学位論文要旨



No 111078
著者(漢字) ザバラ,カルロス
著者(英字) Calros Alberto Zavala Toledo
著者(カナ) ザバラ,カルロス
標題(和) 鋼構造柔骨組の部分構造ハイブリッドシミュレーションに関する研究
標題(洋) A Study on Substructuring Hybrid Simulation for Flexible Steel Framed Structures
報告番号 111078
報告番号 甲11078
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3322号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 教授 高梨,晃一
 東京大学 教授 秋山,宏
 東京大学 助教授 桑村,仁
 東京大学 助教授 中埜,良昭
内容要旨

 オンライン地震応答実験は仮動的実験手法とも呼ばれ、実大構造物に対する地震応答実験法の中でも最も有用な手法と考えられている。しかしながら、この手法の実大模型試験体への適用は、莫大な実験費用を伴う。実大模型実験にかわる方法として、構造物の一部分を試験体、残りの部分を適当な解析モデルとして行われる部分構造(サプストラクチュア)実験手法がある。このハイブリッド実験プロセスは、部分構造ハイブリッドシミュレーションと呼ばれている。初期の段階から、部分構造実験に関する様々の研究が提案されてきた。しかしながら、載荷実験における載荷の不可逆性、アクチュエータの制御の複雑さ、実験装置の安定性、数値積分法の安定性、そして、特定の構造モデルのみを対象としていたこと等の理由により、部分構造ハイブリッド実験の適用手法については未だ一般的な手法が提案されていないのが現状である。本論文は、比較的柔性の小さい柱及び梁で構成される鉄骨ラーメン骨組を対象として、部分構造ハイブリッド実験の方法論について考察し、このような骨組の中の任意の部材に対して一般的に適用できる実験スキームを提案することを目指したもので、本文全10章と付録、図表から成る。

 第1章「序」では、本論文の背景と目的が述べられる。

 第2章「既往の部分構造ハイブリッド実験スキーム」では、既往の部分構造ハイブリッド実験例の文献調査結果が述べられる。既往の部分構造ハイブリッド実験の方法論は、主として数値積分法の安定性について展開されているので、過去に用いられている数値積分スキームの得失をまとめている。

 第3章「部分構造ハイブリッド実験で考慮すべき点と実験スキームの提案」は、部分構造ハイブリッド実験スキームの構築にあたって考慮すべき要因を列挙し、本論文で提案するハイブリッド実験スキームの特徴的な点と適用範囲を述べている章であり、本論文の骨格を示している章である。節点に対する外力モーメント零の条件下で、集中質量をもつ任意形状平面ラーメン骨組に対するオンライン部分構造ハイブリッド実験スキームを提案することとし、数値積分法としては中央差分法が採用されている。実験プロセスの安定性を確保するため、2つの手法が提案されている。第一の手法は、高い振動数の励起によって生じるプロセス中の不安定を回避するために用いられるモード省略手法である。第二の手法は、試験体の復元力増分の予測子を援用した、不釣合モーメント除去手法である。しかし、試験体復元力の予測子を用いることはオンライン手法の本来の目的、未知の復元力特性をもつ構造体の応答を実証的に求めるという目的をゆがめるものとして誤解されるかもしれない。そこで、自己組織型の復元力モデルを予測子として用いることが本論文では提案されている。それは未知増分復元力の予測子として、人工神経回路網モデル(以下ニューラルネットワークモデルと呼ぶ)を用いるものであり、試験体の復元力応答のアルゴリズム(履歴法則)を過去の実験結果から学習することを前提としている。

 第4章「不釣合除去スキームの提案」では、慣性質量が無く外力の拘束がある自由度(非振動自由度)に生じる不釣合力を除去するスキームを提案している。この不釣合力は、構造モデルの柔軟性による幾何学的非線形性と材料の非線形性のために、各積分ステップ間に現れるものである。一方、慣性質量のある自由度(振動自由度)に関しては、不釣合力は各時点で慣性力に釣り合う復元力とみなされ、その自由度の運動に変換される。運動方程式の数値積分法として中央差分法を用いると、振動自由度の変位応答増分解は、現ステップの復元力から即座に算定される。一方、非振動自由度の変位増分解を求めるにあたっては、振動自由度の変位増分と適合し、かつ現在生じている不釣合力を次ステップで除去するように選ばれる。このような条件を満足する変位増分を評価するには、未載荷の試験体の復元力増分を予測する必要がある。弾塑性範囲の載荷実験では実際に載荷を試行できないので、試験体の復元力増分の予測子を利用する。

 第5章「ニューラルネットワーク予測子の構築」では、鉄骨ビームカラムの復元力増分予測子に用いるニューラルネットワーク予測子の構築法について述べている。ニューラルネットワークモデルはある特定の目的のためにトレーニングされた仮想の頭脳と似ている。トレーニングは、呈示された教師データから学習することによって、ネットワークのパラメータを修正するという組織的なプロセスである。仮想の頭脳は入力ベクトルと要求される出力を連結させることを学び、それ自身で複雑な非線形モデルを創成する。誤差逆伝播アルゴリズムによる学習システムを基礎としたニューラルネットワーク・シミュレータのFORTRANプログラムを作成し、オペレータとの対話システムにより学習作業が行えるような環境を開発した。鉄骨ビームカラムの載荷実験データに対してネットワークのトレーニングを行った例を示している。ネットワークは、入力層・中間層・出力層の3つの層構造を有し、出力としては2つの材端曲げモーメント増分と軸力増分が採用されている。本予測子は、ハイブリッド実験スキームにおいて初めて利用される新しいモデリング手法であるが、適当なトレーニングのプロセスの後、鉄骨部材の非線形性を十分に再現できることが判明した。

 第6章「モード省略法の適用」では、多自由度弾性振動系における古典的規準モードで表現された一般化復元力-一般化変位の座標系を用い、高次振動モードに対応するモード座標を無視して解析を行うことによって、応答計算の安定性を図る手法について述べている。振動自由度の応答計算においては、中央差分法を用いているので剛性マトリクスを陽に用いる必要はない。したがって、本手法におけるモード座標系の使用は、剛性マトリクスの対角化とは関係なく、単に座標変換の一つとして用いており、全モードの座標軸を使用する場合には、通常の座標系による応答計算結果と同一の結果を与える。地震に対する建物の振動応答成分としては、通常10ヘルツ以下の成分が問題にされ、また逆に入力波の高周波数成分は信頼性が乏しいとの判断に基づき、入力波からフィルターによって削除されることもある。そこで提案手法では、10ヘルツ以上の弾性振動に対応するモード座標については、系の弾性・非弾性に関わらず全応答計算を通じて、これを無視している。多自由度弾塑性振動系の応答計算例で、本手法の有効性を確認している。

 第7章「検証実験とその載荷実験システム」では、提案実験手法の検証を行うための実験計画と、その載荷システムの概要について述べている。部分構造模型試験体として、共通して箱形断面(100×100×6)で130.8cmの長さを有する鉄骨部材が設計されており、その力学的特性を示している。縮約された座標システムで部材の変形を再現するための載荷システムの開発では、軸方向変形の僅かな制御誤差変動に対して軸力変動が敏感に変動するので、荷重制御と変位制御を組み合わせた試験機制御手法が採用されている。ハイブリッド解析に用いられる座標系は、部材の剛体変位を除いた縮約された座標系へ、そしてさらに載荷実験で実際に用いられる試験機座標系へと変換されている。

 第8章「定軸力下での部分構造ハイブリッド実験例」では、全体構造物モデルとして一層のT形構造物モデル、それを三層重ねた多層構造物モデルが選択され、共通して第一層柱部材を部分構造模型試験体として一定軸力下でのハイブリッド実験を行った結果を述べている。一層の実験例では、不釣合モーメント除去スキームにおける予測子として、線形弾性モデル、2成分バイリニア予測子、マルチスプリングモデル、および、ニューラルネットワーク予測子の4種類が採用され、同一荷重条件で比較実験が行われた。全てのケースで不釣合力の累積は防止され、その最大値も一般的な柔な鉄骨ラーメンの応答としては無視しても良いレベルであった。最大不釣合力の値が最小となったのは、調整されたパラメータ値を与えたマルチスプリングモデルを用いた場合であった。三層構造物モデルでは、部分構造模型の第1層柱部材を除いて、残り全ての柱と梁は弾性挙動をすると考え、マルチスプリング予測子によるハイぶリッド実験が行われた。全ての実験は調整されたマルチスプリング要素による純粋数値解析結果との比較を行っており、提案された実験スキームで応答解析精度上の問題が生じないことを確認している。

 第9章「変動軸力を考慮した部分構造ハイブリッド実験例」では、

 変動軸力下の部分構造ハイブリッド実験の適用性を検討するため、1層門形ラーメンが解析されている。ここでは、右側の柱が部分構造模型試験体、左側柱が弾塑性マルチスプリングによる数学モデル、梁は弾性梁要素としてハイブリッド実験が行われている。梁のせん断力により左右の柱の軸力が、地震応答中変動する。実験結果は純粋数値解析結果と比較しても妥当なものであり、軸力変動の制御や試験体に加わる曲げ勾配の変動制御も含めて、本実験システムが良好に作動することを確認している。

 第10章「結論」では、各章で得られた知見を要約し、本実験手法の適用に関する今後の課題を展望している。提案した実験手法は、任意形状平面ラーメンの中の、変動曲げ勾配および変動軸力を受ける任意のビームカラム要素に対して、部分構造ハイブリッド実験を適用できる可能性を示しており、実証的な地震応答シミュレーションのための強力な道具になり得ると信じる。

審査要旨

 本論文は"A Study on Subsructuring Hybrid Sinulation for Flexible Steel Framed Sructures(鋼構造柔骨組の部分構造ハイブリッドシミュレーションに関する研究)"と題し、比較的柔性の大きい柱及び梁で構成される鉄骨ラーメン骨組を対象とする部分構造ハイブリッド実験の方法論について考察し、このような骨組の中の任意の部材に対して一般的に適用できる実験スキームを提案した論文で全10章から成っている。

 第1章「序」では、本論文の背景と目的を述べている。オンライン地震応答実験は実大構造物に対する地震応答実験法の中でも最も有用な手法と考えられるが、実大模型試験体への適用は莫大な実験費用を伴うことを指摘し、実大模型実験にかわる方法として、構造物の一部分を試験体、残りの部分を数学モデルとして行われる部分構造実験手法の必要性を強調している。

 第2章「既往の部分構造ハイブリッド実験スキーム」では、既往の部分構造ハイブリッド実験例の文献調査結果を述べている。

 第3章「部分構造ハイブリッド実験で考慮すべき点と実験スキームの提案」は、部分構造ハイブリッド実験スキームの構築にあたって考慮すべき要因を列挙し、実験プロセスの安定性を確保するため、2つの手法を提案している。第一の手法は、高い振動数の励起によって生じるプロセス中の不安定を回避するために用いられるモード省略手法であり、第二の手法は、試験体の復元力増分の予測子を援用した、不釣合モーメント除去手法である。未知復元力の増分を予測するため、自己組織型の復元力モデル(ニューラルネットワーク)を用いることを提案している。

 第4章「不釣合除去スキームの提案」では、慣性質量が無く外力の拘束がある自由度に生じる不釣合力を除去するスキームを提案している。

 第5章「ニューラルネットワーク予測子の構築」では、鉄骨ビームカラムの復元力増分予測子に用いるニューラルネットワーク予測子の構築法について述べ、鉄骨ビームカラムの載荷実験データに対してネットワークのトレーニングを行った例を示している。本予測子はハイブリッド実験スキームにおいて初めて利用される新しいモデリング手法であり、適当なトレーニングのプロセスの後、鉄骨部材の非線形性を十分に再現できることを実証している。

 第6章「モード省略法の適用」では、古典的規準モードで表現された一般化復元力-一般化変位の座標系を用い、高次振動モードに対応するモード座標を無視して解析を行うことによって、応答計算の安定性を図る手法について述べ、多自由度弾塑性振動系の応答計算例でその有効性を確認している。

 第7章「検証実験とその載荷実験システム」では、提案実験手法の検証を行うための実験計画と、その載荷システムの概要について述べている。

 第8章「定軸力下での部分構造ハイブリッド実験例」では、全体構造物モデルとして一層のT形構造物モデル、それを三層重ねた多層構造物モデルが選択され、共通して第一層柱部材を部分構造模型試験体として一定軸力下でのハイブリッド実験を行った結果を述べ、全ての実験例で不釣合力の累積は防止され、その最大値も工学的に無視しても良い量であることを確認している。

 第9章「変動軸力を考慮した部分構造ハイブリッド実験例」では、変動軸力下の部分構造ハイブリッド実験の適用性を検討するため、1層門形ラーメンが解析されている。軸力変動の制御や試験体に加わる曲げ勾配の変動制御も含めて、本実験システムが良好に作動することを確認している。

 第10章「結論」では、各章で得られた知見を要約し今後の課題を展望している。

 以上のように、本論文は、任意形状平面骨組の中の、変動曲げ勾配および変動軸力を受ける任意のビームカラム要素に対して、部分構造ハイブリッド実験を適用できる可能性を示し、実証的な地震応答シミュレーションのための強力な道具を試作することによって、構造工学上有益な知見を提供した。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク