学位論文要旨



No 111058
著者(漢字) 永井,邦彦
著者(英字)
著者(カナ) ナガイ,クニヒコ
標題(和) 大都市通勤鉄道輸送改善方策の評価手法
標題(洋)
報告番号 111058
報告番号 甲11058
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3302号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 越,正毅
 東京大学 教授 中村,英夫
 東京大学 助教授 家田,仁
 東京大学 助教授 桑原,雅夫
 東京大学 助教授 清水,英範
内容要旨

 日本の大都市における主要な通勤交通手段である鉄道の混雑は非常に激しい。通勤鉄道の混雑は、利用者に直接の心理的・肉体的圧迫を加えるばかりでなく、労働効率の低下や都市の正常な発展を阻害するといった社会的損害も大きいと考えられる。また、混雑を原因とする乗降時分の増大、混雑を回避するために列車種別・経路・時間帯について必ずしも最小時間のものを選択しないと言う利用者行動によって、所要時間そのものの損失も多大なものとなっている。

 鉄道混雑の原因としては、まず極端な投資不足を挙げるべきであろうが、新線の建設や線増などの大規模投資は、巨大な資金と長い建設期間とを必要とする。従って、短期的な方策として列車運行計画の改善を行うことも重要であり、また各種投資を行う際には、実施されたプロジェクトが利用者の行動変化に及ぼす影響を考慮した効果分析を実施することが必要となる。

 本研究の目的は、これまで着席行動と認知誤差のみが考慮されていた鉄道利用者の行動予測を、混雑率を入力変数とする連続関数によって混雑回避行動を明示化した形で定量的に評価できるように改良し、様々な輸送改善方策の評価をより正確に行うことができるようにすることである。なお、研究の対象としては基本的に東京圏を対象とし、一部は関西圏のデータを用いる。

 以下、本研究を構成する各章の概要について説明する。

 第1章は、本研究の目的と構成とを説明する。

 第2章は、通勤鉄道輸送および輸送改善方策の現状を説明する。まず、本研究の対象とする東京都市圏の通勤鉄道の混雑状況について触れる。次に、現在までに提案されてきた輸送改善方策を、実際に導入されているものと未実現のものとを含めて系統的に整理した上で、各方策の特質について説明し、定量的な効果評価方法を確立するために必要な諸条件について考察する。続いて、現状の列車運行計画評価方法ならびに交通流動予測手法について、問題点を述べると共に既往の関連研究を紹介し、同時に本研究の研究方針を示す。また、輸送改善方策の一つとして有用であると言われる共通運賃制度についての概念と検討例を紹介する。最後に、著者らが鉄道利用者の混雑回避行動に関する論文を上梓して後、大都市では鉄道計画においても混雑の考慮が不可欠であるという見解が主流になりつつある現状を踏まえ、著者ら以外の研究者による最近の研究を紹介する。

 第3章は、利用者の列車選択行動から混雑不効用関数の推定と移転性の検証を行う。まず、列車運行計画を時間-空間ネットワークとして表現する方法を説明し、ネットワーク上の利用者行動として利用者均衡を仮定する。ネットワークの各リンクのリンクパフォーマンス関数としては3種類の関数型のみを仮定として、キャリブレーションを行う。キャリブレーションの方法は、実在線区の分布交通量と列車運行計画を入力とし、観測リンクにおける交通量と、上記仮定に基く推定交通量の2値が最小となるよう混雑不効用関数のパラメーターを設定するものである。次に、東京圏および関西圏の鉄道線区から比較的信頼性の高い観測リンク交通量が入手された5線区について推定したパラメーターについて比較する。本章の結論として、各線区の推定値、いずれの関数型とも差異は小さいため、推定された混雑不効用関数は十分信頼できるものと考えられる。ただし、実用的には列車運行計画に適用する場合は容量制約が明示された形の分数関数、東京圏全部を対象とする大規模ネットワークに適用する場合は計算時間の短い指数関数が適切であると考えられる。最後に、推定された混雑不効用関数と現在の首都圏各線区の混雑状況の実測値と時間価値の仮定とから、輸送改善プロジェクトの評価を概算する。

 第4章は、第3章で推定された混雑不効用関数を用いて列車運行計画の評価と改善方法の提案を行う。まず、東京圏および関西圏の通勤鉄道15線区について、入手された分布交通量と列車運行計画とから、各線区の列車運行計画を効率性・公平性の両方の視点に立って評価する。次に、列車運行計画の最適化を近似的に行うため、需要と供給のパターンを多数設定し、代表的な列車運行パターンについて特性評価を行うと共に、効率性評価を行うことができる近似式を回帰分析により求める。更に、都市の郊外化に伴う線区の分布交通量の総量やパターンの変化に対応して変更が必要となる列車運行計画の、改正の指針を示す。実線区への適用例として、鉄道事業者の協力が得られた線区について、いくつかの改善案を、効率性、公平性のほか、定時性、安全性を含めて評価してみる。最後に、本章で提案した手法の拡張として、通勤鉄道列車に用いられる車両の座席率について、改善の方向性を示す。

 第5章は、第3章で示した混雑不効用関数を鉄道ネットワークに適用し、旅客流動予測システムを構築する。本章は経路選択に関する部分と、乗降駅選択に関する部分から構成される。前者は、乗降駅を入力として利用経路を推定するものである。後者は、ある地区で発生・集中する利用者の乗降駅を推定するものである。

 まず経路選択サブモデルの開発のため、まず線区毎の比較的簡単なネットワーク上で、利用者均衡原理に基く交通量配分を行い、通勤鉄道利用者の選択経路が混雑に依存していることを示す。次に、精度向上のため線区の列車種別別にリンクを設定する。更に、非集計分析により混雑を考慮した経路選択の予測が適切であることを示す。

 利用駅選択サブモデルは、非集計分析の結果を用いて推定する。

 第6章は、第5章で開発された旅客流動予測システムを、実際に想定される計画に対して適用する。まず、運賃制度について、全鉄道事業者の収入合計が変化しないという制約のもとで、会社別によらず固定部分と距離比例部分とからなる共通運賃を、いくつかの代替案として設定し、共通運賃制度導入の効果を予測する。その結果、大局的には変化は小さいものの、局所的には改善が見られることが予測される。次に、東京圏西南部で実際に行われようとしているプロジェクトについて、将来の交通量変化を予測し、いくつかの指摘を行う。

 第7章では、本研究のまとめとして、研究で得た結論と共に、輸送改善の実現化方策に関して本研究の結果より得られる見解を述べ、最後に今後の課題を示す。

 本研究により、通勤鉄道利用者の混雑回避行動が明らかになり、列車運行計画や鉄道ネットワークの改良に伴う各種予測手法が改善されると共に、従来評価困難であった混雑緩和に関する影響が定量的に評価可能となった。

審査要旨

 日本の大都市における主要な通勤交通手段である鉄道の混雑は非常に激しい。通勤鉄道の混雑は、利用者に直接の心理的・肉体的圧迫を加えるばかりでなく、労働効率の低下や都市の正常な発展を阻害するといった社会的損害も大きいと考えられる。また、混雑を原因として乗降に要する時間が増大している線区では、遅延が常態化していたり、列車の表定速度を低下させざるを得ない状況であり、結果としてさらに一定時間内に運転可能な列車本数ひいては輸送力が低下するという悪循環が起こる。同時に、混雑を回避するために列車種別・経路・時間帯について必ずしも最小時間のものを選択しないと言う利用者行動によって、所要時間そのものの損失も多大なものとなっている。

 鉄道混雑の原因としては、まず極端な投資不足を挙げるべきであろうが、新線の建設や線増などの大規模投資は、巨大な資金と長い建設期間とを必要とする。従って、短期的な方策として列車運行計画の改善を行うことも重要であり、また各種投資を行う際には、実施されたプロジェクトが利用者の行動変化に及ぼす影響を考慮した効果分析を実施することが必要となる。

 現状の問題を効率的に解決するために重要となる通勤鉄道利用者の列車種別・経路・時間帯の選択行動に関して、既存の研究においては所要時間の他、着席可能性と利用者が自分のとる選択肢の効用に対する認知誤差に関しては考慮されている。本研究では、利用者行動モデルを改良し、混雑率を入力変数とする連続関数によって混雑により利用者が受ける不効用を定量化して、混雑回避行動を明示化した形で輸送改善方策の分析ができるようになっている。また、プロジェクト実施期間、要求される出力の精度、分析に必要な入力データが大きく異なる列車運行計画評価と、鉄道線路網の改善について階層的分析ができる形に整理されている。また、研究成果が実際の改良に役立つよう、輸送改善プロジェクト実施に関わる実務者が本手法を利用できるようにモデルケース分析を行い、適用例が示される。本手法により、様々な輸送改善方策の評価をより正確に行うことができるようになると考えられる。なお、研究の対象としては基本的に東京圏を対象とし、一部は関西圏のデータを用いられている。

 本論文は全8章より構成されている。以下、本研究を構成する各章の概要について説明する。

 第1章は、本研究の目的と構成とが説明されている。

 第2章は、通勤鉄道輸送および輸送改善方策の現状が述べられている。まず、本研究の対象とする東京都市圏の通勤鉄道の混雑状況を説明される。次に、現在までに提案されてきた輸送改善方策を、実際に導入されているものと未実現のものとを含めて系統的に整理した上で、各方策の特質について説明し、定量的な効果評価方法を確立するために必要な諸条件について考察がなされる。続いて、現状の列車運行計画評価方法ならびに交通流動予測手法について問題点を述べられる。また、輸送改善方策の一つとして有用であると言われる共通運賃制度についての概念と検討例を紹介される。

 第3章では既往の関連研究を紹介し、同時に本研究の研究方針が示される。また、大都市では鉄道計画においても混雑の考慮が不可欠であるという認識に基いた、著者ら以外の研究者による最近の研究が紹介される。このような研究は著者らが鉄道利用者においても混雑回避行動の分析が重要であるという見解の主張をした後、一般的になったものである。

 第4章は、利用者の列車選択行動の結果をである列車別乗車人員のデータを利用して、混雑不効用関数の推定と移転性の検証がなされる。まず、列車運行計画を時間-空間ネットワークとして表現する方法を説明し、ネットワーク上の利用者行動として利用者均衡を仮定される。ネットワークの各リンクのリンクパフォーマンス関数としては3種類の関数型のみを仮定として、キャリブレーションが行われる。キャリブレーションの方法は、実在線区の分布交通量と列車運行計画を入力とし、観測リンクにおける交通量と、上記仮定に基く推定交通量の2値が最小となるよう混雑不効用関数のパラメーターを設定するものである。

 次に、東京圏および関西圏の鉄道線区から比較的信頼性の高い観測リンク交通量が入手された5線区について推定したパラメーターの比較がなされる。本章の結論として、パラメータ推定値の線区間の際は小さく、またいずれの関数型を採用した際も、推定される混雑不効用値の差異は小さいため、推定された混雑不効用関数は十分信頼できるものとされる。ただし、実用的には列車運行計画に適用する場合は容量制約が明示できるという特長がある分数関数、東京圏全部を対象とする大規模ネットワークに適用する場合は計算時間が短いという特長がある指数関数が適切であるとされる。最後に、推定された混雑不効用関数と現在の首都圏各線区の混雑状況の実測値を用いて、輸送改善プロジェクトの評価値を概算される。その結果、現在実施されているプロジェクトが企業と利用者の便益の合計からみて社会的にも有用であり、現在想定されていない大規模投資の中にも有用なものが多数存在することが明らかになる。

 第5章は、第4章で推定された混雑不効用関数を用いて、利用者便益からみた列車運行計画の評価法を確立し、同時に運行計画の改善方法が提案される。まず、東京圏および関西圏の通勤鉄道15線区について、入手された分布交通量と列車運行計画とから、各線区の列車運行計画を効率性・公平性の両方の視点に立って評価される。次に、列車運行計画の最適化を近似的に行うため、需要側の変数である分布交通量と供給側の変数である列車運行計画について、それぞれのパターンを多数設定し、代表的な列車運行パターンについて利用者便益の視点からの評価を行うと共に、効率性評価を簡易に行うことができる近似式を回帰分析により求められる。更に、大都市の居住地の外延化に伴って、各線区の分布交通量の総量が増大し、同時に分布パターンが変化するが、この現象に対応して列車運行計画の変更が必要となること、更に改正の指針を示される。

 実線区への適用例として、大手民鉄で最も需要の増加傾向が大きい東京急行電鉄田園都市・新玉川線におけるいくつかの改善案について、効率性、公平性のほか、定時性、安全性の視点から評価される。最後に、本章で提案した手法の拡張として、通勤鉄道列車に用いられる車両の座席率の変更によるサービス改善の方向性が示される。

 第6章は、第4章で示した混雑不効用関数を鉄道ネットワークに適用することにより、旅客流動予測システムの精緻化が可能であることが示される。本章は経路選択に関する部分と、乗降駅選択に関する部分から構成される。前者は、乗降駅を入力として利用経路を推定するものである。後者は、ある地区で発生・集中する利用者の乗降駅を推定するものである。

 まず経路選択サブモデルの開発のため、まず線区毎の比較的簡単なネットワーク上で、利用者均衡原理に基く交通量配分を行い、通勤鉄道利用者の選択経路が混雑に依存していることが実証される。次に、精度向上のため線区の列車種別毎にリンクを設定し、また同じデータを用いて経路選択行動の効用関数を非集計分析により推定し、混雑を考慮した経路選択の予測が実際の利用者の行動と合致していることが示される。乗降駅選択サブモデルは、既存の非集計分析の手法を用いて推定される。

 第7章は、第6章で開発された旅客流動予測システムが、実際に想定される計画に対して適用される。まず、運賃制度について、全鉄道事業者の収入合計が変化しないという制約のもとで、会社別によらず固定部分と距離比例部分とからなる共通運賃を、いくつかの代替案として設定し、共通運賃制度導入の効果が予測される。その結果、大局的には変化は小さいものの、局所的には改善が見られることが予測される。次に、東京圏西南部で実際に行われようとしているプロジェクトについて、将来の交通量変化を予測し、プロジェクトの効果について考察される。

 第8章では、本研究のまとめとして、研究で得た結論と共に、輸送改善の実現化方策に関して本研究の結果より得られる見解を述べ、最後に今後の課題が示される。

 本論文は、大都市の鉄道通勤旅客について、実際の利用者行動の観測値を用いて、利用者の混雑回避行動のメカニズムを推定したものである。この成果により、鉄道輸送改善諸方策について、従来評価困難であった混雑緩和による利用者便益を含めて定量的評価が可能となった他、プラットホーム混雑の安全性評価や、列車ダイヤの定時性評価が可能になった。本論文では、従来は認知誤差のみで処理されていた鉄道利用者の経路選択行動を、混雑回避行動で説明することに成功しており、今後の研究に資するところも少なくない。本論文で提案された手法は、列車運行計画や鉄道ネットワークの改良に伴う各種の予測や評価に広範な適用が可能であり、その成果は高く評価される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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