タリウム系超伝導体は液体窒素温度以上で超伝導転移を示し、化学的に安定な物質である。また、結晶構造上、類似のビスマス系超伝導体と比べ、次のような特徴を持つ。 1)正方晶系に属し、構造相転移に伴う双晶や、変調構造を持たない。 2)結晶構造を安定化させるために、安定化剤の添加が不要である。 これらの点は、本物質系が未だ解明されていない高温超伝導物質の超伝導機構の解明などの基礎研究を進める上において極めて有利であることを示す。しかしながら、現在迄のところ本系の研究はほとんどが、焼結体・薄膜などの限られた範囲に留まっている。これは、下記に示す、タリウムに由来する欠点によるものと考えられる。 1)タリウムは強毒性を持つため、取り扱いが難しい。 2)タリウムは高温で不安定で、蒸発しやすい。 3)タリウムは高温で化学的に非常に活性で、金以外の金属・セラミックスと活発に反応する。また、他の酸化物超伝導体同様にc軸長が他軸に比べ10倍近く長いために、積層欠陥などが生じやすく、物性の異方性の測定に不可欠なc軸方向へ発達した単結晶の育成が困難である。 そこで、本研究では未だ単結晶研究が少なく、先に記したごとく物質的に非常に重要視されているタリウム2層系酸化物高温超伝導体のTl2Ba2CaCu2O8とTl2Ba2Ca2Cu3O10を、タリウムの毒性に対して充分に対策を施した上で、単結晶の育成、構造研究、物性評価を行った。 特に、本系で最も高い超伝導転移温度を持つTl2Ba2Ca2Cu3O10の転移温度前後で精密構造解析を行い、局所構造変化についても詳細に調査した。 本研究では、単結晶育成法にはイットリウム系酸化物超伝導体の大型単結晶育成に目覚ましい有効性を示した固液共存下での自己フラックス法を用いて、育成を試みた。単結晶育成は大型ドラフト内に電気炉を設置し、常に酸素等のガスを流した状態下で行った。試料は金管中に特別な方法にて封入し、有毒なタリウム蒸気の外部への流出に伴う組成の大幅な変動を防いだ。 まず、DTAおよび急冷法を用いて、結晶育成のためのフラックス剤の選択と状態図の作成を行った。その結果、Tl2Ba2CaCu2O8相では1.5Tl2O3+2BaO2+3CaO+1.5CuO、Tl2Ba2Ca2Cu3O10相ではTl2O3+2BaO2+2CaO+4CuOの初期組成が最適と判断された。また、これらの組成では、Tl2Ba2CaCu2O8は1200K<T<1203Kの領域において固相のTl2Ba2CaCu2O8と液体が共在し、Tl2Ba2Ca2Cu3O10では1173K以上の温度域において固相のTl2Ba2Ca2Cu3O10と液体の領域が存在することが明らかになった。 得られた組成および温度域で単結晶育成を目指した結果、Tl2Ba2CaCu2O8では最大サイズ2.0×2.0×0.5mm3、Tl2Ba2Ca2Cu3O10では最大サイズ2.0×2.0×0.5mm3と、従来報告されているタリウム系超伝導物質の単結晶よりも比較的大型でかつc軸方向に発達した単結晶の育成に成功した。得られた単結晶の組成はSEM-EPMAで測定し、前者がおおよそTl1.9Ba2.0Ca0.9Cu2.4Oxで、後者はTl1.9Ba2.0Ca1.7Cu3.0Oyで、両者共に従来の焼結体試料での報告と同様に、定比よりもタリウムおよびカルシウムが少ない傾向を示した。また、X線分析の結果、共に正方晶系(I4/mmm)で従来の報告値に近似する格子定数を得、結晶性も良好であることが判明した。 結晶の超伝導特性の評価には、SQUIDでの磁化率測定(Tl2Ba2CaCu2O8、Tl2Ba2Ca2Cu3O10)および4端子法での電気抵抗測定(Tl2Ba2CaCu2O8)にて行った。磁化率測定の結果、as-grown Tl2Ba2CaCu2O8結晶では約106Kでシャープな超伝導転移を示し(図1)、as-grown Tl2Ba2Ca2Cu3O10結晶は約116Kでシャープな超伝導転移を示し(図2)、共に超伝導特性にも良好な単結晶であることが確認された。両試料共に、Meissner/shieldingの比が1に近い値を示した。従来の焼結体などの報告では、本系物質はピンニング力の非常に強い物質であるとされてきたが、単結晶での測定の結果、物質本来はピンニング力の弱いことが明らかになった。このことは、焼結体では粒界や不純物等がピン止め中心として働くが、良質な単結晶ではそれらが存在しないためにピンニング力の弱いことが示唆される。Tl2Ba2CaCu2O8の磁場中での電気抵抗の測定より、上部臨界磁場の異方性が明らかであり、Ginzburg-Landauのcoherence lengthの比は33であった。 図表図1 as-grown Tl2Ba2CaCu2O8単結晶の磁化率測定結果 / 図2 as-grown Tl2Ba2Ca2Cu3O10単結晶の磁化率測定結果 得られたTl2Ba2Ca2Cu3O10単結晶を酸素雰囲気下でアニールして、超伝導特性を向上させた試料(超伝導転移温度=117K)で、液体窒素吹き付け装置を付けた4軸型単結晶回折計を用いて、熱膨張係数の異方性および超伝導転移点前後での局所構造の変化を290、130、120、115、90Kで調べた。 その結果、格子定数の温度変化(図3)から熱膨張係数はa軸方向に約3.9×10-5K-1、c軸方向に約7.0×10-4K-1が得られた。構造解析の結果、全測定データセットにおいてRおよびwR値はそれぞれ3〜5%台まで収束した。得られた結晶構造は従来報告されている結果とほぼ同一であったが、温度変化に伴い次に示すような構造変化を示した。 構造中のCuO5ピラミッド型配位の頂点酸素と底面の銅原子間距離が、室温から転移点までは減少を示したが、転移点を境に急激に増大することが明らかになった(図4)。同様の振る舞いが1994年Molchanov et al.によってTl2Ba2CaCu2O8単結晶で報告されているが、本相の結果では彼らの変化量よりも大きな値を示した。また、彼らはこの変化をピラミッド底面を構成するCu-O平面にHoleが生じることによるJahn-Teller効果で説明しているが、本系では底面を構成しているCu-O平面の銅-酸素間距離は超伝導転移温度に依存せずに縮んでいるために、Jahn-Teller効果で説明することは困難であると考えられる。 図表図3 Tl2Ba2Ca2Cu3O10単結晶(Tc=117K)の格子定数の温度変化 / 図4CuO5ピラミッド型配位を構成する原子間距離の温度依存性 また、Tl-O層を構成する酸素位置は室温では2つの位置に分裂していたが、転移点直上温度で単独位置にオーダーした。これに伴う、格子定数の変化が135K付近から観察された。 占有率の精密化および結晶化学的な知見から、本試料の化学組成はTl3+1.806Ba2+2(Ca2+0.848Tl3+0.152)2Cu2+2(Cu2+0.722Cu3+0.278)O2-10であると判断された。この値は、EPMA分析での結果のTl1.91Ba2.03Ca1.70Cu3.06Oxとほぼ一致する。 以上の結果をまとめると下記のようになる。 1.結晶性および超伝導特性が良好なタリウム系超伝導体の比較的大型で厚い単結晶を固液共存下で育成に成功した。 2.磁化率測定の結果、本系の単結晶は本質的にピンニング力が弱いことが明らかになった。 3.低温構造解析の結果、構造中のCuO5ピラミッド型配位の頂点酸素と底面の銅原子間距離が、室温から転移点までは減少を示したが、転移点を境に急激に増大することが明らかになった。 4.Tl-O層を構成する酸素位置は室温では2つの位置に分裂していたが、転移点直上温度で単独位置にオーダーするといった挙動を示した。熱膨張係数はa軸方向に約3.9×10-5K-1、c軸方向に約7.0×10-4K-1であり、化学組成はTl3+1.806Ba2+2(Ca2+0.848Tl3+0.152)2Cu2+2(Cu2+0.722Cu3+0.278)O2-10であった。 |