学位論文要旨



No 111095
著者(漢字) 屋口,正次
著者(英字)
著者(カナ) ヤグチ,マサツグ
標題(和) 非線形クリープ疲労相互作用則の開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 111095
報告番号 甲11095
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3339号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 朝田,泰英
 東京大学 教授 岡村,弘之
 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 助教授 酒井,信介
 東京大学 助教授 中村,俊哉
内容要旨

 高温構造物の設計をする際には,クリープ疲労相互作用の評価が最も重要な評価項目となることが多い。著者は先に修士過程において,フェライト系耐熱合金改良9Cr-1Mo鋼を用いてクリープ疲労試験を実施しその挙動の把握に努めるとともに,既存則である有効応力理論を本材に適用しその妥当性について検討した。その結果,有効応力理論は本材のクリープ疲労相互作用を適切に評価可能であるとの結論を得た。しかし,最近,この有効応力理論の妥当性について再検討を促す実験結果が報告された。有効応力理論ではクリープと疲労は線形相互作用であると仮定しているが,この実験結果はクリープと疲労は非線形相互作用であることを示唆するものであった。クリープと疲労の相互作用はクリープ疲労の骨格をなすものであり,高い精度でクリープ疲労を評価するためにはこの点を適切にモデル化する必要がある。そこで,本研究では,実験によりクリープと疲労の相互作用を明らかにし,その結果を基にクリープ疲労相互作用則の確立を試みた。

 まず,クリープと疲労の相互作用を解明するため,改良9Cr-1Mo鋼を用いて,600℃,0.1mPa真空中において,二段二重波形変動試験を実施した。実験結果を図1に示す。図1は横軸がクリープ疲労損傷,縦軸が疲労損傷を表している。図1において,クリープ疲労損傷と疲労損傷の線形和はいずれのデータにおいても1を示していない。すなわち,本材のクリープと疲労の相互作用は,非線形相互作用であると言える。この非線形性は負荷順序に依存しており,予クリープ疲労負荷の場合は累積損傷の値は1以下,予疲労負荷の場合は累積損傷の値は1以上となっている。また,二段二重波形変動下の破壊形態は負荷順序に強く依存した。予クリープ疲労材の場合,予クリープ損傷が増大するのに従って,粒内破壊支配型から粒界破壊支配型へと変化する。ただし,き裂の起点はいずれの場合も試験片内部である。一方,予疲労材の場合は,疲労損傷の値により破壊形態は全く異なる。予疲労負荷が寿命末期以前の場合は粒界破壊が支配的であり,き裂は試験片内部より進展している。予疲労負荷を寿命末期まで負荷した場合は,試験片表面を起点とした疲労き裂により破断する例も観察された。

図1 二段二重波形変動試験の結果

 この試験結果に対して,まず,既存則である有効応力理論を適用し,その妥当性について検討した。寿命予測を行った結果,寿命は負荷順序に依存して低寿命側に,あるいは,長寿命側に予測された。したがって,有効応力理論は,本材に対してはその評価精度に限界があると言える。これは,有効応力理論がクリープと疲労の線形相互作用を仮定しているのに対し,改良9Cr-1Mo鋼のクリープと疲労の相互作用が非線形であるためと考えられる。

 そこで,新たに寿命評価則(非線形クリープ疲労相互作用則)を提案し,その妥当性について検討した。本寿命評価則では,破面観察の結果に基づいて次のように破壊機構をモデル化した。疲労は損傷の発生と伝播,クリープは損傷の発生のみと考える。クリープ疲労の場合は,クリープ,および,疲労により発生した損傷がそれぞれ疲労により成長すると考える。この損傷モデルは,クリープ損傷が疲労で成長すると考える点,および,疲労損傷の発生寿命を考慮する点で従来の損傷理論と異なる。なお,損傷発生寿命については,人工損傷材の疲労試験の結果に基づき決定した。

 本寿命評価則の妥当性を検討するため,改良9Cr-1Mo鋼の先の試験結果に対して寿命評価を行った。その結果,本評価則は,二段二重波形についても適切な評価が可能であることが分かった。

 本寿命評価則の妥当性をさらに検討するため,各種の変動負荷試験を行った。

 まず,改良9Cr-1Mo鋼を用いて600℃,0.1mPa真空中において,1サイクル内ひずみ速度変動試験を行った。サイクル後半にクリープ型負荷をした波形の方がサイクル前半にクリープ型負荷をする波形より低寿命を示しており,lサイクル内においても負荷順序効果が存在することが分かった。この試験結果より,1サイクル内の損傷の累積は非線形であり,損傷の増分は負荷反転時からのひずみの進行と共に大きくなるものと考えられる。また,破壊形態については,特に,ひずみ速度変動の影響は見られず,従来のクリープ疲労波形と類似の破面を呈している。すなわち,き裂は試験片内部の複数箇所より進展しており,破面には凹凸が顕著に見られる。

 次に,ひずみ保持効果における保持位置の影響を調べるため,改良9Cr-1Mo鋼を用いて600℃,0.1mPa真空中において,中間ひずみ保持試験を行った。各ひずみ保持波の寿命はひずみ保持位置に依存して異なっており,保持位置効果が存在することが分かった。最も低寿命となったのは,圧縮ピークにおけるひずみ保持波であった。しかし,ひずみ保持効果自体はいずれの保持位置でも顕著に観察されており,特に,応力零付近における保持波の場合も寿命低下が生じる点に留意する必要がある。破壊形態については,いずれの保持波の場合もき裂が試験片内部の多数の点より進展しており破面上には顕著な凹凸が観察された。

 改良9Cr-1Mo鋼の疲労強度についても調査した。600℃,0.1mPa真空中で,二段二重ひずみ範囲変動試験を実施した結果,線形累積損傷則は成立しないことがわかった。寿命比の和は,低ひずみ範囲から高ひずみ範囲にした場合1以上に,逆に,高ひずみ範囲から低ひずみ範囲にした場合は1以下を示す。また,室温・大気中において疲労試験を行い,高温・真空中のデータと比較した。全ひずみ範囲,および,非弾性ひずみ範囲で寿命を整理した場合,室温下の疲労寿命は高温・真空中の寿命と比べて大幅に低下している。ただし,弾性ひずみ範囲で寿命を整理すると,室温下の寿命の方が高温・真空中のものより長寿命となる。

 上記の各負荷波形の寿命を評価することにより,有効応力理論と非線形クリープ疲労相互作用則の比較・検討を行った。有効応力理論は,二段二重波形,および,中間ひずみ保持波形について評価精度が十分なものとは言えないが,一定繰返し下のクリープ疲労波形,および,ひずみ速度変動波形については良好な評価が可能である。非線形クリープ疲労相互作用則は,中間ひずみ保持波形について評価精度が十分とは言えないが,一定繰返し下のクリープ疲労波形,二段二重波形,および,ひずみ速度変動波形については良好な評価が可能である。有効応力理論と非線形クリープ疲労相互作用則を比較すると,非線形クリープ疲労相互作用則の方が有効応力理論より評価精度が高い。両者の評価精度の差は,二段二重波形の場合に見られる。これは,クリープと疲労の相互作用の取扱いに起因したものであると思われる。中間ひずみ保持波については,両評価則ともその評価精度が十分なものとは言えず,今後,検討すべき課題である。

 以上のことより次の結論が得られた。本研究で提案した非線形クリープ疲労相互作用則は,各種の負荷波形を高い精度で評価することが可能であり,寿命評価則として十分な妥当性を有するものである。この寿命評価則を用いると,既存則と比べて,クリープ疲労評価の精度は大きく向上する。

審査要旨

 本論文は、「非線形クリープ疲労相互作用則の開発に関する研究」と題し、10章からなる。高温構造設計に於ける最大の課題である耐熱金属、合金材料のクリープ疲労相互作用による寿命低下を高精度で予測する評価手法を、現象の基本メカニズムの解明と、それに基づく機構論的モデルの提案を通して、開発したものである。

 改良9Cr-1Mo鋼を対象として、高真空中で実施した広範なクリープ疲労実験の結果に基づき、本研究では、クリープ疲労損傷を同定するために、クリープ疲労前負荷と疲労後負荷からなる二段二重負荷波形変更実験を提案し、これによりクリープ損傷と疲労損傷の累積過程と、その間の両損傷の相互作用を観察した結果に基づいて、クリープ疲労前負荷の過程で発生したクリープ損傷である微小空洞から、疲労後負荷により早期に疲労亀裂の成長が生じる事がクリープ疲労相互作用の機構であるとし、この過程を記述する損傷力学に基づく損傷速度方程式を提案し、その妥当性を、従来から行われてきた一定歪波形繰り返しのクリープ疲労実験、著者が新しく開発した二段二重波形変更実験、更に、歪速度変更実験、中間歪保持実験等の広範な実験結果に基づいて検証したものである。

 第1章は序論であり、従来の知見を調査してクリープ疲労損傷同定の為の負荷波形変動実験を高真空中で実施する必要性を述べている。

 第2章は、二段二重波形変動試験の方法、第3章は、二段二重波形変動試験の結果、第4章は、有効応力理論による二段二重波形の寿命評価、と題し、クリープ疲労負荷、疲労負荷をそれぞれ前負荷、後負荷として加えた実験を行った結果、全損傷は前後負荷損傷を表す寿命比の線形和では与えられず、クリープ疲労前負荷の場合は1より小、疲労前負荷の場合は1より大となり、且つ、前者では疲労破面を呈して、破壊の起点にはクリープによる微小空洞が認められ、後者では粒界亀裂支配のクリープ疲労破面である事、更に、本実験結果は、これまでの研究で開発された、疲労損傷とクリープ損傷の線形和を仮定する有効応力理論では、十分な精度で評価する事ができない事、を明らかにした。この観察に基づき、損傷の累積過程を疲労損傷累積過程とクリープないしクリープ疲労の損傷累積過程に分離する必要があり、疲労過程で生じる損傷は材料表面に於ける疲労亀裂の発生と成長からなるのに対し、クリープ過程で生じる損傷は材料内部での微小空洞の発生であり、クリープ疲労相互作用は、クリープ過程で生じた微小空洞から疲労亀裂の早期成長が生じる事によるもので、これによって寿命低下が生じると考えた。

 第5章は、非線形クリープ疲労相互作用則の提案と題し、本論文の主要部であって、二段二重波形変動実験で得られた推論に基づくクリープ疲労損傷モデルの定式化を行っている。全損傷を疲労損傷とクリープ損傷に分離し、疲労損傷は疲労亀裂の発生と成長、クリープ損傷は微小空洞の発生とした。更に、一般化を行うために損傷力学概念を導入して、亀裂、空洞を面積欠損に相当する損傷に置き換えた。クリープ損傷に対しては一定寸法の面積欠損の密度が有効応力に依存しながら成長する損傷速度方程式を、疲労損傷に対しては、その面積密度が有効応力範囲に依存しながら成長する損傷速度方程式を、それぞれ、これまでの研究成果に基づいて提案し、疲労損傷の発生については人工欠陥付与試験片を用いた発生寿命同定実験を行い、その結果を疲労損傷の成長に関する損傷速度方程式を用いて解析して、その発生密度と寸法を決定した。クリープ疲労相互作用のある場合は、疲労損傷発生以前でも、クリープ損傷から疲労損傷の成長が始まるとして、これら一連の損傷速度方程式を解き、これまでの実験で得られた結果と比較したところ、従来提案されてきた評価法に比べて、一致性が優れているとの結果を得た。同時に、この理論解はクリープ損傷と疲労損傷の間での非線形則を与える事を示した。

 第6章は、歪速度変動試験の方法と結果、第7章は、中間歪保持試験の方法と結果、と題し、第5章で提案した損傷モデルの適用性を広く検証するために、高温機器で現実に発生する負荷履歴に、より近い歪波形でのクリープ疲労実験を行い、その結果を第5章で提案した方法に従って評価して、いずれも良好な一致性が得られる事を確認した。第8章は、二段二重歪範囲変動試験の方法と結果、題し歪範囲が変動する疲労過程に対しても本モデルによる寿命予測が良好である事を確認したものである。

 第9章は、クリープ疲労相互作用則に関する検討、と題し、本モデルによるクリープ疲労寿命評価精度と、それに及ぼす諸因子の影響を検討している。第10章は以上の結果を要約した結論である。

 以上要するに、本論文は、構造材料のクリープ疲労相互作用について、その発生機構を明らかにし、これを記述する損傷速度方程式を導入し、更に、改良9Cr-1Mo鋼について行った実験による本モデルの検証を通して、クリープ疲労相互作用を高精度で予測する手法を開発したもので、機械工学、材料力学の発展に貢献する所が極めて大きい。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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