学位論文要旨



No 111091
著者(漢字) 高木,周
著者(英字)
著者(カナ) タカギ,シュウ
標題(和) 液体中を上昇する単一気泡の挙動
標題(洋)
報告番号 111091
報告番号 甲11091
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3335号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 庄司,正弘
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 助教授 荒川,忠一
内容要旨

 連続相の液体中に系の代表寸法より小さい気泡群が分散した流れを気泡流と呼ぶ.気泡流は,原子炉の冷却系統,化学プラントの反応器,汚水処理技術の一つとして用いられる曝気漕等,工学的に重要となる多くの場所で見受けられる.従来より,これらの流れ場の挙動を予測するために,実験による解析が多く行われて来たが,近年,コンピュータの発達に伴い,気泡流を数値的に予測する試みがなされている.とくに原子力関係の分野を中心に気液二相流の数値計算コードの開発が盛んに行われているが,現状では,その計算結果が十分信頼できるものであるとは言い難い.計算結果の信頼性を落としている原因として,平均化された方程式を閉じるために必要となる構成方程式の問題が挙げられる.気泡など,分散相を含む多くの数値計算モデルが,気泡や粒子の運動方程式を構成方程式として用いる.気泡流の場合,通常,気泡を球形と仮定し,気泡の運動方程式が構築されるが,気泡に働く履歴力や剪断流中で働く揚力等,未だ詳細が明らかにされていない.また,実際の気泡では変形を伴うが,上昇気泡のジグザグ運動や変形気泡に働く揚力等,変形が気泡の運動に与える影響については,未知の点が多い.これは,これらの現象が,気泡の変形及び気液界面からの剥離現象という複雑な要因が絡み合いながら引き起こされているためである.

 本論文では,これらの背景を踏まえて,気液二相流数値計算モデルにおいて用いられる球形気泡の運動方程式の評価,および,変形の効果による複雑な挙動に関して知見を得ることを目的とした.具体的な解析方法としては,自由界面を持つ変形気泡,および球形気泡に関して,ナヴィエ・ストークス方程式を直接解き,非定常計算を行う手法を開発した.そして,重力の存在下で静止流体中および一様な速度勾配を持つ剪断流中に放置された単一気泡の上昇過程の計算を行い,気泡に働く種々の力の影響や,変形の効果について考察した.さらに,剪断流中に存在する気泡の形状に関しては,領域摂動法による理論解析を行い,数値計算結果との比較を行った.

 上昇気泡の研究は,これまで,実験によるものと,ポテンシャル理論に基づくものが多く,ナヴィエ・ストークス方程式を直接解いて変形気泡の数値解析を行ったものは限られている.特に,大気圧下で液体中に存在する気泡のように,気液間の密度比が非常に大きい場合に,液体中を上昇する変形気泡の非定常計算を精度良く行った例は,見当たらない.しかし,上昇気泡の示す複雑な挙動,ジグザグ運動や非定常軸対称運動等には,気泡後部の剥離域の存在が重要であると考えられ,それらの現像をシミュレートするには,ナヴィエ・ストークス方程式を直接解くことが本質的であると考えらえる.本論文では,これまで困難とされてきた気液間の密度比が十分大きい気泡の上昇過程に関して,ナヴィエ・ストークス方程式の直接計算による数値解析を行った.この際,従来より問題となっている数値的不安定を解消し,計算精度を挙げるため,自由界面での渦度の生成や,表面張力に密接に関わる気液界面の曲率を精度良く求めることに特に留意し,境界適合格子を用いた.そして,格子の粗密に対し,数値的安定性を示す反変速度の物理成分を基礎変数とし,曲面の幾何学であるリーマン幾何学に基づき基礎方程式の構築を行った.また,界面での法線方向の応力境界条件の取り扱いに独自の手法を採用することにより,数値的安定を達成した.

 はじめに,軸対称の場合について,直交曲線格子を用いた数値計算手法を開発し,数値解析を行った.レイノルズ数0〜200,ウエバー数0〜20で静止流体中を上昇する気泡に関して,本手法による計算結果を,他の実験結果や計算結果と比較し,さらに計算結果の解析を行った.本手法による計算は,比較的少ない格子点数で,他の実験結果や計算結果と定量的に良く一致する結果を示した.上に挙げたパラメターの範囲で定常状態への遷移過程を調べたところ,気泡の形状およびレイノルズ数に依存して,気泡の加速過程が減衰型,減衰振動型,振動型の3つの型に分類できることがわかった.これらのうち,振動型とは,軸対称の定常解への漸近過程が存在せず,気泡の形状振動が成長していくものを示すが,これが現れる条件は,従来までの実験において気泡の非軸対称(ジグザグ,螺旋)運動が観測される条件と,ほぼ一致する.従って,軸対称な形状振動の成長が上昇気泡の非軸対称運動と深い関わりがあると考えられる.

 この点についてさらに調べるために,軸対称計算において,振動型が現れる条件で,3次元計算を行ったところ,気泡は,ジグザグ運動を引き起こした.計算結果より,形状振動の成長とともに,気泡後部に存在する定在渦が不安定になり,非軸対称な渦が気泡後部より放出されることにより,ジグザグ運動が引き起こされるのがわかった.また,計算結果は,気泡の3次元的な運動により,形状振動が抑えられる傾向があることを示した.

 次に,遠方で一定の速度勾配を持つ剪断流中を上昇する気泡の3次元計算を行った.その結果,気泡の変形は,球形モードとは,逆方向の揚力を生み出すことがわかった.即ち,気泡に働く揚力は,気泡形状が球形に近い場合,剛体球の場合と同じ方向,相対速度の大きい方向へ働くが,変形に伴い逆方向の揚力が働き始める.この揚力は,変形の増加とともに増加し,変形がある程度大きくなると,この効果により気泡は,反対方向へ動き出す.これらの結果は,仮屋崎(1987)による変形気泡の実験結果,Auton(1987)による非粘性流中の球に対する理論解析の結果と定性的に一致するものである.また,管内上昇流において小さい気泡は壁近傍を,大きい気泡は管中央を上昇するという世古口ら(1976)の実験結果を説明するものである.ただし,低レイノルズ数(Re=O(1))では,気泡に働く揚力の影響は小さく,主に変形の効果で気泡は,揚力を受ける.即ち,気泡は,ウェーバー数約1のほぼ球形の時も,高レイノルズ数のときの球形気泡とは逆の方向へ動く.

 さらに,弱剪断流中に存在する気泡の形状に関して,球面調和関数を用いた領域摂動法による解析を行い,気泡の非軸対称変形モードに関して知見を得た.この際,工学的に問題となる多くの場合,上昇気泡の気泡レイノルズ数が十分大きいことを考慮し,流れを(ポテンシャル流れ)+(微小剪断)とした.理論解析は,球面調和関数の2つの変形モード,が,卓越するという結果を示す.これらの変形モードの重ね合わせた結果は,気泡の抗力係数の方向依存性の観点から,気泡が逆方向へ動く説明を与える.

 以上は,変形気泡に関して行われた解析である.本論文では,これ以外に,軸対称直交曲線座標系のコードを改良し,球形気泡の加速上昇過程を計算する手法を開発した.この手法は,気泡の密度が,無視できるという仮定より,界面に働く力の総和が気泡の加速度運動に依らず常に0になるという事実を用いるものである.一般に気泡表面の境界条件は,接線応力無しで与えられる.しかし,不純物を含む液体中に存在する気泡に働く抗力は,剛体球に近いと言われている.本論文では,気泡表面で剪断応力無しの条件が与えられる気泡(フリースリップ気泡)と,ノンスリップの条件が与えられる気泡(ノンスリップ気泡)について上の計算を行い,次の結果を得た.

 フリースリップ気泡の場合,気泡に働く履歴力は低レイノルズ数で存在するが,レイノルズ数50以上では無視できる.従って,気泡流数値計算モデルの気泡の運動方程式は,レイノルズ数50以上で履歴力の項を含まない簡単な表記を用いることができる.

 ノンスリップ気泡の揚合,履歴力の影響は,レイノルズ数の増加とともに急激に減少する傾向は存在せず,レイノルズ数50を越えても無視できない.また,Basset力による履歴力の表記は,レイノルズ数の増加とともに履歴力を過大に評価し,気泡の運動方程式の精度を落とす原因になる,

 最後に,本研究で得た結論を簡単にまとめる.

 (1)気泡のジグザグ運動は,形状振動の成長と気泡後部の定在渦の干渉により,引き起こされる.

 (2)単純剪断流中を上昇する気泡の変形は,球形モードとは,逆方向の揚力を生み出す.

 (3)低レイノルズ数では,気泡に働く揚力の影響は小さく,主に変形の効果で気泡は,揚力を受ける.

 (4)レイノルズ数50以上で不純物を含まない液体中を上昇する気泡では,履歴力の影響は,無視しうる.

審査要旨

 本論文は,静生流体中及び剪断流中を上昇する単一気泡に関して,数値的解析を中心に研究を行ったものである.速度0で無限流体中に放置された気泡が,浮力の影響で上昇していく過程に関して,非定常力の影響,変形の効果などを明らかにすることを目的としている.

 単一上昇気泡に関する研究は,気泡流数値計算モデルに対する構成方程式の構築の観点から重要視されている,単一上昇気泡の研究は,これまで,実験によるものと,ポテンシャル理論に基づくものが多く,ナヴィエ・ストークス(N.S.)方程式を直接解いて変形気泡の数値解析を行ったものは限られている.しかし,上昇気泡の示す複雑な挙動,ジグザグ運動や非定常軸対称運動等には,気泡後部の剥離域の存在が重要であると考えられ,それらの現象をシミュレートするには,N.S.方程式を直接解くことが本質的であると考えらえる.

 本論文では,静止流体中及び剪断流中を上昇する気泡の示す複雑な挙動に関して知見を得るため,N.S.方程式の直接計算による数値解析が行われている.計算に用いられている手法は,従来より問題とされている数値的不安定を解消し,計算精度を挙げるため,自由界面での渦度の生成や,表面張力に密接に関わる気液界面の曲率を精度良く求めることに留意し,基礎方程式の導出が行われている.

 本論文は全5章から構成されている.

 第1章は,「序論」であり,研究の目的,本研究の位置付け,関連する従来の研究および本研究の概要について述べられている.

 第2章は,「単一上昇気泡の軸対称計算」と題され,静止流体中を上昇する気泡に関して,軸対称計算が行われ,上昇気泡の形状と非定常挙動に関して知見が得られている.特に,気泡がジグザグ運動を起こし始めると報告されている臨界Re数,臨界We数付近での計算結果より,気泡の3次元運動を引き起こしている要因に関して考察が行われ,他者の実験結果との比較がなされている.また,上昇する球形気泡の加速過程に関しても計算を行い,履歴力の影響について特に調べ,従来より提案されている気泡の運動方程式モデルの評価が行われている.

 第3章は,「単一上昇気泡の3次元計算」と題され,第2章で開発した軸対称直交曲線座標系の数値計算手法が,3次元一般曲線座標系へと拡張され,上昇気泡の計算が行われている.この際,リーマン幾何学を用いることにより,基礎方程式の導出を改めて行い,3次元一般曲線座標系の計算に適したより簡潔な表記が求められている.そして,開発された手法を用いて,静止流体中および単純剪断流中を上昇する気泡の計算が行われている.静止流体中を上昇する気泡の計算結果より,形状振動の成長とともに,気泡後部に存在する定在渦が不安定になり,非軸対称な渦が気泡後部より放出されることにより,ジグザグ運動が引き起こされる様子が示されている.また,単純剪断流中を上昇する気泡の場合,変形に伴い逆方向の揚力が働き始めることが示されている.

 第4章は,「剪断流中を上昇する気泡の形状に関する理論解析」と題され,微小剪断流中の微小変形をする気泡に関して,領域摂動法による解析が行われ,気泡の変形に関して知見が得られている.また,第3章での数値計算結果とも比較され,考察が行われている.

 第5章は, 「結論」である.

 さらに,付録では,第2章,第3章で,数値計算との比較に使われた他者の実験結果の再現性の確認のため,上昇気泡に関する実験が行われ,従来の結果との比較がなされている.

 液体中を上昇する単一気泡の挙動に関しては,過去数多くの研究がなされているが,本研究のように気液界面の精度を保ちながら変形上昇気泡の3次元非定常計算に成功した例は,見当たらない.本研究の結果は,液体中を上昇する気泡に関して,従来より実験で観測されている幾つかの現象に対して,その詳細なメカニズムに知見を与えている点,工学上寄与するところが少なくない.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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