本論文は「活性炭の吸着と脱離作用による嫌気性生物活性炭処理の安定化とそのメカニズムに関する研究」と題し、嫌気性排水処理法を活性炭の働きを利用することによって向上させようとする研究をまとめたものである。嫌気性処理法はメタンの形で排水や廃棄物からエネルギーを回収できるという、大きな利点を有している。化石燃料由来の二酸化炭素排出による地球温暖化の防止対策が行われようとしている現在、この方法は極めて優れている。しかしながら、この方法が適用される排水や廃棄物は従来限定されていた。その原因は反応速度の低さと阻害に対する弱さにある。一方活性炭は吸着及び脱離の能力を有しており、それ故に排水処理に応用した場合極めて良質の水を得るという利点がある反面、高コストという欠点がある。本研究ではこれら2つのプロセスの利点をうまく組み合わせることによって、従来の嫌気性処理の適用範囲を拡大し、また反応速度を高めることをねらっている。 本論文は全部で7章で構成されている。 第1章は緒論であり、そもそもの研究の背景と目的を述べるとともに、嫌気性処理と活性炭処理の両者について、その概要を述べている。 第2章では本研究で用いられた手法について説明されている。本研究では、嫌気性処理法の中でも反応速度の大きい流動床プロセスの実験室規模の装置を用いている。本研究では、工場排水に出現するフェノールを排水の成分として用い、活性炭の持つ吸着・脱離能力を明確化するために意図的に流入変動を与える方式を取っている。 第3章では、活性炭の吸着がフェノールの嫌気分解の安定性にどのように寄与しているかを検討した結果をまとめている。流入水の濃度のステップ的な増加に対するプロセスの応答は活性炭担体の場合とアンスラサイト担体の場合で大幅に異なり、前者では、流入フェノール濃度を5倍に増加させても流出フェノール濃度はほとんど増加せず、その一方でメタン生成速度は次第に増加し、その状態が長く続いた。すなわち、急激に与えられたフェノールは一旦活性炭に吸着保持された後、ゆっくりとメタンに転換した。これに対して、アンスラサイトを担体とした場合には流出水の濃度は大幅に増加した。このことは、流入変動を伴うような排水に対して活性炭を用いたプロセスの安定性が極めて高いことを示している。一時的に高濃度のフェノールが投与された期間の物質収支を取った結果、この時期には活性炭へのフェノールの吸着が大きく進み流出する部分はわずかであること、メタンへの転換分は直ちには増加しないが、次第に増加することを明らかにしている。とりわけ、これらのことから、活性炭を用いた嫌気性流動床プロセスでは通常の濃度よりもはるかに高濃度の基質が流入しても、処理水が悪化することなく、時間をかけて過剰流入分がメタンに転換することがわかった。 流動床に対しては、担体を流動させるため常に循環流を与えており、そのために流動床はほぼ完全混合状態になっているといえる。しかし、活性炭自体は均一に分布していないことがわかった。すなわち、活性炭付着生物量は流動床の上部で高く、逆に吸着量は下部で高くなった。 第4章では活性炭の吸着・脱離能力を活用するための運転方法について検討し、初期スタートアップのための馴養期間を短縮するために活性炭が有効であることを明らかにしており、フェノールのように阻害性を持つ排水の処理には活性炭の能力を積極的に活用することが有意義であることを示している。一方、流動床の展開率は基質の分解にさほど影響を与えないことも明らかにしている。 第5章では、吸着、脱離、生物分解の3つの現象がいかなる関連を持ちながら起こり、それが反応速度にどのように影響を与えるかを調べている。吸着が起きている状況と脱離が起きている状況の下で反応速度を解析した結果バルク濃度に対して整理することにより、脱離期にはバルク濃度から予想される以上の反応速度が進んでいることが示唆された。これは活性炭側から生物膜に直接基質の授受がなされていることを間接的に示す結果である。つづいて、安定同位体C13を用いた実験を行っている。その結果から、活性炭に吸着されたフェノールが生物によって利用される場合、一旦バルクに脱離してから生物膜に利用されるよりはむしろ、直接生物膜がフェノールを活性炭から受け取っていることを明らかにした。この発見は従来不明であった生物活性炭の分解機構の解明に大きく寄与するものとして評価される。 第6章では、ここまでの実験成果を踏まえ、本プロセスの実際の排水処理への適用について実用的な見地から可能性と有効性、問題点を論じている。第7章は結論である。 以上要するに、本論文は排水処理としての嫌気性処理の適用範囲を拡大するために活性炭を用いる方式の可能性を示すとともにその反応機構の解明も行っており、都市環境工学の分野の発展に大いに貢献する成果である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |