この論文は、空(そら)と空間の関連についての考察である。すなわち建築物を「あかるみ」によって、強烈な空間体験へと変化させる空の力の探求である。ここでは特に日本の伝統的建築、及び現代建築における光と構造の関連に焦点を当て、世界的視野の中で、空間的な「あかるみ」の出現に影響を与える宗教的、地理的、技術的な要因を考察することにより、この論点をさらに追求している。 筆者の修士論文をもとに、この研究では特定の「あかるみ」の詳細、特に屋根の直下部についてさらに探求している。また、この論文を進めるにあたり、研究の客観性、理解の容易さのため、歴史的な展開を参照し、時代順に考察を進める方法を採用した。このような客観的、時代順検証は以下のように筆者によって3部に分けられた時代、すなわち初期神道、仏教建築にはじまり、数寄屋風住宅様式を経て、現代の建築の例に至るまでの日本建築における屋根直下部の詳細との関わり、によって構成されている。この時代順構成により世界的視野のもとに時代と文化を通した建築の検証を行うことができた。このように世界を視野に入れた歴史的な考察を行うことにより、建築と我々の経験に関する普遍的なあり方、「あかるみ」を探求することが可能となった。 写真、図面、模式図を基本的研究手段とし、詳細な比較、検証,議論の基礎とした。また江戸時代の「匠明」、「作庭記」などの古文書、絵巻物、和歌、建築家へのインタビュー、教授及び大工たちとの議論、構法および光の透過に関する詳細の筆者自らの体験、観察などが、研究をさらに進めるための手段となった。 「あかるみの詳細」についての研究は、「かるみ」と「あかるみ」に対する研究として、間時に日本建築を空間的、体験的に独特のものとしている性質をとらえようとする試みとしてはじめられた。このような基礎研究により、日本建築の独自性が、「あかるみ」の思想との関係により規定されていることが明らかになり、これらの性質は光の透過性「あかるみ」、そして空間的高揚「かるみ」を通して与えられる空間約経験として理解されるに至った。以上が「あかるみの詳細」に至った経緯であり、すなわち「あかるみの詳細」とは知覚的な空間の自由と広がり-空間と精神の「あかるみ」-をもたらす構成の詳細である。このような「あかるみ」の効果は、人が重圧や束縛からのがれたときや、自己の存在にとって最も重要なものに対し、何者にも妨げられることなく精神を集中しているときに経験される自由な感覚に似ている。このように、「あかるみ」は物理的重量(軽さ)によるよりも、むしろ人間の感覚や精神(こころ)に関わる軽さの観念に関係している。これは江戸時代の俳人、松尾芭蕉(1644-94)によって探し求められた「かるみ」の概念に見いだすことができる。最終的に、ここでは空間に対する感覚的自由と広がりを生み、そして空への一種の「敷居」として機能する構法的詳細の研究が行われた。 以上のような研究を通して、日本建築独特の様々な部分の詳細に対して調査がなされたが、これには土台から屋根の構造、壁の構造から建具に至るまでが含まれている。さらに、調査を行った各部分において、日本建築を総合的に理解するために重要な詳細及び、空間的効果が存在していた。また、これらの領域において「あかるみ」の要素が常に内包され、何らかのかたちで人間の空間認識に影響を与え、各部分がそれぞれに日本建築に独自性を与えていることが明らかになった。しかしながら、この研究を次の段階に進めるにあたり、より詳細な探求のため、日本建築の特定の部分を取り出すことが必要となった。 この継続研究の中で、選び出されたのは欄間にあたる領域である。この部分は、ギリシア建築のエンタブレチュア(entablature)、ローマ建築のフリーズ(frieze)、ゴシック建築のクレアストーリー(clerestory)のような、屋根直下にあたる部分である。ここが選択されたのは様々な理由によるが、基本的にこの欄間にあたる領域は、人の室間認識や感覚的な「あかるみ」に対する潜在的影響力の故に選択された。また、この領域が壁と屋根の両方によって規定されながら、シェルターとしての機能が要求されていない独自性にもよっている。 欄間は人間の活動領域の直上、かつ屋根の直下の空間において、いくつかの重要な役割を果たしている。例えば欄間は、中世のクレアストリーのように、空からの光を選択・透過させ、内部空間に導くように作用する。また、欄間の形態は屋根を宙に浮いているように見せ、居住者に高揚する感覚を与える(これは「かるみ」の感覚にも関係している)。さらに、欄間が、ファサードや構造体のような建築的要素を強調するはたらきをしている例もある。いずれにしても欄間の領域は離合った空間、より一般的には内部と外部という二つの空間を取り持つはたらきをしている場合が多い。 常に欄間はある特別な領域に対して作用しているが、そこは我々の活動範囲の上部に漂い、風や光や音などによって占められている場所である。また欄間は空への「敷居」としてはたらき、空から来る光で満たされるであろう内部空間を規定しており、内部空間に生命を与え、機能するように自然環境を内へ誘い込む作用がある。 欄間は「小壁」の一種で、透明なガラスや外光を和らげるものが付けられる場合がある。また完全に外気にさらされたり、欄間の部分を通る梁やスクリーンとしての格子組物のようなもので分割される場合もある。さらに欄間それ自身による光の質や量の変化、他に対する特定の性質の強調、例えば風と光、音と光、明るさの程度、色合いなどによって、自然としての空を変化させ得も場合もある。このような欄間による変換は、しばしば我々の屋内からの空に対する感覚を高めるように作用する。この空間の知覚は、欄間を通した自然との関連で強調され、内部空間の認識の活性化に寄与している。欄間は、最小限の方法で、多大な効果を生みだし、個人の自由な生活を妨げることなくプライベート空間へ自然を取り入れることができる。このことは、空だけが我々にとって自然との接点であるような、また木々や水にではなく多くを鉄とコンクリートに囲まれて暮らすような現代の生活の中で今まさに理解すべき教訓である。この痛烈な教訓が自然の豊富な時代に形成された建築物から見いだされることは興味深いことである。 建築が空と関わる様々な方法の詳細な調査を、欄間に的を絞ってまとめた結果、空が内部空間と外部空間をつなぐ要素として、エンタブレチュア、欄間のような開口部がどのように発展してきたかの理解が高められた。従って、この論文では主に、内部空間を豊かにする空の光がどのように構造要素を通り抜けていくかについて探求している。 この研究の中では議論の対象とした構造要素の数を限定した。主なものとしては、以下のような部分、水平材、(無目、梁、根太もしくは床梁、長押、棟、鴨居)、垂直材(柱、ブロック壁)、支柱(かい木、かえるまた)、庇の支持材(簡単なものから組物のような複雑なものまで)が含まれる。数は限られているが、日本建築におけるこれらの部分は、様々な視覚的な構成や空間体験を一体となって生み出している。以上のような構造要素は基本的に木造建築に見られるものであるが、組積造の例も前に述べた世界的な流れの中の例として含まれ、比較・対象の-助となっている。 結論として、この研究は我々の空間体験の中で、空と内部空間との関連における、深い感情的な光の影響に関する筆者の仮説を裏付けた。この研究において、我々の空間認識を深めるイメージの数々や考え方、そして空の光との関連において有意義な建築のデザインを実現する機会がもたらされた。これらの中で、光の拡散や、繊細なものの重なりによるスクリーンの可能性が明らかになった。また統一された詳細が創り出す空間の空間の意味や、空間がその輪郭、境界線の内側にとどまらず、しばしば自身を越えたところ(精神の領域や自然環境、もしくは単なる我々の現実の知覚)に存在することが見いだされた。さらに、独立して何らかの意味、美(縞状に見える空、影のパターンなど)によって、それがどのように微少なものであっても、空間に対する印象は完全に転換、強調され、微少な細部ですら我々の空間認識に信じ難いほどの深い意味を与えることが示された。以上この研究では、様々な気候や文化、時代における屋根直下部分の様々な展開が探求されている。最終的に新しい、高次元の建築の追求のため、この論文が欄間の領域の研究をさらに進める一助となることを望む次第である。 |