審査要旨 | | 海岸における諸問題を解明するためには浅海域における波浪場の把握が不可欠である.従来,浅海域における波浪変形の予測においては,浅水変形,屈折,回折,砕波,反射などのうち,場所ごとに最重要な波浪変形の要素のみを便宜的に取り出して,解析してきた.また,波浪は不規則であるにも関わらず,規則波理論を用いた解析が行われることが多かったが,波浪の不規則性は屈折や回折などに大きな影響をおよぼすことがわかっている.そこで,波の変形の諸要素を同時に考慮した上で,不規則波の変形をいかに予測するかは,海岸工学上で非常に重要な課題となっている. 本研究においては,緩勾配不規則波動方程式を用いて不規則波の変形を数値計算するための手法が開発され,その有効性が検証されている.これは,浅海域における不規則波の伝播の時系列を順次計算する方法であり,物理現象に即した現象を再現することができる. 第1章は序論であり,波浪変形の諸要素および波浪の不規則性と非線形性について説明した上で,波浪変形計算の現状をレビューしている.そして,実用面も考慮した場合の課題について整理して,波浪変形の諸要素を考慮した不規則波変形の計算手法の開発の必要性と,それを目的とする本論文の内容を述べている. 第2章では,緩勾配不規則波動方程式に関する既往の研究として,1次近似および2次近似式を解説した後に,本研究で用いる有理式近似について理論的に検討し,計算の精度や安定性を保証するための条件を導くことにより,有理式近似による緩勾配不規則波動方程式の具体的な形を提案している.特に,有理式近似における係数に対して,数値計算上の安定条件式を導くとともに,離散化誤差を補償するような決定法を導入した.そして,周波数領域を分割する場合としない場合とについて最終的に所定の精度に対応してどのように係数を決定すべきかを述べている.また,砕波減衰項の評価法についても考察し,砕波変形の解析も可能にしている. 第3章では,平面波浪場の数値計算法について述べられている.基礎方程式の離散化においては,安定で精度良い計算が可能となるADI法を用いることができるような基礎方程式の各項の差分式を導くとともに,離散化誤差を補償するような有理式近似の係数決定法を適用している.また,境界条件に関連して,効率的かつ精度良く入射波を導入し放出波を吸収するために,従来の帯境界入射法に代わって線境界入射法を提案し,入射波の発生法としてシングルサメイション法に基づく沖側および側面入射波成分の算定法を述べている.これらにより,記憶容量や計算時間が大幅に節約されることになった. 第4章では,この研究で提案された計算手法の妥当性を検証するため,解析解や実験結果が得られている条件における数値計算を行い,比較検討している.具体的には,不規則波の浅水・屈折変形,半無限堤および防波堤開口部での回折,球面浅瀬周辺での浅水・屈折・回折変形,および一様勾配斜面上での砕波変形であり,いずれも提案した計算法の妥当性が確認された.また,計算結果の解釈に関連して不規則波にともなう統計的変動性について理論的な考察を行い,得られた計算結果がそれと整合することが示されている. 第5章では,従来の手法では適切な計算ができなかった人工島周辺の波浪場を計算し,さらにその結果として生ずる海浜流場および地形変化を計算し,この研究で提案された手法の実用的な応用例を示している.計算結果は実験結果と比較され,波浪場,海浜流場,および地形変化が妥当なものであることが示されている. 第6章は結論であり,この研究で得られた結論をとりまとめている. 以上の研究成果を要するに,海岸工学において不可欠な波浪変形予測に対して,浅水変形,屈折,回折,反射,砕波等の波浪変形要素をすべて取り入れ,さらに波浪変形に大きな影響を及ぼす不規則性を考慮して,数値計算を行うことが可能になった.この成果は,社会人大学院生である論文提出者が出身研究所において関連研究を始め,受託研究員となってからの1年半に課題を紋り込んだ研究を開始し,続いて博士課程大学院生としての2年間に研究を継続・完成させることによって得られたものであり,この分野での研究に大きく貢献するとともに,実務における応用にも用いられることが期待される.よって,この研究業績は特に優れたものと認められ,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. |