大気大循環モデルにおける大気-陸面結合サブモデルや流域水循環モデルの検証ならびにそれらに初期値を与える上で、広域土壌水分量を適切に計測・評価することが重要な課題となっている。地表面からのマイクロ波放射の強さは、土壌中の水分量の変化に敏感であることに着目して、受動型マイクロ波リモートセンシングによる表層土壌水分の計測に関する研究が進められている。しかし、従来の応用研究では、輝度温度とグランドトルースによる表層土壌水分量を半経験的に対応づけるものが多く、理論的根拠に則した土壌水分計測アルゴリズムの確立が必要とされている。 本論文は、地表面からのマイクロ波の放射伝達理論ならびに不飽和帯の水分-熱輪送理論に基づき、受動型マイクロ波センサーによる土壌中の鉛直水分プロファイルの推定法を提案したものであり、7章で構成されている。 第1章は序論であり、受動型マイクロ波リモートセンシングの土壌水分計測への応用の問題点と本研究の必要性を整理した後、本論文の内容を要約している。 第2章では、土壌水分計測以外への応用例も含めて、受動型マイクロ波リモートセンシングの基本原理が解説されている。 第3章では、土壌中の放射伝達モデルに表層土壌水分量と地表面温度の実観測データを適用することにより、XバンドとLバンドの2周波数に対する輝度温度の振舞いの相違、鉛直水分プロファイルが放射特性に与える効果を吟味している。この検討を通して、2つの周波数それぞれに対して放射率と含水率を対応づける従来の評価法の問題点が具体的に指摘されるとともに、放射量と鉛直水分プロファイルを対応付るべきであるという本研究の基本的立場が明示されている。 第4章では、鉛直土壌水分プロファイルの推定法を提示するための前段として、異なる気候条件と土壌タイプの組み合わせに対応した表層水分プロファイルを類型化し、その生起特性を整理している。気候条件としては、熱帯半湿潤地としてタイ北部、温帯湿潤地としてボストン、半乾燥地としてサンタ・ポーラを、土壌タイプとしては砂、ローム、粘土をそれぞれ取り上げ、非定常確率モデルによって疑似発生させた降雨事象を地表面境界条件として、リチャーズ式に基づく数値シミュレーションにより水分プロファイルを計算している。その結果を、鉛直水分変化の連続性の視点から、降雨直後型(直線型、非直線型)、地表面連続型、地表面不連続型(直線型、非直線型)に分類して、前述の気候-土壌組み合わせ条件それぞれにおける各類型の発生時期および生起確率が整理されている。 第5章では、XバンドとLバンドの深度による放射特性の相違と前章で類型化された水分プロファイルとの対応関係から、一時点でのセンサー情報を用いて各類型ごとに水分プロファイル推定が可能か否かを明らかにしている。具体的には、降雨直後型の直線型ではXバンドにより推定できるが、非直線型では推定できないこと、また、地表面不連続型の直線型ではLバンドにより推定可能であるが非直線型では推定できないことが指摘されている。さらに、地表面連続型の場合には鉛直水分分布形を関数近似して、XバンドとLバンドを併用した水分プロファイルの逆推定アルゴリズムを提案し、シミュレーションによりその妥当性を検討している。その結果、輝度温度のわずかな観測誤差が水分プロファイルの推定値に大きな差を生じるという避け難い限界のあることを指摘している。 第6章では、上記の限界を克服すべく鉛直水分プロファイルの新たな動的逆探法が提案される。すなわち、観測系として放射伝達モデルと不飽和帯の水分-熱結合輸送モデルを同時に使用し、観測値としては輝度温度と地表面温度の時系列を適用してカルマンフィルターを用いた順次同化によって各深度での吸引圧値を逆探するものである。疑似発生させたいくつかのプロファイルに対して、良好な逆推定ができることが示されている。ここで定式化された逆探問題は、観測系に非線形の物理モデルを使用し、また動的に変化する分布型パラメータを推定するという従来ほとんど応用例がないものである。現状では、数値的不安定性の問題が残っており、すべての場合に逆推定ができる訳ではないが、新たな挑戦として高く評価できる。 第7章では、本研究の結論がまとめられている。 以上、本研究は、土壌中からのマイクロ波放射を支配する物理則に基づき、受動型マイクロ波センサーによる土壌水分プロファイルの推定可能性を数値実験的に明らかにしたものであり、今後の水文計測、広くは地球環境計測への受動型マイクロ波リモートセンシングの利用に対して有用な知見と手法を提示している。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |