本論文は、「水処理における紫外線殺菌とその副次的効果に関する研究」と題し、8章より構成されている。水道原水の悪化による諸問題が、近年深刻化してきている。その代表的な例は、塩素消毒処理の際に生成するトリハロメタンの問題である。その対策として、塩素に変わる代替殺菌法の導入が検討されているが、その中でも紫外線照射による殺菌法は、維持管理が容易なこと、化学物質を水に加えない等の長所から有力な手段として注目されている。しかし、水道分野における浄水処理としては新しい技術であるため、殺菌以外の様々な副次的効果については、まだ知られていない部分が多い。本論文では、中圧、および低圧紫外線ランプによる有機ハロゲン化合物の分解特性を調べると共に、殺菌消毒処理における副次的効果としての有機ハロゲン化合物の分解効率、その分解効率の低圧、中圧ランプの比較手法について検討し、さらに殺菌効果の残存性についても研究したものである。 第1章は序論であり、第2章では、既存の研究についての知見を整理している。 第3章は研究に用いた実験装置を説明している。 第4章は、「紫外線照射による溶存有機ハロゲン化合物の分解」についてまとめている。水道水の水質基準項目の中から12種の有機ハロゲン化合物を選び、紫外線により一次反応に従って分解されることを示し、この一次反応式の速度定数によって各化合物の感受性を比較している。 有機ハロゲン化合物の分解のために必要な照射量について算定例を示しており、臭素を多く含む化合物を対象をする場合、例えば、プロモホルム90%除去のためには、上記の殺菌照射量に換算した表現で、中圧紫外線ランプで1056[mWs/cm2]、低圧紫外線ランプで1557[mWs/cm2]が必要であるとしている。この場合、分解効率には大きな差がないことを明らかにしている。炭素間二重結合をもつエチレン系の化合物の場合は、例えば、トリクロロエチレン90%除去のためには殺菌照射量に換算した表現で、中圧紫外線ランプで1155[mWs/cm2]、低圧紫外線ランプで6026[mWs/cm2]が必要であるとしている。この場合は、低圧紫外線ランプに比べて、中圧紫外線ランプの方が分解効率が高いことを示している。殺菌照射量で100[mWs/cm2]を照射した場合、中圧紫外線ランプの場合、炭素間二重結合をもつか、臭素を含む化合物は、2〜20%の分解率が達成される。低圧紫外線ランプでは、臭素を含む化合物が、2〜15%の分解率を達成されるが、炭素間二重結合をもつ化合物は、l〜8%の分解率であるとしている。 分解反応生成物の検討も行い、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、1.1.1-トリクロロエタンを用いて、各化合物とも分解により、脱塩素が生じて、塩化物イオンを生成することを示し、また、TOCが減少しないことから、塩素を含まない有機物として残存していることを示している。 第5章は、「中圧及び低圧紫外線ランプによる分解効果の比較手法」についてである。低圧と中圧紫外線ランプの比較手法として、バイオインディケー夕として大腸菌ファージQを用い、両紫外線ランプの殺菌照射量をQの不活化率から算定している。この照射量を基準として、照射波長の異なる低圧と中圧紫外線ランプの有機物分解能力の比較をおこない、化合物分解率を算定している。その結果、炭素間二重結合(C=C)をもつ化合物は、中圧紫外線ランプの方が分解率が高く、250nm以下の短波長域の紫外光が有効に働いていること、臭素炭素結合(Br=C)をもつ化合物は低圧と中圧紫外線ランプの両方において、比較的分解率が高く、254nmの紫外光が有効に働いていることを示している。 第6章は「紫外線による有機ハロゲン化合物分解反応に影響を与える因子」である。トリクロロエチレンの分解反応に対する影響因子について検討している。まず吸光による反応阻害については、吸光物質としてフミン酸、リン酸塩、炭酸水素塩を用いて実験を行い、Lambert-Beerの法則に従って、紫外光の吸光による減衰を算定すれば、分解反応速度が算定できるが、低圧紫外線ランプの場合は、254nm吸光度を、中圧紫外線ランプの場合、TCEのように250nm以上の波長光によって効果的に分解される物質については、202nm吸光度を指標とする方がよいことを示している。 ラジカルスカベンジャーによる反応阻害については、メチルアルコールとt-ブチルアルコールを用いて実験を行い、スカベンジ阻害をモデル化することによって、その阻害効果を算定している。スカベンジャーの反応速度から判断して、TCE分解において主体となっているラジカルは、ヒドロキシルラジカルに比べ、反応の選択性が高く、反応性に乏しいものであるとしている。従って、ラジカルスカベンジャーの影響は小さく、実処理レベルの濃度では、ほとんど影響が無視できるほどであることを示している。 鉄イオンによる反応促進効果については、2価と3価の両方の鉄イオンによるTCE分解の反応促進効果を確認している。しかし、実浄水処理レベルの濃度では、促進効果はあまり大きくないとしている。 第7章は「紫外線照射によるその他の効果」についてである。殺菌効果の残存性については、実処理場の水道原水として小雀浄水場の原水および膜ハウジングドレン排水を用い、中圧と低圧紫外線両ランプについて、大腸菌E.coli K12 F+(A/)と大腸菌ファージQを指標微生物として紫外線照射後の殺菌効果の残存性を調べた結果、いずれの微生物の場合も照射による残存不活化効果が確認されなかったことを示している。 殺菌効果の残存性を誘導する物質としての可能性をもつフミン酸の紫外線照射による変化を測定したところ、通常の消毒処理の150倍の照射量を投入しても、その濃度に変化は生ぜず、実験条件下ではフミン酸は紫外線照射に対して安定であることを示している。 第8章は、「結論」であり、消毒プロセスとして紫外線照射を浄水処理に適用した場合の副次的効果の総合的な評価を示している。 以上を要するに、本論文は、紫外線水処理技術に新しい知見を加えており、都市環境工学分野の発展に大きく寄与するものである。 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |