本論文は6章からなる。第1章で序論を述べ、本論文と関連が深く比較検討の対象となる最近の研究結果についても概観している。第2章では,パラメトリック減衰による、アンチバンチング光の発生実験について述べ,第3章で,パラメトリック蛍光とコヒーレント光の2光子干渉について述べている。第4章では、第3章で述べられたパラメトリック蛍光とコヒーレント光の2光子干渉を用いて、アンチバンチング光を発生する実験について詳しく述べている。第5章では、アンチバンチング光を発生する別の手段としで、非縮退パラメトリック増幅について述べている。第6章はこの論文全体のまとめである. 近年、電磁場を量子化して初めて理解することができる光の非古典的性質が興味を集めている。この非古典性は、光の強度相関、すなわち二つの光子が時間間隔をおいて検出される確率の分布にはっきりとあらわれる。古典的な電磁場では、熱的な光のようにこの確率が=0で極大になる場合(バンチング)や、コヒーレント光のように確率がによらず一定の場合を説明することはできるが、=0での確率が他のでの値よりも小さい場合(アンチバンチング)を説明するには、量子化された電磁場が必要である。一方で、この現象は、光を粒子の流れと考えれば容易に理解できるため、光の粒子的性質を反映した現象であるといえる。 本研究では、光パラメトリック過程を用いてアンチバンチング光を生成する実験をいくつか行っている。その生成機構の本質は、パラメトリック蛍光とコヒーレント光の二光子干渉であり、従来より広く行われている蛍光のみを用いた非古典的な二光子干渉実験に、新たな範疇をつけ加えるものともいえる。 第1の実験として、cwモードロックレーザーの基本波と二倍波を縮退パラメトリック増幅器に入射し、二倍波を励起光、基本波を入力光としてパラメトリック増幅した。この場合、入力光と励起光の相対位相によって、入力光は増幅あるいは減衰を受ける。適当な入力光強度で出力光の強度相関を測定した結果、増幅器によって減衰を受ける場合に、出力光はアンチバンチングを示し、光子数分布はサブポアソンになっていることが確認された。この実験におけるアンチバンチングの生成機構は、パラメトリック過程を粒子的描像で考えることで理解できる。入力光が減衰を受ける際には、接近した2個の光子が励起光の光子1個に変換されるため、残った光はアンチバンチングを示す。強度相関の入力光強度依存性の測定を行った所、アンチバンチングが最も顕著になる最適強度が存在することがわかった。この振る舞いは、入力光の増幅、減衰の他に、一定の強くバンチングしたパラメトリック蛍光が背景として存在することを考慮すれば理解できる。 しかし、光子数が少ない極限でこの過程を調べてみると、蛍光は独立な背景ではなく、むしろ入力光との干渉という形で、アンチバンチングの生成に積極的な役割を果たしていることが示唆される。そこで、この干渉を調べるために、縮退パラメトリック蛍光と、コヒーレント光を、ビームスプリッターを用いて重ね合わせる実験を行っている。蛍光が、確定した位相を持たないことを反映して、重ね合わされた光の強度は、相対位相を変えても変化しない。ところが、ビームスプリッターの二つの出力での光子の同時計数率は、励起光の波長に相当する位相差を周期として正弦的に変化する干渉縞を示した。これは、パラメトリック蛍光とコヒーレント光の間の、二光子干渉である。既に行われている蛍光どうしの二光子干渉と異なり、この干渉で遅い検出器を用いて大きな明瞭度を得るには、短パルス光の使用が不可欠である。さらに、この干渉では、干渉縞の谷で同時計数率が、無相関の場合に期待される値よりも小さくなるという特徴を持つ。また、ここでの実験装置を少し変更することで、ベルの不等式の破れを示す実験を行うことができることが理論的に示される。ただし、より大きな明瞭度が必要である。 第2の実験として、重ね合わされた光の強度相関を測定する実験を行っている。その結果、重ね合わせる蛍光とコヒーレント光が適当な位相差の時に、重ね合わされた光がアンチバンチング及びサブポアソンを示すことが確認された。これは、アンチバンチング光が、非線形結晶の外で蛍光とコヒーレント光を重ね合わせても生成できることを示す。重ね合わせる前の二つの光についても、強度相関の測定を行っている。パラメトリック蛍光は強くバンチングしており、コヒーレント光の光子分布にはとくに相関はない。この二つの光の重ね合わせを、単純な粒子描像にたって考察すると、重ね合わされた光は、やはりバンチングでなければならない。従って、単純な粒子描像は、この実験結果を説明することができない。このことは、これまでに成功したアンチバンチングの生成法が、上のパラメトリック増幅によるものを含めて、単純な粒子描像で定性的に理解可能であったことと対照的である。重ね合わせる光の位相差を変えてやると、強度相関が正弦的に変化するので、この実験におけるアンチバンチング光の生成は、むしろ波動的な過程に起因していると考えられる。一方で、アンチバンチングは、波動的な説明を受け付けない粒子的な性質であるから、この実験では、光の持つ二つの側面、波動的な性質と粒子的な性質が同時に現れているといえる。量子論では、この実験は、蛍光の二光子が検出される確率振幅と、コヒーレント光の二光子が検出される確率振幅が加え合わさる二光子干渉として解釈できる。 第3の実験として、非縮退のパラメトリック増幅器を用いてアンチバンチング光を生成する実験も行っている。シグナル光のモードにのみコヒーレント光を入力し、アイドラー光の入力は真空とした。この場合、入力光は常に増幅される。シグナルとアイドラーをビームスプリッターで重ね合わせると、適当な位相差でアンチバンチング光が得られることが確認された。シグナルとアイドラーそれぞれの強度自己相関、及び両者間の相互相関を測定した所、この実験でもやはり単純な粒子描像は成り立たないことがわかった。この実験では、前述のものとはことなる型の二光子相関が起こっており、ビームスプリッターの一方の出力がアンチバンチングの時はもう一方はバンチングを示す。また、二つの出力光の間には、光子の相関はない。これは、二光子干渉によって、蛍光の光子対が二つの出力で同時検出される確率が消失するためである。 以上のように、本論文は、物理学、特に量子光学の博士論文として、十分な内容を持っている。なお、本論文の第2、3、4、5章は、河野健一郎氏、平野拓也氏、松岡正浩氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 |