学位論文要旨



No 111104
著者(漢字) 山口,博明
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,ヒロアキ
標題(和) 移動ロボット群における自律分散制御法の構築
標題(洋)
報告番号 111104
報告番号 甲11104
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3348号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 教授 有本,卓
 東京大学 教授 三浦,宏文
 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 助教授 田浦,俊春
内容要旨

 生物界においては,複数の個体が群れて行動することで,一つの個体では,実現できない機能を発揮することが良く観察されている.例えば,マグロの群れは,紡錘型の形態を持つ群れを形成することで,獲物の捕獲率を向上させている.本研究においては,これら生物界における群れが発揮する機能を,複数台の移動ロボットを通して工学的に実現することを目的としている.

 さて,生物界における群れは,「分散」して存在する個々の個体が,自己の回りに存在する他の個体の行動に基づいて,つまり,「局所的な状況」に基づいて,「自律的」に,それ自身の行動を決定しているにも拘らず,「大域的な範囲」の群れにおいて機能の発現を達成する,自律分散システムであると考えられる.このように,個々の個体が,他から何ら管理されることなく自律的に振る舞うにも拘らず,群れとして機能を達成できるのは,「大域的な群れの行動」に必要な「局所的な個体の行動」が実践されているからであると考えられる.これを受けて,生物界における群れの機能を工学的に実現するにあたり,以下の二つの問題を提起することができる.

 ・個体の行動から,実現される群れの行動を予測する問題

 ・ある群れの行動を実現するために必要な個体の行動を求める問題

 この二つの問題は,「個体の行動」から「群れの行動」への写像とその逆の写像を扱うものであり,工学的なシステムにより群行動を実現する際の基本的な問題であると考えられる.

 本論文では,上記の問題提起を基に,「個体の行動」と「群れの形態」との関係付けを与える枠組みとして,「線形自律系」を提案した.ここで,群れの形態を扱うのは,複数の個体が何らかのフォーメーションを組んで行動することを一つの機能として利用できるからである.この線形自律系においては,個々の個体が局所的な範囲の状況に基づいて,自己の行動を決定するにも拘らず,群れ全体の大域的な範囲に「群形態の可制御性」を与えることができる.ここでいう可制御性とは,個々の個体に与えた「形態パラメータ」を操作することで,如何成る群形態も生成できることを意味している.この可制御性により,個々の個体が,動作環境から取り入れる「刺激」を基にして,自己の形態パラメータを操作することで,群れの形態を自律分散的に変化させることが可能になる.図1に線形自律系における群形態の可制御性を利用した例を示す.

 図1は,8台の移動ロボットから構成される群により,座標(18.0,0.0)に静止している移動ロボットを取り囲み,捕獲する様子を表している.この図1における移動ロボット間の線は,互いに相対距離を測り合っていることを意味しており,物理的な相互作用が存在するわけではない.この捕獲動作は,移動ロボットの台数に拘らず達成されるものである.ここに示した図1の捕獲動作では,一つの捕獲目標が,群形態の変化,すなわち,群れが目標を取り囲む動作の「刺激」となっている.

図1 手つなぎ鬼ゲーム

 また,本論文では,この線形自律系を用いて,複数の刺激に応じて群れの形態を変化させる手法を提案している.この例を図2に示す.図2においては,環境内に設置されたマーカが「刺激」の役割を果たしており,このマーカを発見した移動ロボットのみが,自己の形態パラメータを調整することで,そのマーカに到達し,群れの形態の変化が達成されている.特に,群れの形態を決定する「形態パラメータ」は,個々の移動ロボットにより,独自に決定されるものであり,群れ全体を統轄する管理機構は存在していない.この場合,生成される群れの形態は,群形態の可制御性に基づいて得られる形態そのものである.

図2 マーカによる群形態の自律分散型適応(a→b)

 さらに,本論文では,線形自律系の「線形」の枠組みを離れ,「非線形」とした場合のシステムの安定解析手法を提案し,これに基づいて,非線形系特有の性質を見出している.今後,本論文で提案した線形自律系を基に,移動ロボット群の自律分散制御法の体系化を目指す.

審査要旨

 工学修士山口博明提出の本論文は「移動ロボット群における自律分散制御法の構築」と題し全12章よりなる.以下に,本論文の審査結果の概要を示す.

 生物界においては,複数の個体が群れて行動することで,一つの個体では実現できない機能を発揮することが良く観察されている.例えば,マグロは,紡錘型の形態を持つ群れを形成することで,獲物の捕獲率を向上させている.本論文は,これら生物界における群れが発揮する機能を,複数台の移動ロボットを通して工学的に実現することを想定している.

 第1章において,本論文は,自律的に行動する個体から構成される生物界の群れを,「自律分散システム」と見なした.また,この群れが機能を発揮できるのは,群れの行動の発現に必要な個々の個体の行動が実践されているからであると考え,生物界における群れの機能を工学的に実現するにあたり,以下の二つの問題を提起した.

 ・個体の行動から,実現される群れの行動を予測する問題

 ・ある群れの行動を実現するために必要な個体の行動を求める問題

 この二つの問題が,「個体の行動」から「群れの行動」への写像とその逆の写像を扱うものであり,複数の移動ロボットにより群行動を工学的に実現する際に,基本となる問題であることを示した.また,これを受けて,本論文は,「個体の行動」と「群れの形態」との関係付けを与える枠組みの提案をその研究の目的として定めた.

 第2章において,従来の群行動の解析,あるいは,従来の複数移動ロボットの制御において,「個体の行動」と「群れの行動」との関係付けが明確に与えられていないことを明らかにし,この点で,本論文の立場が他の研究に比べて独創的であることを示した.

 第3,4章では,先ず,「互いに影響を及ぼし合う個体の集まり」を群と定義した.また,このように定義した群が,生物界における群行動,ならびに,複数の移動ロボットの行動を記述できることを示した.また,群行動を実現するために必要な個体間の協調動作を秩序と呼び,この秩序を,ここに与えた群の定義の枠内で表現できることを示した.

 第5,6章では,群行動の実現に必要な秩序の生成方法に,ポテンシャルを有する自律系を導入することの必然性を示した.特に,自律系を導入することで,群れの行動を実現しても,群れ全体に一つの自由度を残すことができ,さらに,自律系にポテンシャルを持たせることで,ポテンシャルのローカルミニマムとして群れの行動を表現でき,これだけ,実現される群れの行動を見通し良いものとした.

 第7章では,個々の移動ロボットの行動規範として,線形自律系を提案した.また,この線形自律系を用いることで,個々の移動ロボットが自律的に行動している状況において,群全体に秩序の可制御性が与えられることを示した.さらに,この秩序の可制御性により,動作環境に応じた群行動の変化が可能であることを示した.さらに,数学的には,ゲルシゴーリンの定理,ペロン・フロベニウスの定理を基に,線形自律系における群行動の安定性を全て解析できることを示した.

 第8,9,10章では,線形自律系が群形態の制御に利用できることを示し,群形態の可制御性を与えた.また,手つなぎ鬼ゲームと題するシミュレーションを通して,この群形態の可制御性により,群れの動作環境に応じた形態の変形が可能であることを示した.

 第11章では,線形自律系の「線形」の枠組みから離れ,「非線形」とした場合における安定性解析手法を提案した.この解析手法により,群を構成する個体数に応じて,安定,不安定が切り替わる現象を解析し明らかにした.

 第12章では,本論文が,個体の行動と群れの形態との関係付けを与える枠組みとして線形自律系を提案したこと,この枠組みを利用して,群形態を動作環境に応じて自律分散的に変化させる方法を提案したこと,また,線形の枠組みから離れた非線形自律系における安定性解析手法を提案したことを示した.

 以上を要するに,本論文は,移動ロボット群の制御を想定する際に必要な基本概念を与えるものであり,極めて高い独創性を有すると共に,十分な有用性を備えていると言えることから,精密機械工学のみならず工学全体の発展に寄与するところが大である.

 よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

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