学位論文要旨



No 111056
著者(漢字) 小竹,康夫
著者(英字)
著者(カナ) コタケ,ヤスオ
標題(和) 干潟における砂泥混合底質の機能に関する研究
標題(洋) Study on Functions of Mixed Sand-Mud Sediment in Tidal Flats
報告番号 111056
報告番号 甲11056
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3300号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 渡邊,晃
 東京大学 助教授 河原,能久
 東京大学 助教授 ディバジニア,モハンマド
内容要旨

 河口付近や海岸線に存在する極めて緩勾配で水深の浅い領域を干潟と呼ぶ.干潟には環境保護,環境浄化,景観,生物生産といった機能が存在し,1980年に日本が締結したラムサール条約に,1993年には谷津干潟が他の湿地とともに登録されるなど,近年干潟の環境面での重要性が脚光を浴びている.しかし干潟は沿岸域の浅水域に存在するために埋め立てや干拓が容易なこと,航路の確保や堆積汚泥の削除のために浚渫が必要となることなどから,その減少も著しく,昭和20年に日本全国で82,621ha存在した干潟が,昭和53年には75%の53,856haとなっている.現在でもウォーターフロント開発に伴い,自然の干潟は減少しつつあるが,日本でもミチゲーション概念の導入により人工干潟造成の試みがなされている.

 干潟に関する研究は,環境浄化や景観機能にかかわる生物種を対象とする生態学的研究,生物生産機能にかかわる生物と物理的環境の関係を明らかにする水産土木的研究,干潟の堆積環境を調査推定する地質学的研究および環境保護機能にかかわる物理的および化学的要素を対象とする海岸工学的研究の4つに大きく分類することができる.これら既往の研究をまとめると,砂泥混合底質は干潟を特徴づける物理的要素の1つとして重要であることがわかる.すなわち,砂泥混合底質は底質強度や透水性などの物理的環境要素を通して,営巣活動や着底,呼吸活動といった生物生活に影響を及ぼすばかりでなく,東京湾に現存するほとんどの干潟の表層堆積物が10%前後の含泥率で安定していることから,表層の安定条件にも寄与していると考えられる.そこで本研究では,砂泥混合底質と安定でしかも生物にとって快適な干潟環境との関係について,断面2次元の移動床実験を通じて考察することを目的とした.

 実験では2次元断面水路の一部に水平移動床区間を設け,シルト分の重量含有率が0.0%,7.1%,11.3%,19.2%,21.7%,28.4%の6種類の細砂とシルトの混合底質を用いて,数種類の規則波を所定の時間あて続け,砂漣の発生状況,間隙水圧変動,水路底面での圧力変動および水面変動を測定した.観測の結果,シルト分含有率が19.2%と21.7%の場合に砂漣が発生しにくいことがわかった.図1にはその他の測定結果およびその解析結果の一例を示す.図中,T,Hは波の周期と波高,hは水深,hiは間隙水圧の底質表面からの測定深さ,s,d,はそれぞれ底質の水中比重,粒径,静止摩擦角,U,d0は底面近傍の水平水粒子速度振幅と移動振幅,は境界層厚さ,,は砂漣の波高と波長,gは重力加速度,は粘性係数を表す.

 間隙水圧変動振幅 グラフの横軸はシルト分含有率,縦軸は圧力となっており,実験結果は直線で結ぶことにより変化の傾向を分かりやすくしてある.間隙水圧変動振幅のグラフの特徴は,シルト分の増加に従い,シルト分含有率が10%程度までは振幅が減少するものの,そこから20%程度までの間ではほぼ一定値を示し,それを越えるとまた減少傾向にあることといえる.

 なお図中の点は,後に示す底質骨格を考慮して,底質の土質試験により得られたパラメタを用い,間隙水の運動方程式を基礎式とするMadsen(1978)の方法で計算を行った結果である.

 底面圧力変動振幅 ここで底面圧力としては波により励起される全応力を測定しており,特徴は,シルト分の増加にともない,含有率が10%程度までは振幅が増大し,その後20%程度までは減少した後,再び増加するかもしくはほぼ一定の値をとることがグラフの特徴である.

 間隙水圧上昇 グラフの縦軸は水圧の上昇分を静水圧でわった割合となっている.グラフの特徴は,シルト分含有率が10%以下ではほぼ0に等しく,10%前後でいったん増加した後20%前後でほぼ0にもどり,その後は挙動が複雑となることといえる.

 以上の測定結果から,砂泥混合底質はシルト分含有率により,シルト分含有率が10%以下の砂質領域.20%以上の泥質領域,その間の遷移領域の3タイプに分類されることがわかる.

 砂質領域では骨格は砂粒子により構成されており,シルト分は砂粒子の間隙に疎らに存在し,間隙水の振動とともにシルト分も懸濁した状態で振動を行うと考えられる.泥質領域では,シルト分の中に砂粒子が疎らに点在し,波により底質自体が波動運動を行うと思われる.遷移領域では,砂粒子骨格の間隙にシルト分懸濁による高濃度懸濁体が存在し,シルト分含有率の増加とともにシルト分が骨格に組み込まれて全体として堅固な構造になっていると推定される.従って,泥質領域との境界付近では砂粒子,シルト分ともに六方最密で充填されているとすると,シルト分含有率は21.0%となり,実験結果とほぼ一致する.一方,砂質領域との境界については,砂粒子が六方最密でシルト分が体心立方の状態を仮定すると,シルト分含有率は15.8%となるが,間隙水がシルト分の高濃度懸濁体の状態ではシルト分は体心立方より疎であると考えられるため,境界を10%とすることは妥当であると考えられる.そこでこれらの状態を考慮した上で,砂粒子移動および砂漣の形状について整理した結果(図1)について考察する.

図1:測定結果の一例

 底質全面移動限界 図中の曲線はsdg tan /U2=a(U/)-1の形で書き表されており,実験の条件として,底質が砂のみの場合には粗面乱流となるケースも行ったものの,層流または滑面乱流の整理法でまとまることから,シルトの影響で底質表面が滑らかになっていることがわかる.ただし,28.4%についてはばらつきが大きく,砂粒子として扱えないことがわかる.曲線の相違は係数の違いといえるが,この原因としてはシルト分の混入による静止摩擦角の変化,およびシルト分の懸濁による水中密度の変化が考えられる.これらの変化を考慮すると,シルト分含有率7.1%と11.3%の場合については砂粒子のみの場合と曲線がほぼ一致する.一方,19.2%と21.7%についてはにして3倍程度の開きが見られ,これらのケースでは砂のみの底質と比較して,倍程度になるまで沙粒子の移動が見られないことがわかる.

 砂漣サイズ 砂粒子の場合,図中に示す曲線の関係を用いて砂漣のサイズを推定することができるが,今回の実験ではデータのばらつきが大きく,波の条件から砂漣波長を特定するのは困難と思われる.

 砂漣Steepness 28.4%を除くとこの曲線でうまく整理されており,これから推定される砂泥混合底質の水中安息角は30度程度となる.これは,砂粒子の場合の18度よりかなり大きな値であり,またシルト分含有率の増加とともに波高波長比が小さくなる傾向も見られるため,砂漣の形状が偏平になることがわかる.

 間隙水圧変動計算 計算結果は実験結果のグラフに併せて示してあるが,実験結果と計算結果の一致度は良好で,骨格構造の推定も妥当であると考えられる.また,砂泥混合底質を用いた土質実験を行い,その結果得られた諸量を用いて底質中の間隙水圧変動を予測することが可能であることもわかる.

 まとめ 以上の考察から次のことが結論として得られた.

 ・砂泥混合底質はシルト分含有率で砂質領域,遷移領域,泥質領域の3タイプに分類できる.

 ・遷移領域の底質では砂漣はできにくく,できた場合も砂粒子のみの場合に比べて波高が小さく,偏平な形状となる.

 ・遷移領域の底質は砂粒子とシルト分が堅固な骨格を構成しており,間隙水圧の変動も少なく,間隙水圧の上昇はみられるものの,底質表面の形状も滑らかで全体として安定しているといえる.

 ・室内実験では遷移領域の底質が安定であるが,自然干潟の含泥率は5〜15%程度で安定しており,これは荒天時の影響によると考えられる.

 ・遷移領域から砂質領域の底質は,透水性も良好で,細粒分も水中に懸濁した状態で底質内部まで浸透するため,溶存酸素や有機物の供給が充分に行われ,干潟の環境機能に良い影響を与える.

 従って,砂泥混合底質はシルト分含有率をパラメタとして干潟の地形的安定性に影響を与えるだけでなく,干潟の環境機能を評価する上で重要な要素となることがわかった.

審査要旨

 干潟は生物生産が高く,多くの生物が生息していて,生態的な観点から非常に重要な場であるといえる.また,干潟には水質浄化機能を始めとする環境浄化機能もあり,その重要性が認識されてきている.本研究は,既往の研究成果に基づいて干潟の機能を明らかにし,さらに干潟を物理的に維持するための基礎的知識となる砂泥混合底質の波による移動現象について実験的な研究を行ったものである.

 第1章は緒論であり,わが国において干潟が過去に減少傾向を示してきたこと,および最近重要性が認識されてきていることが述べられている.そして,干潟には環境保護,環境浄化,景観,生物生産といった機能があることを述べた上で,最近注目されているミティゲーションとの関連でも干潟の研究の重要性を説いている.そして,最後の部分でこの論文の目的と構成について述べている.

 第2章は干潟に関する既往の研究をとりまとめ,ミティゲーションなどのために人工干潟を造成することを念頭において,干潟の評価法について考察している.まず干潟の定義に触れ,地形的特徽のみならず,干潟の機能に着目することの必要性を述べている.そして,干潟の既往の研究が,生態学的研究,水産土木的研究,地質学的研究,および海岸工学的研究に分類されることを述べ,それぞれの現況をとりまとめている.生態学的研究では,食物連鎖の中で種々の生物が生息することからそれぞれに着目した研究が行われており,その中で渡り鳥,ゴカイ,カニ,底生生物などと干潟との関連を整理し,さらに物理条件との関係や生態系モデルを紹介している.水産土木的研究では,イソゴカイ,クルマエビ,ムツゴロウ,ホッキガイに着目した研究を紹介している.地質学的研究では,ボーリング調査を中心とする調査結果から得られる過去の堆積環境を論じ,また,海岸工学的研究では,干潟地形に関する種々の研究についてとりまとめている.そしてこれらを踏まえ,人工干潟を造成する際に考慮すべき要素をとりまとめ,干潟の評価方法について議論している.

 第3章では,干潟の維持・造成には底質を中心とする物理環境が重要であるとの認識から,干潟に現れる砂泥混合底質の波浪による移動実験の内容を記述している.実験には2次元造波水槽を用い,底面に砂泥混合底質を敷いて,種々の条件の波を作用させた場合の底質の挙動を測定している.底質には砂分として平均粒径0.19mmの豊浦標準砂,および泥・シルト分として粒径0.075mm以下のジークライトを用い,混合割合を種々変化させて波を作用させた場合の,波高,間隙水圧,および土圧を測定するとともに,底面の観察を行っている.その結果,特に底面における砂漣の発生状態に対して,混合割合の影響が大きく,最も砂漣の発生しにくい混合割合が存在することが明らかになり,その条件で間隙水圧の変動振幅が小さくなっていることが判明した.また,発生した砂漣の形状や規模と実験条件との関係が得られた.

 第4章においては,実験結果に基づいて考察が行われている.まず,底質の全面移動限界に関しては,混合底質に対する代表粒径を実験結果から決定すると,シルト分含有率が11.3〜19.2%において極大値をとり,この混合割合において底質が安定することを示した.また,底質移動が間隙水圧変動と深く関係するとの認識から,間隙水圧変動の算定法を理論的に考察し,数値計算を行った結果,混合割合により波に対する底質の挙動が3タイプに分類されることが説明された.これらの知見を踏まえ,人工干潟造成の際の考え方を提起した.

 第5章においては,以上の研究成果をまとめ,結論を述べている.

 以上のごとく,本論文は海岸環境として非常に重要な干潟を多角的な側面から論じ,その位置づけを明らかにした.その上で,干潟の物理的挙動に関連する砂泥混合底質の波浪応答に関する実験を行い,理論的考察をも加えて,混合底質の挙動特性を明らかにしたものである.ここで取り扱っている問題は複雑であり,この分野におけるまとまった研究は従来には見られない.そのような状況において,本論文の成果は貴重なものである.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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