学位論文要旨



No 111090
著者(漢字) 宮脇,勝
著者(英字)
著者(カナ) ミヤワキ,マサル
標題(和) イタリアの法定都市計画と風景計画の展開
標題(洋)
報告番号 111090
報告番号 甲11090
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3334号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 西村,幸夫
 東京大学 教授 森村,道美
 東京大学 教授 鈴木,博之
 東京大学 助教授 大西,隆
 東京大学 助教授 武内,和彦
 東京大学 助教授 高見沢,実
内容要旨

 本研究は、イタリアの都市計画の全国の現況を把握することを目的とした研究の一環である。今日イタリアの都市計画の研究をすることの意義を次に記す。

 (1)既存研究の断片性

 (2)法制度、行政組織体系などの既存研究の不在

 (3)イタリアのマスタープランの内容把握

 (4)ガラッソ法(1985年)が施行され、「風景計画」という新しい都市計画の課題による、歴史的環境の保全のための新しい方法の把握

 (5)地方自治の特性と都市計画の特徴の把握

 (1)と(2)に関して、イタリアの都市計画の研究がわが国においてこれまで十分行われてこなかった。イタリアも近代都市計画を確立するために、諸外国先進的な制度から学び、導入し発展してきた。しかし、わが国とイタリアの基本的な相違点は、わが国は他国の文化や技術から知恵を微妙に変容させながら摂取しようとするのに対し、イタリアは周りの国の態度を見て触発されながら、自国の原点や違いを明らかにさせる方法を探し強調するという姿勢にある。目の前にある歴史的ストックや自然環境を生かした風土そのものが、彼らの根本をかたち作っているといえる。そうした風土条件を都市計画を通じて理解する。

 (3)に関して、イタリアのマスタープランがどの様な過程を経て生まれてきて、現在どの様な役割を果たしているのかについて明らかにしようというものである。

 (4)に関して、わが国の歴史地区の環境保全の議論が今後どのような課題に取り組まなくてはならないかなど、歴史地区の保全手法について先進的であるイタリアに学ぶ点があるであろう。イタリアにおいて歴史地区の設定と保護手法の確立した現在、次の目標となっている「風景計画」に焦点を当てる。「風景計画」は新しい手法として注目され、ここ10年余り計画手法を模索している現状であるが、この10年の歩みと現状の把握、今後の課題を整理している。

 (5)の「地方性」の問題について、元来都市国家として成立していた各都市をたばねてイタリアが統一されたのは、1861年である。しかし、実際には家族の絆の強さから教会教区のコミュニティー、地方の独自性など、今なお十分に残されている国である。1970年には州制度が確立し、都市計画にも地方分権が及んだ。また、「風景計画」も地域の風土の特性を反映した、今後最も注目される地方による計画手法を確立しつつあり、本論文では具体的な計画内容の事例を紹介している。

 上記の目的を明らかにするために、本論文は以下の4章にテーマを分けて整理した。

 第1章の「イタリアの都市計画の基礎的考察」は、特に「都市関係法制度の展開」について、イタリア王国統一以降の法制度から始まり、ファシズム期の近代法の萌芽期を経て、戦後の共和国制による法定都市計画の確立から、1985年の環境保護のための新法「ガラッソ法」の制定までを整理した。

 第2章の「法定都市計画の展開」は、公共事業省の管轄で作り上げられてきた、「開発計画のあゆみ」を、イタリアにおいて都市計画の最も基礎的な道具として発展してきた各都市の「マスタープラン」を主な手掛かりとして、都市開発がいかに行われてきたかを探る。

 第3章の「風景計画の展開」は、文化・環境省の管轄で作り上げられてきた、「保存計画のあゆみ」を整理した。つまり、第2章と対抗するもう一つの計画基盤である。特にイタリアにおいて「風景計画」の名の下で、歴史的環境を保全してきた中で、「ガラッソ法」を基に策定しつつある州スケールの「風景計画」が、新しい歴史的環境保全手法として注目される。その具体的な計画内容の把握や分析が、本論文の最も重要な部分となっている。イタリア各州の計画策定状況の把握と、計画手法の分類、今後の課題を本論文で論じている。

 第4章の「開発と保全のバランス」は、第2章の「開発計画」と第3章の「保存計画」の成立とその実態を踏まえ、イタリアの「都市」ないし「地域」がどのうようなバランスで計画され、維持されているのかを論じている。特に本論文で扱われる対象は主に歴史地区のちょうど外側の農地の扱いにかかっている。この地域に対し、都市開発サイドと文化環境財保護サイドの二者の対決が「イタリアの都市計画」の特徴なのであり、最終的にはこの部分を浮かび上がらせようとしている。

 本論文を作成するに当たっては、わが国における研究ストックの不足から、イタリアにおける研究書及び関係する行政当局の資料とヒヤリング、現地調査などを何度も行っている。

 次に、結論から要点をまとめる。

 第1章、第2章では、イタリアの都市関連法規の翻訳を行い、関連法規どうしがどのように関係しながら発展し、法定都市計画がどのような位置づけで策定されるのか、その基本的な仕組みを把握することができた。特にイタリア統一以降は、1865年の土地収用法を基にマスタープランが描かれたものの、その内容は極めて単純なものであり、公平性も欠いていた。その後、1942年に近代都市計画法が整備され、その修正を繰り返す中で、今日の法定都市計画の枠組みを作り上げた。イタリアの法定都市計画は主に(1)州域調整計画、(2)都市基本計画、(3)地区計画からなり、これに建築規定をセットすることで構成され、計画の立案は各地方が行い、その承認は国が公共事業省を通じて行っている。

 第3章、第4章では、文化・環境省が指導してきた「風景計画」の発展を通じ、歴史的環境及び自然環境の保護がどのように方針付けられているかが、各地方の特性とともに明らかにされた。特に、ガラッソ法がもたらした州による「風景計画」の策定状況と計画内容の特徴(表1)が、各地方の歴史的環境や風土に強く関連していることがわかった。さらに、「風景計画」と「法定都市計画」との整合性が今後各地で図られていくことの重要性が、今後の歴史的環境の整備において最も重要な課題であることがわかった。

表1 ガラッソ法の風景計画の全国の策定状況(1994年)
審査要旨

 本研究は、イタリアの都市計画の全国の現況を把握することを目的とした研究の一環であり、イタリア独立以降の法定都市計画の流れをマスタープランを中心に概括し、プラン作成に中心的な役割を果たした都市計画家に注目してその業績をまとめたのち、1980年代以降、もっとも重要な計画手法のひとつであるガラッソ法による風景計画についてその詳細をわが国で初めて詳細に明らかにしたものである。

 ガラッソ法による風景計画の承認権は文化環境省が持っているが、計画の策定は州の管轄である。また、州はその計画に従って、下位計画であるマスタープランの更新を今後指導する立場にある。本論文においては、ガラッソ法によって生まれた州レベルの風景計画の具体的な規制内容と図面上の表現を詳細に分析している。

 第1章の「イタリアの都市計画の基礎的考察」では、都市関係法制度が整理され、特に1865年の土地収用法を使った都市の拡大計画と1942年の都市計画法による、公共事業省の管轄下でのマスタープランの普及が重要であったことを結論づけている。マスタープランの普及は60年代から本格化し、現在までに地方小都市に及んでいること、地域調整計画の普及は70年の州制度の確立により、80年代までに行われたこと、地区計画は70年代後半から80年代にかけて開発地区と歴史地区それぞれの整備規則が自治体ごとに作成されたこと、近年は、リゾート開発の問題や環境問題、人口の停滞から、成熟型の総合計画が求められるようになってきたことと「風景計画」の策定義務により、都市計画課題が変化しつつあることなどが明らかにされている。

 第2章の「法定都市計画の展開」では、マスタープランの作成契機に着目し、その時代区分を(1)1865年法に基づく時期、(2)ファシズム期、(3)戦後の普及活動期(4)第一の更新期、(5)ガラッソ法以降の第二の更新期、の4つとしている。

 第3章の「風景計画の展開」では、文化環境省の管轄で作り上げられてきた、「保存計画のあゆみ」を整理している。イタリアにおいては広域の歴史的環境及び自然環境の保存、保全計画は「風景計画」と呼ばれ、その内容から(1)「自然美保護法の風景計画」、(2)「南イタリアの風景計画」、(3)「ガラッソ法による風景計画」の3つに分けられることが明らかにされている。

 特にガラッソ法による風景計画について以下の特徴を明らかにしている。

 第一に、州域の風景単位等を設定することによって行政区分とは異なった計画単位を設立することに成功している。第二に、各州の持つ特徴的な環境、文化を保護すべき対象として顕在化することによって、たとえば農地の歴史的な耕作パターンなど非都市部に残されていた様々な環境をも対象化することに成功した。第三に、州域調整計画のなかで「風景計画」を位置づけることによって、州内の産業や経済計画と調整をおこないながら保護対象の地域選定をおこなうことができるような仕組みを組み込んだこと。

 イタリアにおいては公共事業省の施策と文化環境省の施策との対立と調整が、まちづくりの特徴となっていることが指摘され、特に、1985年のガラッソ法が制定されたことをきっかけに、歴史的環境保全の整備対象地域が拡大し、現状のマスタープランとの整合性を持たせるための更新が必要で、開発計画と保存計画とを総合化した計画が各地で求められているという現状を明確に指摘している。

 また、19世紀からの地方中核都市の拡大、都市内部の再開発によって、中核都市が発展する一方、北部イタリアは工業化を進め、南部はとの経済格差を生んだこと、戦後の復興は、都市を再編するための法定のマスタープランの普及に力が注がれ、60年代から70年代に定着、次に地域構造を確立するために、州による都市計画が進められたこと、さらに歴史地区の整備は建築類型学を使用しながら一般に普及したこと、近年は成熟型の都市環境を構築するために、地域環境を含めた「風景計画」に典型的に見られる総合計画が重要視されるようになったというイタリアの都市計画の潮流を要約している。

 とりわけ、ガラッソ法による風景計画の考察の部分はわが国でこれまでおこなわれておらず、さきがけとなる成果を収めている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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