生産を「具体的なものの加工・組立」と「それを規定する計画・指示」とに分けると、前者は何らかの部品およびその複合と見なせ、その観点からは後者を部品情報コミュニケーションと規定することができる。このとき、生産を何らかの秩序によって制御しようとすること(=広義の生産管理)は、部品情報コミュニケーションを操作することと同じ意味をもち、逆に部品情報コミュニケーションにおける問題は、生産管理上の問題を意味することになる。建築生産では、各プロジェクトで個別に計画され特注生産される部品と、プロジェクトとは無関係に計画され見込生産(あるいはカタログ生産)される部品という、性格を大きく異にする部品を常に使い分けながら生産が進められ、しかもその計画は個別散在する多くの主体によって行われる。このため、それぞれの部品情報コミュニケーションも様々な様相を呈しており、これらを如何に把握し操作可能にするかは、建築生産の管理(監理)における主要な関心事となり得る。本論文は、部品情報コミュニケーションを『サブシステムとしての部品』『製品としての部品』という2つの視点で捉えた場合に、それぞれのもつ問題を構造化することで、問題把握・問題改善を可能たらしめる方法として「システム分析手法」によるモデル表現とその操作を取り上げ、その方法論的考察とケーススタディによる評価を試みた。 本論文は、序論(第1章)・本論(第2章〜第4章)・結論(第5章)より構成されるが、それぞれの概要は以下の通りである。 序論では、研究の目的・背景・方法・既往研究上の位置づけなどを論じた。 まず、論文題名中のキーワードである「システム(システム分析)」「部品情報コミュニケーション」各々の本論文での意味を明らかにし、後者について建築生産では如何なる今日的問題が存在し、それは過去における「部品情報コミュニケーション」とどのように異なるのか、またその問題に本論文が如何なる基本姿勢で臨もうとしているかを述べることで、研究の目的に代えた。次にその問題は、研究の背景として取り上げた、今日の生産一般における「生産管理」「意思決定」「システム工学」等の諸概念とそれぞれどのような関係をもつかを示し、研究の意味をより明確にした。その上で、研究の具体的方法と論文構成の説明から本論文の全貌を示し、最後に建築生産研究の分野として関わりの深い「システムズ・アプローチ」「部品論」の既往研究と、その本研究との関わりについて解説した。 第2章は、本論文の基本的骨格となる章であり、「部品情報コミュニケーション」をどのようにモデル表現できるかについて、主として理論的・抽象的な考察を展開した。 まず前半では、生産におけるコミュニケーションを(1)個人内、(2)生産成員間、(3)対市場間、の3つのレベルに分類し、それらの建築生産・部品生産における意味および関係性を考察することで、本論文で扱う分析対象が(2)と(3)であることを示した。その上で、それらのコミュニケーションがどのような建築部品において主要な問題となるかの考察から、『サブシステムとしての建築部品』『製品としての建築部品』という2つの視点を設定し、それぞれのコミュニケーションをモデル化する際の基本方針について述べた。 続く後半では、具体的な構造モデリング手法であり、要素間の相対関係から全体構造を同定するISM(Interpretive Structural Modeling)について、その概要と問題点である「強連結による同一階層化」について述べた上で、問題解決手法として「フィードバック枝の探索とサイクル分割」についての考察を行った。最後に、それらを盛り込んだモデル化手法を実現すべく、計算機上でこれを実行可能なシステムのプロトタイプを開発し、具体的なデータでの試行を通じてその有効性についての評価を行った。 第3章では、『サブシステムとしての部品』が要求する「生産成員間コミュニケーション」について、具体的事例の調査と、それをもとにしたシステム分析を試みた。 ここでは、それ自身比較的オープンな工業化技術であり、各々の部位における構工法がサブシステムとしての体裁をとっていながら、互いのインターフェイスに関する取り決めが少ない上、現場施工段階での融通性が低いために、早い時期での関係主体間による検討(コミュニケーション)が重要となるPCa複合化工法を取り上げ、まずアンケート調査により、それらの工法検討段階で行われているコミュニケーションの実態把握を行った。次に、具体的なコミュニケーション内容に関わる分析を行うべく、メーカー内で作成されるPCa部材の製作図について、それらどうし、およびそれらと外部情報とがどのように関係しながらそれぞれの図面が作成されてゆくかという情報生成形路について調査し、そのデータを第2章において開発した分析ツールを用いてモデル化することで、その特性についての考察を行った。最後に、このモデルに操作を加えることで、生成経路上の問題、ここでは内容変更による逆行現象に対する改善手法についての提案を行い、定量的シミュレーションを用いてその評価を試みた。 第4章では、『製品としての部品』が要求する「対市場間コミュニケーション」について、具体的事例の調査と、それをもとにしたシステム分析を試みた。 ここでは、個別散在する情報の受け手(部品選択主体)に対して今日最も一般的な影響力をもつと思われるカタログ情報および広告情報を取り上げ、それらがもつ特徴と問題点についての考察を行い、またそれぞれにおけるコミュニケーションの実態について「カタログ保有調査」「専門誌広告調査」を通じた現状把握を行った。これらの結果を受け、さらに「製品情報の意味内容分析」およびその分類を行った上で、製品情報の受け手および送り手を対象としたアンケート調査を実施し、その結果を基にしたモデル化により、製品情報の意味内容に関する優先度分析を試みた。続いて、それぞれのモデル同士の関係とその傾向を把握すべく、統計処理によるモデル操作を通じた考察を行った。具体的には、全ての組合わせの係数(点相関係数)を求め、それらを親近度とした数量化IV類により各モデルの特性を把握した上で、元のモデルから一般的傾向を読みとる作業を行った。最後に、ここで行ったモデル分析事例と現実の製品情報とのすり合わせを行うべく、現実の広告情報における意味内容別の出現率から「現実モデル」を導き、それぞれの事例との係数を求めてこれを指標とする評価手法についての提案を行った。 第5章は、最後の章として論文全体をまとめたもので、これをもって結論とした。 まず、ここまでの章を振り返りながら、その成果の概要をまとめ、研究全体を総括することで、改めてここで示した研究の意味を明らかにした。その上で、本研究では為し得なかった事柄を明らかにし、最後に「システム分析手法」というテーマ上に残された課題を示しつつ今後の展望について述べ、論を結んだ。 |