学位論文要旨



No 111100
著者(漢字) 飯田,雄章
著者(英字)
著者(カナ) イイダ,オアキ
標題(和) 不安定密度成層下にある壁面剪断乱流の構造に関する研究
標題(洋)
報告番号 111100
報告番号 甲11100
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3344号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 庄司,正弘
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 助教授 荒川,忠一
 東京大学 助教授 加藤,信介
内容要旨 1.序論

 流体の密度分布が鉛直方向に減少し,乱流剪断流が流体力学的に不安定な体積力を受けるとき,これを不安定密度成層流と呼ぶ.不安定密度成層流では,剪断の効果に浮力効果が重畳して現れる.一般に壁面に沿う剪断乱流では,流れ方向に軸をもつ縦渦構造を中心とした準秩序構造が存在し,これらの構造が流体中の運動量および熱の輸送機構を主として担っている.一方,強い不安定密度成層が重畳した場合には,壁面近傍から乱流サーマルプルームが非定常に発生することが知られている.しかしながら,不安定密度成層流の運動量および熱輸送機構に関する知見は限られており,特に,サーマルプルームがどの様な力学機構から発生するのか,あるいは準秩序構造がサーマルプルームによりどの様な影響を受けるかといった基本的な問題については,不明な点が数多く残されている.これは,不安定密度成層流を対象とした従来の研究が主として実験的な手法によるものであり,得られるデータの質および量に限界があること,また浮力の大きさを表すグラスホフ数を系統的に変化させた研究例が不足していることなどによる.

 以上の様な研究の背景を踏まえ,本論文では,不安定密度成層下チャネル内乱流の直接数値シミュレーションを行い,浮力を系統的に増大させ,乱流場の主要な構造が縦渦構造を中心とした準秩序構造から,サーマルプルームを中心にした構造に変化するメカニズムを明きらかにした.

 さらに,従来の実験による研究では,空気を対称にしたものが殆どであり,不安定密度成層下においてプラントル数が運動量・熱輸送機構にどの様な影響を及ぼすかについて検討した論文は見あたらない.そこで,本論文では,プラントル数についてもこれを幅広く変化させた数値シミュレーションを行った.

2.計算手法

 対象とした流れ場は,図1に示すように2次元平行平板チャネル乱流であり,x方向に一定の圧力勾配dp/dxを与えて流れを駆動する.さらに,両壁面間に温度差T=(Tb-Tt)を与えるとともに,壁垂直方向に重力加速度を加える.この時,温度変化により生じる密度変化と重力加速度とのカップリングにより流れ場を不安定とする方向に浮力が生じる.

 計算領域は,チャネル半幅をとして,流れ方向x,壁垂直方向y,スパン方向zの各方向に5×2×2である.境界条件は,x,z方向にそれぞれ周期境界条件を,両壁面に対しては,ノンスリップ境界条件を課す.

 数値的に解いた方程式系は,プジネスク近似を仮定したナビエ・ストークス方程式,非圧縮の連続の式およびエネルギー方程式である.また,物理量は,チャネル半幅,摩擦速度ur,壁面温度差Tで無次元化した.方程式を数値的に解くにあたって,空間的な離散化手法としては,x方向およびz方向にFourier-spectral法を,y方向にChebyshev-tau法を用いた.非線形項の計算に擬スペクトルを用いた為に生じるエイリアス誤差を3/2則により除去した,時間積分には,拡散項および浮力項にクランク・ニコルソン法を,対流項にアダムス・バッシュフォース法を用いた.

 本報では,まず熱流体場の浮力に対する全般的傾向を評価するために,スペクトルモード数はx,y,zの各方向に各々64×49×64とした比較的低解像度のDNS(Case 1-5)を試行した.レイノルズ数は,Rer=150で,プラントル数は空気を仮定し,Pr=0.71とした.グラスホフ数は,Gr=0,4×105,9×105,1.3×106,4.8×106である.さらに,剪断に対する浮力の効果がより顕著に現れたGr=1.3×106の場合についてさらに詳細な検討を行うため,格子点数を各方向に128×98×128とした高解像度のDNS(Case 4H)も行った.また,Gr=4.0×105,1.3×106については,プラントル数を0.01,0.1,2.0と変化させた計算も行った.

表1:各ケースの計算条件
3.計算結果

 図2,3にCase 4Hにおけるy-z断面でのv-wのベクトル線図,u+の分布をそれぞれ示す.局所的に壁面からサーマルプルームが生じ,流れ方向速度変動u+を輸送している.即ち,サーマルプルームにより壁面近傍の低速流体はチャネル中央部に輸送され,チャネル中央部の高速流体は対向壁に輸送されている様子がわかる.一方,サーマルプルームが生じる壁の対向壁では,壁に添って流れるスパン方向の運動が生じ,対向壁に輸送された高速流体は,スパン方向の流れにより壁に沿って広がっている.スパン方向に誘起される二次流れによって元来の縦渦構造はサーマルプルームが発生する領域に集積される様子も示されている.サーマルプルームおよび縦渦構造を中心とした準秩序構造は,流れ方向に直線的に整列化する.さらに,グラスホフ数を増大させた場合には,サーマルプルームに誘起された2次元的な渦ロールが生じ,縦渦構造は見られなくなる.

 これらの構造変化に伴う基礎的な乱流統計量の変化も,定量的に確認されている.図4に,各方向速度成分のy+=20でのスパン方向エネルギースペクトルを示す.Gr=0.0,4.0×105とGr=9.0×105,1.3×106とを比較した場合,いずれの速度成分のスペクトルとも,低波数領域で増大している.これに対して.kz=5〜10の中波数の領域では,いずれの速度成分も減少している.低波数の乱れの増大は,浮力によりラージスケールの対流が生じたことが原因である.kz=5〜10の中波数の乱れは,波長z+が100から200の変動に対応するが,これは,壁面剪断乱流に固有な低速ストリークのスパン方向間隔にほぼ相当し,縦渦構造を中心とした準秩序構造が浮力の作用により減衰していることを示している.

図表図1:検討対象とした流れ場および座標系 / 図2:y-z断面における(,)のベクトル線図(領域;2×2) / 図3:y-z断面におけるu+の分布(領域;2×2,black to white;u+=-2 to 2) / 図4:y+=20での各方向速度のスパン方向エネルギースペクトル

 また,サーマルプルームの発生により,壁面近傍とチャネル中央部との間で運動量および熱の輸送が活発化する一方で,縦渦構造の減衰により,壁面近傍では運動量および熱の輸送は局所的に減少するという特異な状況が明らかにされている.

 さらに,本論文においては,Gr=4.0×105,1.3×106の場合についてプラントル数を0.01から2.0まで変化させた数値シミュレーションを行った.高プラントル数から低プラントル数に向かってプラントル数を減少させていく場合,熱伝導により壁面から流体に供給される熱流束が増大し,それが浮力を通して乱れエネルギーを増加させる.しかしながら,さらにプラントル数を減少させると,チャネル全体を通して全熱流束のうち熱伝導による熱輸送が支配的になり,浮力の影響は小さくなる.このため,乱れエネルギーは減少に転ずる.サーマルプルームが発生するGr=1.3×106の場合には,乱流場はプラントル数の変化に強く依存するものの,サーマルプルームが確認されないGr=4.0×105の場合には,プラントル数の変化による乱れの増減は強くは生じないことが示された.

 さらに,本論文では不安定密度成層下において浮力が縦渦構造に対して及ぼす影響についても検討を加えた.即ち,イジェクション,スイープに貢献する温度乱れと,インターラクションに貢献する温度乱れが,それぞれアクティブスカラーとして縦渦構造に及ぼす影響の違いを検討するため,2種類の計算をおこなった.一つは,++が正値となりイジェクションおよびスイープに貢献する場合にのみ,温度変動をアクティブスカラーとして扱った.これに対して,別の計算では,u++が負の場合にのみ,温度変動をアクティブスカラーとして扱う.この結果,イジェクション,スイープに作用する浮力は,縦渦構造を強化する働きがあるが,この作用だけでは,サーマルプルームは発生しないことがわかった.これに対して,インターラクションに作用するものは,縦渦構造を消滅させる働きがあることが示された.

審査要旨

 本論文は,「不安定密度成層下にある壁面剪断乱流の構造に関する研究」と題し,4章より成っている。工学的な機器や自然現象に関わる熱流動においては,密度変化や物質濃度分布の存在によって流体が浮力を受けることが多く,流れの構造が大きく変化し,さらに熱や物質の輸送機構も影響を受けることになる。このような浮力効果はさらに熱・物質輸送の変化を通じて流れ場に作用するので,全体として複合的な問題を生じる。一般に流れ場は乱流状態にあることが多いから,さらに取り扱いは困難になる。このような浮力乱流は古くから研究対象として取り上げられてきたが,実験計測による観察には限界があり,乱流の有する特有な秩序構造との関連などについての知見は少ない。近年の計算機の発展と共に,熱流動の支配方程式を数値的に忠実に解いて再現する直接数値シミュレーション手法が可能になった。そこで,本論文ではこのような数値実験方法を応用して,特に不安定成層下にある壁乱流についての基礎的研究を行っている。

 第1章は序論であり,従来の関連研究を概観し,本研究の目的を述べている。流体密度が重力方向に減少する不安定密度成層流では,剪断の効果に浮力の不安定効果が重畳する。一般に,壁面剪断乱流では流れ方向に軸をもつ縦渦構造が存在し,一方強い不安定密度成層流では壁面近傍がらサーマルプルームが非定常に発生することが知られているが,サーマルプルームがどの様な力学機構から発生するのか,あるいは準秩序構造がサーマルプルームによりどの様な影響を受けるかといった基本的な問題については,不明な点が数多く残されていることが述べられている。そして,そのような背景から,本論文では,不安定密度成層下チャネル内乱流の直接数値シミュレーションを行い,浮力を系統的に増大させ,乱流場の主要な構造が縦渦構造を中心とした準秩序構造から,サーマルプルームを中心にした構造に変化する機構を明らかにすることを主目的とし,さらにプラントル数の効果についても注目したことが述べられている。

 第2章では,直接数値シミュレーションの計算手法の詳細が述べられている。対象とした流れ場は,水平平行平板間のチャネル乱流であり,下壁が高温に,上壁が低温に保たれる。基礎方程式系に対してブジネスク近似を施し,数値計算手法としてはスペクトル法が用いられる。本論文では,グラスホフ数をゼロから4.8×106まで,プラントル数を0.01から2.0まで変化させたこと,浮力効果の全般的傾向を評価するために,スペクトルモード数を減じた比較的低解像度のシミュレーションを行い,さらに浮力効果がより顕著に現れたグラスホフ数条件について高解像度のシミュレーションを行ったことが説明されている。

 第3章では,各条件下でのシミュレーション結果の比較検討が行われている。サーマルプルームにより壁面近傍の低速流体はチャネル中央部に輸送され,チャネル中央部の高速流体は対向壁に輸送され,その対向壁上では壁に添ってスパン方向の運動が生じることが示されている。そして,このスパン方向に誘起される二次流れによって元来の縦渦構造はサーマルプルームが発生する領域に集積される様子も示されている。また,サーマルプルームおよび縦渦構造を中心とした準秩序構造は,流れ方向に直線的に整列化し,グラスホフ数を増大させた場合には,サーマルプルームに誘起された2次元的な渦ロールが生じ,縦渦構造は見られなくなることが示される。これらの構造変化に伴うエネルギースペクトルの変化として,ラージスケールの対流に寄与する低波数成分の増加,縦渦構造に寄与する中波数成分の減少も指摘されている。また,プラントル数を減少させていく場合,浮力の影響が最も顕著になる条件が存在するという特異な現象が明らかにされている。さらに,縦渦構造に伴うイジェクション,スイープ運動に貢献する温度乱れと,インターラクションに貢献する温度乱れが,それぞれアクティブスカラーとして独立に作用する仮想的な条件でシミュレーションを行い,イジェクション,スイープに作用する浮力は,縦渦構造を強化する働きが,インターラクションに作用するものは,縦渦構造を消滅させる働きがあることが示されている。

 第4章は,結論であり,本論文で得られた成果をまとめている。

 以上要するに,本論文は,工学上あるいは自然界において重要な壁面剪断乱流が流体力学的に不安定な浮力効果によってどのような構造的変化を示すかを,グラスホフ数やプラントル数を系統的に変化させた直接数値シミュレーションによって,明らかにした。特に,壁面剪断乱流において,特有な縦渦構造がサーマルプルームへと非線形な変化を生起することを初めて明らかにしている。従って,本論文は熱流体工学及び乱流工学の上で寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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