学位論文要旨



No 111083
著者(漢字) 楊,雪松
著者(英字)
著者(カナ) ヨウ,セッショウ
標題(和) 二次構造物のエネルギースペクトルに基づく耐震設計
標題(洋)
報告番号 111083
報告番号 甲11083
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3327号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,宏
 東京大学 教授 岡田,恒男
 東京大学 教授 南,忠夫
 東京大学 教授 半谷,裕彦
 東京大学 助教授 桑村,仁
内容要旨

 建築構造系内に設置された機器、配管などは地震時に直接地動にさらされるのではなく、主構造物により増幅された振動の下に置かれる。本論文ではこの種の構造物を、地震動を間接的に受けるという意味で2次構造物と呼ぶ。

 五十年代より原子力発電所の建設が行われるようになり、それを契機に機器、配管系の被害例調査が始まって、構造動力学の分野の成果が産業構造物の耐震設計に導入されるようになる。近年、マイクロウェーブ塔、ラジオ塔など、せいが高かったり、重量が大きかったり、あるいは極めて高い場所とか高層建築の屋上に設けられる鉄塔が多くなる。このような現状を背景としてより実際の姿に近いと思われ地震の動的な作用の本質を反映する2次構造物の耐震設計を行う必要性が高まっている。現行の産業構造物の耐震設計は、基本的な方法として建築物の耐震設計法を踏襲し、最大応答を指標として地震の荷重効果を評価している。2次構造物の最大応答は、一様分布に従う地震の位相特性に左右される。それを原因として、2次構造物に対する地震の荷重効果について様々の提案をなさっているが、共通の認識が得られなかった。

 一方、すでに一般建築構造物に対しては、地震によりもたらされるエネルギー入力と構造物のエネルギー吸収能力とを対置させて耐震性を判定する手法は確立されつつある。この手法を2次構造物一般に適用可能なものとすることと、2次構造物の極限耐震設計法を構築することが本研究の目的である。

 本論文は、本文(全5章)と付録(全3項)より構成されている。

 第1章は序論であり、本論文で行った研究の目的及びエネルギー論的耐震設計法の概要を述べるとともに、研究対象とした2次構造物と関連のある主な既往の研究をまとめた。既往の研究については、主に発表された日付の順に従って概論を展開するが、モデルの合理性、実地震記録ないしは人工地震波を用いた時刻歴応答解析法と統計・確立論に基づく直接的なスペクトル解析法の欠点、及び2次構造物に関する研究の新たな動向を論じた。

 第2章では、地震はよる構造系へのエネルギー入力を理論的に誘導することを通じて、弾性振動系のエネルギースペクトルを定式化し、主構造物のエネルギー入力の換算速度スペクトルと2次構造物の換算速度スペクトルとの間に存在する一義的な対応関係を明らかにした。それにより、2次構造物が置かれた主構造物の動的特性(各振動モードの固有周期と刺激係数とモード・ベクトルなど)がわかると、建設用地における設計用地震スペクトルに基づき直接的に2次構造物のエネルギースペクトルを求めることができるようになった。

 また、第2章では、入力地震動の継続時間が卓越周期に比べて十分長い場合には、地震波の位相特性はその地震による非線形性のある構造系へのエネルギー入力に影響を与えないということを指摘し、数学的に証明した。

 尚、理論的に定式化したエネルギー入力スペクトルは弾性振動系に対応するが、塑性化した主構造物に対しては、塑性化の程度を適当な等価減衰に換算すれば、塑性化しない弾性系の場合と同様な方法で2次構造物のエネルギースペクトルを予測することができる。

 第3章では塑性化した2次構造物のエネルギースペクトルと題し、弾性系についてのエネルギースペクトルにより塑性化した2次構造物のエネルギースペクトルを評価することを試みた。扱った復元力特性は、完全弾塑性系とスリップ系と原点指向型の復元力特性の3種類がある。塑性化した2次構造物へのエネルギー入力は、塑性変形の進展に伴って短周期領域において増大し弾性系のエネルギー入力の値を上回ることと、共振領域において単調に減少するということの2点が特徴である。それに応じて、塑性化した系の実質的な振動周期を反映する有効周期、及び共振領域におけるエネルギー入力のレベルについて弾塑性応答解析により考察を行い、評価式を提案した。その結果として、弾性系の2次構造物におけるエネルギースペクトルにより弾塑性型の2次構造物のエネルギースペクトルを定量的に評価し得ることを示した。

 以上のことを踏まえて、地盤種類に対応する2次構造物の設計用標準スペクトルを提案した。

 第4章では、多質点弾塑性型の2次構造物へのエネルギー入力は、剛性分布、質量分布、強度分布に依存せず、もっぱら1次固有周期及び総質量に依存する極めて安定した量であるということを検証した。また、2次構造物の最適せん断力係数分布は1次固有周期に左右されるので、1次固有周期の主構造物の固有周期に対する比T1/TMが2より小さい場合には、主構造物と異なる最適分布曲線を提案した。しかし、2次構造物におけるエネルギーの集中を建築構造物に対する損傷集中則により評価することができる。

 第5章では、本論文全体のまとめとして、研究の結果を述べた上に、エネルギー論に基づく2次構造物の耐震設計法の概要を論述した。

審査要旨

 本論文は「2次構造物のエネルギースペクトルに基づく耐震設計」と題し、5章より成る。

 本論文の対象は、地上に構築される構造物(1次構造物)の上に設置される機器類、塔類の様な構造物(2次構造物)の耐震設計である。1次構造物に対する耐震設計法の一つとして、地震による構造物へのエネルギー入力と構造物のエネルギー吸収能力を対置させて、耐震性を評価するエネルギー論的手法が確立されつつあるが、本論文は、そのエネルギー論的手法を2次構造物に適用することを試みたものである。

 第1章「序論」では本論文の目的を明らかにし、2次構造物の耐震設計に関する従来の研究成果を概観し、一方、1次構造物に対するエネルギー論的耐震設計法の現状を総括し、2次構造物に対する従来の手法の欠陥を明かにし、エネルギー論的手法を2次構造物に拡張することの必要性を強調している。

 第2章「弾性系2次構造物のエネルギースペクトル」では、2次構造物が弾性系である場合の2次構造物へのエネルギー入力をエネルギースペクトルで表現した場合のエネルギースペクトルの導出方法を数学的に論じている。その際、入力地震動の継続時間が卓越周期に比べて十分長い場合には、地震波の位相特性は、何らかの非線形性を持つ現実の構造物のエネルギー入力に殆ど影響を与えないことを数学的に明かにし、この事実に基づき、1次構造物のエネルギースペクトルと、2次構造物のエネルギースペクトルには一義的な対応関係が存在することを見出し、1次構造物のエネルギースペクトルから2次構造物のエネルギースペクトルが容易に導けることを示した。解析の結果は、1次構造物、2次構造物が多自由度系の場合も含めて理論的に定式化され、直接数値計算の結果と比較し、その精度が確かめられている。1次構造物が弾性に留まらず塑性化する場合にも塑性変形の程度を等価減衰に換算することにより、エネルギースペクトルの予測が可能であることが示されている。

 第3章「塑性化した2次構造物のエネルギースペクトル」では、2次構造物が塑性化する場合のエネルギースペクトルを、2次構造物が弾性に留まる場合のエネルギースペクトルとの対比において論じている。2次構造物の塑性化の影響は、塑性化による振動周期の伸び、及び等価減衰の増大としてとらえられる。振動周期の伸びは、塑性変形の進展を尺度として、有効周期として定量化されている。等価減衰も同様に塑性変形量と対応づけられている。

 等価減衰、有効周期を用いることにより、第3章で定式化されたエネルギースペクトルは塑性化する2次構造物に対してそのまま適用できることになる。2次構造物のエネルギースペクトルの極値は1次構造物との共振点に現れる。この極値のみの情報を集めた最悪エネルギースペクトルも定式化され、直接数値解析により予測精度が確かめられている。第3章では、得られた結果を総合して、各種地盤における1次構造物のエネルギースペクトルを提示すると共に、2次構造物の塑性化の様態に対応させて、現実的と考えられる完全弾塑性型、スリップ型、原点指向型の復元力特性に対して、有効周期、等価減衰の評価式を示し、基本的設計資料を提供している。

 第4章「多質点系の2次構造物」では、2次構造物の具体的耐震設計を行うに必要な基本事項を明らかにしている。即ち、1次構造物の場合と同様に、2次構造物へのエネルギー入力は、2次構造物の1次固有周期及び総質量に依存し剛性分布、質量分布、強度分布に依存しないこと、2次構造物が多層構造である場合に、各層の損傷分布を均等にする様な降伏せん断力係数分布(最適降伏せん断力係数分布)が存在するが、最適降伏せん断力係数分布は2次構造物と1次構造物の固有周期の関数となること、2次構造物の強度分布が最適降伏せん断力係数分布からはずれた場合の2次構造物各層への損傷分布は、1次構造物に適用される損傷分布則に基づき予測できること等が数値解析の結果から結論づけられている。

 第5章「結論」では、前4章の内容を総括し2次構造物の耐震設計が1次構造物に適用されるエネルギースペクトル、及び1次構造物の振動特性により直接定まる2次構造物のエネルギースペクトルに基づき、1次構造物と同様になしうることが結論されている。

 以上、本論文はエネルギー論に基づく2次構造物の耐震設計法において、未解決であった、1次構造物のエネルギースペクトルと2次構造物のエネルギースペクトルの対応関係を数学的に解明し、2次構造物の設計に関わる基礎的資料を整備したもので、耐震設計におけるエネルギー論的手法の有効性を飛躍的に高めた研究であり、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク