学位論文要旨



No 111085
著者(漢字) 李,威儀
著者(英字)
著者(カナ) リ,ウェイ
標題(和) 都市空間のなかの居場所に関する研究
標題(洋)
報告番号 111085
報告番号 甲11085
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3329号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,鷹志
 東京大学 教授 原,広司
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 藤井,明
内容要旨

 本研究は,都市空間における「居場所」のあり方について考察することを意図した研究である。現代の都市生活にとって,公共的外部空間の機能は,単なる建物の間の隙間や,防災・交通だけではなく,都市の居住者の日常生活に応じる連動・休暇・他の利用者とのコンタクトや出来事の場所などとしても考える必要があると思う。現在に至るまで,様々な視点から公共的外部空間に関する研究が続けられているが,具体的な公共的外部空間での居方・社会的コンタクトやコミュニケーションなどの分析は,今までの研究ではまだ不十分であると思われる。本研究は居方・社会的コンタクトやコミュニケーションの質などの要素に着目して,日常生活に適合した「居場所」としての公共的外部空間の成立する条件を明らかにすることを目的としている。

 研究の調査対象としは,まず東京と台北の都市の住宅地に立地し,市民の日常生活によく利用されている「場所的広場」と認められる寺社の境内(根津神社・台北市保安宮)及び都市計画上の近隣公園(大塚公園・台北市興隆公園)をとりあげ,利用の実態・アンケート及びディープ・インタビューなどの調査を行い,それぞれの「居場所」としての公共的外部空間の持つ意味を明らかにする。続いて都心の住・商混合の古い街に立地している観光名所且つ信仰中心となる龍山寺の調査・分析を通して,「居場所」の成立する条件を考察する。さらにパリ・サンフランシスコとニューヨークの都市空間の利用のされ方を参考事例として考察し,東京と台北の他の公共的外部空間の一般の利用状況の分析を通して,都心の「居場所」としての公共的外部空間を支える成立条件や実際的な利用の特質を考察する。

 つまり,本研究は異なる文化を持つ社会の都市のなかの様々な公共的外部空間を研究の対象として,調査や比較分析により,都市の中の公共的外部空間の機能・利用のされ方・様々な利用者にとっての意味などの解明を通して,公共的外部空間を居場所とする特質や計画の指針を見い出すことを目的とする。

 主な研究対象としての日・台の住宅地の公共的外部空間の利用のされ方における差異は,社会的或いは文化的な差異(生活のリズム・人間関係についての考え方・集団活動の包容力など)によって起こることが多い。日本の神社や台湾の寺院はもちろん信仰や宗教の役割が大切なことが分かる。しかし,東京と台北の神社や寺院の境内は,近所の居住者や勤務者にとって,公園や広場のような公共的外部空間と同様に日常生活のなかで自由に利用できる・滞在できる場所となっている。すなわち神社や寺院の境内は,日常生活のなかの居場所としての重要性を持っていることが示されている。

 東京の住宅地の公共的外部空間は,子供を遊ばせるために利用するのが最多,次に散歩や休憩となる。はっきりした利用の目的を持っていて昼間の11:00AM〜4:00PMに利用する人が多い。週2・3回以上の習慣的な利用者は全て近所からで(最大800mまで),多数は顔なじみがいて,約30%は日に2回の利用となる。必ず空間利用の規則(禁止事項を含む)を明記して掲示する。利用者は規則に従って利用行動を行うことが多く,かつスポーツあるいは子供の遊びの道具以外は,既設のセッティングを利用して行動を行う。他者とのコンタクトについては,同じグループに属するメンバーや同質の利用者と会話や交流を行う例が多く,初めてあった人との会話もあるが,その相手も同質の人のほうが多い(特に子連れの主婦や夫婦の間)。会話の内容は「挨拶」程度までが多く,主婦のグループなら「家庭・家族のこと」が主要な話題となる。同一公園あるいは境内で,活動集団の数や類型は共に少なく,排他的な性格を持っているものが殆ど(ラジオ体操が例外)で,集団の間では接触しない無関係の状態であり,利用者は単一の集団までに参加することが多い。つまり,東京の住宅地の公共的外部空間は,他者と活発に交流する場所ではなく,利用者(個人からグループまで)自身の主な利用目的を満足させるための場所と考えられる。

 台北の住宅地の公共的外部空間については,運動のために利用するのが最も多く,次に散歩や休養・子供を連れてくるための順である。数多くの利用者は複数の利用目的を持っていて早朝5時台から夜6・7時台まで,多様な活動に利用されている。46歳以上の利用者が多く,女性が男性より多い。週2・3回以上の習慣的な利用の利用者は90%以上近所からで(最大1kmまで),集団活動に参加するために,毎日4km程離れているところからの人もいる。その内,多数は顔なじみがいて,かつ約半数の利用者は日に2回以上の繰り返しの利用となる。運営とセッティングの特質について,全く空間利用の規則(禁止事項や利用規則)を明確にしていない。利用者は自発的に利用のルールを調整し行動を行う。あらかじめ設置されたテーブルやベンチとは別に,集団活動に必要や便利のため,多くの利用者は私有の家具(椅子・ソファー・机など)や道具(将棋の盤・カラオケカセット・ガスストーブや茶具など)を公園や寺院の境内に持ち込んで,希望したセッティングをつくって活動を行う。

 他者と多様なコンタクトのきっかけがあり,同じグループや活動集団に属するメンバーに限らず,会った顔なじみや会話中の各年齢層かつ異質の利用者と30分〜1時間以上の会話や交流を行うことが珍しくない。初めてあった人との会話は,殆ど外からの利用者への現場に関する案内や説明である。長時間の会話を支えるのは,利用者自身の強い交流の希望を持っているや幅広い話題(「家庭・家族のこと」から,「レジャーやスポーツ」・「健康法」,社会的・国際的や政治的な内容までの各レベルのこと)が活発に討論・議論されている。また同一公園あるいは境内で,活動集団の数や類型共に多く,排他的な性格でないものが多い。随時生まれた活動や会話の集団はもちろん,会員制のフォーマルな団体であってもメンバー以外に対しても完全に開放する(会費を払わなく,会員の申込もせず,常時に活動に参加しても大丈夫)ものが少なくない。集団の間で自然に空間の利用のルールを調整しトラブルは起こっていない。利用者は終日公園や境内を巡って複数の集団に参加することが多い。また集団活動の参加を通して,参加者自身は社会的コンタクトが拡大されているだけではなく,お互いの家族の間もこれを接触のきっかけとして交流を始める。

 つまり,台北の住宅地の公共的外部空間は,利用者(個人からグループまで)自身の主な利用目的(運動・休養・集団活動の参加など)を満足させるほか,他者と活発に交流でき,かつ幅広い情報を交換できる開放的な場所と考えられる。日本の二事例のような子供を遊ばせる或いは患者の付き添いという連れてくる人々のために公共的外部空間を訪れてくる利用ではなく,台湾の利用者は自身の目的を持って利用することが多い。また集団活動が重要な意味を持っていることやコミュニケーションの深さや広さを持っていることが,東京の事例との最大の差異を示している。

 住宅地と都心に立地している日常生活に適合した居場所としての公共的外部空間の特質は,時間的要素(利用時間帯と滞在時間,利用圏),場所的要素(場所自身の持つ意味,物的環境の適切さ,利用者を満足させるセッティング)、人間的要素(利用者の構成,集団活動,他者とのコンタクト),人間-環境的要素(行動セッティングの形成と分布,空間秩序の調整)や,その他の要素(管理と運営,利用者自身の利用の意識,アフォーダンス効果)をまとめて論じた。

 これらの考察を通して,公共的外部空間における計画や評価の基礎としての事項を把握する道を模索したものもいえる。

 在来の外部空間に関する論議が景観・空間形態や都市計画による用地の構成などが中心であったのに対し,本研究は人間の「居場所」としての観点から考察するために,行動観察や利用者に対する調査の内容の多様性(一般的な利用状況から,利用者の使い分け,活動集団の性格や具体的な活動の内容,個人の集団活動への参加状況や他者とのコンタクトとコミュニケーションを行うきっかけ,及びそれらの質に関すること)を始め,居方・コミュニケーションの質や集団活動の性格や社会的コンタクトなどの分析が新しい試みである。「居場所」に関する研究の枠組みや研究手法を提供したと同時に,今までの考察より居場所としての公共的外部空間の特質を,環境・人間・人間-環境にわたって分析した。

 「居場所」に関する要因のさらに詳しい検証,それらの研究結果を公共的外部空間の計画論を支えるためには,都市のなかの他の外部空間を研究対象として,要素の抽出や様々な居場所の成立条件の解明は,今後続けられるべきる研究課題である。

 ここまでの考察により,主な研究対象である東京と台北の公共的外部空間の現状に対して,できる限り提言を試みる。

 まず東京の外部空間について,(1)多様な居方や行動セッティングを許容する設計を求めること,(2)ポッジティブな管理や運営を行うこと,(3)利用者の利用の意識を解放することは,公共的外部空間の質や利用者の日常生活の体験を増上することができる鍵と考えられる。

 台湾の公共的外部空間においては,数量的な計画のことを始め,設計や管理などの各分野において,様々な問題が残されている。計画の適切さや徹底的に計画を実施することが大きな問題であろう。居場所としての観点に着眼すると,集団活動の大切な役割を持つことが,台湾の公共的空間の魂と考えられる。今後も集団活動がうまく続くかどうかは,公共的空間の成敗の重要な点であろう。また利用者の自発的な利用を中心とした時の利用状況をこおける公共的秩序の調整に関することも,今後注意しなければいけないものである。

審査要旨

 本論文は、東京・台北・パリ・サンフランシスコ・ニューヨークなど大都市の公共的外部空間、即ち広場・社寺境内・公園などの使われ方(居方)調査-外部空間での人びとの時間の過ごし方、相互の関係のとり方などを総称して居方という-を基にして、外部空間における行動様式の比較文化的観点から分析を加え、市民や来訪者から親しまれ、活発に利用されるような公共的外部空間の在り方を論じたものである。

 論文は序章・4章・終章からなる。

 序章は研究の背量・目的・方法の概要、更に既往研究のレビューによって本研究の独自性を述べている。即ちR・バーカーの行動場面理論を発展させ、多様な目的や動機によって公共的外部空間を訪れた個人やグループが相互に独立してあるいは影響を及ぼしあいながら、一時を過ごすことのできるような物理的・対人的・社会文化的環境条件を導く理論体系の枠組を述べている。

 第1章・第2章は本論の理論体系の考察の基礎となる公共的外部空間の実態を明らかにした観察・質問調査の記述と分析に割り当てられている。まず第1章では、東京・台北の住宅地にある社寺・近隣公園における居方調査の結果をまとめている。日本ではスポーツ・散策(特に子供連れの主婦)など特定の利用者層、行為に限定されているのに対し、台湾では日本の教育・文化などのコミュニティ施設内部で見られる種々の活動が、外部化され活発に行われていることを明らかにしている。

 第2章では、前章のケース・スタディに取り上げられた公共的外部空間を都心に立地する著名な対象に広げて行った調査の結果を報告している。台北では観光の名所でもあり、市民の信仰や日常的利用の場を兼ね備えている龍山寺の来訪者に対するインタビュー、行動観察を基に、人びとの多様な居方を描き出している。さらにこの結果を比較考察するために行った各都市の調査結果と分析をまとめている。パリ市の中心部の6つの広場・公園の利用様態、市民の生活実態のヒアリングによるデータ収集と考察、サンフランシスコ、マンハッタン夫々の2つの広場、東京の公開空地として設けられた数ケ所の広場、台北市内の2つの広場の調査結果をまとめている。各都市の利用特性、各文化が保持している共通点と差異点を明らかにしている。個人が静かに時を過ごすことのできる西欧の広場、集団の離合を伴った活発な行動が行われる台湾の広場、催し物によって活性化される日本の広場という性格の違いを指摘している。

 第3章は、以上の実態調査の分析を基礎として、本研究で分析の単位とした居場所、居方、セッティング、行動場面という概念に定義を与え、それらを用いて改めて日本・台湾の公共的外部空間の比較文化的考察を行っている。特にグループ的行動場面における、コミュニケーションの質やグループの他者に対する開放性・閉鎖性などの側面から、公共的外部空間が市民の社会的接触の場としてどのような役割を担っているかを分析している。その結果、台北の保安宮と興隆公園とがその機能的性格は異にするものの、そこに滞留している集団の開放性や滞留時間の固定性の何れにおいても異なった性格を持つ多様な利用類型がみられるのに対し、東京の根津神社と大塚公園においては集団の性格や類型の種類が少ないことを見出している。この知見はこれまでの外部空間の国際比較研究において指摘されていなかった文化的差異に光を当てた貴重な成果といえる。

 第4章では都心あるいは住宅地の公共的外部空間に対する第1章・第2章の調査結果を基に住民の日常的利用に資する為の条件を整理している。利用のされ方に影響する要因を(1)時間的、(2)場所的、(3)人間的、(4)人間-環境的、(5)マネージメント・意識的の5つの側面からまとめている。これは各都市が文化的な条件を保待しながら自らの将来の公共的外部空間を計画する際の指針を提供するものである。

 終章では、改めて各章の結論を簡潔にまとめている。更に日本並びに台湾の公共的外部空間についての提言を行っている。日本に対しては、空間を所与の条件として住民に与えるという一方的設計ではなく、多様な居方や行動場面を住民自ら提案していく、参加型の計画プロセスや管理・運営の必要性を説いている。台湾については、これまでの自然発生的な活発な利用を継承することが大事であり、西欧的美しさなどの単なる形態の模倣に陥ることに警鐘をうながしている。

 以上、要するに本論文は都市の公共的外部空間の比較文化的な評価方法の途を拓いたものであり、従来の空間の形態・規模などに偏った評価基準を見直し、文化的特性を継承しつつ、より豊かな環境にしていく方法を肌理細かい、丹念なフィールドサーベイによって提案したものである。この成果は現実の外部空間の計画・設計・評価に寄与するものところが大きく、建築・都市計画学の研究方法としても価値の高いものである。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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