近年、生活水準の向上に伴い、温熱的快適性追求の要望が高まり、住宅でも快適な冷暖房システムが要求されるようになってきた。住宅で使用されている多くの暖房方式の中で、対流暖房に比べ、室内気温の上下分布が小さく、快適性に優れること、低温放射熱伝達により暖房効率が高いこと、低い温度レベルのエネルギーの有効利用ができ、地球環境問題にも大きなメリットを生じることなどの面から、床暖房システムが注目され、普及率が加速されている。しかしながら、床暖房時の人体への生理的影響、快適性評価、床暖房における至適な設定条件などに関して、多くの研究がなされているものの、体系的に検討されている例は見当たらず、現状では、床暖房における快適な条件範囲が明確にされていない。
(2)床暖房における快適な条件範囲 床暖房の設定条件について、海外で多くの被験者実験研究がなされているものの、気候による建築仕様の違い、ライフスタイルの違いなどから、欧米の設定条件をそのまま適用できない。日本国内では、実験的研究が1970年代からいくつかなされきたが、いずれも被験者数が少なく。また、近年行われた坊垣、磯田、永村らの実験研究においても、データの蓄積がまだ不十分であり、実験条件の違いもあり、示された快適な条件範囲が必ずしも一致しないなどの問題があり、一般論としての床暖房の設定目標を論じるには至っていない。そのため、床暖房の至適な設定条件を明確にするには、資料全般の蓄積と再検討が必要である。
以上2点を着目点とし、次のフロー図に示すような研究の構成を考え、被験者実験によりデータを蓄積するとともに、床暖房の快適性を検討し、実験結果・人体熱平衡理論の双方から既往温熱指標の床暖房への適用性を論じ、最後に、実験結果を総合し、床暖房における快適な条件範囲を提案した。
研究フロー図 本論文は、以下の7章よりなっている。
第1章は序論であり、研究の目的を述べるとともに、既往関連研究の文献調査結果として、生理面での限界値、問題点の所在などを整理し、論文の位置づけを明確にした。
第2章では、熱的快適性における床暖房と対流暖房方式の違いを解明するため、同じ断熱仕様の2室に、対流式暖房と温水式床暖房を設置し、被験者実験により暖房方式の違いによる温冷感・快適性評価へ及ぼす影響を検討している。暖房方式により形成される温熱環境、特に、上下気温分布が異なることを確認するとともに、それに起因した生理量(皮膚温)と心理量(温冷感、快適感申告)の違いを示ている。また、温冷感感覚、熱的快適性の面において、その差異の有意性を検定した。同様な温冷感が得られても床暖房の場合に快適感は有意に高く、床暖房方式は対流式暖房方式より快適性の面で優利である。
第3章では、3年間に渡って、比較的広い気温・床温条件範囲(気温18〜24℃、床温24〜34℃)で、かつ多数の被験者(延べ400名強)を用いて行った、床暖房の熱的快適性評価および至適な気温・床温条件を検討するための実験結果をまとめている。まず生理量である皮膚温反応と心理量である温冷感評価から、床暖房時の気温、床温条件の下限値を示した。実験結果より、気温水準が18℃以下になると、床温を28℃まで上げても皮膚温が時間とともに低下する傾向があり、温冷感も熱的中立範囲に入らないこと、この時の気温・床温の差が10℃に達しており、これ以上に床温を上げることは省エネルギーの面から好ましくないと判断したことから、床暖房時の最低気温水準を18℃とした。また、実験結果の検討から、最低床温水準を26℃とするとともに、最も快適な気温・床温組み合わせが気温22℃、床温30℃であることを示した。さらに、気温・床温の温冷感に影響する度合を近似的重回帰分析により求め、それに基づく床暖房時の気温・床温条件による温冷感予測を試みた。ほぼ通常床暖房使用条件範囲をカバーした本実験において、温冷感に影響する気温・床温の度合の合計を1とすると、その重み係数が気温:0.85、床温:0.15となっている。さらに、これにより、中立温冷感となるような気温・床温の組み合わせ条件範囲の図を提示した。
なお、床暖房における温冷感と不満率の検討を行ったところ、温冷感申告に基づく算出した不満率(FangerのPPDにならう)と快適感から換算した不満率の間でずれがあたことが判明した。温冷感が中立ポイントより暖かい側へ移る場合、中立温冷感からずれた申告割合が増えるにもかかわらず、不快感の申告率が少なく、快適感からの不満率を求める場合に、注意する必要があることを示した。
第4章では、床暖房時の熱的快適性に直接影響を及ぼす接触温熱感に関する検討の被験者実験の結果をまとめ、床材、気温、床温、接触時間をパラメータとして、諸要素間の関係を分析している。まず接触時の生理量と心理量の対応関係を検討し、皮膚温そのものよりのよりも、接触後の皮膚温上昇のほうが接触温熱感と良い相関関係にあることを示した。
次に、接触温熱感と全身温冷感との関係を検討し、接触温熱感申告は接触条件に応じて変化するが、全身温冷感への影響が弱いことを示している。床温をむやみに上げることで全身温冷感を改善することが危険であるを示した。さらに、接触条件と接触温熱感に対する検討を行い、床温の許容範囲を26〜32℃とすべきであると結論づけている。
また、模擬足を用いた接触温度の測定も行い、人体の接触皮膚温との関係を検討し、接触温熱感評価の定量化を試みており、接触による温度の上昇の模擬足と人体の測定結果には、模擬足のほうが1〜1.5℃程度低いという差はあるものの、良い相関があることを示している。
第5章では、床暖房時のコールドドラフト問題を取り入れ、被験者実験の結果をまとめている。床暖房の場合、断熱仕様、気密性などによっては、床付近でコールドドラフトが形成される危険性があり、本研究での被験者実験において、窓・ドア近傍で測定された。他の研究者の実態調査からも報告されている。そのため、床付近のコールドドラフトの人体に与える影響を検討した。実験は熱的中立となる床暖房気温・床温条件(気温22℃、床温30℃)の下で、被験者の足元にコールドドラフトを人工的に与え、生理・心理量を調べた。ASHRAEでは、夏季で気流と気温の補償効果を0.237[m/s]/[℃]と指摘されているが、本論文では、冬季・床暖房じの環境・コールドドラフトの場合には、その関係が0.l[m/s]/[℃]となっていることを示し、さらに、コールドドラフトに対する許容範囲を提示している。
第6章では、実験から得られた温冷感評価と既往の温冷感評価指標とを比較し、その差異を検討した結果を述べている。
まず、既往温冷感指標の構築を解説し、そこから既往温冷感指標の適用性、問題点を指摘し、次に、既往温冷感指標と実験結果との比較から、両者の相違を検討した。床暖房時の温冷感評価は従来のPMVより、高い評価が得らている。即ち床暖房環境にPMVを用いる場合、過小評価することになるのを示している。同時に、その原因が床への接触により、接触温熱感(局部温冷感)が全身温冷感へ影響するためであると分析している。さらに、客観的な物理量面での熱平衡理論の観点、及び主観的、生理的な観点から、温冷感評価についての既往温冷感指標と実験結果の差異を体系的に検討している。
第7章において、結論と全論文の総括を述べている。結論として、本研究で行った被験者実験から、床暖房の快適性に関する諸要素の検討結果を踏まえ、気温・床温条件における許容・快適範囲を提案している。
また、本研究成果をベースに、、著者が参加した「床暖房のアメニティ評価に関する委員会」において、本論文で対象としていない諸条件(床座、長時間、高齢年齢層など)を考慮し、他研究者の実験結果も合せて総合的に検討した上で、より一般性・実用のある床暖房条件の推奨範囲を提案している。この章でその概要を述べている。
このように、本論文は、床暖房の快適性に関して体系的に検討したものであり、示した床暖房時の気温・床温の許容範囲・快適範囲など、住宅における床暖房の設計に寄与しうるデータを示し得たと考えている。