従来、海岸や河川構造物、埋立地、海洋構造物等の設計施工における粘性土地盤に関連した主要な工学的問題は、沖積世軟弱粘性土地盤の破壊強度と圧密沈下量の推定であった。それに関連して、原位置試験や不攪乱試料・室内再作成試料を用いた室内試験による膨大な研究がこれまで行われてきた。その結果によると、軟弱粘性土の変形・強度特性は、ひずみ速度、過圧密等の圧密時応力履歴、二次圧密時間の影響を非常に強く受ける。また、薄肉チューブを用いて採取した試料でも、変形特性に対する乱れの影響が無視できないことが多い。したがって、不攪乱試料を用いた室内試験の結果と、様々の条件下で行われる原位置試験の結果や実物大構造物の原位置挙動は一致しないことがある、と言われている。したがって、原地盤の変形特性を求める上で、室内試験が十分活用されてきたとは言い難い。 一方、近年盛んに建設されるようになった大深度構造物、大規模構造物の基礎レベルに洪積世硬質粘性土層が現れる場合が多い。その場合、洪積粘土層が支持地盤として期待できるかどうかを検討する必要がある。この場合、構造物の許容変位は通常小さいので、0.1%程度以下の変形特性を精度良く推定する必要がある。このような状況に対して、室内試験が活用できるのか、室内試験・原位置試験・実物大構造物の原位置挙動が相互に対応するのか、動的測定法と静的測定法による変形特性が相互に対応するのかを十分に、解明しておく必要がある。 本研究は、我国での最近の大規模工事に付随して採取された洪積世硬質粘性土の不攪乱試料を用いて三軸圧縮試験を行い、その結果をとりまとめ、上記の課題を明らかにしようしたものである。 第1章では、上記の本研究の背景を説明し、軟弱粘性土に対する既往の研究を上記の観点からまとめ、硬質粘性土に対して不明な点を指摘している。 第2章では、本研究に用いた東京湾中央部、大阪湾東部、大阪市中央部、東京都杉並区から薄肉チューブを用いたデニソンサンプラーで得られた洪積世硬質粘土の不攪乱試料の地盤・地質条件を説明している。参照試料として、有明海から採取した沖積軟弱粘土とともに、カオリンと洪積粘土の練返し再圧密試料を用いているが、大型および小型圧密槽を用いた再圧密方法の説明をしている。 第3章では、三軸圧縮試験装置と、荷重・圧力と変位の測定方法の説明をしている。特に装置の特徴である、異方圧密等の応力径路の自動制御システム、軸ひずみを精密に測定するための供試体側面での局所軸ひずみ測定装置、三軸圧縮試験中の任意の段階で弾性変形特性を調べるための0.001%程度の軸ひずみ振幅の繰返し載荷を加えられる軸載荷装置等の説明をしている。 第4章では、応力とひずみの定義とその厳密な測定方法、および弾性限界ひずみ量の定義をしている。 第5章は、カオリンの三軸圧縮試験の結果をとりまとめ、このような室内作成軟弱粘性土でも、圧密後の載荷直後の0.001%以下のひずみでの変形は可逆的であり、その勾配から求まる変形係数にはほとんどひずみ速度依存性はなく、繰返し載荷における変形係数と一致する、と言う弾性的性質を示すことが示されている。 第6章では、沖積世有明粘土の不攪乱試料の三軸試験結果を示している。本研究では、不攪乱試料は基本的に原位置有効上載圧まで一次元圧密している。この粘土では、線形弾性限界ひずみは0.005%程度であり、自然の粘土ではより明確な弾性変形特性を示すことを示している。しかし、微小ひずみレベルでの弾性ヤング率Emaxは、原位置弾性波速度から求めた弾性ヤング率Efより明確に小さく、沖積軟弱粘性土では試料が乱れ易いことを再確認している。 第7,8,9,10章は、それぞれ東京湾粘土、大阪湾粘土、大阪市内粘土、東京杉並粘土の三軸試験の結果をとりまとめている。これら洪積粘性土は、室内再作成カオリン、有明粘土よりはるかに線形弾性限界ひずみは大きく、また弾性限界を越えても変形特性の線形性は強いことを示している。また、これらの洪積粘土で共通して、三軸試験による弾性ヤング率Emazは原位置弾性波速度から求めたヤング率Efとほぼ一致していることを示している。この事実は、試料の乱れがほとんど無いことを示していると共に、原位置弾性ヤング率Efから、三軸試験で求めた変形特性の非線形性を考慮して、地盤の変形解析で用いる小ひずみレベルでの変形特性を推定する方法の根拠となる。一方、弾性ひずみを越えたひずみレベルでの変形特性の非線形性は、原位置有効応力状態である最終圧密応力状態に至るまでの応力径路の影響を受けることを示している。また、洪積粘性土を練返して室内で作成した試料は、もともとの不攪乱試料よりも間隙比が相当小さいのにもかかわらず、初期ヤング率と非排水圧縮強度がはるかに小さくなっており、原地盤での構造の影響は非常に大きいことを示している。さらに、圧密時の軸ひずみ量が1.0%以下になる場合は、供試体上下端面でのベディングエラーのために、通常の方法で供試体キャップの軸変位から求めた軸ひずみは、供試体側面で測定した正確な軸ひずみよりもかなり大きくなることを示している。また、高さ2.0cmの供試体を用いる標準圧密試験から求まる圧縮剛性率は、この誤差のために正しい値の1/10以下にもなることも示している。 第11章では、前章までに示したデータをまとめて論じている。すなわち、軟弱粘性土とは異なり、硬質粘性土では初期弾性ヤング率は、降伏応力を越えない過圧密履歴自身、最長1000時間の長期圧密、および約10,000倍変えたひずみ速度に対してほとんど増加しなかったことを示している。同時に、弾性限界を越えたひずみレベルでの変形特性の線形性は、過圧密、二次圧密時間、ひずみ速度が増加すると増加するが、軟弱粘土と比較するとその影響度は小さく、室内試験で十分評価可能であることを示している。すなわち、硬質粘性土の場合は、不攪乱試料を用いて適切な方法で供試体を圧密すれば、三軸試験で原位置の変形特性をかなり正確に再現できることを示唆している。 第12章は、結論である。 以上要するに、本研究はこれまで従来ほとんど不明であった洪積世硬質粘性土の弾性変形特性および小ひずみレベルでの変形特性について多くの点を、詳細で系統的な室内試験によって明らかにしていて、土質工学の分野の研究と技術の進展に貢献する所が大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |