学位論文要旨



No 111069
著者(漢字) 小宮山,英明
著者(英字)
著者(カナ) コミヤマ,ヒデアキ
標題(和) 強震動の実時間簡潔表現とその地震防災情報システムへの適用に関する研究
標題(洋)
報告番号 111069
報告番号 甲11069
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3313号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,裕
 東京大学 教授 秋山,宏
 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 教授 岡田,恒男
 東京大学 教授 南,忠夫
 東京大学 助教授 纐纈,一起
内容要旨

 本研究は,一般市民の地震防災の実現を念頭に置き,一般市民にフレンドリーな強震動情報の創出,およびその活用による「地震最中」防災対策の具体化を目的とした解析的・事例的研究である.

 地震災害は,地震の発生を起点とする時間の流れに沿って連鎖的に次々と変容していくことを特徴としている.そのため,防災対策の基本は初期被害の低減と後続する連鎖被害の阻止に重点が置かれる.特に,初期被害の抑止によって後続被害への連鎖が防げる点において,これに直結する初動対応は大変重要である.死傷の回避を旨とする人命の保全は,この中でも第一に考えられるべきものであり,死傷発生の起点である発震時から地震最中に向けての初動対応は発震以降の防災活動の重要な出発点となる.死傷の効果的な抑止を図るためには,適切な初動対応が不可欠である.しかし,地震最中という特殊な状況下においては,「如何なる初動対応をするか」の判断は死傷を被る各人自らが行わねばならず,さらにこうした人々の大半が一般市民であることから,適切な初動対応の判断のための支援が要請される.そして,この支援に基礎を与えるのが,地震動強度に関する情報およびその表現である.

 地震動の振幅変化は複雑にして多様であり,これを記載した地震記象あるいは地震記録は専門家のみによって利用される.すなわち従来の強震動表現は一般市民が理解できるような表現とはなっておらず,また一般市民が利用できるような形態にも整備されていない.一般市民になじみのあるものとしては「震度」があげられる.これは地震発生の際,テレビ・ラジオ等を通じて速報的に報じられるもので,ユレの全体像が一つの階級値で示される.したがって地域のユレがどうであったか,を知る手がかりとしては多少の有用性は認められるものの,一般市民の防災活動に供する情報としては不十分といわざるを得ない.

 こうした背景から,本研究は,一般市民の「地震最中」における防災活動の支援を目的として,まず,一般市民にフレンドリーな強震動表現,すなわち簡潔表現を創出し,次いで,この具体的防災への活用の事例として,地震防災情報システムを構築した.

 第1章「序論」では,本研究の背景となっている人的被害とその抑止・軽減のための「地震最中」防災の重要性について説明し,この実現に基礎を与える強震動の実時間簡潔表現の特徴について述べている.

 第2章「既往の研究および活用事例の整理」では、本研究の全体構成および適用対象とする範囲を明確にした上で,その基本となる強震動情報に関する既往の研究,およびそれを利用し,具体的活用として構築されている既往の事例であるオンラインシステムについて説明している.

 まず,「地震最中」の防災支援の適用対象範囲を「地震最中」の行動形態分類を通じて「個人の独自の判断にもとづく単独行動」を適用対象範囲と定めた.次に,強震動情報に関する既往の研究として,加速度・スペクトル強度を取り上げ,オンライン的に利用するための準備的整理を行った.また,第5章「既存強震動指標[震度]との関係」を行う前段として震度について説明し,震度が現在唯一の地震被害に密着した地震動強さの総合特性量であることを述べた.

 活用事例の整理においては,こうした強震動情報の活用によるオンラインシステム事例として地震早期検知警報システム,早期津波情報予測システム,地震防災対策支援即時情報システムについて整理した.

 第3章「簡潔表現法の探索」では、前段階処理を実施した地震資料全200本を用いて簡潔表現法を探索的に導出した.

 まず,探索にあたり簡潔表現の表現指標を包絡波形[gal]および勾配波形[gal/sec]のように設定し,前者の形状を単峰形状と定めた上で,

 [1]入力動に含まれる大局的変化のみを抽出する

 [2]関数系をあてはめる

 の2つの異なるアプローチにより探索を行った.

 [1]のアプローチでは線形フィルタ法を導入し,実時間処理に適したIIRフィルタの縦続型構成によるローパスフィルタの設計を行い,これに入力動の記録データを通過させる形で包絡波形を求め,事前に設定した簡潔表現指標との整合性の観点から評価を行った.その結果,

 [1]単峰型包絡波形は得られた.

 [2]しかし,遅延が大きいため,逐次変化の把握は困難である.

 [3]単峰形状にこだわらず多少の振幅変動を許容するならば,十分な実用可能性がある.

 との結論を得た.また,これにより,本研究からは外れるが,包絡波形の尾根・谷の移動に着目した波動の伝播研究に基礎を与える新たな方向が示唆された.

 [2]のアプローチでは関数系の構成要素である候補関数として正規分布・対数正規分布・ワイブル分布の各確率密度関数を選び,各関数のプロット図である確率紙を利用し,そのプロット結果および実際に描いた包絡波形の両者を選定材料とした.包絡波形は,[包絡波形]=[振幅係数]*[確率密度関数]として求めている.ここに,振幅係数は記録データの振幅2乗累積値(積算パワー)で表し,確率密度関数は確率紙プロット上で求めた回帰パラメータで特定する.

 あてはめ比較の結果から,適合度の最も高かった対数正規確率密度関数を利用してオフライン処理での関数系のあてはめによる簡潔表現法を特定した.

 第4章「オンライン処理の展開」では、前章で最も良好な結果の得られた対数正規確率密度関数系のあてはめによる簡潔表現法をオンライン処理に持ち込み,実時間で包絡波形が算定できるようなアルゴリズムを2つのステップによって実現している.すなわち,基本となるアルゴリズムを,振幅係数の実時間逐次算定に非線形解法を導入することで実現し,次いで処理時間短縮を図るための工夫(サンプル数の削減,非線形探索のステップ幅の調整等)をこれに付加することにより,全体のアルゴリズムの構築を図った.これにより,オフライン/オンライン処理を問わず包絡波形の算定が可能となった.

 第5章「既存強震動指標[震度]との関係」では、前章までに特定してきた強震動の簡潔表現を強震動指標に位置づけるために,既存指標との関係を調べている.まず,既存の地震動強度の総合特性量である震度と物理量との関係に関する既往研究を整理し,現状における地震動強度指標として震度が最も有効であることを説明し,次いで,簡潔表現として包絡波形の最大振幅(Amax)を用いて震度(I)との関係を調べ,次の関係式を得た.

 

 包絡波形の最大振幅(Amax)は,この式により震度に変換されるが,さらに簡潔表現の逐次算定による逐次包絡波形の振幅をAmaxとして代入することにより,時系列的な振幅変化をも表すことが可能となった.

 第6章「地震防災情報システムへの適用」では、簡潔表現法を「地震最中」防災に適用した活用事例として,地震防災情報システムにこれを導入し,「地震最中」における防災対応支援の具体的方向性を提示した.

 まず,地震防災情報システムの[地域行政体防災担当者支援]バージョンとして構築されている既存の地震防災対策支援即時情報システムの具体的構成について述べている.次いで,これを基本にしながら,「地震最中」における支援に対応するための「音声」地震防災情報システムを構築した.すなわち,「音声」による情報出力機能の装備およびハードウェアのコンパクト化,ソフトウェアのサブモジュール(サブシステム)化・DB化を図っている.これは,サブモジュールの組み替えであらゆる想定に対応する構成となっている.サブモジュールは入力逐次処理/入力動強度評価/文章DB/結果表示音声,入力処理・評価/被害推定/対策支援,の合計7つとし,調整および対象の拡大・変更に伴うサブモジュールの交換等が容易に行える工夫が施されている.そして,この中の入力動強度評価サブモジュールに,全焼までの成果である,実時間簡潔表現アルゴリズム,震度との関係,および増減傾向の判別アルゴリズムを適用し,「地震最中」防災の対応支援を行う地震防災情報システムを構築した.

 実地震動を疑似入力とした試験にの結果,地震の消長(振幅の増大⇒最大⇒減少⇒終息)に見合う形で支援のための音声情報(文章)が時間逐次に選択・発声できるようになったことが確認された.

 今後は,簡潔表現と音声情報との関連付けの調整を,実際の長期稼働試験によるフィードバックを通じて行っていく.

 なお,本研究で得られた簡潔表現は,3つのパラメータで決定できるようになっている.この3つのパラメータさえあれば,包絡波形を算定することができ,伝送量も極めて少ないことから,たとえ遠隔地であっても瞬時に伝送して包絡波形を描き出すことが可能である.これは,通常の地震波形の伝送と比較して大変有利となる.もし,遠隔地において地震動の大局的変化のみを知りたいときなどには,その伝送量からみても効果的な利用が期待できる.

 第7章「結論」では,各章の要約を総括している.

審査要旨

 本論文は「強震動の実時間簡潔表現とその地震防災システムへの適用に関する研究」と題し,全7章で構成される.

 第1章においては,わが国がもつ現有の地震防災計画体系について考察を加え,事前(地震前)・事後(地震後)については相応の整備が進んでいる一方で,特に地震の「最中」の防災について大きな遅れがあることを指摘し,その是正が焦眉の急務であることを力説している.この観点から,地震「最中」の防災について新たな切り口をもち,方向付けを与えることを本研究の主目的におくことを述べている.この具体化として地域を襲う強震動入力を取り上げ,これを防災の担当者さらには一般市民に分かりやすい「簡潔,かつ実時間性の高い」情報に加工し,提供できる仕組みを実現することが特に重要となることを述べ,本研究の動機付けと目的を明確にしている.

 第2章は,これを受けて,特に強震動情報に関する知見を機械計測量および非機械計測量に大別し,「既往研究および防災活用の事例」を広く文献的に調査し,これる情報を実時間(リアルタイム)的に活用した地震防災情報システムの可能性をハード・ソフトの両面から探索している.

 第3章は「簡潔表現法の探索」と題し,地震のユレの最中に利用可能な簡潔表現の条件を多方面から考察している.その上で,1)強震動の複雑な挙動に惑わされることなく,その全体について大局把握を可能とすること-直感的理解が容易であること-,および2)各時間点で強震動(ユレ)の増減傾向が的確に把握できること,の2点を主条件とすることで実時間簡潔表現が可能となることを述べている.このため,1)については強震動の全体を「単峰形からなる包絡波形」に変換・表示[単位:gal=cm/sec2]すること,2)については包絡波形を時間微分して得られる勾配波形[単位:gal/sec]を指標とすることが適切であるとの判断に立ち種々の数値実験を行っている.まず,通常の線型フィルター法を基礎におく処理法を開発し,種々の強震動記録について実験を行い,相応の結果を得る一方,波形形状の簡潔さの度合いと最大のユレの出現時間等の重要指環の時間遅れの程度とがトレードオフの関係となることから,波群追跡問題等オフライン処理への応用可能性はあるものの本研究での活用という点では充分とはならなかったことを述べ,さらに種々考察の結果,統計学の分野で応用の広い「対数正規分布関数」を出発モデルとする表現式を導入することで,上記の難点が克服でき,強震動が単峰型包絡波形として関数表現できること,またその数式微分で滑らかな勾配波形が無理なく得られることを説き,強震動の簡潔表現を創出するための適切な手法を提示している.

 第4章では,対数正規分布関数型モデルの実時間当てはめとそれによる時間逐次の強震動情報の簡潔表現を可能とするアルゴリズムの開発を行い,数値実験的に妥当性を検証している.対数正規分布関数に固有の2変数(平均値,偏差)は通常の最小2乗法により,これに係数として積算される強震動強度変数(振幅)の算出は非線型解法によるという混合型の,新たなアルゴリズムを開拓して,この問題を乗り越えている.

 第5章は,このようにして100有余の強震記録を原始データとして得られた単峰包絡波形の最大振幅と従来処理による加速度最大値および(気象庁)震度等の関係を考察し,新たに得た包絡波形がもつ加速度最大値がそれそれぞれと整合関係にあることを検証している.

 第6章は,以上の成果の「地震最中」の防災への一適用について述べている.すなわち,著者らが開発済みの地震直後の初動体制の確立を支援する「地震防災情報システム」に上記アルゴリズムを付加し,また強震動の簡潔情報[包絡波形とその勾配波形]にもとづく刻々の防災情報を「音声」として出力できるハードウエアを装備することで,地震のユレの最中に,適時に[地震のユレの大局+防災注意]に関する情報を画面・文字に加えて「音声」として即時出力し,地震「最中」の個人・集団の適切対応を支援する情報システムにへの質的向上を計っている.

 第6章は結論で,以上の結果をまとめるとともに,今後の発展と適用の方向,関連する問題について整理している.

 以上,本論文は地震防災計画の中で最も遅れに著しい,地震「最中」の防災について,強震動の簡潔表現を可能とすることを通じて,地震動(ユレ)そのものを防災担当者はもとより一般市民にも分かりやすいものとする実時間処理方式を開発し,これを地震防災情報システムに新たに付加することによって,地震「最中」の防災に新機軸を与える途を具体的に切り開いたものであり,よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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