学位論文要旨



No 111039
著者(漢字) 藤江,誠
著者(英字)
著者(カナ) フジエ,マコト
標題(和) シロイヌナズナの細胞増殖・分化過程におけるオルガネラ核の動態に関する分子細胞学的研究
標題(洋)
報告番号 111039
報告番号 甲11039
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2952号
研究科 理学系研究科
専攻 植物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒岩,常祥
 東京大学 助教授 加藤,雅啓
 東京大学 助教授 箸本,春樹
 東京大学 助教授 池内,昌彦
 東京大学 助教授 馳澤,盛一郎
内容要旨

 高等植物の器官形成時の細胞増殖は、根端においてはSchuepp(1917)やClowes(1961)らが、茎頂ではBuvat(1952)やGiffird(1971)らがパラフィン切片を用いて研究してきた。しかし、従来の研究法は解像度が低いために、細胞核以外のオルガネラの挙動を解析するのは困難であった。修士課程において、組織を保った状態で各細胞の個々のオルガネラのDNA量の変動を観察・定量する系を開発し、分裂組織において細胞が増殖・分化する過程でのオルガネラ核(DNAとタンパク質の複合体)の動態を明らかにした。根端では、細胞の活発な増殖・分裂に先行して、根端分裂組織先端部でミトコンドリアのDNA合成が活発化するために、ミトコンドリアのDNA量が増加して巨大ミトコンドリア核を形成する。引き続いて起こる細胞分裂によって巨大ミトコンドリア核は、娘ミトコンドリアに細分される(Fujie et al.,1993)。また、茎頂分裂組織から普通葉が形成される過程でも、その初期においてミトコンドリアと色素体のDNAが特異的に増幅・分配される現象を見いだした。

 細胞増殖の初期に生じるこのオルガネラDNAの特異的な増幅の意義はまだ明らかではない。そこで、オルガネラ核の挙動を指標として、細胞の増殖・分化過程におけるミトコンドリアと色素体の機能分化を分子細胞学的に明らかにし、オルガネラDNAの増幅の意義を探ることが本研究の目的である。そのためには、組織を保った状態で細胞内の個々のオルガネラの機能を解析しなければならない。修士課程で確立したテクノビット樹脂包埋法をさらに改良し、タンパク質の局在やDNA合成を調べるために高解像度間接蛍光抗体法を、オルガネラ内での遺伝子発現を調べるために、超高解像度in situ hybridization(ISH)法を開発した。これらの手法を用いてシロイヌナズナの根端分裂組織の静止中心周辺、普通葉の発達過程、子葉の発達過程でのオルガネラとオルガネラ核の動態を明らかにした。

結果と考察(1)テクノビット樹脂を用いた顕微観察法の改良

 細胞の増殖・分化過程におけるオルガネラ核の動態を調べるには、組織内のどの細胞でいつオルガネラDNAが合成されるかを調べねばならない。従来、組織内におけるDNA合成部位の解析には、[3H]thymidineなどを使ったミクロオートラジオグラフィーが主に用いられてきたが、微小なオルガネラ核におけるDNA合成を研究するにはより高い解像度が必要であった。そこで、tymidineのアナログである5-bromo-2’-deoxyuridine(BrdU)を取り込ませた試料をテクノビット樹脂に包埋し、DNAに取り込まれたBrdUの局在を間接蛍光抗体法で検出する方法を確立した。その結果、組織内においてオルガネラ核レベルでのDNA合成部位の決定が可能になった。

 オルガネラDNAの増幅の意義を調べるには、DNA増幅と遺伝子発現との関係を調べることが必須である。組織レベルでのmRNAの局在を調べるのに用いられる従来のISH法では解像度が低く、個々のオルガネラを認識しながらその遺伝子発現を調べるのは困難である。そこで、テクノビット樹脂を利用した高解像度ISH法を開発し、細胞内でのRNAの局在を半定量的に調べることを可能にした。テクノビット樹脂にポリエチレングリコールを混合して重合させることで試料の反応性を高め、さらに、検出に3次抗体まで用いるなどの改良を加えた。その結果、検出感度が著しく向上し、個々の色素体内におけるpsbA,rbcLなどのmRNAの発現が検出できるようになった。

(2)根端分裂組織におけるオルガネラの挙動

 高等植物の根端分裂組織の先端部におけるDNA合成をミクロオートラジオグラフィーで調べると、細胞核がラベルされる頻度が著しく低い静止中心と呼ばれる領域が存在する。これが、静止中心の一部の細胞が全く細胞分裂をしないため生じているのか、全ての細胞で細胞分裂周期が長いためなのかについての知見はなかった。そこで、シロイヌナズナの芽生えをBrdU存在下で培養し、静止中心近傍、とくに静止中心の先端に位置する中心細胞でのDNA合成を詳細に検討した。24時間の培養で中心細胞の細胞核は7.7%が標識され、全ての細胞でオルガネラ核でのDNA合成が確認された(表1)。これは、シロイヌナズナの静止中心を形成している細胞は、その全てが非常に長い細胞分裂周期で増殖中であり、完全に静止しているのではないことを明瞭に示している。

 根端分裂組織における細胞核とオルガネラ核のDNA合成活性の変化とそれに伴うオルガネラ当たりのDNA量の変化は、細胞質やオルガネラ内でのRNAの量的変化を伴っている可能性が考えられる。そこで、根端分裂組織における細胞質とオルガネラのrRNAの密度分布をテクノビットISH法で半定量的に調べた。細胞質の25SrRNAの密度は、中心細胞を含む根端先端部で低く、細胞分裂が活発な分裂組織中部では高くなり、細胞分裂が停止し分化が進行する分裂組織上部では再び低くなった(図2A、B)。こうした細胞質中のrRNA量の変動はレタスなど他の植物種の根端でも観察され、細胞分裂速度と細胞質のrRNA量には相関があることが予想される。一方、色素体では、分裂組織先端部のDNA含量が多いものでも、分裂組織中部のDNA量が少ないものでも、rRNAの密度は同様に低かった。従って、根端先端部におけるオルガネラDNAの選択的増幅は、転写産物の量を増やすためではないと考えられる。

(3)茎頂分裂組織から普通葉が形成される過程

 茎頂分裂組織から普通葉が形成される過程においても、色素体とミトコンドリアDNAの特異的増幅・分配が行なわれることを修士課程で明らかにした。

 茎頂におけるオルガネラDNAの特異的増幅・分配も根端と同様に細胞核・ミトコンドリア・色素体の三者でDNA合成の活発な時期が異なるために生じると考えられる。しかし、解像度および感度の面から従来のミクロオートラジオグラフィでは茎頂におけるDNA合成を解析するのは困難であった。そこで、BrdU-テクノビット法を用いて、シロイヌナズナの芽生えの茎頂における三者のDNAの合成が活発になる時期を調べた。DNA合成のビークはミトコンドリアは吸水開始後3.5日目以前、細胞核は4.5日にあり、色素体では7日目になっても合成は続いていた(表2)。オルガネラのDNA量がまずミトコンドリアで増え、続いて色素体で増えることが明らかになった。

 この普通葉形成過程の初期に見られるオルガネラ、特に色素体のDNAの増幅は葉緑体の発達、分化の過程で必要な大量のRNAを供給するのに役だっている可能性がある。そこで、テクノビット樹脂を用いたISH法で普通葉の発生過程における個々の色素体内のRNA量の変化を調べた。最初に色素体の23SrRNAについて解析した結果、根端とは異なり高レベルで蓄積されていることが確認された。rRNAの密度は吸水開始後4〜7日まで高かったが、さらに色素体の成熟が進行するとその密度は減少した(図3)。

 同様にして、色素体にコードされるmRNAの発現を調べた。葉緑体に最も多く含まれるmRNAであるpsbA転写産物量の変化を調べた。普通葉の形成過程において、psbAは、吸水開始後約3日目から弱いシグナルが検出され、5日目には急増した。そのシグナルは10日目にはrRNAと同様に弱くなった(図4)。rbcLのmRNA量を調べたところ、全般的にシグナルは弱いがpsbAと類似した増減の傾向を示した。以上3種のRNAの増加はDNAの増幅が生じてから起きており、これはDNAの増幅が葉緑体の遺伝子発現に分化の過程で重要な役割を果たすことを示唆している。

図表表1 シロイヌナズナの中心細胞の、細胞核とオルガネラ核がBrdUを取り込んだ細胞の頻度(%) / 図1 シロイヌナズナ静止中心近傍でのDNA合成。A,CはDAPIによるDNAの染色。B,Dは間接蛍光抗体法によりBrdUが取り込まれた場所を検出している。 / 図2A シロイヌナズナ根端でのrRNAの密度の変化。(A)A,CはDAPIによるDNAの染色。B,Dは25SrRNAをプローブとした、in situハイブリダイゼーションにより細胞質におけるrRNAの密度の変化を検出した。検出は間接蛍光抗体法により行なっている。(B)シロイヌナズナ根端分裂組織におけるrRNA量の変化。in situハイブリダイゼーションのシグナルを表す蛍光を顕微蛍光定量装置を用いて測定し、中心細胞に対する相対値として表した。 / 表2 12時間のBrdU処理ででラベルされた、細胞核、ミトコンドリア色素体の割合(%) / 図3 第1葉の形成過程における、23SrRNAの発現。(A,B)は、吸水後3日目、(C、D)吸水後5日目、(E,F)吸水後7日目、(C,R)吸水後10日目の普通葉。A,C,E,GはDAPIによるDNAの染色を、B,D,F,Rは間接蛍光抗体法による23SrRNAの局在を示している。 / 図4 第1psbAの発現。(A,B)は、吸水後3日目、(C,D)吸水後5日目、(E,F)吸水後7日目、(G,H)吸水後10日目の普通葉。A,C,E,GはDAPIによるDNAの染色を、B,D,F,Hは間接蛍光抗体法によるpsbAのmRNAの局在を示している。

 さらに、RuBisCO(ribulose bisposphate carboxylase/oxygenase)大サブユニットタンパク質の発現時期を間接蛍光抗体染色法で解析した。色素体中のRuBisCOタンパク質の量は色素体DNAの増幅が開始される3日目では非常に少ない。その後、RuBisCOタンパク量はDNA量の増幅が起きる4日目から増加し、5日目以降の葉緑体は大量のRuBisCOを含んでいた(図5)。

(4)子葉での細胞分化におけるオルガネラの挙動

 根端と茎頂では、細胞増殖とオルガネラ分化が平行して生じる。そこで、細胞数の変化を伴わない子葉の系でオルガネラ分化を調べた。修士課程で子葉の葉緑体の発達過程での色素体核の挙動を調べ、個々の葉緑体に含まれるDNAの量は大きくは変化しないが、分化の初期には大型である色素体核はチラコイドの発達につれ、細分されることをすでに明らかにしている。色素体核の小型化は膜の発達に伴って生じる可能性がある。より短時間に進行する色素体分化の系として、エチオプラストが緑化するときの色素体核の形態変化を調べた。暗所で培養したシロイヌナズナの黄化子葉に光を照射し、その後24時間の経時的なオルガネラの変化を組織化学的に調べた(図6)。暗黒下で色素体は、直径4.0±2.8mで、数個の色素体核を含んでいた。光を照射すると、3〜6時間目に時間の経過に伴って色素体核は周辺に移動して、環状にプロラメラボディを取り囲んでいた。24時間目には直径7.8±5mとなり、プロラメラボディからチラコイドが伸び、色素体核は膜の間に散在していった。色素体核が周辺に移動し、その後チラコイドの間に散在していく過程には色素体核と膜との間で何らかの相互作用が働いている可能性がある。顕微蛍光定量装置を用いて、光照射による緑化過程での個々の色素体のDNA量を調べたところ、24時間で2.5倍程度に増加していた。この比は、茎頂のプロプラスチドから葉緑体が形成される過程で生じる20倍の増加に比較すると小さく、DNA含量の観点からするとエチオプラストは葉緑体に近いことがわかった。

 次にエチオプラストの緑化過程における色素体内のRNAの挙動を蛍光ISH法で調べた。23SrRNAは、光照射後0時間でも大量に存在していた。6〜12時間目にプロラメラボディが発達すると、23SrRNAはDNAと同様にプロラメラボディを取り囲むように局在した。その後、チラコイドが発達し葉緑体への分化が進行すると23SrRNAは葉緑体全体に散在するようになった。psbAのmRNAは、暗黒下ではわずかな量しか認められなかったが、光照射後量が増えた。23SrRNAと同様にpsbAもプロラメラボディには認められず、DNAが存在している領域に見られた(図7)。さらに詳しい色素体内でのRNA、DNAの局在を調べるために、電子顕微鏡を用いたISH法でより詳細な動きを検討した。子葉の葉緑体でrRNAの局在を調べたところ、色素体核に含まれるrRNAの量は少なかった。

図表図5 第一葉の形成過程における、ルビスコ大サブユニットの発現。(A,B)は、吸水後3日目、(C,D)吸水後4日目、(E,F)吸水後5日目の普通葉。A,C,EはDAPIによるDNAの染色を、B,D,Fは間接蛍光抗体法によるルビスコ大サブユニットの色素体内における局在を示している。スケールバーは5m。N,細胞核;Mn,ミトコンドリア核;Pn,色素体核;Pt色素体、Mt,ミトコンドリア / 図6 黄化子葉の緑化過程における、色素体とミトコンドリアの膜構造の変化。光照射後24時間でのDAPIによるオルガネラ核の染色と、DiOC6染色によるオルガネラの膜構造の変化を示す。N,細胞核;Mn,ミトコンドリア核;Pn,色素体核;Pt 色素体、Mt,ミトコンドリア / 図7 エチオプラスト緑化過程における、psbA遺伝子局在。光照射後24時間でのpsbAのmRNAの局在の変化を高解像度in situハイブリダイゼーション法により検出した。psbAのシグナルは色素体上に点上に検出された。DAPIによるオルガネラ核の染色と、抗ルビスコ抗体によるルビスコの染色を示す。N、細胞核;Pn,色素体核;Pt,色素体 / 図8 エチオブラスト内でのルビスコタンパク質の局在。光照射後24時間でのDAPIによるオルガネラ核の染色と、抗ルビスコ抗体によるルビスコの染色を示す。N,細胞核;Mn,ミトコンドリア核;Pn,色素体核;Pt,色素体;Mt,ミトコンドリア

 エチオプラスト緑化過程でのRuBisCOの色素体内での局在の変化を間接蛍光抗体法で調べた。RuBisCO大サブユニットは、暗黒下でもエチオプラスト中に大量に観察された。光照射後のプロラメラボディの発達に伴って、rRNAとほぼ同様に色素体内での局在は変化した。シロイヌナズナでは、種子の登熟過程で作られたRuBisCOタンパク質が保持されている可能性がある。

結論

 (1)静止中心での細胞増殖が不活発なのは、静止中心を構成する全ての細胞が非常に長い分裂周期で増殖しているためである。また、根端分裂組織の細胞の増殖活性と細胞質におけるrRNAの密度は正の相関関係がある。

 (2)普通葉の形成過程で原色素体が葉緑体に分化するとき、色素体に含まれるRNA量、タンパク質量の増加に先行して、色素体DNAが特異的に増幅される。

 (3)黄化子葉のエチオプラストは葉緑体とほぼ同量のDNAを含んでいる。葉緑体への分化過程では、膜系の発達にともなってDNA,RNA,タンパク質の色素体内での局在が動的に変化する。

 以上の解析を通じて、オルガネラ核の挙動を指標として細胞の増殖・分化過程におけるオルガネラの機能分化を分子細胞学的に明らかにすることができた。また、葉緑体増殖の初期に見られる色素体DNA量の増幅は、RNAやタンパク質の大量発現に重要な役割を果たしていることが示唆される。

審査要旨

 本論文は4章からなり、第1章では高解像度組織観察法の開発について、第2章では根端分裂組織における静止中心周辺での細胞の挙動について、第3章では茎頂と普通葉の形成過程でのオルガネラの動態について、第4章では黄化子葉の緑化過程におけるオルガネラの動態について述べられている。論文提出者は修士課程において、組織内の各細胞の個々のオルガネラのDNA量の変動を観察・定量する系を開発し、オルガネラ核(DNAとタンパク質の複合体)の動態を解析した。根端では先端部での時期特異的なミトコンドリアのDNA合成のため、大量のDNAを含む巨大ミトコンドリア核が形成され、また、普通葉の形成過程でもオルガネラDNAの時期特異的な増幅を観察した。本論文は、オルガネラ核の挙動を指標として細胞の増殖・分化過程を解析し、オルガネラDNAの増幅の意義を明らかにすることを目的としている。

 第1章では、高解像度の組織観察法の開発について述べている。組織内でのオルガネラ核の動態を調べるには、個々のオルガネラにおいてDNA合成を調べる必要があり、tymidineのアナログであるBrdUを取り込ませた試料をテクノビット樹脂に包埋し、BrdUの局在を間接蛍光抗体法で検出する方法を確立した。個々のオルガネラでの遺伝子発現を調べるために、テクノビット樹脂を利用した高解像度ISH法を開発し、細胞内でのRNAの局在を半定量的に調べることを可能にした。テクノビット樹脂にポリエチレングリコールを混合して重合することで検出感度を著しく向上した。

 第2章では、根端における静止中心周辺での細胞の動態をオルガネラ核という視点から明らかにした。芽生えをBrdU存在下で培養し、中心細胞でのDNA合成を詳細に検討した。中心細胞では24時間で7.7%の細胞で細胞核が標識され、また全ての細胞でオルガネラ核のDNA合成が確認された。これは、静止中心の細胞は、全てが非常に長い細胞分裂周期で増殖中であることを示している。細胞核とオルガネラ核のDNA合成活性の変化は、細胞質やオルガネラ内でのRNAの量的変化を伴うという予測からrRNAの密度分布が調べられている。細胞質の25S rRNAの密度は、細胞分裂が活発な領域では高く、細胞分裂が停止しすると低くなった。オルガネラでは23S rRNAの密度は低く、根端でのオルガネラDNAの増幅は、転写産物の量を増やすためではないことが示唆された。

 第3章では、普通葉の形成過程におけるオルガネラの動態について明らかにしている。普通葉の形成時の、色素体とミトコンドリアでのDNA量の増減の機構を調べるために、DNA合成の様式を調べた。まずミトコンドリアでDNAが合成されはじめ、続いて色素体で合成された。この色素体DNAの増幅は大量のRNAを供給するのに役立つと考え、個々の色素体のRNA量の変化をISH法で調べた。色素体の23S rRNAではDNA増幅が生じた後高くなった。psbAのmRNAは、吸水開始後3日目から弱いシグナルが検出され、5日目には急増した。RNAの増加はDNAの増幅後生じており、葉緑体でのDNA増幅が遺伝子発現に重要な役割を果たすことを示唆した。さらに、RuBisCOタンパク質の発現時期を解析した。RuBisCOの量は3日目では非常に少ないが、その後、DNA量の増幅が起きる4日目から増加し、5日目以降の葉緑体は大量のRuBisCOを含んでいた。

 第4章では、暗所で培養した黄化子葉が緑化する過程のオルガネラの動態が述べられている。緑化過程での個々の色素体のDNA量は、24時間で2.5倍程度に増加した。この比は、茎頂のプロプラスチドから葉緑体が形成される過程の20倍に比較すると小さく、DNA含量の観点からエチオプラストは葉緑体に近いことが判明した。緑化過程における色素体内のRNAの動態をISH法で調べた。23S rRNAは、光照射後0時間でも存在し、6〜12時間目には増加した。psbAのmRNAは、暗黒下ではわずかな量しか認められなかったが光照射後増加した。RuBisCO大サブユニットは、暗黒下でもエチオプラスト中に大量に観察された。

 論文提出者は、根端と茎頂の細胞における細胞の増殖過程を解析し、色素体あたりのDNA量の増幅が色素体での機能発現において重要な役割を果たしていることを示した。オルガネラ核という視点から細胞増殖過程を解析した本論文提出者の業績は優れている。なお、本論文の第1、2、3、4章は河野重行、黒岩常祥、黒岩晴子、鈴木健史、鳥山尚志各氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析および検証を行なったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。従って、博士(理学)を授与できると認める。

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