学位論文要旨



No 111049
著者(漢字) 佐伯,和人
著者(英字) Saiki,Kazuto
著者(カナ) サイキ,カズト
標題(和) マグマ分化モデルからみたユークライト隕石の起源について
標題(洋) Origins of eucrites deduced from magma differentiation model.
報告番号 111049
報告番号 甲11049
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2962号
研究科 理学系研究科
専攻 鉱物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,弘
 東京大学 教授 宮本,正道
 東京大学 助教授 田賀井,篤平
 東京大学 助教授 堀内,弘之
 東京大学 講師 小澤,徹
内容要旨

 本研究は分化した小惑星地殻から飛来した隕石について鉱物学的研究を行い、そこから得られた情報をもとに小惑星地殻分化モデルを構築し、コンピュータシミュレーションで検証する全過程を提示するものである。隕石試料の研究から、隕石母天体のなかには火成活動によって分化した地殻を持つものがある事が知られている。主に斜長石と単斜輝石からなるユークライト(E)、主に斜方輝石からなるダイオジェナイト(D)、その2種の混合角レキ岩であるホワルダイト(H)の3種の隕石群は頭文字をとってHED隕石といわれ、太陽系形成の初期に同じ小惑星上で大規模な溶融をうけたマグマから生じたとされている。HED隕石母天体地殻の構成物質は太陽系の始原物質であり、環境は低圧無水、還元環境のためFe3+も存在しないので、岩石溶融実験のデータ等をもとにしたシミュレーションを行う系として最適である。このうち地殻表層付近を形成していたとされるユークライト隕石の起源については、部分溶融液が固結したとする"部分溶融説"(例Stolper,1977)と、大規模なマグマの海が固まったものだとする"マグマ大洋説"(例Ikeda & Takeda,1985)を中心に現在も熱い討論の対象となっている。著者は小惑星地殻分化の過程を明らかにするためにこの地殻分化の解明の鍵となる構成物を含む隕石試料を研究した。その隕石の一つポリミクト角レキ岩は小惑星地殻の様々な岩相の岩石が衝撃により角レキ混合したものであり、集積岩ユークライトはマグマからの晶出集積物とされる物である。これらの隕石はこれまで、欧米の研究者が地殻分化モデル構築のためにはほとんど取り上げなかった種類の物である。それは、前者は構成岩片の複雑さが、後者は化学組成と鉱物組織の解釈の難しさが壁となっていたためであろう。

 本研究ではポリミクト角レキ岩として、Y791439、Y791192、Y82009、Y82049を、集積岩ユークライトとして、Medanitos、Nagaria、ALH85001、Y791195を研究した。分析手法は主にX線微小領域分析装置(EPMA)による微小領域化学組成分析、及び、走査型電子顕微鏡(SEM)による岩石鉱物微細組織観察である。特にポリミクト角レキ岩については、著者らの開発した輝石化学組成マッピングシステムPXQUADsystem(Saiki et al.,1991)によってポリミクト角レキ岩中にどのような種類の輝石が混合しているかを組織と組成について、かつ定量的に詳細に分析した。さらに種類分けした問題となる輝石をSEM、EPMAによって詳しく分析した。次に得られた化学組成データをもとに結晶とマグマの分配係数を主に使ってマグマ分化の道筋の推測を試みた。コンピュータシミュレーションの手法は、隕石中の輝石の組成と平衡に共存する液組成のFeO、MgO、CaOの活量をNielsen & Dungan(1983)の鉱物-液分配モデルを用いて計算推測する方法で行なった。さらにモデルを検証するために著者はFeOとMgOとを溶質とする混合溶液のような仮想的なマグマをつくり、ここから輝石やかんらん石に似た仮想的な鉱物(Fe/Mg固液分配係数は輝石と同じKD=0.29)が分別結晶作用を行なう場合の液のfe数と集積相のfe数の変化をシミュレートするソフトウエアを制作した。さらに実際のマグマ分化に近い状態を試すために著者は分別結晶作用シミュレーションソフト"MAGDIF"を制作した。このソフトはLoghi & Pan(1988)のリキダス境界方程式とNielsen & Dungan(1983)の鉱物/液分配係数を用いて、与えられたマグマ組成から出てくる結晶相とその組成を計算し、次々と分別結晶させていくソフトである。ソフトの基本概念はLonghi & Pan(1988)のものとほぼ同じであるが、教育目的に使えるようにするため、また、改造を容易にするため構造を簡潔にし、完全に作り直した。さらにこのソフトでは任意の量の液を固相に混合する事ができる。このソースコードはAPPENDIX Iに収録されている。

 SEM、EPMAを用いた隕石鉱物の詳細な研究の結果、Y82009中に離溶組織とFeゾーニングを同時に持つ輝石を発見した。Feの輝石中の拡散速度はCaの拡散速度の2ケタ程度早いためこの組織は(1)離溶組織(2)Feゾーニングの順番でできた事が推測される。これはこのゾーニングが、衝撃による加熱などで周りからFeが拡散によって輝石に進入した事により発生した事を強く示唆している。このようなゾーニング機構が実際の試料で確認されたのは本研究が初めてである。同様に全ての岩相の輝石を分析する事により普通ユークライト(ユークライトの主要グループ)は数種類の集積岩ユークライトと近接して存在していた事が強く示唆された。さらに、集められたデータから、集積岩ユークライトには化学組成や結晶化後に受けた熱履歴に様々な種類がある事がわかった。特にポリミクト岩中の集積岩ユークライトにおいては、結晶化時の激しいゾーニングを残すものと、熱変成によって化学組成が均質化したものが同一試料の中で共存しており、まだ表層地殻が熱い内に隕石衝突などによってかき回された可能性が示唆された。また、これ程の多様な岩片が存在するにもかかわらず、コンドライト的な物や、部分溶融の残査的な物は発見されず、"部分溶融説"に否定的な結果となった。また、ユークライト中に含まれる輝石から共存する液を計算する仕事において、"部分溶融説"では集積岩ユークライトから生じた液が普通ユークライトだとするとあまりにも普通ユークライトのfe数(=Fe/(Fe+Mg)x100 モル比)が少なすぎる事が判明した。また、"マグマ大洋説"を採用した場合もでもかなりFeに富んだマグマをつくらないと集積岩ユークライトはできない事がわかった。

 これらの問題を解決するために、著者は新しいモデル"液捕獲モデル"を提案した。それはHED隕石母天体の地殻形成過程において初期にできた固相と液相との混合過程で地殻の多様性を説明するというモデルである。著者はポリミクトユークライト隕石及び集積岩ユークライト隕石の化学分析及び鉱物組織データとをもとに、Fe-Mgの仮想マグマを使った分別結晶作用のシミュレーションを行い、様々な量の捕獲液を試す事により50vol%程度の液が集積相に捕獲される時、最終的な液相のfe数が普通ユークライトと同じ(fe数=60〜65)時、集積相は集積岩ユークライトと同じ(fe数=45〜50)になる事がわかった。さらに、現実のマグマのようにマグマの組成に応じた鉱物を晶出させて分別結晶作用が再現できるシミュレーションプログラム"MAGDIF"を用いて、普通ユークライトと集積岩ユークライトを10:1(重量比)で混ぜた分化最終期を想定したマグマから液捕獲によって集積岩ユークライトが生成するかを検証した。この結果Si以外の陽イオンの比については集積岩ユークライトとほぼ同じになったが、Siだけはやや不足する事がわかった。これは初期に本来集積岩ユークライトには存在しないカンラン石が生じるからである。カンラン石はStoiper(1977)の隕石溶融実験においても、集積岩ユークライトを溶かしたメルトの高温生成物として晶出しており、温度降下に従って液と反応して輝石に変化していく事が確認されている。この再溶融が分別結晶作用のどのタイミングで起きているかがが今後の問題となるであろう。MAGDIFは複雑な液相固相の化学組成変化を自動で計算する有用なソフトではあるが、現在用いている理論では液相がリキダスとソリダスの間の領域に入った時にどのような組成の鉱物がでてくるかを正確に予測できない。このような問題を取り扱うためにはダイナミック結晶過程の研究が重要となってくるであろう。ところで、MAGDIFによるとマグマから晶出する最初の相はかんらん石でありすぐに斜長石も同時に晶出しはじめる。その際の液捕獲が希土類元素(REE)の分配に主に寄与していると仮定してREE分配計算を行なった。この高温晶出物のかんらん石及び斜長石をMAGDIFが出力した比で混ぜ、さらに捕獲液を混合すると、捕獲液10〜50容積%の間で、集積岩ユークライトのREEのパターンと良く一致する事がわかり、fe数同様REEのパターンのの多様性も液捕獲説で説明できる事がわかった。

 HED隕石母天体の地殻進化はマグマ分化の理論的・実験的研究に多くの示唆を与えるテーマである。著者は鉱物の化学組成、組織とその鉱物の存在比を同時に数値化できる微小領域分析法のソフトウエアを開発し、それをHED地殻解明の鍵となる4種の隕石に適用した。その定量的なデータをもとに結晶分化過程を検証する際、過程自体は単純でも次々と変化するマグマ組成から適切な組成の鉱物を晶出させるためには、高度なシミュレーションソフトが必要である事を示し、その具体例としてMAGDIFを開発し計算した。これまでの研究は隕石の多様性を無視し、単純なモデルをつくるものであったが、本研究はその多様性を"液捕獲"のような単純な過程で説明した。

審査要旨

 太陽系初期に形成された、地球などと同じ様な地殻とマントルをもつ原始惑星の物質がたどった物質進化の過程は、その時代の記録の失われている地球初期の研究にも重要なことである。本論文は、主に物質科学的手法を用いてその天体からの隕石を研究し、原始惑星地殻でのマグマ進化と角レキ岩化による物質進化の過程を明らかにしたものである。

 この論文は6章からなり、第1章は序章、第2章は試料と研究法、第3章は分析の結果、第4章は計算機シミュレーションによる結果、第5章では結果の検討と討論について述べられ、第6章は結論である。

 第1章では、本論文の主題である分化した隕石:ユークライトは、原始小惑星地殻の構成物であり、低圧、無水のマグマの固結物であるため多くの研究者が岩石溶融実験などを通じて母天体地殻分化モデルを提唱してきた事を解説している。そして、従来のモデルの共通の問題点は、マグマからの集積層である集積岩ユークライト(CE)がうまく説明されない事であるとし、総合的な地殻進化を論じるにはCEのみでなく、それらと地殻に多く存在する普通ユークライト(OE)が衝撃によって角レキ混合化したポリミクト角レキ岩(PB)の研究が重要である事を示している。

 第2章では、隕石試料について述べているが、小惑星地殻分化過程を明らかにするために4つのPBと4つのCEを選択している。PBは構成岩片の複雑さが、CEは化学組成の解釈の難しさが壁となり、これまで欧米の学者が地殻分化モデル構築のためにはほとんど取り上げなかった試料であり、新しい地殻進化像を得るためには適切な選択である。研究手法としては、X線微小領域分析装置、走査型電子顕微鏡など既存の装置で分析するだけでなく、PBについては、その複雑な構成岩片の組織と組成を同時にコンピューターで決定するために、著者が開発した輝石化学組成マッピングシステムを活用している点は特筆に価する。

 第3章では、上記システムを駆使し、PB中の輝石を分類し、さらに化学成分分析、鉱物微細組織の観察によって、母天体地殻の構成岩相の多様性とそれらの関連性を研究した結果を示している。そして母天体地殻において、OEと数種のCEは近接して存在していた事を明らかにした。さらにCEの分析より、CEも多様性に富んでいるが、一連の分化では系統性のある事を明らかにした。この過程で、衝撃加熱などで周辺からFeが輝石中に拡散した事を強く示唆する、離溶組織とFeゾーニングを同時に持つ輝石を発見した。このような組織がPB隕石試料で確認されたのは本研究が初めてである。

 第4章では、計算機シミュレーションにより従来のモデルの問題点を明確にし、新しい仮説を提唱している。まず、隕石中の輝石の組成から共存する液組成を計算し、従来のモデルではFeに富む大量のマグマを仮定しなくてはならないという問題点を明確にしている。その上で集積層に液が混合する"液捕獲モデル"を提案した。モデルの検証のため、マグマから輝石やかんらん石が分別結晶作用を行なう際の液と集積層のFe/Mg比の変化を計算した。そして50容量%程度の液が集積層に捕獲される時、OE的液よりCEが生成できる事を示した。さらにマグマの組成に応じて様々な鉱物を晶出させる、分別結晶作用シミュレーションソフトを開発し液捕獲によってCEが生成する可能性を具体的に示した。また、分配計算により、初期の晶出かんらん石とその液捕獲が希土類元素の分配にも寄与していると仮定すると、CEの希土パターンも説明できる事を示した。

 第5章では、これらの結果を総合し、原始惑星地殻の物質進化史について討論している。衝撃加熱と思われる地殻形成末期の加熱によってできた新種のゾーニング輝石の発見や、PB中の集積岩に結晶化時のゾーニングを残すものと、熱変成を受けて組成が均質化したものとが混合している事から、隕石衝突による衝撃・破砕・混合は、原始地殻がまだ熱いうちに起こった可能性を示した。さらに、CEの化学組成の多様性は"液捕獲"のような単純な過程で説明できる事を示した。これらのことは、太陽系初期の物質進化を考える上で、もっとも疑問の多かった大問題について重要な知見を得たことになる。第6章ではこのような結論を明確にまとめている。

 なお、本論分第3章の一部は、武田弘氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 ここに記載された成果は太陽系形成初期における原始惑星地殻の進化過程を、独自に開発した測定系を含んだ鉱物学的観察と新しい手法のシミュレーションとを織りあわせて解明したもので、この分野に大きく寄与するものであると審査員一同認めた。よって本論文は博士(理学)の学位論文として合格と判定する。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54445