内容要旨 | | 山東半島は中華人民共和国において,最も産出額の大きい産金地域として有名である。この地域に分布する主要な岩石は,グリーンストーン(2.6-2.4b.y.),コンダライト(2.4-1.8b.y.),ミグマタイト(681Ma),花崗岩類(150Ma),ランプロフィイアー(100Ma)である。始生代のグリーンストーンを含む地域は,金の鉱化作用の著しい所として,世界各地でよくしられている。しかし本地域では,後述のように金の鉱化時期は白亜紀であることが判っており,グリーンストーンと金の鉱化とは時期を異にしている。本研究では,この両者の関係に注目しつつ,大規模な金の鉱化が起こるためには,どのような地質学的・地球化学的条件が必要であるのかを明らかにすることを目指した。このため本論文では,図1に示されているように,三つの異なる岩石を母岩とする代表的な金鉱床,(A)焦家(Jiaojia),(B)馬家(Majiayao),(C)金青頂(Jinqingding),を研究の対象に選び,これらの鉱床を形成した鉱液にどのような差異あるいは共通性がみられるかを検討した。 Fig.1.The geological map of Shandong Peninsula in China 焦家金鉱床は主として鉱型であって,鉱体はグリーンストーンとの境界に近い花崗岩中に賦存している。鉱化の時期は,K-Ar法により約105Maと求められている(Luo and Wu,1991)。鉱化作用に伴う変質により,母岩である花崗岩類には,カリ長石と絹雲母が生じている。鉱石は主として黄鉄鉱・黄銅鉱・絹雲母・石英よりなっている。 馬家金鉱床は石英脈型で,母岩はグリーンストーンである。脈の方向は,NNW-SSE系の断層により支配されている。鉱化の時期は,K-Ar法により約135Maと求められている(Luo and Wu,1991)。脈に接するグリーンストーンは絹雲母化作用を蒙っている。脈中の硫化鉱物は黄鉄鉱・方鉛鉱・閃亜鉛鉱・黄銅鉱で,緑泥石・カリ長石・菱鉄鉱などの脈石鉱物を伴っている。 金青頂金鉱床も石英脈型で,母岩はミグマタイトである。脈の方向は,NNE-SSW系の断層により支配されている。本鉱床では鉱化溶液の活動は三期に分けることができる。鉱化の時期は,K-Ar法により約115Maと求められている(Luo and Wu,1991)。鉱脈に伴う変質鉱物としては,絹雲母・カリ長石・カオリナイト・方解石が認められる。鉱脈の主要構成鉱物は黄鉄鉱・黄銅鉱・菱鉄鉱・石英である。 流体包有物の充填温度の測定などにより,これら三鉱床の生成温度はそれぞれ255℃,300℃,310℃,また生成圧力は三鉱床とも約800barsと求められた。流体包有物の凍結温度の測定は,鉱液の塩濃度は低いことを示した。変質鉱物の組み合わせから,pHはそれぞれ4.8,4.5,5.6と見積ることができる。また,炭酸塩鉱物の炭素同位体値の変動幅が小さいこと,硫化鉱物の硫黄同位体値の変動幅が小さいことから,鉱液中でのメタンと硫酸イオンの濃度は,無視できるほど低かったと推定した。この条件から,酸素分圧は焦家鉱床では10-38-10-35,馬家鉱床では10-34-10-31,金青頂鉱床では10-34-10-32気圧と見積ることができる。これにより,これら三鉱床の鉱化流体中の全硫黄濃度は約0.1-0.001mol/kgと計算される。このような条件下での金の運搬形態としては,Au(HS)2-が最も安定であることがしられており,流体中での金の溶解度はnx1000〜nppbに達していたと計算される。この溶解度は高品位鉱床を形成するのに充分な値である。 鉱床を形成している石英を用い,その酸素同位体組成を測定して,温度のデータを組み合わせることにより,鉱液の酸素同位体組成を推定した。また石英中の流体包有物をデクレピテーション法でとりだし,金属亜鉛で還元して水素を発生させ,その同位体組成を測定した。これらの同位体のデータから,三つの鉱床ともその鉱化溶液は天水起源であったと考えられる。鉱床および各種の岩石の硫黄と鉛の同位体組成も測定したが,これらのデータも,母岩と鉱床との強い成因的関係を示唆している。おそらく金も母岩より抽出されたのであろう。 山東半島には,ランプロファイアーの岩脈が多数分布している。野外での観察結果は,このランプロファイアーと金の鉱化作用が,時間的にも空間的にも,密接に伴っていることを示している。金の鉱化作用にたいするランプロファイアーの役割は,1)金の供給源の一部,2)熱源,3)金の沈澱に必要なFe2+イオンの鉱化溶液への供給源,であったと考えられる。 地球化学的検討の結果,変質を蒙った岩石は未変質の岩石と比較すると,FeOが常に減少していることが認められた。この事実は,変質の過程を通じて大量のFe2+イオンが,鉱化溶液へ供給されたことを示している。Fe2+イオンが溶液に供給されると,金の錯体Au(HS)2-は以下の式のような反応により,不安定となって金を沈澱する。 この反応は従来あまり注目されていないが,二価の鉄に富む岩石が金の沈澱に果たす役割は大きいと考えられる。扱った三鉱床において金の富鉱体は,常に大量の黄鉄鉱を伴っているという事実も,この解釈の妥当性を示すものであろう。 山東半島においては,花崗岩類の活動の最末期近くとなってようやく天水が花崗岩体近傍にまで浸透できるようになり,更に局所的なランプロファイアーのマグマ活動による温度構造のみだれによって,天水の循環がひきおこされ,グリーンストーンを初めとする各種岩石の中から金を抽出し,金鉱床が形成されたのであろう。 本研究により大規模な金鉱床の形成には,以下の諸条件のすべてが同時に満たされる必要があることが明らかとなった。すなわち,1)天水の循環が起きうるような適度な深度に,充分な熱源と温度構造の乱れが存在すること,2)高い金の溶解能力を保証するために,鉱液が適当な温度・圧力・pH・酸素分圧・全硫黄濃度値をもっていること,3)金の供給源として適当な,種々の岩石が存在すること,4)上昇する鉱液が散逸することを防ぐ,通路としての断層系が存在すること,5)金を沈殿させるための条件(二価の鉄に富む母岩があること,鉱液を希釈する機構が働くことなど)が整うこと。 おそらく本地域の金鉱床に集積している金は,初成的にはグリーンストーン ベルトを形成したマグマ活動によって,マントルから地表付近へともたらされ,いったんは始生界の岩石中に逸散していたものが,天水起源の循環熱水系により溶脱されて,現在の場所へと運ばれてきたと考えられる。世界のグリーンストーン ベルトにおいて,このような若い時代の鉱床が稀であるのは,始生代に形成されたグリーンストーン ベルトが,ほとんどの場合大陸地殻の中心を作り,その後に強烈な火成作用を蒙ることがないことによるのであろう。中国大陸においては,たまたまグリーンストーン ベルトが中生代に大陸の縁辺部にもちきたらされており,クラプレートの沈み込みによる燕山期の花崗岩類の貫入をうけることによって,物質の移動と再濃集がひきおこされたものであろう。 |
審査要旨 | | 本論文は11章からなっており,第1章から第3章では,山東半島の地質と,本論文で取り上げられる三つの鉱床についての記述がなされている。山東半島は中華人民共和国において,最も産出額の大きい産金地域として有名である。この地域に分布する主要な岩石は,グリーンストーン(2.6-2.4b.y.),コンダライト(2.4-1.8b.y.),ミグマタイト(681Ma),花崗岩類(150Ma),ランプロファイアー(100Ma)である。始生代のグリーンストーンを含む地域は,金の鉱化作用の著しい所として,世界各地でよくしられている。しかし本地域では,金の鉱化時期は白亜紀であることが判っており,グリーンストーンと金の鉱化とは時期を異にしている。本研究では,この両者の関係に注目しつつ,大規模な金の鉱化が起こるためには,どのような地質学的・地球化学的条件が必要であるのかを明らかにすることを目的とした。このため本論文では,三つの異なる岩石を母岩とする代表的な金鉱床,(A)焦家(Jiaojia),(B)馬家(Majiayao),(C)金青頂(Jinqingding),を研究の対象に選び,これらの鉱床を形成した鉱液にどのような差異あるいは共通性がみられるかを検討した。 焦家金鉱床は主として鉱染型であって,鉱体はグリーンストーンとの境界に近い花崗岩中に賦存している。鉱化の時期は,K-Ar法により約105Maと報告されている。鉱化作用に伴う変質により,母岩である花崗岩類には,カリ長石と絹雲母が生じている。鉱石は主として黄鉄鉱・黄銅鉱・絹雲母・石英よりなっている。 馬家金鉱床は石英脈型で,母岩はグリーンストーンである。脈の方向は,NNW-SSE系の断層により支配されている。鉱化の時期は,K-Ar法により約135Maと報告されている。脈に接するグリーンストーンは絹雲母化作用を蒙っている。脈中の硫化鉱物は黄鉄鉱・方鉛鉱・閃亜鉛鉱・黄銅鉱で,緑泥石・カリ長石・菱鉄鉱などの脈石鉱物を伴っている。 金青頂金鉱床も石英脈型で,母岩はミグマタイトである。脈の方向は,NNE-SSW系の断層により支配されている。本鉱床では鉱化溶液の活動は三期に分けることができる。鉱化の時期は,K-Ar法により約115Maと報告されている。鉱脈に伴う変質鉱物としては,絹雲母・カリ長石・カオリナイト・方解石が認められる。鉱脈の主要構成鉱物は黄鉄鉱・黄銅鉱・菱鉄鉱・石英である。 第4章には流体包有物の研究結果が,また第5章では鉱化流体の物理化学的条件の推定結果が示されている。流体包有物の充填温度の測定などにより,これら三鉱床の生成温度はそれぞれ255℃,300℃,310℃,また生成圧力は三鉱床とも約800barsと求められた。流体包有物の凍結温度の測定は,鉱液の塩濃度は低いことを示している。変質鉱物の組み合わせから,pHはそれぞれ4.8,4.5,5.6と見積ることができる。また,炭酸塩鉱物の炭素同位体値の変動輻が小さいこと,硫化鉱物の硫黄同位体値の変動幅が小さいことから,鉱液中でのメタンと硫酸イオンの濃度は,無視できるほど低かったと推定した。この条件から,酸素分圧は焦家鉱床では10-38-10-35,馬家鉱床では10-34-10-31,金青頂鉱床では10-34-10-32気圧と見積ることができる。これにより,これら三鉱床の鉱化流体中の全硫黄濃度は約0.1-0.001mol/kgと計算される。 第6章では,このような条件下での金の運搬形態について考察し,Au(HS)2-が最も安定であることを示し,流体中での金の溶解度はnx1000〜nppbに達していたことを計算で示した。この溶解度は高品位鉱床を形成するのに充分な値である。 第7・8章では水素・酸素・炭素・硫黄の軽安定同位体と,鉛の同位体の測定結果について述べられている。まず,鉱床を形成している石英を用い,その酸素同位体組成を測定して,温度のデータを組み合わせることにより,鉱液の酸素同位体組成を推定した。また石英中の流体包有物をデクレピテーション法でとりだし,金属亜鉛で還元して水素を発生させ,その同位体組成を測定した。これらの同位体のデータから,三つの鉱床ともその鉱化溶液は天水起源であったと考えられる。鉱床および各種の岩石の硫黄と鉛の同位体組成も測定したが,これらのデータも,母岩と鉱床との強い成因的関係を示唆している。おそらく金も母岩より抽出されたのであろうと推定される。 山東半島には,ランプロファイアーの岩脈が多数分布している。野外での観察結果は,このランプロファイアーと金の鉱化作用が,時間的にも空間的にも,密接に伴っていることを示している。第9章では金の鉱化作用にたいするランプロファイアーの役割について考察し,ランプロファイアーは,1)金の供給源の一部,2)熱源,3)金の沈澱に必要なFe2+イオンの鉱化溶液への供給源,であったと考えた。 第10章では母岩の変質についての研究結果について記述し,地球化学的検討の結果,変質を蒙った岩石は未変質の岩石と比較すると,FeOが常に減少していることを結論している。この事実は,変質の過程を通じて大量のFe2+イオンが,鉱化溶液へ供給されたことを示している。Fe2+イオンが溶液に供給されると,金の錯体Au(HS)2-は以下の式のような反応により,不安定となって金を沈澱する。 この反応は従来あまり注目されていないが,二価の鉄に富む岩石が金の沈澱に果たす役割は大きいと考えられる。扱った三鉱床において金の富鉱体は,常に大量の黄鉄鉱を伴っているという事実も,この解釈の妥当性を示すものであろう。 第11章ではこれまでの結果をまとめ,金鉱床の生成モデルを提出している。すなわち,山東半島においては,中生代の花崗岩類の活動の最末期近くとなってようやく天水が花崗岩体近傍にまで浸透できるようになり,更に局所的なランプロファイアーのマグマ活動による温度構造の乱れによって,天水の循環がひきおこされ,グリーンストーンを初めとする各種岩石の中から金を抽出し,金鉱床が形成された。 本研究により大規模な金鉱床の形成には,以下の諸条件のすべてが同時に満たされる必要があることが明らかとなった。すなわち,1)天水の循環が起きうるような適度な深度に,充分な熱源と温度構造の乱れが存在すること,2)高い金の溶解能力を保証するために,鉱液が適当な温度・圧力・pH・酸素分圧・全硫黄濃度値をもっていること,3)金の供給源として適当な,種々の岩石が存在すること,4)上昇する鉱液が散逸することを防ぐ,通路としての断層系が存在すること,5)金を沈殿させるための条件(二価の鉄に富む母岩があること,鉱液を希釈する機構が働くことなど)が整うこと。 おそらく本地域の金鉱床に集積している金は,初成的にはグリーンストーン ベルトを形成したマグマ活動によって,マントルから地表付近へともたらされ,いったんは始生界の岩石中に逸散していたものが,天水起源の循環熱水系により溶脱されて,現在の場所へと運ばれてきたと考えられる。世界のグリーンストーン ベルトにおいて,このような若い時代の鉱床が稀であるのは,始生代に形成されたグリーンストーン ベルトが,ほとんどの場合大陸地殻の中心を作り,その後に強烈な火成作用を蒙ることがないことによる。中国大陸においては,たまたまグリーンストーン ベルトが中生代に大陸の縁辺部にもちきたらされており,クラ プレートの沈み込みによる燕山期の花崗岩類の貫入をうけることによって,物質の移動と再濃集がひきおこされたものであろうと結論される。 本論文は以上のように,現在の学問レベルで考えられるあらゆる手法を駆使して。自然界における金の濃集例について解析を行い,金の濃集・運搬機構を明らかにしたものしたもので,その解析の着想は独創性に富んでおり,得られた結果の鉱床学への寄与はきわめて高いと判断される。 |