学位論文要旨



No 111070
著者(漢字) 趙,美蘭
著者(英字)
著者(カナ) ジョウ,ミラン
標題(和) 住宅生産の工業化に伴う組織現象に関する研究
標題(洋)
報告番号 111070
報告番号 甲11070
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3314号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 高橋,鷹志
 東京大学 教授 友澤,史紀
 東京大学 教授 長澤,泰
内容要旨

 住宅生産の工業化には二つの形があるが、その一つはプレファブリケーションであり、それは一体化された生産組織をかまえ、住宅全体を工場で生産するプロセスである。

 いま一つは、在来工法の改良、つまり現場労務の節減を可能にする機械を用いた工法で、かつ分散した職別工事の全体を統合して一つのものとしてプレハブ化しようとしない生産プロセスのことである。

 本論文では後者の在来工法の改良といった工業化技術のなかでも特に工場で住宅生産工程の一部分を行う手法を取り上げ、「部分的工業化」とする。

 本論文では特に部分的工業化として躯体の工場生産化を取り上げ、さらに、躯体工業化の中でも木造軸組プレカット工法とプレキャスト・コンクリート工法の二つの工法をもって研究を行った。

 両工法は、上記のように在来工法の改良といった意味では共通しており、同じ扱いが出来るが、一方ではそれぞれの技術の取り入れ方や業態、または工法を取り巻く組織のあり方などに異なる点が多い。プレカット工法が手工業的熟練作業を機械化し、単純労働力への転換・少人数化を図っているのに対し、PCa工法は現場と工場で行われる作業そのものには大差がなく、主に量産効果を図っているという点で、両者は異なっているとも言える。

 このように、本論文では、両者の共通点と相違点を重視しながらそれぞれの組織現象を考察した。

 部分的工業化が持つ最も重要な意味は、一連の技能体系から一部分を分離し、工場に移して生産・管理を行うことにある。このような部分的工業化は生産作業に機械を取り入れる技術的な面だけでなく、全体の生産システムに影響を及ぼすという論点については、様々な研究がされている。

 既往の研究では、現場労務の省力化の度合いだけに評価指標を置き、工場自体の組織は殆ど無視されていた現状であるといっても過言ではない。

 しかし、工場生産化とは、屋外現場作業を屋内(工場)に移したものであり、資材、道具(機械)、労働力などの生産要素が変わるとはいえ、今度は工場内で作業が発生するため、工場内で行われる労務を含めた総合的な評価が必要である。

 特に、一連の技能体系の分割による組織の再編成や既存体系と新体系分離・協力関係、さらに、工場自体の組織体系の変化に関する研究が必要である。

 プレカット工法とPCa工法における工場組織と業態について考察と分析を行ったが、まず、工場規模における格差は様々であり、数カ所の大規模の工場と多数の小規模の工場が併存しているのは両者において共通した現状である。しかし、PCa工場の場合、特定の納入先をもったクローズドな業態を取っているが、プレカット工場の場合は業態においても様々な形態が共存している。

 PCa工場の場合、現場で行われる作業を設備を整った工場に移して行うといった生産方式がそれほど変わらなく、むしろ、多品種少量生産化が行われている。工場内作業員も外注にほとんど頼っており、現場作業との差は型枠や全天候的生産というところからあまり進歩していない。

 一方プレカット工場は、全自動化が加連化され、大量生産体制をもつ大工場制が進む反面、機械とシステムに過大な期待をかけず、その代わり機器とシステムの不足を補うために人間を参加させて柔軟性を持たせる体制をとる工場も多く見られる。これはコンティンジェンシー理論のとおり、組織は環境状況によって変わるものであり、絶対的に良い経営方法があるのではなく、その企業の環境の条件に最適の経営方法があるだけである。

 工業化の技術的なあり方に次の二つの方向が考えられる。

 一つは、在来の技能労務者の技術的体系の中に受け入れやすいもの。

 いま一つは、これに関連する下部組織(即ち施工組織など)が形成されるものである。

 しかし、この両者がそれぞれ違う状況で共存するというより前者から後者へとながれる現象がみられることには次のような原因が考えられる。

 工業化による生産物の量が技能労務者がこなせる限界量をはるかに超えて、超過量を吸収するため何らかの技術を修得した新組織が形成されること。一方、既存の組織から分離されて、全く新しい組織が編成されることである。

 工場化が先行し、これに従ってシステム化を考えるような形でのあり方から、散在する住宅需要に対して、全体をシステム化する必要があり、またシステム化を容易にするための手段としてのあり方へと変わることである。

 しかし、工業化技術の進化と、またそれを有効に実現するための生産体制の巨大化ならびに分業化は、単に生産量の変化にとどまらず、技能者の質の変化をもたらす。

 住宅生産における人手不足問題はたいぶ前からの課題であり、様々な形態での工業化の努力にもかかわらず、益々深刻化している。

 ここで、生産に直接携わる人材を現場と工場、さらに生産ライン以外の分野まで範囲を広げて評価しなおした上で対策を考えるべきであると思われる。こうした姿勢は、技能の低下の問題においても確実な技能レベルの評価基準を考案することにも役立つと思われる。

 当然のことながら、人間の技能と機械の機能を同じ基準で評価してはならなく、むしろ知的能力を重視する評価基準が必要であろう。しかし、機械の発達は従来の「腕」にたよる部分を多く平準化させることが可能であるが、従来の技能者が持つ住宅生産に関する一連の判断能力がモノをつくる動作的技能と一緒に修得するものであるため、部分から総合的なことまでの知的能力の継承が困難である。このような状況から、統合的判断能力に関するスペシャリストが必要となり、また、機械で代替できない部分だけを手加工で行うための従来の腕の技能をもつ熟練技能者が必要ということである。分業による各分担領域が狭くなるにつれて専門化・高度化が進み、これは現場労務を節減するといった部分的な問題でなく、全く新しい技能体系が生じることである。さらに、分業による組織の拡大化が予測をはるかに超えることと、その組織を構成するセルが独立的に機能を発揮する自由度がないという点が問題になる。

 生産作業においても、供給においても集団的に動く体制になることは、集団管理、費用が必要になるとともに、情報交換も複雑になるにつれてその体系を管理する分野が重要になってくることにつながる。

 技能者の面からみると、部分的工業化において初期の工場では、ともかく現場の基幹労務者が不可欠であったから、技能者を工場に配置したり、訓練しなおして使っていた。

 しかし、工場はさらに自動化への傾向が強く、技能者は工場から離れ、住宅生産における技能体系は両極化する結果となる。

 もし、この両極化した技能体系がそれぞれ併存するのであれば良いが、機械で造った製品との品質や受注確保の競争しなければならない技能者社会の存続は不安なものである。

 単純労働者の雇用においての問題は、一般製造業との競争にある。同一賃金レベルで製造業と競争するのは住宅建設現場とそれほど変わらない工場においては不利であり、人手不足の問題には根本的な解決にならない結果になろう。

 本論文の基本姿勢は、工場化が既存の技能を一層低下させたり、崩壊させたりするのではなく、相互に補う形で併存し、全体の住宅生産システムのなかで手法を問わずに有機的な組織体系をつくり出すことが必要であると考えている。

 そのためには、従来の熟練技能における社会的(少なくとも業界内でも)な等級体系をつくり、客観化する必要があり、今後の課題とする。

 本論文で行った研究はこのような技能の客観化や等級づけのための前段階として、さほど明らかにされていない部分的工場生産化に伴う組織現象を究明することに力点を置きながら、機械を媒介とした組織の編成や労務の質的変化、個人技能の領域変化などを明らかにし、さらに、その規模の差による組織のあり方を明らかにしたものである。

審査要旨

 本論文は、住宅生産における工業化の一つの形態である部分的な工場生産化に伴う組織現象を対象として、機械を媒介とした組織の編成や労務の質的な変化、そして組織の規模が生産供給システムに与える影響を明らかにすることで、従来の住宅生産の工業化に関する評価指標が対象としてこなかった施工現場以外の組織変化の重要性を示し、新たな指標の方向性を論じたものであり、9章からなっている。

 第1章「序論」では、世界各国における住宅生産工業化の歴史的な経緯を整理し、その目的の時代性を明らかにした後、住宅生産における今日的な問題として人的な組織の問題の重要性を指摘し、従来の工業化に関する評価指標が施工現場での省力化だけに注目してきたのに対し、本論文の目的が、工業化に伴う施工現場以外の組織変化を明らかにすることで、人的組織への影響を考慮にいれて工業化の効果を評価する方法の可能性を見極めることにある、と述べている。また、そのための研究の手順と内容の概要をまとめている。

 第2章「工業化への組織経済論的アプローチ」では、これまでの建築経済研究で主に注目されてきた分野を整理し、組織経済の基礎理論の重要性を述べた後、本論文の目的に照らして、管理の対象となる組織の形態・規模などを区別して、それと対応づけながら工業化技術のあり方を論じることの必要性を明らかにしている。

 第3章「組織現象のマクロ的考察」では、工業化の一つの形態である部分的な工場生産化に伴う組織現象を分析する方法を提示した後、具体的な対象となる2種の工業化技術、即ち木造軸組構法におけるプレカット化と壁式鉄筋コンクリート構法のPCa化について、その概要及び選定の理由を説明し、データ収集のための調査の方法と内容を示している。

 第4章「躯体工業化技術の普及と変遷」では、複数の詳細な実態調査の結果に基づき、プレカット化技術とPCa化技術、それぞれの普及の過程や経年変化、更に両技術の導入に伴う生産主体の業態及び規模の変化を明らかにしている。

 第5章「躯体部材生産工場の組織特性」では、4章で明らかにした事実に基づき、業態や規模に関する指標を用いた生産主体の類型分類を示し、類型別の特性を分析することで、生産主体の多様性を解明し、更に組織の変化の原因を明らかにしている。

 第6章では、第3章から第5章までの成果を総括し「2部のまとめ」としている。

 第7章[組織構成と個人属性」では、工業化に伴い主として技能者の位置付けがどのように変化するかについて論じた後、プレカット化、PCa化双方に関する実態調査に基づき、工場組織の中での個人の待遇のあり方と技能領域の変化について論じている。

 第8章「部分的工業化の派生効果」では、工業化に伴う標準化の問題を取り上げ、プレカット化、PCa化の双方について、その導入によって進められた標準化の内容とその原因を解明し、両者が既存の構法及び生産システムに与える影響の違いを明らかにしている。

 第9章「結論」では、本研究の成果を総括してむすびとしている。

 以上本論文は、住宅生産の工業化を評価する際に、それに伴う組織現象を分析対象とすることの重要性を論じた上で、部分的な工場生産化がどのような組織現象を引き起こすかを、構造躯体を対象とした二つの代表的な事例に関する詳細な実態調査によって解明し、両者の共通点と相違点を示すことで、工業化に伴う組織現象の表われ方を分析する視点を新たに提示したものであり、建築学上の発展に寄与するところがきわめて大きい。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として、合格と認められる。

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