多指ロボットハンドには「あやつりの器用さ」と「把持の確実さ」が要求される。前者は自由自在に対象物を操作することを意味し、指先による把握はこれに適している。後者は外乱の下でも対象物を安定に保つことを指しており、パワーグラスプはこれに適した把持形態として提案されている。パワーグラスプとは、指先だけでなく、指の途中リンクあるいは掌まで接触させる把持である。ハンド側から見て自由度の不十分な接触を用いることによって、把持の質が高められると指摘されているが、対象物と指が多点接触で複雑に干渉し合うため、パワーグラスプの力学的、数学的な理解は十分に完成されていない。 従来の研究では、発生可能な力について、指関節トルクの物理的な制約を考慮して関節トルク空間を解析するときに凸多面体、摩擦なし点接触の単方向性を表現するときに凸多面錐を用いた。これらは、パワーグラスプを含む一般的な把持に適用できる理論とはなっていない。また、運動学においては、関節の角速度空間から、接触による運動学的な拘束、対象物が運動できる空間に至るまでを一貫して統一的に表すことが必要である。さらに、力学においては、関節トルクの制限から、接触力学的な拘束、合力の生成に至るまでを統一的に取り扱わなければならない。本研究の目的はパワーグラスプを含む一般的な把持とあやつりの運動学と力学を構築することである。凸多面体と凸多面錐の両方を含む多面凸集合を用いる把持とあやつりの解析法を提案した。 本研究は7つの章から構成されている。 第1章は序論で、研究の背景と従来の研究について述べ、本研究の方向性と構成について言及している。 第2章はパワーグラスプの特徴において、接触について「対象物とハンドとの接触点はハンド表面のどこにあってもよい」、「多点接触と面接触があり得る」などの従来よりは弱い仮定をおいた。接触の持つ運動自由度をより厳密に扱うために、「関節の角速度を接触点の並進速度に変換するヤコビアンがフルランクにならない接触」を不完全な接触と定義した。 第3章では、パワーグラスプを含む一般的な把持とあやつりの運動学について論じている。対象物の速度と指関節角速度との関係は把持とあやつりの運動学の基礎になるが、接触による拘束が単方向性をもつため、一般には対象物と指関節角速度とを等式で結ぶことはできない。ここでは、「多指ハンドに把持されている対象物が、関節角速度の制限、接触による拘束条件を満たしながら、運動可能な速度空間」を対象物の許容速度空間と定義し、許容速度空間、関節角速度空間と接触の運動学的な拘束空間の関係を明かにした。多面凸解析を用いる許容速度空間の計算法を確立した。許容速度空間を多面凸集合の内部的なまたは外部的な表現を用いることで、その全体像を陽に求めた。 第4章では、パワーグラスプを含む一般的な把持とあやつりの力学を構築している。運動学と同じように、接触による拘束の単方向性のため、把持とあやつりの基礎になる対象物に働く力と関節トルクとの関係は等式で表すことはできない。ここでは、「指が出し得る関節トルクの制限、接触点での最大摩擦拘束条件を考慮したとき、把持が耐えられる外力と外モーメント空間」を許容外力空間と定義し、許容外力空間、関節トルク空間と接触の力学的な拘束空間の関係を明かにした。摩擦円錐を正凸多面錐で近似したとき、許容外力空間は多面凸集合であることを証明して、関節トルク空間と接触の力学的な拘束空間から許容外力空間を計算する方法を確立した。 第5章では、ハンドの機構が内力によって自動的に行う適応機能を有効利用するという目的から、把持のロバスト性を「外力が加わった時、関節トルク一定でも、機構内部の拘束力によって接触力を変化させ、外力をキャンセルして把持を保つ性質」と定義している。パワーグラスプならば、必ずロバスト性を持つようにパワーグラスプを数学的に再定義した。対象物をあらゆる方向に動かすのに必要な仮想仕事率の最小値を求める問題を線形計画法に帰着させ、この仮想仕事率でロバスト性を評価する方法を提案した。 第6章では、本研究で構築した理論を実験で検証している。指関節トルクを一定に制御して、把持物体に外力を加えて、把持が耐えられる限界外力を測定した。実験の結果と理論解析の結果を比較して、本研究で構築した理論の有効性を示している。 第7章は結論である。 本研究は従来の把持とあやつりの運動学,力学を大きく前進させ,多面凸集合とその代数を用いる把持とあやつりの理論を構築するための新しい解析法を示した.この成果は多指ロボットハンドの分野にはとどまらず,接触のような不等式で記述する拘束条件を伴う運動学系,力学系にも広く適用できる手法であり、機械工学、ロボット工学に寄与することは大である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |