本論文は、「高強度コンクリートおよびマスコンクリートの温度応力予測に関する基礎研究」と題し、これらのコンクリートにおけるセメントの水和熱によるコンクリートの温度上昇およびそれによって部材内に発生する温度分布と温度応力をセメントの水和反応とその温度依存性を基に算定する基本モデルを開発したもので、7章から構成されている。 第1章「序論」では、本研究の背景、研究の目的を述べている。 セメントの水和熱によるマスコンクリートや高強度コンクリートの温度ひび割れの予測や制御のためには、部材の温度上昇や温度分布の予測モデルと強度や弾性係数の発現予測モデルが必要である。この問題に関する従来の予測手法は、基本的にコンクリートの断熱温度上昇試験データを基にしたものであり、放熱の影響が現れる比較的断面の小さい部材などでは、水和発熱の進行が断熱状態の場合とは異なって来るため、放熱を伴いつつ急速に温度上昇する高強度コンクリート部材の場合や、比較的断面の小さいマスコンクリートなどでは正確な温度予測が原理的にはできないことになる。つまり、この場合、断熱温度上昇試験結果からの結果を部材全体に適用すると現実より高い温度履歴で温度解析することになる。このことから本研究では、セメントの水和反応自体を基にして水和発熱を計算し、コンクリートの温度上昇によるセメントの水和発熱速度の変化を考慮した温度上昇算定モデルを求め、またコンクリートの強度や弾性係数も水和反応を基に記述することにより、部材各部の温度履歴と温度応力をより正確に予測するモデルを検討すると述べている。 第2章「既往の研究」では、上述のような問題点を指摘し、また本研究に利用できる既往のセメントの水和反応モデルおよびコンクリートの強度発現予測モデルについて調査している。 第3章「セメントの水和発熱速度モデル」では、セメントの水和反応を精度よく表現できる既往のセメント水和反応モデルを利用し、環境温度を変化させた各種セメントの水和発熱速度試験および水和率試験を通じて、モデルの各反応係数および温度係数を定量化している。これにより各種セメントの任意の変動温度下での水和発熱速度のシミュレーションを可能とした。さらに、高性能AE減水剤による初期の反応遅延現象を反応モデルの初期物質移動係数の値で表現すること、混合セメントの水和挙動をセメントと混和材の相互反応として表現すること、高炉スラグ反応モデルおよび水和の進行に伴う反応水量減少モデルの提案などを通じて、各種セメントの初期及び長期の反応挙動、変動温度下での発熱速度を充分な精度で予測できることを確認している。 第4章「コンクリートの温度上昇予測モデル」では、セメント種類、水セメント比および打込み温度を種々変化させたコンクリートの断熱温度上昇試験結果と、第3章で求めた水和発熱速度モデルおよび定量化した各セメントの各反応係数、温度係数を用いて予測した断熱温度上昇曲線を比較し、精度のよいシミュレーションが可能であることを確認している。特に、高性能AE減水剤の遅延作用によるコンクリートの初期温度上昇の停滞を表現したり、一定の反応定数により、各種セメントコンクリートの断熱温度上昇をシミュレートすることは従来のモデルでは不可能であったが、本モデルによりこれが可能となったことは特筆される。以上のことから、本モデルにより、従来の断熱温度上昇試験に基づいた方法では予測不可能であった部材各部分のその部分の温度の影響を考慮したセメントの発熱速度およびコンクリートの温度上昇の予測を可能とした。 第5章「コンクリートの強度発現予測」では、各種温度条件でのコンクリートの強度発現試験を行い、T.C.Powersのゲルスペース比説を利用したセメントの反応率によるコンクリートの強度発現予測方法の適用性を確認している。また強度発現中のコンクリートの圧縮強度と静弾性係数との関係は、既往の実験式で表現できることを確かめている。 第6章「実大実験データによる温度上昇および温度ひびわれ予測」では、いくつかの高強度コンクリート及びマスコンクリートの実大部材の温度履歴および温度応力発現試験結果と本モデルによる予測結果を比較し、コンクリートの温度上昇および温度応力発現の予測システムとしての可能性を検討している。 第7章「結論」では、本研究を総括し、その成果と今後の課題について述べている。 以上のように、本研究はセメントの水和反応モデルを利用し、各種条件の下でのセメントの水和発熱速度、セメントの反応率、コンクリートの強度・弾性係数の発現、コンクリート部材の温度上昇、温度分布および温度応力発現を統一的に予測できるシステムを提案したもので、コンクリート工学の発展に大きく寄与するものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |