学位論文要旨



No 111074
著者(漢字) 原田,幸博
著者(英字)
著者(カナ) ハラダ,ユキヒロ
標題(和) エネルギ集中型多層骨組の耐震設計
標題(洋)
報告番号 111074
報告番号 甲11074
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3318号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,宏
 東京大学 教授 高梨,晃一
 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 助教授 桑村,仁
内容要旨

 地震が構造物へ及ぼす効果をエネルギとして捉えるエネルギ論的耐震設計は、地震動の効果と構造物のエネルギ吸収能力とを直接比較することによって構造物の耐震性を合理的に評価できるため、近年注目されている。このようなエネルギ論的耐震設計を多層骨組に適用する場合には、地震によって構造物に生じる損傷が各層にどのように分布するのかを正確に評価する必要がある。地震によって多層骨組に生じる損傷を各層に均等に配分させることができるならば、各部の損傷は少なくて済み耐震的に有利な構造となるが、損傷分布の予測、ならびに損傷の制御は容易ではない。一方、損傷を特定の層に集中的に起こさせる設計が可能であるなら、その他の層はエネルギ吸収のための束縛条件から解放されることになり、このような構造は極めて明快な耐震構造となり得る。

 本論文の目的は、損傷を特定の層に集中的に起こさせるという考え方に立脚した「エネルギ集中型柔剛混合構造」について、様々な面からその耐震性を検証し、合理的な設計法を提案することである。エネルギ集中型柔剛混合構造とは、特定層の強度を他の層の強度に対して意図的に低減させることによって地震入力エネルギの大部分を強度を低減させた特定層に集中させ、その特定層に設けたエネルギ吸収要素により地震入力エネルギの大半を吸収させて、構造物の主要部材である柱と梁を極限地震時にも弾性に留めることを意図した構造形式である。本論文ではこの構造形式を対象として、エネルギ応答特性及びエネルギ吸収要素の機能を最大限に発揮させるための設計条件を計算機を用いた地震応答解析により明らかにし、そして地震荷重下での主柱の座屈耐力を骨組模型を用いた実験によって詳細に評価している。さらに、これらの地震応答解析や座屈実験の結果を総合したエネルギ集中型柔剛混合構造の設計法を提案し、その設計法を用いて簡単な骨組の試設計を行った結果を示している。

 エネルギ集中型柔剛混合構造の地震応答性状については、エネルギ論に基づく通常の骨組についての研究結果を拡張することによってエネルギ集中型柔剛混合構造にも適用できるかどうかを、エネルギ吸収要素を持つ一質点系、全層にエネルギ吸収要素を持つ多質点系、及びエネルギ吸収層とエネルギ吸収をしない一般層が併存する多質点系の三種類の損動系について検証している。

 エネルギ吸収要素を持つ一質点振動系については、既に提案されている簡単なエネルギのつりあい式を用いることにより、地震応答が正確に予測できることがわかった。

 全層にエネルギ吸収要素を持つ多質点系の地震応答を予測する方法としては、多質点振動系の地震応答予測に関する既往の多くの研究から、損傷集中指数を用いる方法とモーダル・アナリシスによる方法の二通りの方法が考えられる。本論文では、これらの方法を拡張して用いることによってエネルギ応答性状(吸収エネルギ分布)まで予測することができるかどうかを検証した。その結果、損傷集中指数を用いる方法に関しては、次のことがわかった。

 1.柔剛混合骨組では、通常の骨組に比べて強度分布が吸収エネルギ分布に及ぼす影響が小さく、損傷集中が起こりにくい。

 2.柔剛混合骨組についての上述の傾向を評価して修正した損傷集中指数を通常の骨組についての損傷分布の予測式に対して用いることによって、柔剛混合骨組の吸収エネルギ分布を予測することができる。

 モーダル・アナリシスによる方法については、次のことがわかった。

 1.エネルギ吸収要素が履歴型のものである場合には、等価線形化を行い粘性型に置換することによって、粘性型の場合と同様に扱うことができる。

 2.各層がほぼ一様にエネルギを吸収することを意図するような骨組については、VEスペクトルを用いたモーダル・アナリシスによってエネルギ応答性状を予測することができる。

 3.強度ギャップがあることにより特定の層へエネルギが集中するような骨組については、モーダル・アナリシスによる応答予測手法では、エネルギが集中する層でのエネルギ吸収率を正確に予測することができるとは限らない。このことは、モーダル・アナリシスが弾性論に基づく手法であり、強度ギャップによる損傷集中という現象を捉えることができないことが理由である。

 エネルギ吸収層と極限地震時にも弾性に留まる一般層とが併存する多質点系については、その多質点系を全層にエネルギ吸収要素を持つような振動系に置換することによって、全層にエネルギ吸収要素を持つ多質点系と同様の方法で地震応答を予測できることがわかった。

 地震荷重下での主柱の座屈耐力については、骨組に作用する転倒モーメントによる主柱への付加軸力が主柱の座屈に及ぼす影響を正確に捉えることを目的として、骨組模型を用いた座屈実験を行い、さらにその結果を数値解析で確認している。地震荷重が変位制御型の荷重とみなせることを考えると、柱の座屈長さを柱長さとする通常の設計では、柱の座屈耐力を過小評価している可能性がある。柔剛混合型骨組の主柱はゆるやかに弾性挙動する性質を備えなければならず、通常の骨組の柱よりも細長いものとなるので、座屈長さを適切に評価することの重要性は大きい。

 骨組模型を用いた実験結果からは、柱の細長比によらず次のことがいえる。

 1.転倒モーメントによる付加軸力を受ける主柱の座屈耐力の大きさは、1次モードによる座屈耐力より大きく、2次モードによる座屈耐力より小さくなっている。

 2.座屈時の水平変位が大きくなるほど、主柱の座屈耐力は小さくなる。

 3.主柱の座屈耐力は固定荷重には依存せず、固定荷重と転倒モーメントによる付加軸力の和のみから主柱が座屈するかどうかを予測することができる。

 これらの実験結果は、付加軸力の作用する柱についてCDC手法による数値解析を行うことで十分な精度で予測できることがわかった。実験結果と数値解析の結果は、転倒モーメント下における柱の座屈に対する設計式としてまとめることができる。模型実験で用いた柱は矩形断面のものであるが、実際の構造物に用いられるような断面の柱についてもこの設計式が適用できることを同様の数値解析によって確認した。

 本論文では、上に述べたエネルギ集中型柔剛混合骨組の地震応答に関する性質と、転倒モーメント下における柔剛混合骨組の主柱の座屈耐力に関する性質とを総合して、エネルギ集中型柔剛混合骨組の耐震設計法を提案している。この設計法の特徴は、鉛直荷重に対する設計と水平荷重に対する設計を分離していることである。具体的な設計手順は、次の二点にまとめることができる。

 ・ 主骨組の柱・梁の断面は、鉛直荷重に対する弾性設計によって決定する。

 ・ エネルギ吸収要素の諸性能は、地震時における各層の層間変形角が所定の許容範囲内に収まるように設定する。

 通常はエネルギ吸収要素の諸性能があらかじめ与えられており、その条件の下で骨組の設計を行うことになるので、用いるエネルギ吸収要素を初めから決めておく必要がある。一方、本論文で提案する設計法では、用いるエネルギ吸収要素を骨組と別々に決めることができるため、エネルギ吸収要素の選択の幅が広くなり、設計の自由度が高くなる。

 この設計法を用いて簡単な骨組の試設計を行った。その過程で次のことを確認することができた。

 1.エネルギ吸収要素が履歴型の場合にはDS値に下限値が存在するため、小さい許容層間変形角に対してはエネルギ吸収要素を設計できない場合がある。このような場合には、許容層間変形角の値を大きくする、柱の断面を大きくするなどの修正を行えばエネルギ吸収要素の設計が可能となる。

 2.転倒モーメントによる付加軸力を受ける柱の座屈耐力は、1次モードの座屈耐力より大きくなることを考慮に入れれば、鉛直荷重のみに対して設計された柱でも地震荷重による付加軸力に耐え得る場合がある。

審査要旨

 本論文は「エネルギ集中型多層骨組の耐震設計」と題し6章よりなる。

 第1章「序」ではエネルギの授受に基づく構造物の耐震設計において、エネルギを吸収する部位を明確に定めることの重要性、構造物を柔要素と剛要素の混合構造とすることの重要性について論じ、本論文の目的が、任意の位置にエネルギ集中層を設け、エネルギ集中層の構成を柔剛混合構造とする多層剛接骨組の耐震設計法を具体的に提示することであることを明らかにしている。

 第2章「既往の研究」においては、エネルギ論に基づく耐震設計の発展の経緯を明らかにし、その一つの応用であるエネルギ集中型構造物に対象を限定し、柔剛混合構造、免震構造が本論文の展開の基礎となっていることを述べている。即ち、免震構造は応答加速度を低めると同時に、地震入力エネルギの殆どすべてを免震層で吸収させる構造であり、また、積層ゴムアイソレータを柔要素とし、各種ダンパを剛要素とする柔剛混合構造であること、柔剛混合構造は弾性的な柔要素が長周期化により入力加速度を低減させ、骨組各層の変形の一方向への偏りを少なくし、剛要素の安定的塑性変形の進展を促す理想的な構造形態であることを論じ、それ等の研究の系譜を明らかにしている。

 第3章「エネルギ集中型構造の地震応答予測」では、全ての構造物では地震エネルギ入力の特定層への集中は不可避であるとの立場に立って、エネルギ集中型構造の地震応答を予測するための基本的定式化を行い、構造物の地震応答解析により、定式化における基本的な諸量を明らかにし、基本的定式化に基づく応答予測の精度を一般的に論じている。その際、骨組各層への損傷集中の評価、柔剛混合効果の確認が重要検討項目となる。損傷集中を評価するにあたって、骨組各層のエネルギ分布を支配する損傷集中指数を用いる方法と、モード重ね合わせ法が適用され、損傷集中指数に基づく評価法が予測法として優れていること、及び柔剛混合構造の特徴として、塑性変形の偏りの軽減のみならず、損傷集中の緩和効果を確認している。また、予測は、履歴型減衰のみならず、粘性型減衰を持つ系に対しても同様になされ得ることが広汎な振動モデルにおいて確認されている。

 第4章「転倒モーメント下における骨組の座屈耐力」では、柔剛混合構造を実現する際の主要課題である、柔要素を構成する際の剛接骨組外柱の座屈問題を実験的に解決している。柔要素は基本的に弾性挙動することが求められ、その為には柱の細長比として可能な限り大きなものが要求される。一方、多層骨組では水平地震力下の転倒モーメントによる外柱の座屈を回避するために柱の細長比が制限され、水平力下の外柱の座屈耐力の精度良い評価は柔剛混合構造の成立の鍵となっている。この問題を著者は変形制御下の座屈問題としてとらえ、塑性化する剛要素と柔要素としての外柱から成る骨組模型を用いて一連の実験を行い、骨組柱頭の水平変位と外柱の座屈耐力を簡単な実験式にまとめ、解析により実験式の妥当性を裏付けると共に、各種の実用的部材断面における座屈評価を可能なものにしている。

 第5章「エネルギ集中型柔剛混合構造の耐震設計法」では、第3章、第4章を踏まえ、剛接骨組を対象として、エネルギ集中型柔剛混合骨組の具体的設計法を定式化して、それに基づき例題により具体的な設計手順を示している。

 柔剛混合構造を基本構成として、鉛直荷重下で地震力を一切考えない設計により得られる骨組を柔要素とし、それにエネルギ吸収要素として付加される構造要素を剛要素とする考え方が採られている。設計法の流れは、先ず、鉛直荷重のみで骨組部材断面を仮定し、設定した限界変形において骨組が柔要素として弾性範囲に留まるかを確認すると同時に、エネルギ吸収層の変形が与えられた地震入力の下で柔要素の限界変形を越えることが無い様にエネルギ吸収層の剛要素の設計を行う。

 次いで、柔要素の外柱の座屈を検討する。それぞれの検討過程で条件を満たさない場合には当初の仮定断面を変更する。以上の設計法を5層、20層骨組に適用し、柔剛混合構造が、鉛直荷重に対する設計と耐震設計を分離する形で実現され得ることが確認されている。

 第6章「結語」では前5章の内容を総括し、エネルギ集中型柔剛混合構造が耐震性能を多角的にとらえ、かつ、単純に設計することが可能な構造形態であることを結論している。

 以上、本論文は、免震構造を柔剛混合構造としてとらえ、免震構造の長所を一般耐震構造に導入し、明確な設計手法を提示したもので、耐震設計の統一的基盤を整備し、今後の耐震設計のあるべき姿を示したものとして高く評価できる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54448