学位論文要旨



No 111068
著者(漢字) 小見,康夫
著者(英字)
著者(カナ) オミ,ヤスオ
標題(和) 建築生産における部品情報コミュニケーションのシステム分析手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 111068
報告番号 甲11068
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3312号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 安岡,正人
 東京大学 教授 高橋,鷹志
 東京大学 教授 長澤,泰
内容要旨

 生産を「具体的なものの加工・組立」と「それを規定する計画・指示」とに分けると、前者は何らかの部品およびその複合と見なせ、その観点からは後者を部品情報コミュニケーションと規定することができる。このとき、生産を何らかの秩序によって制御しようとすること(=広義の生産管理)は、部品情報コミュニケーションを操作することと同じ意味をもち、逆に部品情報コミュニケーションにおける問題は、生産管理上の問題を意味することになる。建築生産では、各プロジェクトで個別に計画され特注生産される部品と、プロジェクトとは無関係に計画され見込生産(あるいはカタログ生産)される部品という、性格を大きく異にする部品を常に使い分けながら生産が進められ、しかもその計画は個別散在する多くの主体によって行われる。このため、それぞれの部品情報コミュニケーションも様々な様相を呈しており、これらを如何に把握し操作可能にするかは、建築生産の管理(監理)における主要な関心事となり得る。本論文は、部品情報コミュニケーションを『サブシステムとしての部品』『製品としての部品』という2つの視点で捉えた場合に、それぞれのもつ問題を構造化することで、問題把握・問題改善を可能たらしめる方法として「システム分析手法」によるモデル表現とその操作を取り上げ、その方法論的考察とケーススタディによる評価を試みた。

 本論文は、序論(第1章)・本論(第2章〜第4章)・結論(第5章)より構成されるが、それぞれの概要は以下の通りである。

 序論では、研究の目的・背景・方法・既往研究上の位置づけなどを論じた。

 まず、論文題名中のキーワードである「システム(システム分析)」「部品情報コミュニケーション」各々の本論文での意味を明らかにし、後者について建築生産では如何なる今日的問題が存在し、それは過去における「部品情報コミュニケーション」とどのように異なるのか、またその問題に本論文が如何なる基本姿勢で臨もうとしているかを述べることで、研究の目的に代えた。次にその問題は、研究の背景として取り上げた、今日の生産一般における「生産管理」「意思決定」「システム工学」等の諸概念とそれぞれどのような関係をもつかを示し、研究の意味をより明確にした。その上で、研究の具体的方法と論文構成の説明から本論文の全貌を示し、最後に建築生産研究の分野として関わりの深い「システムズ・アプローチ」「部品論」の既往研究と、その本研究との関わりについて解説した。

 第2章は、本論文の基本的骨格となる章であり、「部品情報コミュニケーション」をどのようにモデル表現できるかについて、主として理論的・抽象的な考察を展開した。

 まず前半では、生産におけるコミュニケーションを(1)個人内、(2)生産成員間、(3)対市場間、の3つのレベルに分類し、それらの建築生産・部品生産における意味および関係性を考察することで、本論文で扱う分析対象が(2)と(3)であることを示した。その上で、それらのコミュニケーションがどのような建築部品において主要な問題となるかの考察から、『サブシステムとしての建築部品』『製品としての建築部品』という2つの視点を設定し、それぞれのコミュニケーションをモデル化する際の基本方針について述べた。

 続く後半では、具体的な構造モデリング手法であり、要素間の相対関係から全体構造を同定するISM(Interpretive Structural Modeling)について、その概要と問題点である「強連結による同一階層化」について述べた上で、問題解決手法として「フィードバック枝の探索とサイクル分割」についての考察を行った。最後に、それらを盛り込んだモデル化手法を実現すべく、計算機上でこれを実行可能なシステムのプロトタイプを開発し、具体的なデータでの試行を通じてその有効性についての評価を行った。

 第3章では、『サブシステムとしての部品』が要求する「生産成員間コミュニケーション」について、具体的事例の調査と、それをもとにしたシステム分析を試みた。

 ここでは、それ自身比較的オープンな工業化技術であり、各々の部位における構工法がサブシステムとしての体裁をとっていながら、互いのインターフェイスに関する取り決めが少ない上、現場施工段階での融通性が低いために、早い時期での関係主体間による検討(コミュニケーション)が重要となるPCa複合化工法を取り上げ、まずアンケート調査により、それらの工法検討段階で行われているコミュニケーションの実態把握を行った。次に、具体的なコミュニケーション内容に関わる分析を行うべく、メーカー内で作成されるPCa部材の製作図について、それらどうし、およびそれらと外部情報とがどのように関係しながらそれぞれの図面が作成されてゆくかという情報生成形路について調査し、そのデータを第2章において開発した分析ツールを用いてモデル化することで、その特性についての考察を行った。最後に、このモデルに操作を加えることで、生成経路上の問題、ここでは内容変更による逆行現象に対する改善手法についての提案を行い、定量的シミュレーションを用いてその評価を試みた。

 第4章では、『製品としての部品』が要求する「対市場間コミュニケーション」について、具体的事例の調査と、それをもとにしたシステム分析を試みた。

 ここでは、個別散在する情報の受け手(部品選択主体)に対して今日最も一般的な影響力をもつと思われるカタログ情報および広告情報を取り上げ、それらがもつ特徴と問題点についての考察を行い、またそれぞれにおけるコミュニケーションの実態について「カタログ保有調査」「専門誌広告調査」を通じた現状把握を行った。これらの結果を受け、さらに「製品情報の意味内容分析」およびその分類を行った上で、製品情報の受け手および送り手を対象としたアンケート調査を実施し、その結果を基にしたモデル化により、製品情報の意味内容に関する優先度分析を試みた。続いて、それぞれのモデル同士の関係とその傾向を把握すべく、統計処理によるモデル操作を通じた考察を行った。具体的には、全ての組合わせの係数(点相関係数)を求め、それらを親近度とした数量化IV類により各モデルの特性を把握した上で、元のモデルから一般的傾向を読みとる作業を行った。最後に、ここで行ったモデル分析事例と現実の製品情報とのすり合わせを行うべく、現実の広告情報における意味内容別の出現率から「現実モデル」を導き、それぞれの事例との係数を求めてこれを指標とする評価手法についての提案を行った。

 第5章は、最後の章として論文全体をまとめたもので、これをもって結論とした。

 まず、ここまでの章を振り返りながら、その成果の概要をまとめ、研究全体を総括することで、改めてここで示した研究の意味を明らかにした。その上で、本研究では為し得なかった事柄を明らかにし、最後に「システム分析手法」というテーマ上に残された課題を示しつつ今後の展望について述べ、論を結んだ。

審査要旨

 本論文は、「部品情報コミュニケーション」を、建築生産において具体的なものの加工・組立を規定する計画・指示と定義し、現実の生産過程において複雑な様相を呈する「部品情報コミュニケーション」を対象として、それがもつ問題を構造化することで、問題把握・問題改善を可能にする方法を提示し、同時にその妥当性を検証したものであり、5章からなっている。

 第1章「序論」では、論を進める上で重要になる「システム分析」及び「部品情報コミュニケーション」の二つの概念の定義を行い、後者についてその問題の所在、現在の状況について論じた後、本論文の目的が、システム分析手法を用いることでそうした問題を構造化する方法を提示することにある、と述べている。また、そのために必要となる「生産管理」、「意思決定」、「システム工学」等の諸概念の定義、関連する既往研究について整理を行った上で、研究の手順と内容の概要をまとめている。

 第2章「コミュニケーションモデル表現に関する考察」では、先ず生産におけるコミュニケーションが、個人内、生産成員間、対市場間の3つのレベルに分類できるとした上で、本論文で扱う分析対象が後二者であることを示し、それらのコミュニケーションがどのような建築部品において主要な問題となるのかの考察から、「サブシステムとしての建築部品」、「製品としての建築部品」という2つの視点を設定し、それぞれのコミュニケーションをモデル化する際の基本方針を整理している。続いて、具体的なモデル化の手法として既往の手法"ISM(Interpretive Structural Modeling)"を取り上げ、その概要と、適用上問題となる「強連結による同一階層化」について述べた上で、その問題を解決する手法を提案し、それを盛り込んだモデル化手法を計算機上で実行可能なプロトタイプという形で具体化している。更に、具体的なデータでの試行を通じてこの手法の有効性を検証している。

 第3章「生産成員間コミュニケーションの分析」では、サブシステムとしての部品を用いる際に主たる問題となる生産成員間のコミュニケーションについて、具体的な事例の調査を行い、その結果に基づいてシステム分析を試みている。事例としてはPCa複合化工法を取り上げ、設計者及び施工者へのアンケート調査により、工法を検討する段階で行われているコミュニケーションの実態を明らかにした上で、主として図面の作成手順を追跡することで情報生成経路を特定している。更に、第2章で開発したモデル化手法を適用することで、情報生成経路の特性について評価すること、また現実の情報生成経路における手戻り等の問題を改善することがどのような効果をもたらすかが容易に評価できることを示している。

 第4章「対市場間コミュニケーションの分析」では、製品としての部品を用いる際に主たる問題となる対市場間のコミュニケーションについて、具体的な事例の調査を行い、その結果に基づいてシステム分析を試みている。ここでは、先ず部品に関するカタログ情報と広告情報によるコミュニケーションの実態を、受け手である設計事務所のカタログ保有に関する調査と、専門誌にのせられた広告の内容調査とから明らかにした上で、製品情報の意味内容の分類を提示している。更に、この分類を用いて行った製品情報の受け手と送り手の双方に対するアンケート調査の結果に基づき、第2章で開発したモデル化手法を適用することで、受け手と送り手それぞれの、製品情報の意味内容に関する優先度が分析できることを示し、最後に、その結果と現実の広告における製品情報の優先度との対応関係を点相関係数の計算によって評価する方法を提案している。

 第5章「結論」では、本研究の成果を総括してむすびとしている。

 以上本論文は、建築生産において重要な位置を占める部品情報コミュニケーションを把握し易い形に分類した上で、そこに生ずる問題を詳細な実態調査によって明らかにし、更にそれらの問題を解決する方法を見出すための有効な手段としてモデル化の手法を新たに提示したものであり、建築学上の発展に寄与するところがきわめて大きい。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として、合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク