学位論文要旨



No 111046
著者(漢字) 田端,寛和
著者(英字)
著者(カナ) タバタ,ヒロカズ
標題(和) 九州木浦鉱山地域の接触変成作用に伴う流体の移動とその変化
標題(洋) Fluid flow and its evolution during contact metamorphism at the Kiura mining area,central Kyushu,Japan
報告番号 111046
報告番号 甲11046
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2959号
研究科 理学系研究科
専攻 地質学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 島崎,英彦
 東京大学 教授 中村,保夫
 東京大学 教授 鳥海,光弘
 東京大学 教授 松本,良
 東京大学 助教授 中嶋,悟
内容要旨

 浅所貫入型のカコウ岩体の周辺には、熱変成作用の他に、ときとして鉱化作用が発達する。鉱化作用は、元素の移動・濃集という点で、流体相の移動現象そのものであり、その流体相の起源として、カコウ岩固結時に発生されるマグマ起源の熱水と、地表水(天水)を挙げるのが普通ある。では、同じ場で形成される接触変成岩には流体相の影響は全くなかったのであろうか。あったとすれば、それはやはり、マグマ水や天水であったのか。本研究は、大分県木浦鉱山地域の接触変成帯を例に、この問題に取り組んだ。ここでは、鉱物組み合わせ解析と酸素・炭素安定同位体比の分析をもとに、変成作用から鉱化作用にかけての熱水系の変化を流体相の移動様式とその起源に注目して考察をした。

 大分県木浦鉱山地域には、秩父帯南帯・四万十帯を構成する砂質・泥質岩、石灰岩、珪質石灰岩、チャートが広く分布する。これらの堆積岩類は、大崩山カコウ岩体の貫入・熱変成作用を受けてホルンフェルスに変成されており、変成度はカコウ岩類が露出する南方に向かって上昇する傾向にある。地質温度計・圧力計や変成鉱物の組合わせを利用して変成作用時の温度・圧力条件を求めると、カコウ岩体近傍で、約690℃、2.5kbar、北に向かって温度は低下し、低変成度地域では約400℃と推定された。泥質ホルンフェルスの鉱物組合わせもこれに調和的で、変成度の上昇に伴って、黒雲母、菫青石、紅柱石の変成鉱物がこの順に出現する。しかし、晶質石灰岩・珪質石灰岩では、一般に、滑石、トレモライト、透輝石、珪灰石、カンラン石の順番でこれらの鉱物が出現するが、他の変成帯と異なり、珪灰石が比較的低温域から認められる。

 珪灰石は本地域に分布する珪質石灰岩の主要変成鉱物である。非変成〜弱変成度ではチャート・石灰岩・珪質石灰岩の互層が露出し、このうち珪質石灰岩には放散中化石が含まれる。珪灰石はこれらの岩石が次の反応から形成したと考えられる;

 

 珪灰石の出現開始温度は約400℃で、CO2の圧力=固相圧(2.5kb)で珪灰石が晶出する温度:745℃に比べて大変低い。約450℃でこの反応が起こるには、流体圧=固相圧を仮定した時、流体相中のCO2モル分率()=0.004以下でなければならない。流体圧=静水圧(0.93kb)としても=0.01で、どちらにしても珪灰石の生成には熱供給だけでなく、流体相中のCO2濃度を下げる作用が駆動力となっていたことを示す。珪灰石中にはH2Oに富んだ流体包有物が多く含まれることから、H2Oの流入がCO2分圧を下げたと考えられる。

 また、珪灰石の量から求めた反応(1)の反応進行度は、化学平衡条件下での温度上昇モデルで計算した進行度の10倍〜100倍におよぶ。このことは、H2O流体はCO2分圧を下げるだけでなく、岩石中を浸透していたことを示唆する。すなわち、次々と浸透するH2O流体に対し、反応(1)の化学平衡で制約されるCO2分率を維持するため、緩衝作用が働いていたことを珪灰石の量が表している。

 次に、珪灰石の酸素同位体比から浸透流体の起源について考察した。珪灰石の酸素同位体比は試料によって変動はあるものの、上限で18O(SMOW)=23〜26‰を示す。非変成珪質石灰岩の方解石、石英の18Oは、それぞれ、22〜24‰、26〜27‰であることから、珪灰石の18Oは源岩の値を維持している。先に議論したように、珪灰石生成反応が流体相の浸透で促進されたことを考えると、その流体相は堆積岩類と同位体平衡にあった流体、つまり変成流体であったと考えられる。しかし、鉱物間での同位体平衡を調べてみると、高変成度以外では方解石と珪灰石の間に同位体平衡が必ずしも成立していない。微小領域での詳細な測定によると、珪灰石岩と晶質石灰岩との層境界で同位体比は減少し、方解石・珪灰石間の同位体分別も平衡値に接近している場合がある。この酸素同位体変質は珪灰石と共存する柱石の塩素イオン濃度とも相関関係がある。すなわち、酸素同位体比が軽いものほど柱石の塩素イオン濃度が高い傾向にある。スカルン・鉱石鉱物と共生する石英・方解石は塩濃度で8〜16%のH2Oに富む流体包容物を含むこと、これらの酸素同位体比は12〜14‰であること、また、アプライトの18Oも約11‰であることから考えると、先の同位体変質を及ぼした流体はマグマ水であることが予想される。これは、カコウ岩体固結末期に発生したマグマ水の一部が、岩相境界部のような透水率の高いところに沿って浸透したことを示している。このように、珪灰石岩は、変成作用に関与した流体と、その後に卓越したマグマ水との両方の活動を記録している。

審査要旨

 本論文は5章からなっており、第1章では変成作用における水の役割について、これまでの研究の結果を総括し、本研究の意義を述べている。第2章では、九州木浦鉱山地域の地質について述べ、さらに第3章では花崗岩の貫入による接触変成作用の熱構造を解析している。第4章では軽安定同位体の測定結果を述べ、第5章ではこれらのデータをもとに、接触変成時の流体の起源とその流動について解析している。

 浅所貫入型の花崗岩体の周辺には、熱変成作用のほかに、ときとして鉱化作用が発達する。鉱化作用は、元素の移動・濃集という点で、流体相の移動現象そのものであり、その流体相の起源として、花崗岩固結時に発生するマグマ起源の熱水と、地表水(天水)を挙げるのが普通である。では、同じ場で形成される接触変成岩には、流体相の影響は全くなかったのであろうか。あったとすれば、それはやはり、マグマ水や天水であったのか。本研究は、大分県木浦鉱山地域の接触変成帯を例に、この問題に取り組んだものである。ここでは、鉱物組み合わせ解析と酸素・炭素安定同位体比の分析をもとに、変成作用から鉱化作用にかけての熱水系の変化を、流体相の移動様式とその起源に注目して考察をした。

 大分県木浦鉱山地域には、秩父帯南帯・四万十帯を構成する砂質・泥質岩、石灰岩、珪質石灰岩、チャートが広く分布する。これらの堆積岩類は、大崩山花崗岩体の貫入・熱変成作用を受けてホルンフェルスに変成されており、変成度は花崗岩類が露出する南方に向かって上昇する傾向にある。地質温度計・圧力計や変成鉱物の組合わせを利用して変成作用時の温度・圧力条件を求めると、花崗岩体近傍で、約690℃、2.5kbarであり、北に向かって温度は低下し、低変成度地域では約400℃と推定された。泥質ホルンフェルスの鉱物組合わせもこれに調和的で、変成度の上昇に伴って、黒雲母、菫青石、紅柱石の変成鉱物がこの順に出現する。しかし、晶質石灰岩・珪質石灰岩では、一般に、滑石、トレモライト、透輝石、珪灰石、かんらん石の順番でこれらの鉱物が出現するが、他の変成帯と異なり、珪灰石が比較的低温域から認められる。

 珪灰石は本地域に分布する珪質石灰岩の主要変成鉱物である。非変成〜弱変成度ではチャート・石灰岩・珪質石灰岩の互層が露出し、このうち珪質石灰岩には放散虫化石が含まれる。珪灰石はこれらの岩石が次の反応を起こすことによって形成したと考えられる:

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 珪灰石の出現開始温度は約400℃で、CO2の圧力=固相圧(2.5kb)の条件下で珪灰石が晶出する温度:745℃に比べて大変低い。約450℃でこの反応が起こるには、流体圧=固相圧を仮定した時、流体相中のCO2モル分率()=0.004以下でなければならない。流体圧=静水圧(0.93kb)としても=0.01で、どちらにしても珪灰石の生成には熱供給だけでなく、流体相中のCO2濃度を下げる作用が駆動力となっていたことが結論される。珪灰石中にはH2Oに富んだ流体包有物が多く含まれることから、H2Oの流入がCO2分圧を下げたと考えられる。

 また、珪灰石の量から求めた上記の反応の反応進行度は、化学平衡条件下での温度上昇モデルで計算した進行度の10倍〜100倍におよぶ。このことは、H2O流体はCO2分圧を下げるだけでなく、岩石中を浸透する流れであって、絶えず新たな水が反応の場に加わっていたことを示している。すなわち、次々と浸透するH2O流体に対し、上記の反応の化学平衡で制約されるCO2分率を維持するような緩衝作用が、長時間働いていたと考えることによってのみ、多量の珪灰石の生成が説明しうる。

 次に、珪灰石の酸素同位体比から浸透流体の起源について考察した。珪灰石の酸素同位体比は試料によって変動はあるものの、上限で18O(SMOW)=23〜26‰を示す。非変成珪質石灰岩の方解石・石英の18Oは、それぞれ、22〜24‰、26〜27‰であることから、珪灰石の18Oは源岩の値を維持しているといえる。先に議論したように、珪灰石生成反応が流体相の浸透で促進されたことを考えられるが、その流体相が珪灰石の同位体組成を大きく変化させなかったという事実は、この流体が堆積岩類と同位体平衡にあった流体、つまり変成流体であったことを示していると考えられる。しかし、鉱物間での同位体平衡を調べてみると、高変成度地域以外では、方解石と珪灰石の間の同位体平衡は、必ずしも成立していないことが明かとなった。

 微小領域での詳細な測定によると、珪灰石岩と晶質石灰岩との層境界で同位体比は減少し、方解石・珪灰石間の同位体分別も平衡値に接近している場合があることが分かった。この酸素同位体変質は珪灰石と共存する柱石の塩素イオン濃度とも相関関係がある。すなわち、酸素同位体比が軽いものほど柱石の塩素イオン濃度が高い傾向にある。スカルン・鉱石鉱物と共生する石英・方解石は塩濃度で8〜16%のH2Oに富む流体包有物を含むこと、これらの酸素同位体比は12〜14‰であること、また、アプライトの18Oも約11‰であることから考えると、このような同位体変質を及ぼした流体はマグマ水であることが予想される。これは、花崗岩体の固結末期に発生したマグマ水の一部が、岩相境界部のような透水率の高いところに沿って浸透したことを示していると解釈される。このように、珪灰石岩は、変成作用に関与した流体と、その後に卓越したマグマ水との両方の活動を記録していることが明かとなった。

 本論文は上述のように、綿密な地質学的産状の検討をもとに、変成作用における流体の役割と、その起源・流れの詳細を解明したもので、これまで単に熱変成として片付けられていた鉱物学的諸変化が、様々な起源の水によって規制されていることを明確に示したものである。その解析は独創性に富み、得られた結果の岩石学・化学地質学への貢献はきわめて高いものと判断される。

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