内容要旨 | | 本研究は既成の町や居住形式がもっている建築および外部空間の維持調整機能や隣り近所の社会関係に注目し,これまで形成されてきた町の仕組みを生かした都市居住形式のデザインコンセプトを得ることを目的とした基礎的研究である。 【第1章 序論】では,まず研究の目的を設定し,既往の研究・理論の検討を通して本研究の位置付けを行った上,本研究が目標とする都市居住形式を「都市共住体」と名付け,その概念を論じる。また,密集住宅地の建て替えに伴う問題点を指摘した上,新しい都市居住形式の必要性と,その居住形式として提案・実践されている都市型集合住宅の評価の必要性について論じる。その際,現在の密集住宅地の実態から問題を捉え,住戸まわり空間に関する研究課題を明らかにした。 次に,住宅地の外部空間に対してスケール・形態・用途などにより一般的な分類を行い,その際,普段の生活では無関心となりやすい小さいスケールの隙間・路地・小さい共用空間などの住戸まわり空間を本研究の課題とし,そこでの生活行動の徹底的な分析・考察が重要であることを論じる。それを基に研究対象地域として,密集住宅地の典型地域として東京都文京区の根津の一区画と,都市型集合住宅として計画意図や工夫が見られる4つの事例を選定した。また,本研究の目標を達成するための分析の枠組として,研究方法や調査方法を論じる。 【第2章 密集住宅地の構築環境における生活行動の考察】では,まず研究対象地域の調査・分析を通して,敷地割りを基にした建物の配置や地域構造の変化の流れにより,路地を中心とした住戸群が成立していることを把握し,その地域を建て替えていくときの居住形式の単位となり得る住戸のかたまりとして住戸群を抽出した。その際,住戸群を構成している住戸まわり空間として路地や隙間に注目し,形態的特徴を把握しるとともに,その役割の仮説を論じる。一方,住戸まわり空間での生活行動の発生原因を明らかにすることにより,その価値が明確されるという認識から,構築環境における生活行動の関係を論じる。 密集住宅地での路地や隙間の役割として,以下のことが明らかになった。 (1)家と家との間に場所と空気があることによって,個々の家の独立感・アイデンティティが得られる。空間があることによって隣の音や振動などに対する遮音性能が高くなるという一面と,離れていることによってプライバシーがある程度確保できるという側面もある。 (2)路地や隙間は外部空間のネットワークの一部となり,連続した路地は住戸の裏口のアプローチとして利用することもでき,また近隣の半公的な通り道として,あるいは道の選択性を広げることにも有効であり,避難路としても利用される。 (3)路地と隙間が連続して筋をつくっていることにより,各住戸の通風効果を増すことと,窓から間接光はもちろん直接光が入る可能性が生まれる。 また,環境と行動との相互浸透関係に働きかける役割として,以下のことが明らかになった。 (1)住戸と住戸の間に路地と隙間があることによって誘発される挨拶や会話などのコミュニケーションがある。それは,次の行動へ発展するきっかけにもなる。対面する窓や住戸の中どうしでは,視線を避け合うルールがある一方で,どちらかが路地や隙間などの構築環境に出ることによってコンタクトが生じる場合もある。 (2)路地や隙間に置いてあるものや物干し台を介した行動によって,路地や隙間のアクティビティを増やす社会行動が発生することもある。 (3)視線が透る路地や隙間などの外部空間に,洗濯や作業などのために使う小さな自分の場を持つことは,近隣とのコミュニケーションを助ける。 【第3章 都市型集合住宅の構築環境における生活行動の考察】では,都市型集合住宅の共用空間まわりの構築環境での生活行動についてアンケート調査や行動観察調査により,生活行動のきっかけとなる構築環境の特徴を論じる。また,生活行動の発生要因のひとつである社会的環境が生活行動に働きかける実態を通して,環境と行動との関係を論じる。以下では,考察結果をまとめる。 共用空間まわりの構築環境は「場所」と「モノ」に分けられ,そこで行われる生活行動はバルコニー,物干し台などの場所と関連する「場所的行動」,植木鉢,ベンチなどのモノと関連する「モノ的行動」,2人以上の行動として会話,挨拶などの「社会的行動」に分類できた。また,ある行動を期待してつくられた構築環境での生活行動は,期待した通りの行動,期待した以外の行動,居住者が見出した行動などが行われている反面,生活に望ましくない影響を与えていることもあった。 生活行動のきっかけとなる構築環境は,生活にサポートできる機能を与えることにより,居住者はその場所で行われる行動が多くなり,さらに隣りや対面する場所で行われている他人の行動と接触することによって,社会的行動への進展もあり得ることを明らかにした。なお,バルコニー・玄関先などの構築環境を設ける場合,同じ機能をになう空間を対面させるより,バルコニー対玄関先のように異なった機能をになう空間が水平に対面するか,あるいは斜めか上下に対面した方が行動発生の可能性を広げることが明らかになった。 構築環境での行動は,居住者の近隣意識や価値観などの社会的環境により行われる頻度も変わり,また共用空間を挟んで構築環境を配置することにより行動の発生も多くなることが分かった。 【第4章 「都市共住体」における社会的環境の考察】では,第3章で明らかしたように,生活行動の発生原因は構築環境のみにあるわけではなく,居住者の社会的環境も重要な原因であるため,共に住むひとつの小規模集団として住戸群と都市型集合住宅を取り上げ,居住者の社会的環境と生活行動との関係を論じる。 社会的環境として,まず居住者の年齢・家族構成・子供や老人の同居有無などにより世帯属性を分類し,居住歴・所有形態・生活経験・職業などの住まい方の構造を把握した。そして,分類された世帯属性や住まい方の構造別に住戸まわり領域の認識範囲,隣近所の近隣意識,あるいは同じ住戸群に住んでいる人々との近所づきあい範囲により,小集団での近隣関係の構造を論じる。また共に住む中で常職的に守っている,隣近所の約束事や決まりとして存在する生活規範を把握し,それと生活行動との関係を論じる。以下に,考察結果をまとめる。 「都市共住体」における住戸まわり領域の認識範囲は,住戸群の場合,自分の玄関先や住戸まわりに限定されていることが多く,都市型集合住宅の場合,共用空間を私的な住戸まわり領域として認識することはめったになかった。近隣に対する意識は,住戸群の場合,路地の開放性や世帯属性により差は見られるが,居住者の属性によって様々な意識を持っていることが分かった。都市型集合住宅に比べると住戸群の方が路地を中心とした近所づきあいの範囲が広く,居住者属性,特に住まい方の特徴によって範囲が異なっており,また住戸の正面の向きに従って路地,または街路に集中することがあった。都市型集合住宅では,一部の限定された住戸どうしの近所づきあいが一般的であった。結局,住戸群は,路地全体がひとつの近隣関係の単位であるとはいい難く,逆に居住者の生活の都市への拡張,閉鎖的な私的生活領域の増大により,路地での近隣関係の範囲は縮小しつつあることが明らかになった。 「都市共住体」における生活の規範は明文化されていないことが多く,暗黙の決まりや約束事によって高密な共住生活を維持・管理しており,生活の規範が他人より決められることに関しては,否定的であることが分かった。 【第5章 「都市共住体」の環境行動デザインのモデル試案】では,前章までに検討した環境と行動との相互浸透関係を用いて,構築環境と生活行動,生活行動と社会的環境との間での因果関係の構造を解明し,環境と行動との相互浸透関係を論じる。また,ここまでの分析・考察を基に,路地や隙間の価値,構築環境のあり方,小規模集団での社会的環境の構造を「都市共住体」の環境行動デザインの基本コンセプトとして抽出した。 以上の本論の分析・考察を含めて,環境と行動の相互浸透関係の概念を基に,「都市共住体」の4つのモデル試案を提示した。モデル試案の特性として,以下のことがあげられる。 (1)居住者の近隣関係の構造は,消極的(個別的),積極的(共同的),相互的(協調的),相互浸透的(選択的)。 (2)配置の形式により,住戸のアプローチや生活の向きは,街路指向,中庭指向,路地や街路の両方指向,あるいはいずれかに選択できる選択指向。 (3)外部空間の捉え方により,裏路地型,中庭型,路地型,折衷型。 なお,モデル試案の特性を分節・結合できる相互浸透ゾーンを提示した。相互浸透ゾーンは,公私領域の媒介ゾーン,内外空間の緩衝ゾーン,自然環境の調節ゾーンなどの概念を含めており,環境と行動とが因果関係を持ち,能動的に役割を果たしながら価値を生かせる相互浸透関係のきっかけとなる装置であることを強調している。 モデル試案のケーススタディにおいては,環境と行動との相互浸透関係を持ちつつ,連続的に更新できる可能性を念頭に,「相互浸透ゾーンの確保」,「自然環境・視線・人の通り抜け」,「路地や隙間による外部空間のネットワーク」,「世帯属性の混住と住まい方の複合性」などといったデザインコンセプトを論じる。 【第6章 まとめおよび今後の課題】では,各章のまとめの整理と,新しい都市居住形式として提示した「都市共住体」のモデル試案の,隙間的空間の環境的,社会・行動的な機能の検証,また現実的な設計へむけての,法規,防災,計画プロセスなどの今後の課題を論じる。 |