食物を巡る競合の種類や強さは、動物の生態に影響を与える大きな要因である。霊長類についても、多様な社会生態が食性や採食競合の種類と強く関わることがこれまでの研究から示唆されている。マダガスカルに生息するレムール類は、性比が1であること、メスがオスより順位が高いことをはじめ、他の霊長類に見られない社会生態の特徴を備えることが近年明らかになり、これらのユニークな社会生態を社会生態学のこれまでの理論で説明できるかどうか興味がもたれている。本研究は、ベレンティ保護区に生息するレムールの一種であるPropithecus verreauxiを対象に、その食性、群れ内の採食競合の質と社会構造の特徴との関係を明らかにしようと試みたものである。中でも、メスがオスより順位が高いのは、レムールのメスの繁殖コストが他の霊長類と比べて特別高いため、オスにとっては自分の交尾相手に食物をゆずり、究極的に自分の繁殖成功度を上げようとする適応的意義を持つという説がある。この説を検証するために、繁殖期にメスとオスの食物必要量がどの程度変化するかを推定し、他の霊長類と比較した。結果は以下の通りである。 2群のP.verreauxiの食性は、食物の利用可能度の変化に対応して季節変動した(図1)。果実、新葉類の少ない寒-乾季は、食物の大半を占めるのは成熟葉であったが、暑-雨季には成熟葉が依然存在しているにも関わらず、果実と新葉類を選択的に採食した。P.verreauxiの食性は従来opportunisticと表現されていたが、果実、未成熟葉を好んで採食し、それが不可能な季節に成熟葉に依存していると考える方が妥当である。 図1 採食時間にしめる各食物タイプの割合(上)と、その地域のタイプ別の食物利用可能度(下) 採食の通貨を明らかにするために、より長距離を探索し、すなわちより長時間を探索に費やしてより多くの食物と遭遇した時に、どのような食物を選択しているか調べた。葉食期と果実採食期の2カ月間について、その日の遊動距離と採食成功度を示すいくつかの指標の関係を調べたところ、葉食期に2群のうち1群では、遊動距離が長い日には、食物に占める繊維分が低かった。しかし、採食時間長、採食量、平均採食速度、粗タンパク質含有率は、いずれの群でも遊動距離とは関係がなかった。 一方、果実食期には、長距離遊動した日には、摂取エネルギー量が多くなる傾向があり、平均採食速度が高くなった。しかし、採食量(g)、採食時間長、粗繊維含有率、粗タンパク含有率には、遊動距離との関係は見られなかった(図2)。このことは、P.verreauxiが、葉食期には繊維分の多い食物を避ける傾向、果実食期には摂取エネルギー量を最大化しようとする戦略を採っていたことを示唆している。 図2 一日の遊動距離と採食成功度の関係 次に、レムールのメスは他の霊長類に比べとりわけ高い繁殖のコストを背負っているという仮説を検証するため、メスの繁殖のコストが最も高くなる、授乳期の採食量を推定し、非授乳中のメス、オスのそれと比較した。雨期に当たる授乳期の後半にメスの採食量は最も高くなり、非授乳メス、オスとの差は最大1.5約倍であった(図3)。 図3 性、繁殖状態と栄養摂取量 この数値は、他の霊長類で推定されたものより大きいとは言えず、この点で特別レムールメスの繁殖コストが大きいと考えることはできない。ただし、レムールは体の大きさに性的2型がない。従って、観察されたオスとの採食量の差、最大1.5倍は、性的二型のある霊長類に比べれば大きいといえる。したがって、オスとメスのあいだに、この時期、食物資源を巡る利得の非対称性が存在するという仮説は支持された。 3つめに、群の中での順位と採食成功度の関係を調べた。この結果は、2つの疑問に対する答えである。ひとつは、メスがオスより優位であることにより、本当に採食上の利益を被っているか。ふたつめに、葉食性霊長類では群の中で順位による採食成功度の差はないと予想されているが、事実はどうか、ということである。3つの群のうち乾燥林に生息する1群では寒-乾季と暑-雨季に、河辺林に生息する2群のうち1群で暑-雨季に、順位の高い個体の採食効率は高かった(図4)。この結果は、順位と採食成功度の関係は必ずしも常には存在しないが、食物の質や量によっては明らかになることを示している。食物を巡る直接的な敵対的交渉の頻度はそれ以外の時に比べ高かった。また、日中約80%という非常に長い時間を、ある個体は他個体から半径5m以内で過ごし、この傾向は採食中でも見られた。群としての広がりが狭いことも、採食成功度の順位差を生む要因であると考えられる。 図4 群れ内順位と採食成功度(雨季) 季節的な環境変動に対するP.verreauxiの採食戦略は、果実や新葉の少ない非活動的な寒-乾季には成熟葉を少量採食すること、そして暑-雨季には果実類と新葉を大量に採食し、活動性を高めることである。メスの採食量が最も多くなる育児期後半と、果実・新葉の利用可能度が高い時期は一致している。従って、繁殖期の強い季節性は、このような食物環境の季節変動と大きく関わっていると考えられる。さらに、1群のオトナの数が5頭を越える群では、少なくとも暑-雨季には群の中で食物を巡る競合が起きている。子育て期であるこの時期、順位の高いメスは、順位の低いオスより高い採食成功度を上げることができるといえることが分かった。 |