学位論文要旨



No 111086
著者(漢字) 浦瀬,太郎
著者(英字)
著者(カナ) ウラセ,タロウ
標題(和) 膜分離プロセスでのウイルス除去性能に関する研究
標題(洋)
報告番号 111086
報告番号 甲11086
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3330号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山本,和夫
 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 大垣,真一郎
 東京大学 助教授 中尾,真一
 東京大学 助教授 滝沢,智
内容要旨

 水処理においてその原水とするものにはヒト由来の汚染物質を含む場合がある。このような場合、処理水の微生物学的安全性は、第一に重要であると考えられる。したがって、浄水・下水での膜分離技術の適用事例が増えつつある現在、膜によるウイルスの阻止は重要な研究課題である。

 本研究では、精密ろ過膜,限外ろ過膜,低圧逆浸透膜の27種のウイルス阻止性能をバクテリオファージQ,MS2,T4をモデルウイルスとして用いて調べた。バクテリオファージを用いることにより高阻止率の領域での定量的議論が可能となった。

 精密ろ過膜,限外ろ過膜,低圧逆浸透膜の試験した膜では、図に示したように緩衝液にウイルスを懸濁させたケースで全ての膜でQのリークを定量的に検出できた。限外ろ過膜及び低圧逆浸透膜の対数阻止係数(透過率の常用対数にマイナス1を掛けたもの)は、3〜6の範囲にある膜が多かった。精密ろ過膜の場合、その公称孔径に対応して阻止率がほとんど0である膜と対数阻止係数7以上の膜に二分された。MS2の阻止率はQと同様かやや大きめ、T4の阻止率は、Qの阻止率に比べて同様の膜とかなり大きく測定された膜とがあった。T4は、一部の膜では完全に阻止されたが、これはT4が80nm以上の大きさを持ちQよりも大きいことに起因していると思われる。

図-各膜の対数阻止係数(=2は99%の阻止率,=5は99.999%の阻止率を示す)

 本研究で用いた膜の中で唯一Qを完全に阻止した膜は、限外ろ過膜の指型構造に見られるような膜厚方向の急激な細孔径変化を伴う膜ではなく、スキン層から支持層に緩やかに移る構造の精密ろ過膜であった。このような構造が平均的な孔径では限外ろ過膜よりも大きいにもかかわらず、ウイルスを確実に阻止しろ過抵抗の上昇を抑えることを可能にしていると考えられた。阻止率の面では十分な性能を持つ陽極酸化膜やヌクレポアー膜は、フラックスが小さく、水処理で用いるには改良が必要であると考えられた。

 次に水処理で阻止率に特に影響を及ぼしていると考えられる水中懸濁物質の影響を検討した。河川水など環境水のろ過では、膜面にウイルス阻止性の堆積層ができ、阻止率は時間とともに急上昇した。

 膜モジュールとしての見かけの阻止率から膜自身の真の阻止率を知るためにウイルス粒子の濃度分極現象についてQを例として流速変化法による実験を行い、層流でのLeveque式、乱流でのDittus-Boelter式と比較した。その結果、平膜を用いた実験で、流速変化法による物質輸送係数kの推算値は、Leveque式で与えられる値よりも4倍以上大きかった。そこで、境界層中の拡散方程式の数値解を得る方法で濃度分極のシミュレーションを行った。その結果、フラックスが物質移動係数に大きく影響し、反面、膜面流速の物質移動係数への影響は小さくなることがわかった。濃度分極の計算の結果、真の阻止率は見かけの阻止率に比べ対数阻止係数で1〜3大きく計算された。限外ろ過膜のQ対数阻止係数は、見かけの阻止率で3〜6の範囲にあるものが多いが、真の阻止率では、4〜9となった。

 次に、限外ろ過膜のウイルスリークに関してその原因を追究した。

 Qのリボヌクレアーゼ感受性および2段ろ過実験から透過液中に含まれるQが小型である証拠はなかった。ウイルスは固い殻に包まれ膜面での変形能力を有していないことを考えるとウイルスにリークの原因を求めることはできない。また、モジュールからのリークについては、多くのモジュール型でリークが認められることから考えにくい。よって、膜そのものにリークの原因があることが推定された。しかも、ディスクホルダータイプのディスポーザブル限外ろ過膜でもリークが確認されたことから、膜装着時に生じる可能性のある膜面の傷がリークの一般的原因ではないことがわかった。

 そこで、対数正規分布の細孔径分布を膜のポリエチレングリコール分画データにあてはめ、Qの阻止率を説明できるかどうかを検討した。その結果、対数正規分布では、Qの阻止率を高めに算定することがわかった。

 ポリエチレングリコール阻止率(分画分子量)とQ阻止率との間に明確な相関がないこと、また、一部の膜では大型ウイルスであるT4の阻止率とQの阻止率が大差ないことも考えあわせると、膜には、主な細孔径分布に属する細孔の他に異常に大きい細孔がわずかながら存在することが示唆された。本実験で用いた膜のうち1種類を例に取ると、異常細孔の孔径は50nm、その存在数は、106pores/m2程度と思われ、10億分の1個の細孔が欠陥であるためにウイルスが透過したものと考えられた。スキン層構造(非対称構造)の限外ろ過膜,低圧逆浸透膜では、異常細孔が不可避であり、異常細孔は通常の細孔の大きさとは関係ないため、これらの膜ではウイルス阻止の目的で分画分子量の小さい、あるいは脱塩率の大きい膜を選定する意味がないことがわかった。

 以上、本研究ではウイルス阻止率を精密ろ過膜,限外ろ過膜,低圧逆浸透膜について調べ、ウイルスの阻止を加味する場合の水処理での膜の選択法を明らかにした。その結果からコロイド領域の粒子の輸送現象,限外ろ過膜のこれまで知られていなかった異常細孔の存在について明らかにした。

審査要旨

 都市の中での新たな水資源の開発は、地下水の涵養と適正な利用、下水処理水の再利用、或いは河川を経由した水の循環利用を含めて、様々な形で試みられてきている。その場合、上水或いは親水用水等の原水にヒト由来の汚染物質が含まれることはある程度避けられず、確実な水処理により微生物学的安全性を保つことが特に重要となる。膜分離プロセスは、その点で、細菌の除去のみならずウイルスの除去に関しても信頼性の高い水処理単位操作となり得るものであり、注目に値する技術である。しかし、特にウイルスの除去に関して、基礎的知見が不足している。

 本研究は、「膜分離プロセスでのウイルス除去性能に関する研究」と題し、精密ろ過膜,限外ろ過膜,低圧逆浸透膜の27種のウイルス阻止性能をバクテリオファージQ,MS2,T4をモデルウイルスとして用いて詳細に調べ、高阻止率の領域での膜分離性能に関する定量的評価に成功し、水処理におけるウイルス阻止性から見た膜の選定方法に、指針を与えたものである。

 第1章は、研究の背景と目的および研究の概要が述べられている。

 第2章では、膜分離プロセスに関する文献的整理と、既往のウイルス除去に関する報告をまとめている。

 第3章では、本研究に用いた実験装置を記述し、さらに供試膜のキャラクタリゼーションを、走査電子顕微鏡写真やバブルポイント法或いは分画特性試験により行い、分離膜の基本性能を明らかにしている。

 第4章では、分離膜のウイルス阻止性能の評価を行い、阻止率に影響する因子について検討している。主要な知見は以下にまとめられる。精密ろ過膜,限外ろ過膜,低圧逆浸透膜の殆ど全ての膜サンプルで、Qのリークを検出した。このように広範囲の膜にわたってウイルスのリークを精度高く定量化できたことは、本論文の大きな成果である。限外ろ過膜及び低圧逆浸透膜の対数阻止係数(透過率の常用対数にマイナス1を掛けたもの)は、3〜6の範囲にある膜が多かった。精密ろ過膜の場合、その公称孔径に対応して、阻止率がほとんど0である膜と対数阻止係数7以上の膜に二分された。MS2の阻止率はQと同程度かやや大きめ、T4の阻止率は、Qの阻止率に比べて同程度の場合とかなり大きい場合があった。T4は、一部の膜では完全に阻止されたが、これはT4が80nm以上の大きさを持ちQよりも大きいためである。

 さらに河川水など環境水のろ過では、膜面にウイルス阻止性の堆積層ができ、阻止率は時間とともに急上昇することを示している。

 第5章では、ウイルス粒子の濃度分極現象を解析し、膜の真の阻止率の推定を限外濾過膜を例として行っている。Qを用い流速変化法による実験を行い、境界層中の拡散方程式の数値解を得る方法で濃度分極のシミュレーションを行った結果、フラックスが物質移動係数に大きく影響し、反面、膜面流速の物質移動係数への影響は小さくなることを明らかにしている。濃度分極の計算の結果、真の阻止率は見かけの阻止率に比べ対数阻止係数で1〜3大きくなると推定している。すなわち限外ろ過膜のQの真の阻止率は、対数阻止係数で4〜9となることを明らかにしている。

 第6章では、限外ろ過膜のウイルスリークに関してその原因を論証している。2段ろ過実験から透過液中に含まれるQが小型である可能性が小さいことを示した後、ウイルスは変形能力を有するとは考え難いこと、またモジュールからのリークについては否定されることから、膜そのものにリークの原因があるとしている。しかも、ディスクホルダータイプのディスポーザブル限外ろ過膜でもリークが確認されたことから、膜装着時に生じる可能性のある膜面の傷がリークの一般的原因ではないことも示している。そこで、対数正規分布の細孔径分布を膜のポリエチレングリコール分画データにあてはめ、Qの阻止率を説明できるかどうかを検討した結果、対数正規分布では、Qの阻止率を高めに算定することが示され、ポリエチレングリコール阻止率(分画分子量)とQ阻止率との間に明確な相関がないこと、また、一部の膜では大型ウイルスであるT4の阻止率とQの阻止率が大差ないこともから、膜には、主な細孔径分布に属する細孔の他に異常に大きい細孔がわずかながら存在すると結論している。また本論文で用いた膜のうち1種類を例に取り、異常細孔の孔径はおおよそ50nm、その存在数は、106pores/m2程度と推定し、10億分の1個の細孔が異常に大きな欠陥細孔であるためにウイルスが透過したものと、定量的に評価している。

 第7章では、水処理に膜を適用する場合、ウイルス阻止性からみた膜の選択について検討を行っている。スキン層構造(非対称構造)の限外ろ過膜,低圧逆浸透膜では、異常細孔が不可避であり、異常細孔は通常の細孔の大きさとは関係ないため、これらの膜ではウイルス阻止の目的で分画分子量の小さい、あるいは脱塩率の大きい膜を選定する意味がないことを論証した後、ウイルス阻止性と透水性から評価すると、限外ろ過膜の指型構造に見られるような膜厚方向の急激な細孔径変化を伴う膜ではなく、スキン層から支持層に緩やかに移る構造の精密濾過膜が、ウイルスを確実に阻止しかつろ過抵抗の少ない膜となることを示している。これは、今後の膜の選択において工学的に重要な指針となる。

 第8章は結論と総括である。

 以上要するに、本論文は浄水或いは排水の再生利用における膜分離プロセスでのウイルス除去性能の定量的な評価を確立し、水処理におけるウイルス阻止性から見た膜の選択に指針を与えるものであり、都市環境工学の分野の発展に貢献する成果である。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54449