本研究は、高層鉄筋コンクリート造建物の実用化を念頭に置いて、高強度材料を用いた鉄筋コンクリート造建物における内柱・梁接合部の耐震性能を把握し、合理的な耐震設計法を確立することを目的とした実験的および解析的研究である。 近年の日本では、鉄筋コンクリート造建物の高層化に伴い、高軸力を受ける部材には高強度コンクリートが、また高配筋となる部材には太径の高強度鉄筋が使用されるようになってきた。このような鉄筋コンクリート造建物の柱・梁接合部では、接合部寸法に比べて、梁曲げ降伏時の接合部への入力せん断応力度や梁主筋の付着応力度のレベルが高くなり、その結果、接合部のせん断破壊あるいは接合部内での梁主筋の付着・定着破壊などの問題が生じる可能性が高くなった。そのため、柱・梁接合部の耐震性能を確保することが重要となっているが、充分な解明にはまだ致っていない。 そこで本研究では、高強度材料を用いた内柱・梁接合部のせん断性状および接合部内梁主筋の付着性状を調べるための実験的研究を行った。また、高強度材料の構成則を考慮した非線形有限要素解析を行い、接合部の横補強筋量、柱軸力、接合部内梁主筋の付着能力などのパラメータが接合部のせん断強度に与える影響について検討した。これらの実験的研究および解析的研究の検討結果をもとに、終局時のせん断抵抗機構を表すマクロモデルを構築した上で、コンクリートの有効圧縮強度、ストラットの幅および角度を定量化し、それらを用いて接合部のせん断強度式を導いた。さらに、高強度材料までを適用範囲とした内柱・梁接合部のせん断設計法および通し配筋される梁主筋の定着設計法について検討した。 得られた各章ごとの研究結果を以下にまとめる。なお、本論文は7章より構成される。 第1章「序論」では、本研究の背景や目的について述べ、本論文で使用する主な用語について定義を行った。また、既往の研究について本研究と関わりのあるつぎの六つのテーマについてまとめた。 (1)高強度材料の性質に関する研究 (2)接合部のせん断性状に関する研究 (3)接合部内梁主筋の付着性状に関する研究 (4)立体接合部の挙動に関する研究 (5)柱・梁接合部の有限要素解析に関する研究 (6)柱・梁接合部の変形性状に関する研究 第2章「高強度材料を用いた柱・梁接合部のせん断性状」では、高強度材料を用いた柱・梁接合部のせん断性状(特に、せん断終局強度)に関する基礎的な資料を得ることを目的とし、使用材料の強度(普通強度および高強度)や加力方法(一方向加力および二方向加力)をパラメータとした加力実験を行った。その結果、(1)高強度材料(特に、高強度コンクリート)を用いた場合、鉄筋コンクリート造建物の終局強度型耐震設計指針での接合部せん断強度式は過大評価すること、(2)高強度材料を用いた二方向加力を受ける立体柱・梁接合部試験体の実験結果より接合部の入力せん断力を二方向独立に設計しても良いこと、(3)二方向加力の立体接合部試験体における接合部内梁主筋の平均付着応力度は一方向加力を受ける平面接合部試験体の場合と比較して顕著な付着劣化は見られないこと、を指摘した。 第3章「高強度材料を用いた柱・梁接合部の梁主筋の付着性状」では、高強度コンクリートを用いた柱・梁接合部について、接合部内を通し配筋される梁主筋の付着性状を調べ、付着・定着の設計規定を確立するための基礎的な資料を得ることを目的として、正負交番繰り返し加力実験を行った。その結果、(1)接合部のせん断余裕度が小さい試験体は梁降伏後に接合部中央部での梁主筋の付着劣化により接合部がせん断圧縮破壊すること、(2)接合部中央部での梁主筋の顕著なすべり量の増大と履歴性状のピンチ化は密接な関係があり、良好な履歴特性を得るためには接合部中央部での梁主筋の顕著なすべり量の増大を防ぐ必要があること、(3)高強度材料を用いた場合、層間変形角2%時の2回目に等価粘性減衰定数を10%以上確保するという鉄筋コンクリート造建物の終局強度型耐震設計指針の規定を満足させるのは困難であること、(4)接合部内梁主筋の付着性状は接合部内の外側区間と中央区間が大きく異なり、外側区間での引張時には早期に付着が劣化するが、外側区間での圧縮時および中央区間では付着が良好に維持すること、を指摘した。 第4章「高強度材料を用いた柱・梁接合部の非線形有限要素解析」では、高強度材料を用いた柱・梁接合部について、柱・梁接合部のせん断強度に及ぼす接合部横補強筋、柱軸力、接合部内梁主筋の付着能力、柱中段筋の影響を把握し、合理的なせん断設計法を導くための基礎的資料を得ることを目的として二次元非線形有限要素解析を行った。その結果、(1)接合部横補強筋が配筋されない場合には脆性的な性状を示すこと、(2)接合部横補強筋比が0.5%程度では柱軸力が接合部のせん断強度に与える影響は小さいこと、(3)柱軸力と接合部パネルで生じるコンクリートの引張主ひずみ度は密接な関係があること、(4)低軸力では接合部横補強筋量の増大とともに接合部のせん断強度が上昇するが、高軸力ではせん断強度の増大が顕著に表われないこと、(5)柱軸力はストラットの幅や角度と密接な関係があるが、接合部のせん断強度との対応は一様でないこと、(6)接合部横補強筋が多いほど、接合部パネルで流れる圧縮主応力度の幅は大きくなること、(7)接合部横補強筋と柱中段筋がない場合の柱軸力は接合部せん断強度の増大に大きく寄与すること、(8)接合部内梁主筋の付着がない場合には付着がある場合よりも、接合部のせん断ひび割れが遅く発生し、接合部のせん断変形角も小さくなること、を指摘した。 第5章「柱・梁接合部のせん断抵抗機構およびせん断強度式」では、鉄筋コンクリート造内柱・梁接合部のせん断強度式を確立することを目的とし、せん断抵抗機構のモデルおよび簡易な解析方法について検討を行った。接合部のせん断強度式を導くためのせん断抵抗機構モデルは、第4章の非線形有限要素解析から得られた解析結果を参考にし、コンクリート圧縮ストラット機構とトラス機構の共存と仮定した。そのモデルを用いて、接合部横補強筋・柱軸力・接合部内梁主筋の付着能力の相互関係について検討した結果、(1)接合部横補強筋はトラス機構の負担割合と密接な関係があり、接合部パネルで作用する圧縮応力度の減少に大きな役割を果たすが、その効果は接合部内梁主筋の付着能力と柱軸力によって異なること、(2)ストラットの幅や角度は柱軸力に大きく影響を受けること、(3)接合部のせん断強度時の抵抗機構は主にコンクリートの圧縮ストラット機構によること、を示した。また、コンクリートの有効圧縮強度、ストラットの幅および角度の定量化を行った。さらに、接合部のせん断強度をストラット機構の負担分とトラス機構の負担力の和と評価すれば、実験結果と良い対応性が得られることを示した。 第6章「柱・梁接合部の耐震設計法」では、高強度材料の範囲まで適用できることを目安とし、柱・梁接合部のせん断破壊や接合部内梁主筋の付着・定着破壊を防止するための耐震設計法について検討した。すなわち、(1)柱・梁接合部のせん断設計法、(2)接合部内を通し配筋される梁主筋の定着設計法、(3)接合部内での最少横補強筋量比、を検討した。 第7章「結論」では、本研究から得られた全体のまとめについて述べた。 付録1では、普通強度材料を用いた立体柱・梁接合部の二方向加力の影響を検討するための実験結果について簡単に紹介した。 付録2では、高強度材料を用いた平面柱・梁接合部の通し配筋される梁主筋の付着性状を検討するための実験結果について簡単に紹介した。 付録3では、本研究での柱・梁接合部のせん断設計法および通し配筋される梁主筋の付着・定着設計法に使用した試験体のリストを示した。 付録4では、第4章の非線形有限要素解析で用いた解析対象の柱・梁接合部モデルを変えて、コンクリート圧縮強度、接合部横補強筋、柱軸力、柱中段筋、梁幅のパラメータが柱・梁接合部のせん断強度に及ぼす影響を調べるための解析結果を簡単に紹介した。 |