学位論文要旨



No 111082
著者(漢字) 楊,志勇
著者(英字)
著者(カナ) ヨウ,シユウ
標題(和) 地震エネルギー入力に及ぼす地盤の影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 111082
報告番号 甲11082
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3326号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,宏
 東京大学 教授 太田,裕
 東京大学 教授 南,忠夫
 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 助教授 桑村,仁
内容要旨

 構造物の耐震設計において、地震入力に及ぼす地震の影響は二つの効果が挙げられる。一つは、地震動の地盤による増幅効果であり、もう一つは、地盤と構造物との動的相互作用の効果である。本研究は、耐震設計における地震荷重の策定に供するものとして、この二つの効果に対する定量化を図る研究である。

 耐震工学の急速な発展とともに、構造物に対する地震の荷重効果の動的特性に関する知見が蓄積されてきた。このような背景のもとに改訂された耐震設計法における地震荷重の設定では地盤の特性の影響や構造物の塑性化の効果などの要素による影響が諸々の係数を取り込むことにより考慮されるようになった。しかし、耐震設計の基本思想である構造物に対する地震の荷重効果と構造物の耐震性能との対置関係は依然として力の領域で評価され、地震荷重効果に対して、構造物の最大応答加速度に対応した慣性力が評価の尺度となっている。このような慣性力は構造物の地震応答の瞬間的なものであり、地震動の非定常な要素や構造物の質量分布、剛性分布などの構造物の個別的な要素に大きく影響されている。こうした評価法により地震の荷重効果に対する客観的な評価を下し得る普遍性を持つ表現を提示することは極めて困難である。動的要素に強く支配されている相互作用の効果に対して、その影響を耐震設計法に取り込むにあたって共通の認識が得られていないこともこのようなことに原因があると考えられる。

 一方、地震動が構造物に及ぼす荷重効果をエネルギー入力として捉え、構造物に対する地震の破壊作用と地震に対する構造物の抵抗の対置関係をエネルギーの領域で評価する手法が提案され、それに基づいた設計法は既に実用の段階となっている。この評価法では構造物に対する地震の荷重効果は地震の全継続時間にわたって構造物に投入されるエネルギーの総量すなわち総エネルギー入力として評価され、この総エネルギー入力は主に構造物の1次固有周期及び総質量のみに依存する極めて安定したものである。エネルギー入力に関する研究の成果によれば、地震入力として与えられる総エネルギーを基にして算出した速度換算値と構造物の1次固有周期との関係を表すエネルギースペクトルは地震の動的特性及び構造物の塑性化効果などを考慮し得る普遍的に応用できる地震荷重としての意味を持っている。本研究は、このエネルギー入力の評価手法を用いることによって地震入力に関する従来の評価法の持つ問題点を克服し得ると考え、地盤の影響を考慮した地震入力の定量化を図る。

 本論文は、序文と四つの章から構成される。

 序文では、本研究の背景を説明するとともに、本研究の用いる主な手法について述べた。そして、本論文の構成を簡略に要約した。

 第1章は、本論文の基礎となる地震動のエネルギー入力の理論を要約した。エネルギー入力の概念はl質点系の運動方程式により導入され、振動系への総エネルギー入力Eから定義された速度換算値VEと系の1次固有周期Tとの関係を表すエネルギースペクトルは動的特性を考慮しうる地震荷重としての意味を有することが明らかにされる。エネルギースペクトルの基本性質を明らかにするとともに、最大応答速度スペクトルなどの従来に常用されている地震スペクトルとの対応関係が示される。構造物の塑性化効果を考慮したものとして地震入力を10%の減衰を持つ弾性1質点系のエネルギースペクトルとすることは妥当であることを論じる。本研究においては、入力地震波として用いられる人工地震波の特性及びその構成が示される。

 第2章は、エネルギースペクトルに対する地盤の増幅効果について論述した。地盤の振動解析における地震波の伝播は、建物直下の地震基盤から入射される地震波が岩盤モデル、表層地盤を伝播し地表面に到達するという過程を想定し、地盤の増幅効果は、岩盤地層と表層地層によるものとする。解析では、岩盤モデルと表層地盤モデルにおける実体波速度の鉛直方向の分布はともに直線的なものとし、一次元実体波の重複反射理論を用いた。解析の結果として、岩盤と表層地盤の増幅効果がそれぞれの表面で定量化された。地盤の地震動エネルギースペクトルに対する増幅の効果を支配する主な要素は地層の各表面の波速度と基部波速度に比率であることを指摘し、エネルギースペクトルの卓越部分に対してその増幅倍率への寄与率がと、それ以外の部分についての寄与率がと量的関係が結びつけられた。三つの過去に記録された強震記録を用いて、本研究に用いられた評価方法の妥当性及びその解析結果の有効性を検証した。

 第3章は、構造物へのエネルギー入力に対する構造物と地盤との相互作用による影響について論述した。本章の研究では、地盤剛性の動的特性を忠実に反映するように周波数領域での解析を行い、動的相互作用の効果を連成系の基本周期の延び及び上部構造物への地震入力の低減として評価し、また、この二つの効果の関係に着目して動的相互作用の効果を定量化することを図った。連成系の基本周期の算出にあたって、地盤バネを静的ものとして用いても十分の精度を持つ結果が得られることが確かめられた。本研究で提示した評価式は周期の延びとエネルギーの有効入力率との関係として表される。このような関係は地盤の性質に影響されないことが本研究により明らかにされた。つまり、構造物と地盤の特性によって基本周期の延びが算出され、得られた基本周期の延び及び構造物の形状を表す係数H/RとD/Rによって上部構造物への地震有効入力率が求められる。本研究が提示した相互作用に対する評価式は多質点系の上部構造物にも適用できることを示した。

 第4章は、本論文で得られた結果についてまとめた。

審査要旨

 本論文は「地震エネルギー入力に及ぼす地盤の影響に関する研究」と題し、序ならびに4章より成る。

 「序」においては、地震エネルギー入力と構造物のエネルギー吸収能力を対比させて耐震性を評価するエネルギー論的耐震設計における地震エネルギー入力に着目し、地震地動の地盤による増幅特性、構造物に入力されたエネルギーの地盤への逸散を定量化することにより、耐震設計の基礎となるエネルギースペクトルをもとめることが論文の目的であることが述べられる。

 第1章「地震動エネルギー入力」では、地震エネルギー入力に関する既往の研究を要約すると共に、地震入力エネルギーを求めることの意義について考察し、構造物に対する地震動の荷重効果として地震エネルギー入力が本質的に重要であることを論証し、論文を通して一貫して用いられるエネルギースペクトルを地震エネルギー入力の速度換算値と構造物の1次固有周期との関係として定義し、地震動とエネルギースペクトルの対応関係を明らかにし、論文中に一貫して用いられる、エネルギースペクトルに適合した人工地震波の作成方法を示している。

 第2章「地盤増幅」では、地盤による地震動の増幅特性を定量化し、地盤特性に応じたエネルギースペクトルの推定方法を提案している。

 先ず、地盤増幅に関する既往の研究を概観し、地盤の増幅特性を求める上での重複反射理論の有効性について述べ、次いで地盤増幅を定量化するための方法論を明らかにしている。即ち、地盤の最上層部の花こう岩層を地震基盤として設定し、地震基盤に到達した地震動が、地震基盤から直上の構造物設置点である地表面に到る迄の地震動の増幅特性を一次元波動理論により求めんとするものである。その際、水平地震動はせん断波の伝播として、また、鉛直動は縦波の伝播としてとらえられる。

 地震基盤における地震動は、既往の研究及び、硬質岩盤で得られた地震記録に基づき、一定のエネルギースペクトルを有するものと仮定され、このスペクトルに適合する時刻歴加速度波形が人工地震波として作成される。地盤特性は岩盤と表層地盤に大別して設定され、せん断波速度、縦波速度、減衰定数等が地盤深さに応じて与えられる。増幅特性は、人工地震波を地震基盤に入力し、1次元波動理論により得られる地盤表面、ならびに地表面の地震動のエネルギースペクトル値を基盤入力波のエネルギースペクトル値で除して得られる。即ち、地盤増幅は岩盤、表層地盤により2段階で増幅される。解析は、地盤構成を多様に変化させて行われ、岩盤による増幅特性、表層地盤による増幅特性が各種パラメータと関連づけて詳細に論じられ、各周期に対応する増幅係数の簡易予測式が数値実験式として提案される。

 用いられた手法の妥当性は、過去に得られた三つの地震動記録と、記録が得られた地点における地盤の調査記録に対して、本論文で用いられた手法を適用し、地震動記録のエネルギースペクトルを解析により予測できることを確かめることによって検証している。

 第3章「相互作用」においては、構造物と表層地盤の振動連成による相互作用により、構造物に入力されたエネルギーの一部が地盤に逸散する現象を定量化し、地盤が剛である場合のエネルギー入力と対比することによってエネルギーの逸散効果を地盤特性、構造物の力学的諸元との関係において明らかにしている。

 地盤の特性はせん断波速度で代表させ、構造特性は地盤が剛である場合の周期、形状(高さの幅に対する比)、減衰定数、構造物の地盤への埋込みの有無で代表させている。先ず、文献調査に基づき、相互作用を求めるための手法を概観し、各種解析モデルの中から、質点系モデルであるsway-rocking modelを選び、複素数解析に基づく数値解析により、相互作用を定量化している。

 地表面地動としては、bi-liner型のエネルギースペクトルを設定して、それに適合する人工地震波を作成する。設定したエネルギースペクトルは地盤が剛である場合のエネルギー入力を表現する。地盤特性はせん断波速度に応じて複素バネで表現される。地盤・構造連成系の応答は、人工地震波を構成する各調和波に対する応答の和として求められる。地盤・構造連成系の周期は、地盤が剛な場合の固有周期より長くなり、両者の周期比が相互作用を定量化する際の主要パラメータとなる。一方、エネルギー入力における相互作用の影響は、地盤逸散エネルギーを除いた構造物への実質のエネルギー入力を地盤逸散がない場合のエネルギー入力に対する比である有効エネルギー入力率によってとらえられる。周期比と有効エネルギー入力率との関係が相互作用を端的に表現するものとして定量化され、構造諸元との関係において明確に表現されると共に、周期比の簡易評価式が提案されている。

 第4章「結論」では、3、4章の結論を総合し、基盤における地震動のエネルギースペクトルに地盤による増幅率と、相互作用による有効エネルギー入力率を乗ずることにより、耐震設計用エネルギースペクトルが設定できることを結論づけている。

 以上本論文は耐震設計において基本となる設計用エネルギースペクトルに及ぼす地盤の影響を一貫した解析手法により定量化し、地盤、構造物の主要パラメータとの関係において極めて簡潔な形で設計用エネルギースペクトルの設定を可能とする途を開いたものであり、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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