学位論文要旨



No 111062
著者(漢字) 石井,敏雅
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,トシマサ
標題(和) 緩勾配不規則波動方程式を用いた平面波浪場の解析手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 111062
報告番号 甲11062
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3306号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 藤野,正隆
 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 教授 渡邊,晃
 東京大学 助教授 ディバジニア,モハンマド
内容要旨

 浅海域における波浪変形の予測は、構造物の設計波条件の設定、港の防波堤配置の検討、海浜流の計算や漂砂量の計算など様々な面において不可欠である。

 これまで多くの波浪変形計算法が提案されているが、従来の方法では海の波のもつ性質である多方向性、不規則性を考慮して波浪変形現象の諸要素である屈折、浅水変形、回折、反射、砕波の5つの現象を同時に計算する方法は開発されていない。近年、空港、石油備蓄基地や火力・原子力発電所等の建設において海岸から数km離れた沖合いに巨大な人工島を建設する沖合人工島方式が注目されていることを考えると、上記の波浪変形計算法の開発は特に重要である。

 この問題を解決するため考案された方法が緩勾配不規則波動方程式である。従来の計算法では、不規則波を計算する場合、まず、成分規則波に分解し、規則波毎の計算を行い、それらを重ね合わせるという方法を用いていた。これは水の波が周波数によって波の伝播速度が異なる分散性の波であり、基礎方程式の係数が成分波によって異なるため成分波毎に係数を変えることが必要となるからである。緩勾配不規則波動方程式は従来の計算法の一つであり、屈折、浅水変形、回折を同時に計算することができる緩勾配方程式を基本として、この方程式中において成分波の周波数によって異なる係数を近似式を用いて表わすことにより周波数によらない係数のみからなる方程式を誘導し、不規則波の波浪変形を直接時系列的に解けるようにしたものである。このため、従来の重ね合わせ法では計算時間が膨大で困難であった不規則波の一般的な波浪変形計算を可能としている。

 緩勾配不規則波動方程式に関する研究はこれまで周波数の関数となっている係数の近似精度を向上させるための近似式の研究に重点が置かれてきており、近似式として有理式を用いることにより従来の近似方法に比べ、広い周波数帯における係数を精度よく近似できることが報告されている。しかしながら、有理式近似式の係数の設定方法や平面2次元波浪場の計算方法については十分確立されておらず、このため、この方法は実用化に到っていない。本研究は緩勾配不規則波動方程式において重要な有理式近似の係数の設定方法と実用化のための平面波浪場の計算法を確立することを目的としたものである。

 有理式近似による緩勾配不規則波動方程式は図-1に示すように緩勾配方程式をラダー変換してヘルムホルツ型偏微分方程式とした後、ラダー変換式に2次式近似式、ヘルムホルツ型偏微分方程式に有理式近似式を用い、さらに新しく定義した変数による変数変換を行った後、式を変形することにより得られる式である。緩勾配不規則波動方程式からを求め、これを用いてラダー変換の2次近似式から不規則波の水面変動に相当するを求める。図-1中のcは波速、cgは群速度、kは波数、は不規則波の代表角周波数からの各成分波の偏差(-)である。

図1:有理式近似による緩勾配不規則波動方程式の概要

 有理式近似式の係数a1、b0、b1、b2は図-2に示すように波数k2の3つの厳密解と発散解を含まないための条件から求める。図-2の横軸は無次元化角周波数であり、縦軸は図を描くうえでの縦軸と横軸のバランスの関係からk2の平方根kを水深hにより無次元化した値を用いている。gは重力加速度である。3つの厳密解の選定は不規則波のピーク周波数fpに対してf/fp=0.76,1.22,1.92に相当する値を用いることにより周波数スペクトルにおいてエネルギーの占める割合が大きいf/fp=0.68〜2.07の範囲をk2の最大相対誤差10%以内で近似することができる。これにより精度のよい安定した計算を行うことができる。また、この時、方程式の離散化誤差をあらかじめ考慮して近似式の係数を決定することにより計算格子間隔を大きくとることができより効率的な計算を行うことができる。

図2:有理式近似式の係数の設定方法

 次に平面波浪場の数値計算は差分法の一つであるADI法を用いて行うが、通常のADI法の離散化を用いるとx、y方向の1組の計算を終了した段階で緩勾配不規則波動方程式の∇2の項の時間差分の中心が他の項と一致しないことからこれらの項については単に前進差分、後退差分を行うのではなく、時間に対して平均する操作を行っている。また、多方向不規則波の入射は多方向不規則波作成のための計算時間、記憶容量が少ない線境界入射法を開発し、これを用いている。

 多方向不規則波の平面波浪場における波浪変形の計算結果の妥当性については5つの波浪変形現象のうち妥当性が確認されている既往の方法で計算が可能な現象についてはそれらとの比較を行うことにより確認し、すべての現象が同時に起こる場合については水理模型実験結果と比較することにより確認している。図-3は沖合人工島周辺波浪場について電力中英研究所が多方向不規則波造波機を用いて実施した縮尺1/150の水理模型実験結果と本研究による計算結果を入射有義波高に対する有義波高の比について比較したものである。結果はよく一致しており、沖合人工島周辺波浪場が精度よく計算されていることがわかる。

図3:沖合人工島周辺波浪場の実験結果と計算結果の比較(有義波高比H1/3/(H1/3)0の平面分布)

 また、沖合人工島周辺海域については波浪場の計算結果を用いて海浜流、地形変化の計算も実施した。

審査要旨

 海岸における諸問題を解明するためには浅海域における波浪場の把握が不可欠である.従来,浅海域における波浪変形の予測においては,浅水変形,屈折,回折,砕波,反射などのうち,場所ごとに最重要な波浪変形の要素のみを便宜的に取り出して,解析してきた.また,波浪は不規則であるにも関わらず,規則波理論を用いた解析が行われることが多かったが,波浪の不規則性は屈折や回折などに大きな影響をおよぼすことがわかっている.そこで,波の変形の諸要素を同時に考慮した上で,不規則波の変形をいかに予測するかは,海岸工学上で非常に重要な課題となっている.

 本研究においては,緩勾配不規則波動方程式を用いて不規則波の変形を数値計算するための手法が開発され,その有効性が検証されている.これは,浅海域における不規則波の伝播の時系列を順次計算する方法であり,物理現象に即した現象を再現することができる.

 第1章は序論であり,波浪変形の諸要素および波浪の不規則性と非線形性について説明した上で,波浪変形計算の現状をレビューしている.そして,実用面も考慮した場合の課題について整理して,波浪変形の諸要素を考慮した不規則波変形の計算手法の開発の必要性と,それを目的とする本論文の内容を述べている.

 第2章では,緩勾配不規則波動方程式に関する既往の研究として,1次近似および2次近似式を解説した後に,本研究で用いる有理式近似について理論的に検討し,計算の精度や安定性を保証するための条件を導くことにより,有理式近似による緩勾配不規則波動方程式の具体的な形を提案している.特に,有理式近似における係数に対して,数値計算上の安定条件式を導くとともに,離散化誤差を補償するような決定法を導入した.そして,周波数領域を分割する場合としない場合とについて最終的に所定の精度に対応してどのように係数を決定すべきかを述べている.また,砕波減衰項の評価法についても考察し,砕波変形の解析も可能にしている.

 第3章では,平面波浪場の数値計算法について述べられている.基礎方程式の離散化においては,安定で精度良い計算が可能となるADI法を用いることができるような基礎方程式の各項の差分式を導くとともに,離散化誤差を補償するような有理式近似の係数決定法を適用している.また,境界条件に関連して,効率的かつ精度良く入射波を導入し放出波を吸収するために,従来の帯境界入射法に代わって線境界入射法を提案し,入射波の発生法としてシングルサメイション法に基づく沖側および側面入射波成分の算定法を述べている.これらにより,記憶容量や計算時間が大幅に節約されることになった.

 第4章では,この研究で提案された計算手法の妥当性を検証するため,解析解や実験結果が得られている条件における数値計算を行い,比較検討している.具体的には,不規則波の浅水・屈折変形,半無限堤および防波堤開口部での回折,球面浅瀬周辺での浅水・屈折・回折変形,および一様勾配斜面上での砕波変形であり,いずれも提案した計算法の妥当性が確認された.また,計算結果の解釈に関連して不規則波にともなう統計的変動性について理論的な考察を行い,得られた計算結果がそれと整合することが示されている.

 第5章では,従来の手法では適切な計算ができなかった人工島周辺の波浪場を計算し,さらにその結果として生ずる海浜流場および地形変化を計算し,この研究で提案された手法の実用的な応用例を示している.計算結果は実験結果と比較され,波浪場,海浜流場,および地形変化が妥当なものであることが示されている.

 第6章は結論であり,この研究で得られた結論をとりまとめている.

 以上の研究成果を要するに,海岸工学において不可欠な波浪変形予測に対して,浅水変形,屈折,回折,反射,砕波等の波浪変形要素をすべて取り入れ,さらに波浪変形に大きな影響を及ぼす不規則性を考慮して,数値計算を行うことが可能になった.この成果は,社会人大学院生である論文提出者が出身研究所において関連研究を始め,受託研究員となってからの1年半に課題を紋り込んだ研究を開始し,続いて博士課程大学院生としての2年間に研究を継続・完成させることによって得られたものであり,この分野での研究に大きく貢献するとともに,実務における応用にも用いられることが期待される.よって,この研究業績は特に優れたものと認められ,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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