階の不定胚を分離する極めて高度な方法を解析に適応することにより、不定胚発生過程に伴う遺伝子発現機構に関し新しい知見を見い出した点において、この研究は高く評価でき、博士の学位を与えるに十分であると認められた。

 なお、本論文の一部は内宮博文氏、及び横山隆亮氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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