学位論文要旨



No 111067
著者(漢字) ブレイク シェリー リー
著者(英字) BLAKE,Sheri
著者(カナ) ブレイク シェリー リー
標題(和) 東京における外国人コミュニティの空間的および社会的構造
標題(洋) Spatial and Social Structures of Tokyo’s Ethnic Communities
報告番号 111067
報告番号 甲11067
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3311号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 原,広司
 東京大学 教授 高橋,鷹志
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 岡部,篤行
 東京大学 助教授 藤井,明
内容要旨

 本研究にはふたつの目的がある。第一は、エスニック・コミュニティが地理的に集中して形成されることを促進あるいは阻害する都市構造を同定することであり、もし集中するのだとすれば、それが都市のヴァナキュラーな建築にどのような影響を与えるのかを探ることである。筆者はトロントにおいて小規模なケーススタディを行い、その結果を東京の現況と比較した。その結果、九つの都市構造が浮かび上がってきた。それらは、都市の形態(モーフォロジー)、外国人人口の分布、雇用の形態、都市の多層化、移民政策、地方自治体の政策、施設と組織、移民形態、家賃と地代、であった。筆者はこれらを、1970年代のパリに住んでいたポルトガル人を対象にして行われた、別の研究者による調査の結果と比較した。これらの構造は、論文の第二章(トロント)と第三章(東京)で議論され、またこれらが三都市のエスニック・コミュニティに影響を与えて生じた建築的形態とタイボロジーとともに、図1にまとめられている。

図1:トロント、パリ、東京の都市構造の比較-都市のヴァナキュラーな建築に対する影響度

 今日の東京の構造は、1970年代のパリにとてもよく似ている。ふたつの都市に共通する要素は以下のようなものだ。すなわち、エスニック・グループの社会的、法的孤立化が外国人の人口、外国人の為の組織や施設、また外国人の主張を抑え、ある意味では建築の形態や要素にまで影響を与えている。結果として、六本木、麻布、山手に住むアメリカ人とヨーロッパ人、関内に住む中国人だけが東京のアーバンファプリックに影響を及ぼすのである。これはある程度、歴史的理由や、現在の移民政策、雇用の形態などによるものだと言える。

 本研究の第二の目的は、東京のアーバンファブリックに於いて目に見える、または見えないコミュニティ内部に、既存のものとは異なる社会的ネットワークが存在するのかどうか、そしてそれらはどのような空間的パターンを持って都市に表出しているのか、を探ることである。このために、東京でもっとも大規模な四つの外国人コミュニティに対してアンケート調査が行われた。四四〇名から回答があり、その内訳は、コリアン一四四名(出生地日本八一名、コリア六三名)、中国人五三名、フィリピン人五三名、アメリカ人一九〇名であった。回答者の居住地は東京、神奈川、埼玉、千葉の一都三県に分散している。結果は、本論文の第四章から第八章にかけて議論されている。第四章では研究の目的、方法、解析手法が提示される。第五章では各グループを人口学的に比較することによりそれぞれを特徴づける。第六章では各グループの居住状況を論議する。第七章では各グループの地理学的特徴を明らかにする。それは、1)「近隣(neighbourhood)」の役割を明確にする、2)各グループにとって重要な意味を持つと調査により判断された近隣を「テリトリー」としてマッピングする、3)いつもグループの構成員が集まる場所を特定する、ことにより行われる。第八章ではエスニック・コミュニティそれぞれの「社会的境界」の強さあるいは弱さを1)多数者(日本人)の社会にどの程度溶け込んでいるか、もう一方では自分の属するエスニック・グループにどの程度結びついているか、を比較する、2)回答者が「エスニックである」と認識している近隣への社会的結びつきの強さを空間的に計測する、3)各コミュニティの必要としているものを明らかにする、ことにより比較する。

 解析の手法としては多岐に渡るものを採用したが、その内の三つがとりわけ重要である。初期の調査の結果から、エスニック・グループ間あるいはグループ内部で、住宅環境には大きな格差があることが明らかであった。各グループを比較可能とするために、グループを建設省の住宅基準により最低基準以下、目標基準以下、目標基準以上、の三つに分けた(図2)。「目標住宅基準」及び「最低住宅基準」は単位床面積あたりの居住者数に基づいているが、日本の住環境の整備を目的とした五カ年計画の一部として定められたものである。西暦2000年までに、日本の住宅の半数が目標基準を満たすことが期待されている。第五章から第八章までの各章における分析の結果は、データとして表の形態(図3)にして総合的に、あるいは各住居基準ごとに、まとめてある。

図2:建設省の住宅基準によるエスニックグループの類型化図3:回答者の民族性による近隣の対比的特徴抽出

 これらの分析手法に加えて、単連結のクラスター分析を総合的データ及び住居基準別データに対して行った。これら二つの手法は、各グループが水平に多層化されているのか(この場合民族性よりも住居基準によって分節化されている)、垂直に多層化されているのか(この場合は民族性優先)を判断するために、とりわけ近隣(第七章)及びコミュニティ(第八章)の解析において効果的であった。また、第三の手法としてデータのベクトルマッピングが行われた。第七章において、ベクトルマッピングは各エスニックグループについて重要な近隣を描き出すのに用いられ、回答者の多くに共通するテリトリーを抽出するのに用いられた(図4)。第八章では、同様のマップがエスニックな近隣を同定し、回答者がそこを訪れる頻度を測定するのに用いられた。全てのケースにおいて、ベクトルは回答者の居住地を起点とし、回答にあった近隣または鉄道の駅を終点としている。これらのベクトルはその大きさを計測し、各エスニックグループについて平均の距離を算出した。もたらされた結論のいくつかをあげれば以下のようである(その他の結論及び都市計画に関する提言については論文本文を参照)。

図4:東京都と神奈川県におけるコリアンのテリトリーと、その中国人、フィリピン人、アメリカ人テリトリーとのオーバーレイ

 コリアン(J)(日本で出生)は一般的に思われているほどは日本の社会に溶け込んでいない。コリアン(J)の回答者の内、友人の過半数が日本人であるのはたった34.72%である。彼らは、労働時間内に他のコリアンと接している傾向がコリアン(O)(日本外で出生)より多い。どちらのコリアンのグループも、仕事以外では大体においてコリアン同士接することが多い。どちらのグループも過半数がエスニックな近隣に住むことを希望している。しかし、コリアン(J)はコリアン(O)よりもエスニックな近隣を訪れる機会は少ない。コリアン(J)の回答者の内、朝鮮人街に住み、あるいは月に一回でも仕事をしたり訪れたりするのは41.86%である。それに対して、コリアン(O)では同様の回答者は68.96%である(表1)。特筆すべきことは、コリアンはほとんどの場合西洋式の近隣には興味を示さなかったことである。

表1:自分の属するエスニックな近隣への訪問頻度

 中国人とアメリカ人はコリアンやフィリピン人よりは集中して住む傾向にある。神奈川県の総中国人人口の37.66%、また東京都の総アメリカ人人口の43.13%が三つの区に集中している(表2)。アメリカ人は中国人よりも自分の属するエスニックな近隣(図5)に惹きつけられる傾向が強いが、アンケートではエスニックな近隣には住みたくないと答えている。中流及び上流クラスが住む、六本木、麻布、広尾と言ったアメリカ人街は、もともと貧乏で低学歴の移民労働者の街であったトロントのエスニックな近隣とは全く対照的である。しかし、これらの近隣の機能は同じである。それらはマジョリティとマイノリティの間の緩衝帯として働く。もっとも、これらのエスニックな近隣が存在するからと言って、各々のコミュニティがその近隣から生活に必要なものを全て得ているとは限らない。トロントの都市圏では80,810名の中国人が四つのチャイナタウンで必要なものをまかなっているが、東京都と神奈川県の76,836名の中国人は横浜市中区の明確なものひとつと池袋の不明確なものひとつから必要なものを部分的に得ているにすぎない。

表2:総民族人口におけるパーセンテージで示した大規模エスニックグループ図5:アメリカ人が重視する近隣と、アメリカ人によりアメリカ人街だと指摘された地域

 フィリピン人で標準的基準以上の住居に住んでいる人々は、雇い主の家に同居しているために、垂直的に多層化されていることが多い。これは1970年代のパリにおけるポルトガル人の状況ととてもよく似ており、フィリピン人は都市のヴァナキュラーな建築にもっとも影響を及ぼしにくいグループであると言える。単連結クラスター分折によれば、フィリピン人のグループは他のどのグループとも共通点が少ない。結論として、フィリピン人は、近隣に依存すると言うよりも、彼らが精神的にも社会活動に際しても寄り集まる教会によって結ばれた、ユニークなパターンを示すことが分かった。彼らがある近隣に惹かれるとしたら、それは場所の雰囲気が彼らのアイデンティティの拠り所となるコミュニティ(フィリピンにおける彼らの故郷)を連想させるからなのである。

審査要旨

 本論文は、東京に住む外国人に対してアンケート調査を行ない、この調査結果を分析することによって、これまで漠然と推測されていた外国人コミュニティの存在を明示すると同時に、諸外国の都市における外国人コミュニティと比較検討しつつ、東京におけるその空間的、社会的特性を解明している。

 本論文は、序文、8章及び結論からなっている。

 第1章では、著者が修士論文としてまとめた東京の日本人を対象としたコミュニティに関するフィールドワークを基礎として、外国人コミュニティを把握する方法を提示している。特に、アメリカやカナダに於いては、外国人コミュニティが都市空間の中で可視的であるのに対して、日本にあっては見えにくい特質に注目し、「近隣neighbourhood」なる場所的概念をもって空間的把握を図るが、他方コミュニティは必ずしも空間的には連続していない現象として定位することによって、外国人コミュニティの所在を可視的にする研究目標を据え、他の既往研究との差異を明らかにしている。

 第2章では、著者が生まれ育ったトロントにおける外国人集団の動態が都市にもたらした空間的現象、あるいは政策として採択された「多文化主義multiculturalism」とこれを実践しやすかったグリッド状の都市構造などについて、小規模な調査の結果を報告している。また、トロントにおけるポルトガル人が形成した可視的な近隣に注目し、70年代のパリには、トロントの6倍のポルトガル人集団がありながら、可視的な近隣を形成しなかった現象を比較検討して、日本における外国人コミュニティの現象と類似性を指摘している。

 第3章では、日本特に東京近辺の外国人居住者に関する都市論的歴史を要約し、後述される調査研究で浮上する東京近辺のさまざまな場所の歴史的意味を明らかにしている。また、1990年における外国人居住者が、東京都及び神奈川県に比較的集中していること、エスニックな視点からすると、韓国朝鮮人、中国人、フィリピン人、アメリカ人が約88%を占めていることなどを述べて研究方針を明らかにすると同時に、日本の外国人に対するさまざまな制度や住居などの状況を要約し、これらをトロントや70年代のパリと相互比較して、東京の都市構造を描出している。

 第4章では、3章で抽出した4つの人種的な集団すなわちエスニック・グループに対して、人口統計的項目、住居に関する項目、コミュニティに関する項目からなるアンケート調査を行ない、その結果を得た。469人の回答を対象とした分析を、特に居住条件の分類を基礎に展開している。居住条件の分類尺度には、建設省が2000年を目標とした住居の基準床面積を採用している。

 第5章では、韓国朝鮮人のグループを、日本で生まれたグループとそうでないグループとに分けて、総計5つのグループについて人口統計的視点から、グループ内の特性及びグループ相互から導かれる特性の分析を詳細に行っている。この際、回答者の年齢、在日年数、現在の住居での居住年数等のうえで各グループ間に大きな偏りがなく、グループ間の比較が可能であることが確かめられている。クラスター分析を通して、多くの事象が解明されているが、フィリピン人グループが、他のグループとの間に差異がある傾向が指摘されている。

 第6章では、住居規模からみた居住条件の検討がなされており、対象とする5つのグループには明白な差異があることが述べられている。その一例を挙げれば、第4章で述べられている尺度からすれば、「基準以下」の住居に住む回答者は、アメリカ人グループでは、5.7%であるのに対し、外国で生まれた韓国朝鮮人、フィリピン人のそれぞれのグループでは、50%を越えていることが述べられている。

 第7章では、グループごとの近隣意識と行動範囲についての分析を通して、さまざまな特性が明らかにされている。行動の範囲をベクトル・マップを用いて分析した結果は、韓国朝鮮人グループで平均距離が20.5km、中国人グループで7.6km、フィリピン人で8.8km、アメリカ人で11.04kmといった数値が導かれており、それぞれの数値の意味するところが明らかにされている。

 第8章では、それぞれのグループが形成するコミュニティの特性が綿密に解明されている。分析のひとつに、自らコミュニティがあると考えられる場所までの距離がベクトル・マップによって計量され、アメリカ人グループと中国人グループが想定されている場所の近くに居住していることが述べられている。一方そうした場所を性格づける建築的なレファレントと調査してみると、意外に少ないことも指摘されている。

 結論では、調査分析から、東京における見えにくい外国人コミュニティの所在とその性格が要約されている。

 以上要するに、本論文は、外国人居住者の住環境条件、その行動形態、日本の都市に対する見解など、これまで不明であったところを困難なアンケート調査を実践することによって明らかにし、外国人グループが形成しているコミュニティの形態を解明しており、資料作成の意義とあわせて、方法的にも貴重であり、建築計画学ならびに都市計画学に貢献するところが大きい。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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