学位論文要旨



No 111094
著者(漢字) 中西,康彦
著者(英字)
著者(カナ) ナカニシ,ヤスヒコ
標題(和) ホモロジー理論と遺伝的アルゴリズムによる構造位相最適化
標題(洋)
報告番号 111094
報告番号 甲11094
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3338号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中桐,滋
 東京大学 教授 岡村,弘之
 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 教授 久田,俊明
 東京大学 助教授 吉川,暢宏
内容要旨

 本論文は6章からなる.第1章「序論」では構造最適化手法の現状と問題点を挙げ,研究の目的を掲げている.構造物の最適設計問題を位相決定問題と寸法決定問題に分けるとき,一般に位相決定問題の方が難しく,この方面の研究は極めて少ないといわれている.近年,均質化法など,位相と寸法を同時に最適化可能な手法が開発されつつあるが,それでも位相最適化の一般的解法が確立されたとはいい難い状況である.また,位相幾何学を応用し,位相を直接取扱い,その制約を与えることが可能な手法は稀である.そこで研究の目的を「構造の位相最適化において,位相幾何学を陽に用いた普遍性・一般性のある方法で,位相の制約を与えること」と定めている.また,最適解における位相の必要条件が既知である場合,その条件を位相制約として扱うことにより最適解探索の効率向上が可能になるなど,位相制約の応用例を挙げている.

 位相最適化では離散変数を用いる場合が多いので,本論文の第2章から第5章では大規模な組合せ問題に適するといわれている遺伝的アルゴリズム(genetic algorithm,以降GAと略す)を主に使用している.位相制約には代数的トポロジーのホモロジー理論を応用している.また,最適化手法は原構造から不要な部分を除去する手法を採用している.

 第2章「遺伝的アルゴリズムによる最適化」ではGAの最適化手法としての性能・特性評価を行っている.数値計算例として液滴形状の推定問題および部材配置問題を取り上げ,GAは初期値の影響を受けにくいこと,大規模な組合せ問題に適することを示している.

 第3章「境界輪体と遺伝的アルゴリズムの融合」では境界輪体を用いて位相制約を課し,GAで最適解探索を行う手法を提案している.また,数値計算例は領域等分割問題とラーメン構造の最適化問題である.境界輪体は縁を持たない複体であり,代数的トポロジーにおいてホモロジー群の導出に関与する.例えば1次元の境界輪体は端点が存在しないループの集合となる.そこでループの集合であるという境界輪体の特徴を領域等分割問題の境界線,ラーメン構造の最適解の位相が満たすべき必要条件として利用している.また,境界輪体の定義を次のように略記している.単体的複体Kに属するm個のr-単体に整係数tiを乗じ,代数和をとったものをr-鎖という.境界作用素∂rをr-単体xr=(a0,a1,…,ar)に作用するととなる.ただし,はaiが欠けていることを表す.境界作用素をr-鎖に作用した∂rcrを境界(r-1)-輪体という.境界作用素はという性質を持ち,この性質により境界輪体に縁が存在しないことが保証される.領域等分割問題は一定面積の平面領域を指定個数に等面積に分割し,かつ境界長を最短にする図形問題である.対象領域に対応する単体的複体Kを作り,各2-単体に整係数tiを割り当て,境界作用素∂2を作用させることにより境界1-輪体を発生,これを境界線と見做す方法を採用している.最適位相の探索にはGAを用い,整係数tiを遺伝子として利用している.分割個数が3個,4個,5個の場合の解として図1を示している.また,2次元ラーメン構造の最適化問題として,剛体壁から離れた点に作用する垂直荷重を支持する重量一定のラーメン構造の内,剛性最大の構造を探索する問題(いわゆるコート掛け問題)を取扱っている.ラーメン構造では荷重点や支持点を除き,端点を有する部材は荷重の伝達に寄与しない無用な部材であるが,境界輪体によりこのような無用な部材の発生を最適解探索の過程において常に防止することが可能となることを示している.図2(a)は染色体の初期値を変えてGAを5,6回試行した中で最良の評価値を得た構造である.さらに,3次元ラーメン構造の最適化も行っている.下面を支持され,上面に荷重を受ける立方体フレームにおいて重量一定で荷重点の変位を最小にする立方体内部の部材配置を求めている.図2(b)は立方体上面に図中の矢印で示すねじりの荷重を,図2(c)は引張荷重を等方的に受ける場合の最適構造である.これらの数値計算例から最適構造では曲げよりも軸力で荷重を負担するように部材が配置されると結論付けている.

図1 領域等分割問題の解(分割個数3個,4個,5個の場合)図2 2次元および3次元のラーメン構造の位相最適化

 第4章「境界輪体と感度解析による最適化」では平面トラスの位相・寸法最適化を行っている.トラスの最適構造の必要条件にはラーメン構造における条件に加え,不安定構造ではないという条件も含まれる.そこで第4章では係数tiを連続量と見做し,部材内力と関連付けることにより常に力の平衡を満足させる手法を提案している.数値計算例としてコート掛け問題を取り上げ,ひずみエネルギ密度が一様かつ指定値の制約下で重量を最小化している.図3はトラスの最適構造の一例である.薄い灰色の部材は除去可能な部材であり,これはひずみエネルギに関する制約だけでは最適構造の位相が一意に定まらない場合が存在することを表している.

 第5章「ホモロジー理論と遺伝的アルゴリズムの融合」ではホモロジー理論による位相制約を研究対象としている.境界輪体は縁を持たない構造であるという限られた制約のみを満足するが,ホモロジー群の利用により任意の位相制約の取扱いが可能になると推測している.数値計算例として,まず木と呼ばれる1次元複体の最適化を行っている.木はループを全く持たない複体であり,境界1-輪体と正反対の性質を有する.したがって,1次元複体において両極をなすといえる木と境界輪体のコードを元に,その他の1次元複体のコードも可能になると考えられる.木であるという位相制約はH0(K)Z,H1(K)=0と表される.ただし,Hr(K)はr次元ホモロジー群,Zは整数の加法群である.拡張されたフラクタル次元を最大化した木の例として図4を,ひずみエネルギを最小化した木の例として図5を示している.ただし,図5では全部材は等長かつ同一直径の円形断面の鋼,荷重は領域全体に対して垂直に作用する等分布荷重を想定し,領域中心の節点の自由度を全て固定している.また,穴(正確には窪み)の個数の上限を位相制約とする平板の位相最適化問題も取扱っている.設計変数を板厚さとし,重量一定の制約条件下でひずみエネルギを最小化している.図6,図7は穴個数の上限が1個(図6),4個(図7)の位相制約下でGAにより最適化された構造である.

図表図3 重量最小のトラス構造 / 図4 フラクタル次元最大の木 / 図5 ひずみエネルギ最小の木 / 図6 穴個数の上限1の平板 / 図7 穴個数の上限4の平板

 第6章「結論」では第2章から第5章の研究から得られた所見をまとめている.

審査要旨

 本論文は「ホモロジー理論と遺伝的アルゴリズムによる構造位相最適化」と題し,6章から構成されている.構造物の最適設計問題は一般に寸法決定問題よりも位相決定問題の方が難しく,この方面の研究は極めて少ないといわれている.近年,均質化法など位相と寸法を同時に最適化可能な手法の開発が進展しているが,それでも位相最適化の一般的解法が確立されたとはいえない状況である.また,位相幾何学を応用し,位相を直接取り扱い,その制約を与えることが可能な手法は稀である.このような背景を踏まえて本論文は「構造の位相最適化において,位相幾何学を陽に用いた普遍性・一般性のある方法で,位相の制約を与えること」を目標としている.

 第1章「序論」では構造最適化手法の現状を述べ,その問題点を検討している.その結果に基づき,本研究の目的を設定し,最適解探索には大規模な組合せ問題に適する遺伝的アルゴリズム(genetic algorithm,略称GA)によって原構造から不要な部分を除去して解を求める手法を採用し,また位相制約には代数的トポロジーにおけるホモロジー理論を直接応用するとの手段を明示している.

 第2章「遺伝的アルゴリズムによる最適化」ではGAの最適化手法としての性能・特性評価を行っている.数値計算例として液滴形状の推定問題および四節点リンクの補剛材配置問題を取り上げ,GAは初期値の影響を受けにくいこと,大規模な組合せ問題に適することを示している.

 第3章「境界輪体と遺伝的アルゴリズムの融合」では境界輪体を用いて位相制約を課し,GAで最適解探索を行う手法を提案している.また,数値計算例は領域等分割問題とラーメン構造の最適化問題である.最適解における位相の必要条件が既知である場合,その条件を位相制約として扱うことにより最適解探索の効率向上を可能にしている.1次元境界輪体は端点が存在しないループの集合であり,この特徴を領域等分割問題の境界線およびラーメン構造の最適解が満たすべき必要条件としている.領域等分割問題は一定面積の平面領域を指定個数に等面積に分割し,かつ境界長を最短にする図形問題である.分割個数が3個,4個,5個の場合に対し,GAにより最適位相を求め,さらに一般逆行列を利用して境界長を最小化した結果を示している.また,重量一定の制約条件下で剛性最大のラーメン構造を探索する問題も取り扱っている.1次元境界輪体により荷重点や支持点以外の端点を有する部材,すなわち荷重の伝達に寄与しない無用な部材,の発生を最適解探索の過程において常に防止可能であることを示している.数値計算例をもとに最適構造では曲げやねじりよりも軸力で荷重を負担するように部材が配置されると結論付けている.

 第4章「境界輪体と感度解析による最適化」では平面トラスの位相と寸法の同時最適化を行っている.トラスの最適構造の必要条件にはラーメン構造における条件に加え,不安定構造ではないという条件も含まれる.そこで1次元境界輪体の係数を部材内力と関連付けて常に力の平衡を満足させる手法を提案している.数値計算例では,ひずみエネルギ密度を一様かつ指定値とする制約条件下で剛体壁から離れた点に作用する垂直荷重を支持する平面トラスの重量最小化を行っている.原構造の部材本数が多いほど最適化に有効とは限らないこと,ひずみエネルギに関する制約だけでは最適構造の位相が一意に定まらない場合が存在することなどを示している.

 第5章「ホモロジー理論と遺伝的アルゴリズムの融合」ではホモロジー理論による位相制約を研究対象としている.境界輪体は縁を持たない構造であるという限られた条件のみを満足するが,ホモロジー群により任意の位相制約の取扱が可能になると推測している.数値計算例として,まず木と呼ばれる1次元複体の最適化を行っている.木であるという位相制約は連結成分の個数を1個とし,1次元ホモロジー群を零とする制約である.この位相制約の下で拡張されたフラクタル次元最大の木とひずみエネルギ最小の木を求めている.また,穴(正確には窪み)の個数の上限を位相制約として平板の位相最適化問題も取り扱っている.板厚さを設計変数とし,重量一定の制約条件下でひずみエネルギを最小化している.これらの数値計算例はホモロジー群による任意の位相制約の可能性を示唆している.

 第6章「結論」では第2章から第5章の研究から得られた知見をまとめ,またホモロジー理論の構造力学に対する将来の応用についての所見を述べている.

 本論文は,境界輪体あるいはホモロジー群による位相制約が,構造最適化において普遍性,一般性のある方法による位相の直接的な取扱を可能にすることを示し,さらにGAの最適解探索効率を向上することを明らかにした.構造最適化の比較的新しい分野である位相最適化およびGAによる最適化の進展に対する本論文の貢献は大きいものと考えられる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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