内容要旨 | | 近年地震動記録の整備が進められ,これまでに提案されてきた様々な理論の検証や地盤震動解析モデルの改良に利用されている.本研究の目的は,最近新たに整備された地震記録データを用いて,地盤震動に関する知見と理解を深めることにある.地震工学における地盤震動の問題には様々な側面があるが,本研究では「地盤震動が構造物に与える被害ポテンシャル」 「地盤震動のアテニュエーション」「前2項目と地震被害や危険度解析の関係」に問題を絞って検討を進める. 本研究で扱う問題は大きく3つに分けられるが,1つ目は地震動特性を表わす簡便な指標を用いた構造物の地震被害評価に関するものである.都市ガス供給パイプラインや原子力発電所施設などのライフライン施設では,2次災害の危険性から大規模な地震が発生した場合には,その直後に被害を評価することが重要となる.ところが,これらの被害と地盤震動の大きさを表す加速度や速度などの関係は,非線形性が高く複雑であるために,その関係を数式として表現することは容易ではない.そこで本研究では,関数形で表現しにくい関係の評価手法として優れるニューラルネットワークを用いる方法を提案した.解析には,1層の隠れ層(Hidden Layer)を用いたFeed-forwardタイプとBack-propagationタイプのニューラルネットワークを用いた.まずニューラルネットワークに入力と出力の関係を学習させるために,実地震記録と人工地震記録を用いた入力(地震動指標)と出力(地震被害)のセットを2組用意した. まず最初に,過去の実際の地震記録と被害関係のデータを用いたニューラルネットワークのトレーニングと解析を試みた.すなわち,被災地域とその近傍域で記録された地震動記録と,文献調査や現地調査から得られた被害データを用いてニューラルネットワークの学習を行い,その後に過去の地震記録をデータとして解析の精度を検証した.被害データとしては,軽微・中程度・大被害の3つに分類されたデータを用いた.検証の結果,実地震記録でトレーニングされたニューラルネットワークを用いた場合,軽微な被害と大被害は精度よく予測できるが,中程度の被害はうまく予測できないことがわかった.この理由としては,トレーニング用学習データとして中程度被害のデータ数が十分でなかったことがまず挙げられる.そこで次に,実記録の不足を補うため,人工地震動記録により構造物被害の程度をシミュレーション解析した.すなわち,パラメータを様々に変化させながら,地震動の強度がバランス良く分布する人工地震動のデータセットを作成した.そして,このデータを構造物モデルに作用させた非線形地震応答解析から,塑性率を指標として被害程度を評価した.その結果,構造物の被害程度と塑性率が良い相関を持つことがわかった.次に地盤震動の指標として何が地震被害に最も影響を与えるかを決定する手法を提案した.人工地震動とそれを用いた応答解析による予測被害程度をデータとして学習させたニューラルネットワークに,過去の地震動データを入力して検証した結果,ニューラルネットワークを用いて構造物の被害程度を精度良く推定できることがわかった. 本研究の2つの目のテーマは,日本付近の深発地震による地震動のアテニュエーション特性に関するものである.気象庁87式加速度計(SMAC型地震計と異なり機器補正が不要)によって観測された数多くの地震記録を用いて,地震動の最大加速度・最大速度・スペクトル強度(SI値)・加速度/速度応答スペクトルの新しいアナニュエーション式を構築した.日本付近に広く存在するサブダクションゾーン(潜り込み地域)の地震に適用できるように,式の構築に際しては,震源深さ200kmまでの地震を用いた.震源距離とマグニチュードへの依存と同時に,震源の深さとローカルな地盤特性の影響を,震源距離による影響からマグニチュードの影響を分離するため,2段階の重回帰分析を行った.しかし最終的に得られる固有値方程式が特異となるため,繰返し計算で解を求める方法を用いた.ところで,観測所位置の地質分類に基づいて地震記録を整理した場合の地震動のばらつきは非常に大きい.これはある地点の震危険度解析用の地震動を評価する場合に,地質分類に基づく回帰式から単純予測される地震動を用いろことが適当ではないことを意味している.観測所位置の地質分類と最大速度との相関は高いが,最大加速度とは相関が低いので特に問題であることがわかった.また地震応答のアテニュエーション特性に及ぼす震源深さの影響は,周期約1秒より長い構造物に関しては無視できる程小さいことがわかった. 本研究の3つ目のテーマは,ニューラルネットワークやアテニュエーションの研究と地震危険度解析との関係や利用法についてである.まず震源深さの影響を地震危険度解析に考慮する式を,点震源・任意方向に伸びる線震源・面震源の3タイプの震源モデルについて構築した.次に地震危険度解析を行うための最大地震動と応答スペクトルに対する観測地の影響を検討した.本研究によって,地震による構造物被害を簡便に評価する新しい手法のひとつとして,ニューラルネットワークを用いた被害推定法を使えることが明らかとなった.最後に,いくつかの例題を数値解析した結果を用いて,上記の解析手法の妥当性を示した. |
審査要旨 | | 本論文は,最近急速に観測とデータ整備が進められている地震動記録を用いて,地震動の構造物損傷に与える影響について解析的に検討し,地震動の距離減衰特性を回帰分析し,またそれらの結果が地震危険度解析に及ぼす影響について考察している. 論文は全6章から構成されており,まず第1章では,研究全体の目的を述べるとともに,既往の研究についてサーベイし,本研究の位置づけを明確にしている. 第2章では,構造物の地震による震動被害の推定法として,ニューラルネットワークの利用を提案している.地震動の強さを表す最大加速度,最大速度,SI値,最大変位,継続時間などの指標と建築物などの被害の関係は,非線形が強く複雑である.そこで本研究では,この非線形関係を表現するため,誤差逆伝播型のニューラルネットワークの利用を試みた.実際に観測された地震動とその周辺地域の構造物被害,および人工地震波を用いた応答シミュレーション解析結果を学習データとして与え,ネットワークを訓練した.この訓練されたネットワークは,教師データの再現性テストにおいてよい結果を示し,適切なデータさえ与えれば,ニューラルネットワークが構造物の震動被害の推定法として有効であることが示された.また,特定の構造物の震動被害は,最低限,SI値または最大速度を説明変数として与えるとかなりよく表現でき,これに最大加速度を加えると推定精度が向上することが示された. 第3章では,最近配備された気象庁87型地震計による加速度記録を用いて,最大加速度および最大速度の距離減衰式を構築した.このような地震動強度の経験式は過去にも例が多いが,地震計の精度に問題があったり,観測データが少ないなどの問題があった.また,釧路沖地震などの震源の深い地震によっても被害がでるなど,震源の浅い地震のみを対象とした従来の距離減衰式だけでは不充分なことが,最近,明らかになってきた.また,地震動強さは,地盤条件や地形などの観測地点固有の影響を強く受けることが,近年,観測結果からも明らかになりつつある.このため,本論文では,震源深さと観測地点の影響を補正係数として考慮する距離減衰式を新たに提案した.この式の未定係数をデータから求めようとすると,説明変数間の相関のため,3段階の重回帰分析が必要となる.しかし,この解を求めるための固有方程式が特異となり,通常の方法では解が得られないため,繰り返し計算による方法を開発した.この結果,震源深さと観測地点の影響を取り入れた最大加速度および最大速度の距離減衰式が最終的に提案された.また,観測地点を従来の4種類の地盤種別で分類したところ,最大加速度,最大速度ともに,地盤が軟らかくなるほど揺れが大きくなる傾向が示され,とくに最大速度においてこれが顕著であった.しかし,このような地盤分類では,同一の分類内での揺れやすさのばらつきが,分類間の平均値のばらつきより大きいことも示され,強震動予測には,きめ細かな観測地点の評価が必要なことが明らかになった. 第4章では,第3章と同様の観測データと解析手法を用いて,震源深さと観測地点の影響を考慮した,加速度応答スペクトルおよび速度応答スペクトルの距離減衰式を構築した.この結果として求まった構造物周期ごとの観測地点の補正係数は,観測地点に固有のスペクトル形状を表していることが示された.また,地盤種別ごとの応答スペクトル比は,地震動強さにおける周期の影響が大きいことを示していた. 第5章では,第3章と第4章で提案した距離減衰式を地震危険度解析に用いた場合,どのような影響がでるかを検討した.まず,震源深さの影響を考慮する手法を,任意の点震源,線震源,面震源の場合について構築した.また,地震危険度解析における観測地点の影響の評価についても考察した.さらに,ニューラルネットワークを利用して,構造物の地震危険度を簡易に予測する方法について提案した. 第6章では,結論として本論文で得られた知見をまとめている. 以上述べたように,本論文は,工学的に要求される地震動強さの予測式を,最新の豊富なデータと新しい解析手法に基づいて提案し,また地震動強さと構造物被害の関係をニューラルネットワークを用いて説明するという方法を開発している,阪神大震災が発生して間もない現在において,これらの研究成果は,今後の地震動評価および耐震設計法の見直しにおいて,寄与するところが大と判断される. よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. |