学位論文要旨



No 111084
著者(漢字) 李,祥浩
著者(英字)
著者(カナ) リ,サンホ
標題(和) 高強度材料を用いた鉄筋コンクリート造内柱・梁接合部の耐震性能に関する研究
標題(洋)
報告番号 111084
報告番号 甲11084
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3328号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 教授 岡田,恒男
 東京大学 教授 半谷,裕彦
 東京大学 教授 南,忠夫
 東京大学 助教授 中埜,良昭
内容要旨

 本研究は、高層鉄筋コンクリート造建物の実用化を念頭に置いて、高強度材料を用いた鉄筋コンクリート造建物における内柱・梁接合部の耐震性能を把握し、合理的な耐震設計法を確立することを目的とした実験的および解析的研究である。

 近年の日本では、鉄筋コンクリート造建物の高層化に伴い、高軸力を受ける部材には高強度コンクリートが、また高配筋となる部材には太径の高強度鉄筋が使用されるようになってきた。このような鉄筋コンクリート造建物の柱・梁接合部では、接合部寸法に比べて、梁曲げ降伏時の接合部への入力せん断応力度や梁主筋の付着応力度のレベルが高くなり、その結果、接合部のせん断破壊あるいは接合部内での梁主筋の付着・定着破壊などの問題が生じる可能性が高くなった。そのため、柱・梁接合部の耐震性能を確保することが重要となっているが、充分な解明にはまだ致っていない。

 そこで本研究では、高強度材料を用いた内柱・梁接合部のせん断性状および接合部内梁主筋の付着性状を調べるための実験的研究を行った。また、高強度材料の構成則を考慮した非線形有限要素解析を行い、接合部の横補強筋量、柱軸力、接合部内梁主筋の付着能力などのパラメータが接合部のせん断強度に与える影響について検討した。これらの実験的研究および解析的研究の検討結果をもとに、終局時のせん断抵抗機構を表すマクロモデルを構築した上で、コンクリートの有効圧縮強度、ストラットの幅および角度を定量化し、それらを用いて接合部のせん断強度式を導いた。さらに、高強度材料までを適用範囲とした内柱・梁接合部のせん断設計法および通し配筋される梁主筋の定着設計法について検討した。

 得られた各章ごとの研究結果を以下にまとめる。なお、本論文は7章より構成される。

 第1章「序論」では、本研究の背景や目的について述べ、本論文で使用する主な用語について定義を行った。また、既往の研究について本研究と関わりのあるつぎの六つのテーマについてまとめた。

 (1)高強度材料の性質に関する研究

 (2)接合部のせん断性状に関する研究

 (3)接合部内梁主筋の付着性状に関する研究

 (4)立体接合部の挙動に関する研究

 (5)柱・梁接合部の有限要素解析に関する研究

 (6)柱・梁接合部の変形性状に関する研究

 第2章「高強度材料を用いた柱・梁接合部のせん断性状」では、高強度材料を用いた柱・梁接合部のせん断性状(特に、せん断終局強度)に関する基礎的な資料を得ることを目的とし、使用材料の強度(普通強度および高強度)や加力方法(一方向加力および二方向加力)をパラメータとした加力実験を行った。その結果、(1)高強度材料(特に、高強度コンクリート)を用いた場合、鉄筋コンクリート造建物の終局強度型耐震設計指針での接合部せん断強度式は過大評価すること、(2)高強度材料を用いた二方向加力を受ける立体柱・梁接合部試験体の実験結果より接合部の入力せん断力を二方向独立に設計しても良いこと、(3)二方向加力の立体接合部試験体における接合部内梁主筋の平均付着応力度は一方向加力を受ける平面接合部試験体の場合と比較して顕著な付着劣化は見られないこと、を指摘した。

 第3章「高強度材料を用いた柱・梁接合部の梁主筋の付着性状」では、高強度コンクリートを用いた柱・梁接合部について、接合部内を通し配筋される梁主筋の付着性状を調べ、付着・定着の設計規定を確立するための基礎的な資料を得ることを目的として、正負交番繰り返し加力実験を行った。その結果、(1)接合部のせん断余裕度が小さい試験体は梁降伏後に接合部中央部での梁主筋の付着劣化により接合部がせん断圧縮破壊すること、(2)接合部中央部での梁主筋の顕著なすべり量の増大と履歴性状のピンチ化は密接な関係があり、良好な履歴特性を得るためには接合部中央部での梁主筋の顕著なすべり量の増大を防ぐ必要があること、(3)高強度材料を用いた場合、層間変形角2%時の2回目に等価粘性減衰定数を10%以上確保するという鉄筋コンクリート造建物の終局強度型耐震設計指針の規定を満足させるのは困難であること、(4)接合部内梁主筋の付着性状は接合部内の外側区間と中央区間が大きく異なり、外側区間での引張時には早期に付着が劣化するが、外側区間での圧縮時および中央区間では付着が良好に維持すること、を指摘した。

 第4章「高強度材料を用いた柱・梁接合部の非線形有限要素解析」では、高強度材料を用いた柱・梁接合部について、柱・梁接合部のせん断強度に及ぼす接合部横補強筋、柱軸力、接合部内梁主筋の付着能力、柱中段筋の影響を把握し、合理的なせん断設計法を導くための基礎的資料を得ることを目的として二次元非線形有限要素解析を行った。その結果、(1)接合部横補強筋が配筋されない場合には脆性的な性状を示すこと、(2)接合部横補強筋比が0.5%程度では柱軸力が接合部のせん断強度に与える影響は小さいこと、(3)柱軸力と接合部パネルで生じるコンクリートの引張主ひずみ度は密接な関係があること、(4)低軸力では接合部横補強筋量の増大とともに接合部のせん断強度が上昇するが、高軸力ではせん断強度の増大が顕著に表われないこと、(5)柱軸力はストラットの幅や角度と密接な関係があるが、接合部のせん断強度との対応は一様でないこと、(6)接合部横補強筋が多いほど、接合部パネルで流れる圧縮主応力度の幅は大きくなること、(7)接合部横補強筋と柱中段筋がない場合の柱軸力は接合部せん断強度の増大に大きく寄与すること、(8)接合部内梁主筋の付着がない場合には付着がある場合よりも、接合部のせん断ひび割れが遅く発生し、接合部のせん断変形角も小さくなること、を指摘した。

 第5章「柱・梁接合部のせん断抵抗機構およびせん断強度式」では、鉄筋コンクリート造内柱・梁接合部のせん断強度式を確立することを目的とし、せん断抵抗機構のモデルおよび簡易な解析方法について検討を行った。接合部のせん断強度式を導くためのせん断抵抗機構モデルは、第4章の非線形有限要素解析から得られた解析結果を参考にし、コンクリート圧縮ストラット機構とトラス機構の共存と仮定した。そのモデルを用いて、接合部横補強筋・柱軸力・接合部内梁主筋の付着能力の相互関係について検討した結果、(1)接合部横補強筋はトラス機構の負担割合と密接な関係があり、接合部パネルで作用する圧縮応力度の減少に大きな役割を果たすが、その効果は接合部内梁主筋の付着能力と柱軸力によって異なること、(2)ストラットの幅や角度は柱軸力に大きく影響を受けること、(3)接合部のせん断強度時の抵抗機構は主にコンクリートの圧縮ストラット機構によること、を示した。また、コンクリートの有効圧縮強度、ストラットの幅および角度の定量化を行った。さらに、接合部のせん断強度をストラット機構の負担分とトラス機構の負担力の和と評価すれば、実験結果と良い対応性が得られることを示した。

 第6章「柱・梁接合部の耐震設計法」では、高強度材料の範囲まで適用できることを目安とし、柱・梁接合部のせん断破壊や接合部内梁主筋の付着・定着破壊を防止するための耐震設計法について検討した。すなわち、(1)柱・梁接合部のせん断設計法、(2)接合部内を通し配筋される梁主筋の定着設計法、(3)接合部内での最少横補強筋量比、を検討した。

 第7章「結論」では、本研究から得られた全体のまとめについて述べた。

 付録1では、普通強度材料を用いた立体柱・梁接合部の二方向加力の影響を検討するための実験結果について簡単に紹介した。

 付録2では、高強度材料を用いた平面柱・梁接合部の通し配筋される梁主筋の付着性状を検討するための実験結果について簡単に紹介した。

 付録3では、本研究での柱・梁接合部のせん断設計法および通し配筋される梁主筋の付着・定着設計法に使用した試験体のリストを示した。

 付録4では、第4章の非線形有限要素解析で用いた解析対象の柱・梁接合部モデルを変えて、コンクリート圧縮強度、接合部横補強筋、柱軸力、柱中段筋、梁幅のパラメータが柱・梁接合部のせん断強度に及ぼす影響を調べるための解析結果を簡単に紹介した。

審査要旨

 本論文は、「高強度材料を用いた鉄筋コンクリート造内柱・梁接合部の耐震性に関する研究」と題し、全7章から成る。鉄筋コンクリート造建築構造物に高強度材料を使用すると、部材断面を小さくでき、柱と梁の交差部(柱梁接合部)の耐震性に関わる問題が予想されるので、柱梁接合部について実験および解析手法により検討し、耐震性能を保証する設計法を提案している。

 第1章「序論」では、日本および外国の柱梁接合部に関する耐震設計規定が異なることを指摘し、数多くの研究にも拘らず、柱梁接合部の耐震設計の方法が確立されていない現状を述べ、本論文の目的は高強度材料を用いた鉄筋コンクリート造建物の内柱梁接合部に関する合理的な設計法を確立することとしている。また、高強度材料の性質、接合部の特性、解析的手法に関する既往の研究について調査した結果を述べている。

 第2章「高強度材料を用いた柱・梁接合部のせん断性状」では、柱梁接合部の主要な破壊形式であるせん断破壊に関する基礎的な資料を得ることを目的とし、材料の強度および加力方向の影響を実験的に検討している。その結果、接合部のせん断強度はコンクリート強度とともに増大するが、コンクリート強度が大きくなるに従いその増大割合が低下することを明らかにしている。また、水平地震力に対する柱梁接合部の設計では、直交方向の地震力の影響を無視してもよいことを示している。

 第3章「高強度材料を用いた柱・梁接合部の梁主筋の付着性状」では、内柱梁接合部の挙動を支配する梁主筋の接合部からの抜け出し性状を実験的に検討している。その結果、梁主筋の抜け出しによる柱梁接合部の履歴特性は接合部中央部における梁主筋の付着すべりが大きく寄与すること、せん断強度と梁主筋の付着すべりの相関が大きいこと、を明らかにしている。

 第4章「高強度材料を用いた柱・梁接合部の非線形有限要素解析」では、柱梁接合部に2次元非線形有限要素解析方法を適用する妥当性を検証した後、接合部のせん断補強筋、柱軸力、梁主筋の付着強度、柱主筋の配筋などを変数とした解析を行い、それぞれの変数が接合部のせん断ひび割れ強度、せん断強度、せん断変形に及ぼす影響を詳細に検討している。

 第5章「柱・梁接合部のせん断抵抗機構およびせん断強度式」では、第4章の解析結果に基づき柱梁接合部のせん断抵抗機構を表わすマクロ・モデルとして、コンクリート圧縮束機構と横補強筋によるトラス機構を取り上げ、それぞれの機構の特性を定量的に評価する方法を提案し、マクロ・モデルが実験による接合部せん断耐力とよく適合することを示している。

 第6章「柱・梁接合部の耐震設計法」では、地震時に鉄筋コンクリート造建物で柱梁接合部がせん断破壊および梁主筋の過度の付着すべりを起さないための設計法を提案している。すなわち、柱梁接合部のせん断強度評価式を提案し、2方向地震力が同時に作用する効果は小さいことを明らかにし、脆性的な破壊を起こさせない最少せん断補強筋比を提案している。梁主筋が接合部内で過度にすべり変形を生じさせない条件として、内柱接合部を通し配筋する梁主筋の径と強度、柱の幅、コンクリート強度の関係を表す定着設計式を提案している。

 第7章「結論」では、本研究から得られた成果をまとめている。

 以上を要するに、本論文は精度の高い実験的研究と非線形有限要素法を用いた詳細なパラメトリック解析により、高強度材料を用いた鉄筋コンクリート造建物における柱と梁の接合部の耐震安全性を確保するための設計法を提案するもので、建築構造学に対する貢献が極めて大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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