近年、資本主義経済下の地域においては企業の立地行動が地域発展の態様に決定的な影響を及ぼすものであることが認識され、企業の立地行動様式を基軸として地域変容のメカニズムを考察しようとする、いわゆる「企業の地埋学」の必要性が主張されている。特に、企業活動が国家の枠組みを越えて広く国際間に展開される時代を迎えて、企業の国際的な立地行動が特定地域の発展動向を大きく左右する場合が多くなっている。したがって、企業の外国直接投資に際する立地行動を地理学の立場から検討する必要性が近年急速に高まっている。しかし、企業の外国直接投資を扱った地理学の研究は、最近、増えてはいるものの、既存の地理学理論の蓄積を活用した試みはまだ十分でなく、同分野の理論的発展が待たれている。こうした現状を踏まえて、本研究では、日本企業のドイツにおける外国直接投資を取り上げ、その立地行動様式をマクロデータの統計的分析および個別事例の詳細なケーススタディの両面から分析した。また、その分析結果を空間的拡散理論および中枢管理機能理論を応用した仮説と照合し、その妥当性の検証を試みた。 第1章では、企業の外国直接投資に関する地理学および関連分野での先行研究を概観し、さらに、既存の企業立地理論の適用可能性を検討して、本研究の全体的な枠組みを準備した。 第2章では、地理学における空間分析の有力な手法の一つである空間的拡散理論を応用して、旧西ドイツにおける日本の企業の立地行動を分析した。従来の研究は日本企業のデュッセルドルフ市への集積を指摘するにとどまっているが、現在では、日本企業は拡散的段階に入っており、既存の静態的説明だけでは不十分であり、動態的アプローチの適用が必要である。そこで本章では、日本企業の立地行動を、旧西ドイツ国内で北から南へ向かう地域経済力の空間的移動に伴う空間的拡散プロセスとして分析しようとした。 旧西ドイツにおける日本企業の空間的拡散のプロセスは、その形態から階層的拡散および波状的拡散の二通りに分類できる。階層的拡散プロセスでは、日本企業の立地の中心は最初旧西ドイツ北部のハンブルクに形成され、その後、デュッセルドルフ、フランクフルト、シュトウットガルト、ミュンヘンと順次、南方の都市に立地中心が形成された。波状的拡散プロセスは、これらの中心都市からその周辺地域に向かう日本企業の立地展開として理解されるが、その時期は各中心都市ごとに異なっている。こうした拡散プロセスを産業部門別に比較すると、階層的拡散が商業とサービス業で起こったのに対し、波状的拡散は主に生産部門で見られる、という特徴が認められる。 上記の拡散のプロセスに影響を及ぼす要因を検証するために、非線形重回帰モデルを用いた日本企業立地の計量分析を行った。その結果、次のことが明らかになった。まず、拡散のプロセスにおける階層的拡散と波状的拡散の二重構造の仮説は計量分析結果からも支持される。次に、拡散メカニズムの決定要因としては3つの要因が確認された。第1は日本企業の人的な情報ネットワークであり、特にデュッセルドルフの日本商工会議所との人的交流の関係が重要である。第2は当該都市のデュッセルドルフからの距離であり、第3は旧西ドイツの都市システムの中での当該都市の中心性である。 結論として、旧西ドイツにおける日本企業の立地行動は、一方では旧西ドイツの都市システムの変化の影響を受け、他方では進出企業の業種のシフトによって、階層的拡散および波及的拡散の二重のプロセスをたどったということができる。 第3章では、ドイツ国内における地域経済と日本企業の事業活動の構造的関連性を明かにしようとした。 ドイツには数多くの日本企業が進出しているが、特定地域に特定産業部門の企業が集中するという現象が見られる。これは、日本企業の海外における立地選択が、進出事業所の企業内部門の別や事業活動の内容によって決められる傾向があるためである。進出事業所のそのような機能は多様であり、さまざまな要素の複合体として認識されなければならない。本章では、進出事業所の機能を構成するさまざまな事業要素の集合を事業活動ベースと呼び、そした事業活動ベースの特徴と立地地域の経済構造との関連を把握することをめざす。具体的には、従来日本の地理学界において発展した中枢管理機能理論を応用し、日本企業の事業活動に関する諸指標を事業活動ベースの概念に基づいて操作化し、ドイツ国内諸地域の経済社会的特性を示す地域構造指標との関連を分析した。分析の方法としては、進出日本企業の事業活動ベースに関する指標および地域構造指標を収集整埋したデータベースを作成し、それに対してクラスター分析および判別分析の2段階の分析を行う。 クラスター分析は、日本企業の事業活動ベースに関するものと、ドイツ国内諸地域の産業構造に関するものとの2種を実施し、その結果を比較した。 第1のクラスター分析では日本企業の事業活動ベースを扱う。ここではドイツ国内で日本企業が立地している97地域を対象とし、各地域における日本企業の事業活動の特徴を示す11変数を用いた。なお、地域単位はKreisであり、日本の市町村にほぼ相当する。この分析の結果、97地域は次の4つのクラスターに分類された。 1:日本企業が一般機械関連製品の生産と販売を行っている地域 2:日本企業が販売を中心に行っている地域 3:日本企業が販売とサービス活動を活発に行っている地域 4:日本企業が精密機械関連製品の生産と販売を行っている地域 第2のクラスター分析では、ドイツ全域の328地域を対象として、各地域における産業別就業者数から算出した立地係数からなる8変数を用い、産業構造の分類を行った。この分析では、328地域はサービス活動拠点、販売活動拠点、生産活動拠点の3つのクラスターに分類された。 上記の2種のクラスター分析の結果を比較すると、日本企業の生産活動拠点が一般的に販売活動の盛んな地域に集中していることがわかる。また、日本企業の生産拠点は、同一部門の競争相手の企業が強く集中している地域を避けて立地される。しかし、精密機械工業は例外で、競争相手の多い地域にも立地されている。これは、このような地域に集中している熟練労働者に対する志向が強いためと思われる。 次に、上記のクラスター分析の結果として得られた、日本企業の事業活動ベースを表す地域クラスターを外的基準として、日本企業の事業活動に関する指標を中心とした説明変数との対応関係を分析する判別分析を行った。この判別分析も2種に分け、日本企業の直接投資そのものの形態に関する指標を説明変数とする分析と地域の投資環境に関する指標を説明変数とする分析の両者を試みた。なお、第1のクラスター分析におけるクラスター1と4は特徴が似ているため1つにまとめ、最終的に3クラスターを外的基準として判別分析に用いることにした。 最初に、直接投資の形態に関する分析では16の説明変数を用い、Wilk’s値を基準として変数の選択を行った。この分析の結果、1.日本からの派遣社員の数、2.複数立地企業率、3.四大中心都市からの距離、4.平均直接投資額、5.日本企業の平均資本率、6.合弁企業率、7.現地側社長の占める割合、の7変数が重要であることが明らかになった。 次に行った投資環境に関する判別分析では、販売活動拠点と生産活動拠点の間では明瞭な判別が不可能なことが明かになった。しかしこれら2つの拠点とサービス活動拠点との判別は明瞭な結果が得られる。この判別で重要な変数は営業税、人件費、4つの中心地からの距離、卸売業の数などである。 以上の2種類の分析の結果を総合すると、日本企業が海外で事業展開をしようとする場合、最初に国際的な都市に直接投資を振り向ける傾向が明らかにみられる。それは、国際的な都市にすでに存在している販売網やインフラストラクチャーを利用することによって比較的小さな投資でも事業活動を展開できるからである。もし、これらの国際的な都市、すなわち日本企業にとっての立地中心から離れた地域に事業所を置こうとすると、中心からの距離が増すに従って、新しい事業ネットワークを構築するためのコストは高くなる。しかしこうしたコスト増加は、現地企業などとの提携や合弁によってある程度削減することが可能である。特に生産拠点の立地についてはこうした効果が著しく、生産部門事業所の中心都市からの分散立地は比較的進んでいる。 第4章では、日本企業の立地決定プロセスの中で各種の社会的経済的環境要因がどのような役割を果たしたかを検討した。 立地決定に際しては経済的要因以外の要因も影響力を持っている。自国で投資する企業と異なり、外国企業はコミュニケーション上のハンデイを負っている。外国企業が新しい環境下で生産拠点を設置する場合のコストとリスクは軽視できない。ここでは特に、日本企業が上記中心都市から離れて分散した地域に事業所を置こうとする場合を取り上げ、そうした立地決定プロセスに介在する諸要因の把握を試みた。 本研究では、ドイツへの直接投資を行っている日本企業本社を対象とした独自の実態調査を実施し、立地決定に際して各種社会的経済的環境要因がどのような役割を果たしたかを中心に検討を行った。この調査では、企業の海外ネットワーク、顧客や下請け企業の存在、当該地方自治体との協力関係の有無などの立地決定に対する影響を、全企業を対象としたアンケート、および複数の特定企業の担当者に対する面接によって調査した。調査にあたっては、立地決定プロセスにおける人的交流の要素の重要性に着目し、個別事例の記載の積み重ねから企業の立地決定プロセスの一般的理解をめざそうとするアプローチをとった。 こうした分析の結果として、中心都市から離れた地域への投資の誘致には、政府の地域政策が大きな役割を果たしていることがわかった。企業の立地決定に際して、各種公的機関の投資支援策や各自治体からの情報・助言が大きな影響力をもっているのである。このような政策の帰結として日系企業の分散立地は進んでいるけれども、その背後では、情報通信網や高速道路など交通通信インフラの完備が、中心都市からの距離を克服する条件として大さな意味をもっていることに注目しなければならない。 かくして、立地決定は当該企業の業種や当該事業所の活動内容に関わる諸要因に左右されるのみならず、地域の投資助成政策の如何によっても分散立地化が進むのである。投資しようとする日本企業にとっては、地元経済との共存が成功するか否かを占うために、助成金並びにそれと結び付く自治体の日本企業に対する姿勢を重要視するのである。このような日本企業の行動を総合的に判断すれば、企業は立地決定に際してやはり経済的合理的基準を基礎とする判断を行っていると言えよう。 結論の第5章では、まず、前章までの分析結果を要約し、さらに、補足的な議論として、東西ドイツ統一後の旧東ドイツ地域における日本企業の立地行動の可能性を論じている。前章までで検討した日本企業の直接投資の特徴からみて、旧西ドイツと同様な形で旧東ドイツ地域内にある旧国営企業との提携や買収が進むとは考えにくい。特に、直接投資の中心的な業種である電子工業部門では現地企業との技術力ギャップが大きな障害となろう。将来、旧東ドイツ地域の投資環境が旧西ドイツ並の水準に近づいてくれば、日本企業の投資は増加するであろうが、その際には、新首都であるベルリンを立地中心とし、その周辺の地域に波状的拡散のプロセスを経て立地拡大する形をとるであろう。 |