内容要旨 | | 高温構造物の設計をする際には,クリープ疲労相互作用の評価が最も重要な評価項目となることが多い。著者は先に修士過程において,フェライト系耐熱合金改良9Cr-1Mo鋼を用いてクリープ疲労試験を実施しその挙動の把握に努めるとともに,既存則である有効応力理論を本材に適用しその妥当性について検討した。その結果,有効応力理論は本材のクリープ疲労相互作用を適切に評価可能であるとの結論を得た。しかし,最近,この有効応力理論の妥当性について再検討を促す実験結果が報告された。有効応力理論ではクリープと疲労は線形相互作用であると仮定しているが,この実験結果はクリープと疲労は非線形相互作用であることを示唆するものであった。クリープと疲労の相互作用はクリープ疲労の骨格をなすものであり,高い精度でクリープ疲労を評価するためにはこの点を適切にモデル化する必要がある。そこで,本研究では,実験によりクリープと疲労の相互作用を明らかにし,その結果を基にクリープ疲労相互作用則の確立を試みた。 まず,クリープと疲労の相互作用を解明するため,改良9Cr-1Mo鋼を用いて,600℃,0.1mPa真空中において,二段二重波形変動試験を実施した。実験結果を図1に示す。図1は横軸がクリープ疲労損傷,縦軸が疲労損傷を表している。図1において,クリープ疲労損傷と疲労損傷の線形和はいずれのデータにおいても1を示していない。すなわち,本材のクリープと疲労の相互作用は,非線形相互作用であると言える。この非線形性は負荷順序に依存しており,予クリープ疲労負荷の場合は累積損傷の値は1以下,予疲労負荷の場合は累積損傷の値は1以上となっている。また,二段二重波形変動下の破壊形態は負荷順序に強く依存した。予クリープ疲労材の場合,予クリープ損傷が増大するのに従って,粒内破壊支配型から粒界破壊支配型へと変化する。ただし,き裂の起点はいずれの場合も試験片内部である。一方,予疲労材の場合は,疲労損傷の値により破壊形態は全く異なる。予疲労負荷が寿命末期以前の場合は粒界破壊が支配的であり,き裂は試験片内部より進展している。予疲労負荷を寿命末期まで負荷した場合は,試験片表面を起点とした疲労き裂により破断する例も観察された。 図1 二段二重波形変動試験の結果 この試験結果に対して,まず,既存則である有効応力理論を適用し,その妥当性について検討した。寿命予測を行った結果,寿命は負荷順序に依存して低寿命側に,あるいは,長寿命側に予測された。したがって,有効応力理論は,本材に対してはその評価精度に限界があると言える。これは,有効応力理論がクリープと疲労の線形相互作用を仮定しているのに対し,改良9Cr-1Mo鋼のクリープと疲労の相互作用が非線形であるためと考えられる。 そこで,新たに寿命評価則(非線形クリープ疲労相互作用則)を提案し,その妥当性について検討した。本寿命評価則では,破面観察の結果に基づいて次のように破壊機構をモデル化した。疲労は損傷の発生と伝播,クリープは損傷の発生のみと考える。クリープ疲労の場合は,クリープ,および,疲労により発生した損傷がそれぞれ疲労により成長すると考える。この損傷モデルは,クリープ損傷が疲労で成長すると考える点,および,疲労損傷の発生寿命を考慮する点で従来の損傷理論と異なる。なお,損傷発生寿命については,人工損傷材の疲労試験の結果に基づき決定した。 本寿命評価則の妥当性を検討するため,改良9Cr-1Mo鋼の先の試験結果に対して寿命評価を行った。その結果,本評価則は,二段二重波形についても適切な評価が可能であることが分かった。 本寿命評価則の妥当性をさらに検討するため,各種の変動負荷試験を行った。 まず,改良9Cr-1Mo鋼を用いて600℃,0.1mPa真空中において,1サイクル内ひずみ速度変動試験を行った。サイクル後半にクリープ型負荷をした波形の方がサイクル前半にクリープ型負荷をする波形より低寿命を示しており,lサイクル内においても負荷順序効果が存在することが分かった。この試験結果より,1サイクル内の損傷の累積は非線形であり,損傷の増分は負荷反転時からのひずみの進行と共に大きくなるものと考えられる。また,破壊形態については,特に,ひずみ速度変動の影響は見られず,従来のクリープ疲労波形と類似の破面を呈している。すなわち,き裂は試験片内部の複数箇所より進展しており,破面には凹凸が顕著に見られる。 次に,ひずみ保持効果における保持位置の影響を調べるため,改良9Cr-1Mo鋼を用いて600℃,0.1mPa真空中において,中間ひずみ保持試験を行った。各ひずみ保持波の寿命はひずみ保持位置に依存して異なっており,保持位置効果が存在することが分かった。最も低寿命となったのは,圧縮ピークにおけるひずみ保持波であった。しかし,ひずみ保持効果自体はいずれの保持位置でも顕著に観察されており,特に,応力零付近における保持波の場合も寿命低下が生じる点に留意する必要がある。破壊形態については,いずれの保持波の場合もき裂が試験片内部の多数の点より進展しており破面上には顕著な凹凸が観察された。 改良9Cr-1Mo鋼の疲労強度についても調査した。600℃,0.1mPa真空中で,二段二重ひずみ範囲変動試験を実施した結果,線形累積損傷則は成立しないことがわかった。寿命比の和は,低ひずみ範囲から高ひずみ範囲にした場合1以上に,逆に,高ひずみ範囲から低ひずみ範囲にした場合は1以下を示す。また,室温・大気中において疲労試験を行い,高温・真空中のデータと比較した。全ひずみ範囲,および,非弾性ひずみ範囲で寿命を整理した場合,室温下の疲労寿命は高温・真空中の寿命と比べて大幅に低下している。ただし,弾性ひずみ範囲で寿命を整理すると,室温下の寿命の方が高温・真空中のものより長寿命となる。 上記の各負荷波形の寿命を評価することにより,有効応力理論と非線形クリープ疲労相互作用則の比較・検討を行った。有効応力理論は,二段二重波形,および,中間ひずみ保持波形について評価精度が十分なものとは言えないが,一定繰返し下のクリープ疲労波形,および,ひずみ速度変動波形については良好な評価が可能である。非線形クリープ疲労相互作用則は,中間ひずみ保持波形について評価精度が十分とは言えないが,一定繰返し下のクリープ疲労波形,二段二重波形,および,ひずみ速度変動波形については良好な評価が可能である。有効応力理論と非線形クリープ疲労相互作用則を比較すると,非線形クリープ疲労相互作用則の方が有効応力理論より評価精度が高い。両者の評価精度の差は,二段二重波形の場合に見られる。これは,クリープと疲労の相互作用の取扱いに起因したものであると思われる。中間ひずみ保持波については,両評価則ともその評価精度が十分なものとは言えず,今後,検討すべき課題である。 以上のことより次の結論が得られた。本研究で提案した非線形クリープ疲労相互作用則は,各種の負荷波形を高い精度で評価することが可能であり,寿命評価則として十分な妥当性を有するものである。この寿命評価則を用いると,既存則と比べて,クリープ疲労評価の精度は大きく向上する。 |