学位論文要旨



No 111099
著者(漢字) 張,暁毅
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,ギョウギ
標題(和) 把持とあやつりの多面凸解析とパワーグラスプ
標題(洋)
報告番号 111099
報告番号 甲11099
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3343号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉本,堅一
 東京大学 教授 高野,政晴
 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 助教授 中村,仁彦
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
内容要旨 研究の背景:

 近年、ロボット制御技術の発達に伴い、産業界ではロボット、自動機械による自動化が進められ、これまでの単純な作業に加え、組み立てなどの高度な操作が要求されている、また、宇宙、深海、原子力などの極限状況における作業では人間の手のような器用な操作と確実な把持が求められている。現在、工場内に広く普及している対象物の形状に合わせて設計したグリッパはこれらには適応できない。最近、関節型の指をもつ多指ロボットは、人間の手のような器用さを実現する操作機構として、多くの研究者の注目を集めてきた。多様な形態で物体に接触することができるという利点から、その汎用化、高度化が望まれている。

 多指ロボットハンドには「あやつりの器用さ」と「把持の確実さ」が要求される。前者は自由自在に対象物を操作することを意味して、指先による把握はこれに適している。後者は外乱の下でも対象物を安定に保つことを指して、パワーグラスプはこの種の把持形態として提案されている。パワーグラスプでは、指先だけでなく、指の途中リンクあるいは掌まで積極的に利用する。ハンド側から見て自由度の不十分な接触を用いることによって、把持の質が高められる効果があると指摘されているが、多点接触で物体と指が複雑に干渉し合うため、パワーグラスプの数学的な定式化・モデル化は完成されていない。

研究の目的:

 従来の把持とあやつりの運動学と力学を拡張して、パワーグラスプの運動学的、力学的な解析法を構築することは本研究の目的である。パワーグラスプを含む把持とあやつりのより一般的運動学と力学を構築するために、従来の運動学と力学を次の2点で拡張する。

 1 接触仮定条件の緩和。

 2 多面凸解析を用いる解析。

 本研究は「対象物とハンドとの接触点はハンド表面上のどこにあってもよい」、「多点接触と面接触があり得る」との2点で従来の接触仮定を緩和する。吉川らは指関節の物理的な制約を考えたとき、関節トルク空間は凸多面体となると指摘した。KerrとRothらは摩擦円錐を正凸多面錐で近似する方法を提案し、平井らは摩擦なし点接触を仮定して、対象物の許容速度空間と許容力空間は凸多面錐であることを証明した。しかし、これらでは、パワーグラスプを含む一般的な把持に適用できる理論は確立されていない。運動学では、関節の角速度空間から、接触による運動学的な拘束、対象物が運動できる空間に至るまで、力学では、関節トルクの制限から、接触力学的な拘束、合力の生成に至るまで、1つの統一的な視野で解析する必要がある。本研究では、凸多面体と凸多面錐の両方を含む多面凸集合を把持とあやつりの解析に用いる。

研究の内容・特徴:

 本論文は7章から構成されている。第1章は序論で、研究の背景、従来の研究、本研究の方向性、本研究の構成について説明してある。第2章では、接触点近傍の幾何学、物理的な性質から接触を仮定することを提案し、接触を運動学的、力学的な性質から仮定するのは不適切と指摘する。また、物体と指がハードの時、面接触を複数の点接触で近似できることを示した。接触の持つ運動自由度をより厳密に扱うために、「関節の角速度を接触点の並進速度に変換するヤコビアンがフルランクにならない接触」を不完全な接触と定義した。関節角速度空間と接触の運動学的な拘束空間の関係、関節トルクと接触の力学的な拘束空間の関係を明かにし、対象物側接触点の速度空間と接触力空間を求めた。接触点では、指が能動的に対象物に力を与えられるかどうかによって、接触を正則な接触と特異な接触に分類した。

 第3章では、「多指ハンドに把持されている対象物が、関節角速度の制限、接触による拘束条件を満たしながら、実際運動可能な速度空間」を対象物の許容速度空間と定義し、その関節角速度空間と接触の運動学的な拘束空間との関係を明かにした。運動学的な空間の凸性を証明する一般的な方法を示しながら、対象物の許容速度空間が凸集合であることを証明した。関節角速度空間と接触の運動学的な空間から許容速度空間を求める方法を開発して、許容速度空間を多面凸集合の内部的なまたは外部的な表現で表し、その全体像が分かりやすくなった。1本の指に複数の接触がある場合、まず、指の根本に一番近い1つの接触点のみが存在すると仮定して、その後、接触点の数を徐々に増やしていくことによって多点接触の場合の対象物の許容速度空間を求めた。

 第4章では、「指が出し得る関節トルクの制限、接触点での最大摩擦拘束条件を考慮したとき、把持が耐えられる外力と外モーメント空間」を許容外力空間、「対象物の内部で打ち消し合う力の空間」を内力空間と定義した。許容外力空間と内力空間の凸性を証明して、摩擦円錐を正凸多面錐で近似したとき、許容外力空間と内力空間が多面凸集合であることを明かにし、許容外力空間と内力空間を多面凸集合の内部的、外部的な表現で表すことができた。1本の指に複数の接触がある場合、力学的な平衡状態の重ね合わせ原理によって、各接触力の直和集合を求めることができ、最終的には、対象物の許容外力空間と内力空間を計算できることを示した。

 第5章では、ハンド機構が自動的に行う適応機能を有効利用という目的から、把持のロバスト性を「外力が加わった時、関節トルク一定でも、機構内部の拘束力によって接触力を変化させ、外力をキャンセルして把持を保つ性質」と定義した。パワーグラスプならば、必ずロバスト性を持つようにパワーグラスプを再定義した。「関節トルクが一定で、接触点の最大摩擦拘束を考慮した時、把持が耐えられる外力と外モーメント」を限界外力と定義して、2種類の限界外力の計算アルゴリズムを提案した。対象物をあらゆる方向に動かすのに必要な仮想仕事率の最小値を求める問題を線形計画法に帰着させ、この仮想仕事率でロバスト性を評価する方法を提案した。

 第6章では、本研究で構築した理論を実験で検証する。指関節トルクを一定に制御して、把持物体に外力を加えて、把持が耐えられる限界外力を測定した。実験の結果と理論解析の結果を比較して、本研究で構築した理論の有効性を確認した。第7章は結論である。

審査要旨

 多指ロボットハンドには「あやつりの器用さ」と「把持の確実さ」が要求される。前者は自由自在に対象物を操作することを意味し、指先による把握はこれに適している。後者は外乱の下でも対象物を安定に保つことを指しており、パワーグラスプはこれに適した把持形態として提案されている。パワーグラスプとは、指先だけでなく、指の途中リンクあるいは掌まで接触させる把持である。ハンド側から見て自由度の不十分な接触を用いることによって、把持の質が高められると指摘されているが、対象物と指が多点接触で複雑に干渉し合うため、パワーグラスプの力学的、数学的な理解は十分に完成されていない。

 従来の研究では、発生可能な力について、指関節トルクの物理的な制約を考慮して関節トルク空間を解析するときに凸多面体、摩擦なし点接触の単方向性を表現するときに凸多面錐を用いた。これらは、パワーグラスプを含む一般的な把持に適用できる理論とはなっていない。また、運動学においては、関節の角速度空間から、接触による運動学的な拘束、対象物が運動できる空間に至るまでを一貫して統一的に表すことが必要である。さらに、力学においては、関節トルクの制限から、接触力学的な拘束、合力の生成に至るまでを統一的に取り扱わなければならない。本研究の目的はパワーグラスプを含む一般的な把持とあやつりの運動学と力学を構築することである。凸多面体と凸多面錐の両方を含む多面凸集合を用いる把持とあやつりの解析法を提案した。

 本研究は7つの章から構成されている。

 第1章は序論で、研究の背景と従来の研究について述べ、本研究の方向性と構成について言及している。

 第2章はパワーグラスプの特徴において、接触について「対象物とハンドとの接触点はハンド表面のどこにあってもよい」、「多点接触と面接触があり得る」などの従来よりは弱い仮定をおいた。接触の持つ運動自由度をより厳密に扱うために、「関節の角速度を接触点の並進速度に変換するヤコビアンがフルランクにならない接触」を不完全な接触と定義した。

 第3章では、パワーグラスプを含む一般的な把持とあやつりの運動学について論じている。対象物の速度と指関節角速度との関係は把持とあやつりの運動学の基礎になるが、接触による拘束が単方向性をもつため、一般には対象物と指関節角速度とを等式で結ぶことはできない。ここでは、「多指ハンドに把持されている対象物が、関節角速度の制限、接触による拘束条件を満たしながら、運動可能な速度空間」を対象物の許容速度空間と定義し、許容速度空間、関節角速度空間と接触の運動学的な拘束空間の関係を明かにした。多面凸解析を用いる許容速度空間の計算法を確立した。許容速度空間を多面凸集合の内部的なまたは外部的な表現を用いることで、その全体像を陽に求めた。

 第4章では、パワーグラスプを含む一般的な把持とあやつりの力学を構築している。運動学と同じように、接触による拘束の単方向性のため、把持とあやつりの基礎になる対象物に働く力と関節トルクとの関係は等式で表すことはできない。ここでは、「指が出し得る関節トルクの制限、接触点での最大摩擦拘束条件を考慮したとき、把持が耐えられる外力と外モーメント空間」を許容外力空間と定義し、許容外力空間、関節トルク空間と接触の力学的な拘束空間の関係を明かにした。摩擦円錐を正凸多面錐で近似したとき、許容外力空間は多面凸集合であることを証明して、関節トルク空間と接触の力学的な拘束空間から許容外力空間を計算する方法を確立した。

 第5章では、ハンドの機構が内力によって自動的に行う適応機能を有効利用するという目的から、把持のロバスト性を「外力が加わった時、関節トルク一定でも、機構内部の拘束力によって接触力を変化させ、外力をキャンセルして把持を保つ性質」と定義している。パワーグラスプならば、必ずロバスト性を持つようにパワーグラスプを数学的に再定義した。対象物をあらゆる方向に動かすのに必要な仮想仕事率の最小値を求める問題を線形計画法に帰着させ、この仮想仕事率でロバスト性を評価する方法を提案した。

 第6章では、本研究で構築した理論を実験で検証している。指関節トルクを一定に制御して、把持物体に外力を加えて、把持が耐えられる限界外力を測定した。実験の結果と理論解析の結果を比較して、本研究で構築した理論の有効性を示している。

 第7章は結論である。

 本研究は従来の把持とあやつりの運動学,力学を大きく前進させ,多面凸集合とその代数を用いる把持とあやつりの理論を構築するための新しい解析法を示した.この成果は多指ロボットハンドの分野にはとどまらず,接触のような不等式で記述する拘束条件を伴う運動学系,力学系にも広く適用できる手法であり、機械工学、ロボット工学に寄与することは大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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