学位論文要旨



No 111103
著者(漢字) 新野,俊樹
著者(英字)
著者(カナ) ニイノ,トシキ
標題(和) 交流駆動両電極形静電モータの開発
標題(洋)
報告番号 111103
報告番号 甲11103
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3347号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 高野,政晴
 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 助教授 黒澤,実
 東京大学 助教授 川勝,英樹
内容要旨

 機械を駆動するためのモータやエンジンなどの動力源を総称してアクチュエータと呼ぶ.現在,工作機械,ロボット,OA機器などのいわゆるメカトロニクス機器は,そのほとんどがローレンツ力を利用する電磁形のモータをアクチュエータとして採用している.近年,磁性体技術や加工技術の進歩により,電磁形のモータの進歩にはめざましいものがあるが,今なお,(a)単位重量あたりの出力及び発生力が小さい.(b)コイルの3次元的な構造のため小型化が困難である(c)熱の発生が大きく,工作機械などの超高精度の機器の駆動に適さない.(d)エネルギ変換効率が低く,電池駆動のポータブル機の動力源として不適当である.等々の多くの問題を残している.これまでに,これらの問題を解決すべく超音波モータや高分子ゲルを用いたものなど多くの新原理アクチュエータが研究されてきたが,電磁モータを上回るような性能のモータは少ない.本研究は従来の電磁モータに置き換わりうる,軽量高出力かつ高効率な静電モータの開発を目的とし,交流駆動両電極形静電モータの開発を行った.

 静電力と磁気力を面積当たりの力で比べると,静電力の方がが弱い.しかしながら,推力を発生するのに必要な体積を比べると静電力の方がはるかに小さい.そこで,図1のようなシート状の静電モータを開発し,積層することによって大きな推力を得ることにした.

図1 高出力静電アクチュエータ.静電アクチュエータは,大電流を必要としないので薄型化が容易である(a)).それらのアクチュエータを積層することにより出力を増大するできる(b)).

 シート状のモータとして,図2に示されるような,移動子・固定子に3相の電極構造を有するモータを発案した.試作したシート状のモータは(図3),重量7gで,出力1.6Wを発生し,単位重量あたりの出力は230W/kgになった.この値は現在商業的に入手可能な最も強いモータに匹敵するものであり,生体筋とも同等のものである.また,総出力の面でも,シート状のモータを50層積層し,自重3.6kg推力32kgfの軽量・大出力の積層モータを開発した(図4).

図2 駆動原理.それぞれの3相電極に3相交流電圧を印加すると2つの進行電場が生じ,それらの間に生じる静電力がモータを駆動する.

 さらに,交流駆動両電極形モータは磁気のモータに比べて,必要とする電流が少ないため銅損が小さいという特徴がある.また,磁気のモータでは鉄損によるエネルギロスが大きいが,鉄損に相当する誘電損は,比較的小さいことが実験的に確認された.実験によって交流駆動両電極形モータのエネルギ効率は70%であることが確認された.

 モータの形状と材料に関する数値的な解析を行い,最適形状をとることにより,理論的には470kW/kgの高出力を発生できるという可能性を示した.機械的な損失による熱の発生を伴うので,この値は実用的な値ではないが,放熱や駆動に用いる半導体素子,ケースへの実装などのすべての条件を考慮しても,モータを収納するための箱などを含めて重量400g,出力1kWのモータが容易に製作することが可能であることを示した.このモータの重量当たり出力は,2.5kW/kgとなり,この値は現在商業的に入手可能な最高のモータの重量当たり出力の10倍の性能である.

 本研究では,直動のモータのみならず,電極を放射状に配置したディスク形のモータも製作した.このモータは重量が0.26gで,出力36mWを発生した.

 また,静電モータの駆動装置として,電流形3相インバータも試作した.

図表図3 静電モータ.静電モータはプリント基板技術を用いて大量に製造することができる. / 図4 10kgの米袋を引き上げる積層静電モータ.50層の静電モータから構成されるこのモータは最大32kgfの推力を発生することができる / 図5 50層モータの駆動力と印加電圧の関係.静電モータの駆動力は原理的に印加電圧の2乗に比例するので,電極間耐圧の向上が駆動力向上のためのもっとも簡単な方法である.
審査要旨

 本論文は「交流駆動両電極形静電モータの開発」と題し,各種機械の駆動が可能な画期的な強力静電モータの開発に成功した研究成果と,一連の研究で得た工学的知見を纏めたものである.

 本文は以下に示す13章で構成されている.

 序章では,研究の動機と目的を述べている.機械の駆動部の小型軽量化や,機械の運動制御の高性能化には,軽量大出力のアクチュエータの開発が不可欠であること論じ,現在までに存在する入手可能なアクチュエータの性能を調査しそれらの特性を比較している.そして現在,最も広く利用されている電磁形モータでは性能向上の限界が見えてきており,これを打開するために軽量高出力化が期待できる静電モータに着目し,効率が良く実際の機械の駆動への利用が可能な新しいアクチュエータを開発することを本論文の研究目的とすることを述べている.

 第1章「集合静電モータ」では,従来,電磁モータに較べて力が極めて小さいとされていた静電モータを見直し,筋肉に匹敵する力密度を有するモータを実現する基本的な考えを示した.つまり,微細構造で顕著となる静電力を極めて多数集積化することによってモータを形成することである.そして,これを実現するために,移動子と固定子の構造は,力発生の有効面積を多くとれ,かつ,積層化が容易となるフィルム状とすることが述べられている.

 第2章「パルス駆動誘導電荷形モータとパルス駆動両電極形モータ」では,本論文の主題となる交流駆動両電極形静電モータの研究の意義を明確にするため,論文提出者の所属する研究室において,論文提出者らが開発してきた他の方式の静電モータに関する研究成果の概要を纏めている.具体的には,固定子のみに電極を有するパルス駆動誘導電荷形モータと,移動子,固定子にそれぞれ3相,4相の電極を形成したパルス駆動両電極形モータについて説明し,それらの利点と欠点を論じている.

 第3章「交流駆動両電極形静電モータ」では,第2章で述べた形式の静電モータの性能を向上させ、高出力化を可能とする新しい方式の静電モータの提案を行っている.その方法とは,移動子,固定子にそれぞれ進行する電界を形成しすれば,それらの進行の速度の差に同期して相対運動を生じさせることができるという発見に基づいている.この考案によると,駆動電圧を3相交流波形とすることができ,移動子と固定子とも3相電極を有する同一ものを使用できる,滑らかな運動が得られる,エネルギーの回生を可能とする駆動電源の実現が容易になる,力・トルク制御が行い易い等の利点が期待できる.

 第4章「交流駆動両電極形静電モータの静特性」では,提案した交流駆動両電極形静電モータの主として静的な諸特性について論じている.先ず,解析的手法に基づき,モータの推力を概算する方法を導き,ついで,表面電荷法による数値計算により電界および推力を評価する方法を確率した.また,変形を小さくするように配慮した精密な静特性計測装置を製作し,推力,吸引力等と印加電圧との関係を実測し,数値計算の結果と比較し,良い一致を得ている.更に,推力は,電極間の電気容量の推力方向の微分値によって印加電圧と関係付けることができることから,容量の測定に基づく推力の計算値と実測値の比較を行っている.これらにより,静的推力の解析法を確立した.

 第5章「交流駆動両電極形静電モータの設計方法」では,表面電荷法に基づき,モータの種々のパラメータの推力等に及ぼす影響を,詳細かつ系統的に調べ,交流駆動両電極形静電モータの設計に役立つ多くの知見を得,設計指針を明らかにしている.そして,現在の材料および加工技術で実現が可能と考えられるモータの設計を行っている.

 第6章「交流駆動両電極形静電モータの動特性」では,動的な特性について論じている.先ず,解析的手法により,移動子が運動している時の推力等の動的な特性を支配する変数を求める方法を明らかにした.ついで,試作したモータを用いて,実験結果との比較を行い,解析法と計測法の問題点を明かにしている.

 第7章「交流駆動両電極形静電モータのエネルギ効率」では,静電モータの利点として最も期待されているエネルギー効率の良さを論じ,その実現のために解決すべき問題点を明らかにしている.交流駆動両電極形静電モータでは,皮相電力に対する機械的出力パワーが小さい等の特徴が有ることと,エネルギー回生の重要性を述べている.

 第8章「交流駆動両電極形静電モータの製造法」では,提案した静電モータを実現し,製品化するために不可欠な,モータの製作法について論じている.エッチング技術によるフレキシブ回路形成技術を発展させた方法,大量生産に適する印刷技術による方法,試作が容易で円筒状のリニアモータの製作に適した巻線技術による方法を提案し,実際に多数の試作を行い性能の評価を行っている.そして,電極の機械的精度や高電圧に対する絶縁性と維持するための具体的な工夫等,工業化に役立つ多くの知見を得ている.

 第9章「積層交流駆動両電極形静電モータ」では,大出力化の手法として提案した積層化の有効性を示すために50層を積層した交流駆動両電極形静電モータの試作を行っている.これにより,単行本程度の大きさのもので,30kgの重りを持ち上げることのできる強力な静電モータの実現に成功している.また,積層化をするための具体的な方法について問題点とその解決法を明らかにしている.

 第10章「ディスク形交流駆動両電極形静電モータ」では,前章まで論じたモータの形態は基本的には総てリニアモータであったが,ここでは,回転形で交流駆動両電極形静電モータを実現するための方法について論じ,実際に試作している.そして,4000rpmの回転を得ており,回転形としても同様に優れた特性を得ることができることを明らかにしてる.

 第11章「インバー回路」では,交流駆動両電極形静電モータのエネルギーの損失の多くが駆動回路部で生じていることから,回生を可能とし,速度制御,推力制御が可能なインパータ回路をどのように実現するかを論じている.

 第12章「結論」では,論文を総括するとともに,今後,解決すべき具体的な技術課題と静電アクチュエータの将来展望を述べている.

 このように,構造体として表面積を大きくできるフィルムを用い,フイルムに微細ピッチ電極を形成した移動子と固定子に3相交流電圧を印加して駆動する形式の静電アクチュエータの実現に成功している.これは,従来,力が弱くて,アクチュエータとしての実用化が不可能であると固く信じられていた静電アクチュエータの常識を完全に打破し,静電アクチュエータが他の電磁アクチュエータを凌駕する力とパワーを発生できることを,示したものとして極めて意義の大きいものである.本論文の研究で明らかにされた知見と種々の新技術は,精密機械工学,メカトロニクス,静電気工学等の学問の発展に大きく貢献するとともに,機械の薄形化,軽量化,低発熱化を実現できる強力アクチュエータとして工業的利用の期待が極めて大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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