学位論文要旨



No 111092
著者(漢字) 高木,太郎
著者(英字)
著者(カナ) タカギ,タロウ
標題(和) 光造形法の高分解能化とそのマイクロマシン製作への応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 111092
報告番号 甲11092
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3336号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中島,尚正
 東京大学 教授 三浦,宏文
 東京大学 教授 畑村,洋太郎
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 助教授 村上,存
内容要旨

 マイクロマシンは、微細加工法によって作られる微細な機械の総称である。マイクロマシンの使用が有効とされるような応用分野では、マイクロマシン製品の寸法・形状に多くの制約があることが多い。また微細な部品を組み合わせて一つの製品を作ることは難しく、複雑な機械構造を持つマイクロマシンを一工程で製作できるような微細加工法が求められている。さらにマイクロマシン製品の開発においては、寸法効果の影響により、評価するべき物理現象が設計者の直感と一致しないことが多い。そのため必然的に製品の試作・評価を繰り返す回数が大きくなる。

 そこで本研究では、加工の自由度が大きく、また短時間で複雑な形状を加工することのできる加工法として知られている光造形法をマイクロマシン製作に応用することを発案した。マイクロマシンの設計では、コンピュータの支援を利用した先導設計が有効な手法になると考えられる。先導設計では、各加工法の仕様を正確に把握することが重要となるので、本研究では理論検討と実験の両面から、微細な機械構造を作製する手段として、加工分解能・材料特性など光造形法の本質的な仕様を把握することを目的とした。

 光造形法は、これまでCADで設計された形状モデルを短時間でモックアッブ化するラビッドプロトタイピング・マニュファクチャリングにおいて、立体プロッタを実現する手段として利用されてきた方法で、光硬化性樹脂と呼ばれる液状の合成樹脂に光を照射し、光化学反応によって固化させることで加工物を作る積層造形法である。(図1)

 光造形法をマイクロマシン製作に応用する場合には、10m以下の加工分解能を実現できる仕様が求められる。ラビッドプロトタイピング・マニュファクチャリングにおいても加工精度・加工分解能の向上はすでに大きな課題となっているにもかかわらず、市販の光造形システムでは約40mの加工分解能しか達成されていない。したがって加工方法・加工条件を見直し、加工分解能を高めるための技術的な指針を得ることが必要になる。

 このため本研究では、樹脂の固化に関して同化セルと呼ぶ概念を導入し、光造形法で作られる加工物を、固化セルと露光ビームについてたたみ込み積分を行った結果であると考えた。そして樹脂中での光子の軌跡を追跡するモンテカルロシミュレーションのモデルを考案し、樹脂表面の一点から投入された光子が樹脂内部の各点の固化反応にどれだけ寄与するかを検討した。光子の挙動に関する物理現象として透過・散乱・吸収の三つを考え、約655万個の光子の軌跡を追跡した結果、垂直方向の加工分解能を高めるように加工条件を設定すると、光の散乱の効果が無視できるようになることがわかった。また水平方向の加工分解能は露光ビームの集光条件に依存し、集光条件を調節することで高い加工分解能を実現できることもわかった。(図2)

図表図1 光造形法の加工原理(ステレオリソグラフィ法) / 図2 シミュレーションで求められた固化セルの成長

 そこで樹脂中での光の散乱を無視し、ランベルトの法則を適用して数式化した。このモデルを解析し、樹脂の固化深さを10m以下の一定値に保つことのできるような加工条件を求めた。その結果、加工分解能を高めるための指針として、次の三つが得られた。

 ・露光ビームの直径を安定化すること

 ・露光ビームの放射量を安定化すること

 ・樹脂の吸収係数を大きくすること

 こうして得られた改善指針を考慮し、実験用の光造形システムを試作した。このシステムでは、集光レンズの焦点位置を変えることで露光ビームの直径を調節することができ、また高速ビームシャッタを採用したことによって露光ビームの放射量を正確に制御することができる。実験では二種類の光源・樹脂の組み合わせを考えた。一方はこれまでの光造形システムに広く使用されているHe-Cdレーザと紫外光硬化性樹脂の組み合わせで、もう一方は光ノイズの小さいAr+レーザと吸収係数を大きくした可視光硬化性樹脂の組み合わせである。(図3)

 この実験用光造形システムを用いてテストモデルを実際に作り、加工分解能を評価する実験を行った。この実験では、露光光学系の細動による露光ビームの直径の変化を緩和するため、集光レンズの焦点位置を樹脂表面から外し、水平方向の加工分解能を低下させる代わりに垂直方向の加工分解能を大きく高めることによって、全体として加工分解能を向上させる方法を提案した。その結果紫外光硬化性樹脂を使った実験では、水平方向だけで約10m、水平方向と垂直方向で同時に約30mの分解能を実現することができた。また可視光硬化性樹脂を使った実験では、水平方向だけで約2m、水平方向と垂直方向で同時に10m以下の加工分解能を実現することができた。特に加工物のオーバハング部の下部には、余剰固化物と呼ばれる不要な固化物が生成して加工分解能を低下させるが、可視光硬化性樹脂を使った実験では余剰固化物の生成が大幅に抑えられた。この実験で、先に得られた改善指針の妥当性を示した。

 次に、光硬化性樹脂がマイクロマシンを作る材料として十分な機械的特性を持っていることを確認するため、可動部を持つ機構を光造形法で作製する実験を行った。さらにマイクロマシンの研究分野では、微細な機構を駆動したり、機械的出力を取り出したりする、実際的な機械構造の結合方法が問題となっていることを考え、微細な機構を駆動する方法を2種類提案した。一つは基板の内部に圧電アクチュエータなどのアクチュエータを組み込んでおき、光造形法で作られた機械構造によって動きや力を目的の部位にまで伝達する方法、もう一つは作動流体の圧力を利用したアクチュエータを構造を作ると同時に構造内部に組み込む方法である。これらの駆動方法を利用して動くテストモデルを作製したところ、流体圧アクチュエータを組み込む方法では構造のコンプライアンスが大きく加工に失敗したが、この問題は加工方法を見直すことで解決できると考えられる。これに対し、基板の内部に圧電アクチュエータを組み込む方法で動く機構、および手動で動く機構はいずれも設計したとおりの動作をさせることができた。この実験で、実用的な駆動方法を備えた機械構造を実現する手設としての光造形法の意義を示した。

 さらに樹脂固形物の強さ・耐久性を評価するための材料試験を行った。光造形法で構造部材を作製し、ひずみを規定して繰り返し変形させた結果、最大ひずみが2%以下の場合には1万回の変形の後にも部材に変化が見られなかった。2%の最大ひずみは、ケイ素や金属の最大ひずみに対して非常に大きい値であり、光造形法を用いれば非常に大きく変形する機械構造を作ることができる。この実験で、実用的な耐久性を持つ機械構造を実現する手段としての光造形法の意義を示した。

図表図3 実験用加工装置の構成 / 図4 圧電アクチュエータで駆動される機構の作製例

 このように光造形法をマイクロマシン製作に応用することを考え、理論検討と実験の両面から加工法の一つとしての光造形法の仕様を把握した。最後にこれらの仕様を整理し、また得られた知見を踏まえて、光造形法を利用したマイクロマシン製作法の実用化に向けて解決していくべき課題に対する対策を提示した。

審査要旨

 本研究の目的は、加工の自由度が大きい加工法として知られている光造形法に、主として加工分解能に関する改善を施し、これをマイクロマシン製作のための微細加工法とすることである。

 光造形法は、短時間で複雑な形状を持つ加工物を作製することのできる加工法として知られ、これまでCADシステムを用いて設計された形状モデルを短時間でモックアップ化するラビッドプロトタイピング・マニュファクチャリングにおいて、立体プロッタを実現する手段として利用されてきた。この加工法は積層造形法の一種で、光硬化性樹脂と呼ばれる液状の合成樹脂に光を照射することにより、部分的な光固化反応を起こさせることで加工物を作る。

 本研究では、10m以下の加工分解能を実現するため、樹脂の固化に関して固化セルと呼ぶ固化単位の概念を導入しており、光造形法で作られる加工物の形状を、固化セルと露光ビームについてたたみ込み積分を行った結果であると仮定している。そして樹脂中での光子の軌跡を追跡するモンテカルロ法のシミュレーションモデルを考案し、樹脂表面の一点から投入された光子が樹脂内部の各点の固化反応にどれだけ寄与するかを検討している。その結果として、垂直方向の加工分解能が高められるような加工条件を設定する場合には、光の散乱の効果が無視でき、物理現象を支配する数式としてランベルトの法則が適用できることが示されている。また水平方向の加工分解能が露光ビームの集光条件に依存し、集光条件を調節することによって水平方向の高い加工分解能を実現できることも示されている。

 次にランベルトの法則を適用して数式化した現象モデルを解析し、樹脂の固化深さを10m以下の一定値に保つことのできる加工条件を求めることにより、加工分解能を高めるための改善指針を示している。ここで、露光ビームの直径を安定化すること・露光ビームの放射量を安定化すること・樹脂の吸収係数を大きくすることの、三つの改善指針を挙げて研究成果としている。

 さらに得られた改善指針を考慮し、実験用のマイクロマシン製作用光造形システムを試作している。このシステムは、集光レンズの焦点位置を変えて露光ビームの直径を調節することができ、また高速ビームシャッタによって露光ビームの放射量を正確に制御することができるものである。光源・樹脂については、He-Cdレーザと紫外光硬化性樹脂の組み合わせ、および光ノイズの小さいAr+レーザと吸収係数を大きくした可視光硬化性樹脂の組み合わせの、二とおりの組み合わせを考えている。

 この実験用光造形システムを用いてテストモデルを実際に作り、加工分解能を評価する実験を行っている。この実験では、光学系の細動による露光ビームの直径の変化を緩和するため、集光レンズの焦点位置を樹脂表面から外し、水平方向の加工分解能を低下させる代わりに垂直方向の分解能を大きく高めることによって、全体として加工分解能を向上させる方法を提案し、実際に応用している。これにより紫外光硬化性樹脂を使用した実験では、水平方向だけで約10m、水平方向と垂直方向で同時に約30pmの加工分解能を実現している。また可視光硬化性樹脂を使用した実験では、水平方向だけで約2m、水平方向と垂直方向で同時に10m以下の高い加工分解能を実現して研究成果としている。特に可視光硬化性樹脂とAr-レーザを使用すると、加工物のオーバハング部の下部に作られる余剰固化物が大幅に減少し、垂直方向の加工分解能が着しく高められることが示されている。この実験で、先に得た改善指針の妥当性を示している。

 さらに光硬化性樹脂がマイクロマシンを作る材料として十分な機械的特性を持っていることを確認するため、可動部を持つ機構を光造形法によって作製する実験を行っている。微細な機構を駆動する方法として、基板の内部に圧電アクチュエータなどのアクチュエータを組み込んでおき、機械構造によって動きや力を目的の部位にまで伝達する方法、および作動流体の圧力を利用したアクチュエータを組み込む方法を提案し、このうち前者の駆動方法と手動で動くむ機構について設計したとおりの動作を確認している。この実験で、実用的な駆動方法を備えた機械構造を実現する手段としての光造形法の意義を示し、研究成果としている。

 また機械構造の強さ・耐久性を評価するための材料試験を行っている。光造形法で構造部材を作製し、ひずみを規定して繰り返し変形させた結果、最大ひずみが2%以下の場合には1万回の変形の後にも部材に変化が見られないことを確認し、光造形法を用いれば非常に大きく変形する機械構造を作ることができることを示している。この実験で、実用的な耐久性を持つ機械構造を実現する手段としての光造形法の意義を示し、研究成果としている。

 最後に得られた知見を踏まえて、光造形法を利用したマイクロマシン製作法の実用化に向けた今後の課題に対する対処を総合的に検討し、具体的なアプローチを提示して研究成果としている。

 以上の研究成果は、光造形法を利用したマイクロマシン製作技術を実用化する上で、きわめて重要な意味を持つものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53844