学位論文要旨



No 111105
著者(漢字) 程,瑜暉
著者(英字) CHENG,Yuhui
著者(カナ) テイ,ユキ
標題(和) ダイナミックモデルに基づくセンシングビヘイビアの生成
標題(洋)
報告番号 111105
報告番号 甲11105
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3349号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大園,成夫
 東京大学 助教授 合原,一幸
 東京大学 助教授 石川,正俊
 東京大学 助教授 高増,潔
 東京大学 助教授 佐々木,健
内容要旨

 本論文は、生物の知覚メカニズムの特徴を参考にして、柔軟な計測システムを構成することを目的とする。このため、センシングビヘイビアの概念及びと観測対象についての表現空間の概念を提案し、これらの相互関係を解析し、それに基づいてセンシングビヘイビアを生成するダイナミックモデルを提案している。

 従来の計測システムは:

 1.計測内容、計測シーケンスはトップダウン的に決まる。

 2.計測範囲、精度などに関するパラメータは計測システムの設計段階で決まる。

 などの特性がある。つまり、状況に適応したセンシングストラテジが存在せず、動的な環境に対応できない。

 一方、生物の知覚は:

 1.環境条件に応じて、感覚から捉えられる情報の内容、情報の捉える順序などが自律的に選択される。

 2.必要とされる感覚情報の範囲、精度などが能動的に調整される。

 3.エネルギーを節約するメカニズムにより、柔軟性と効率性のバランスの取れた知覚表現を構成する。

 などの特性がある。こうした特性から、生物の感覚は幅広く変化する環境に対しても状況に基づいてうまく対応できる。また、馴染みになっている環境では感覚により簡潔な検証を行って、次第に効率的な行動に定着する。

 センサフュージョンを、協調的なセンシングにより作られた冗長性のある情報表現空間を与える方法と見ると、それには二つの側面が考えられる。第1は、冗長性のプラス面を利用すれば、センシングしたデータのフュージョンによって、計測の精度や頑健性を向上させることができること、第2は、冗長性のマイナス面を避けるため、計測した情報を手がかりとして、知識によりセンシングストラテジを生成できることである。

 本論文ではまず、冗長性の両面を考えてセンシングビヘイビアと調和的な表現の概念を提案している。これらにより、自動化システムが知能化、高度化するとき、柔軟性や頑健性を保持した高質少量の情報を抽出することを可能にする。この性質は、自動化における性能を向上するために極めて重要である。

 次に本論文では、生体系の効率的な計測システム(知覚の形成システム)を参考にし、センシングビヘイビアを生成するメカニズムを提案している。生体系では高質少量の情報のみを効率的に検出している。こうした知覚についての生理学、認知心理学の解析結果や仮定されているモデルを概観して、工学的な情報処理の立場で情報のダイナミックな流れを考察した。さらに、構造化されていないデータの処理に適切なメカニズムをセンサの直後につけて、初期的なフィードバックループを構成し、低レベルのセンシングビヘイビアを生成する構造を解析した。

 詳しく述べると、柔軟かつ自律的な適応性をもつセンシングビヘイビアを生成するメカニズムを工学システムとして実現するため、センシング、情報の活性化状況、構造化情報の相互関係についてモデル化を行った。センシングビヘイビアは情報の活性化マップから生成する。情報の活性化マップは環境から得られるミクロ的情報の協調作用(ボトムアップ作用)と、経歴により生成され、構造化したマクロ的情報の調整作用(トップダウン作用)に従って変化していく。本論文では、両方の作用を分離してダイナミックモデルで記述している。

 協調作用については、センシングビヘイビアを構成する各センシング要素(ミクロ)が互いに競合しながら成長していく過程がロジスティック方程式の安定状態を表すモデルとして描かれている。このモデルを用いて、各センシング要素dをが互いに協調させることによりセンシングビヘイビア全体の適応性を創り出すことができる。また、調整作用については、センシングビヘイビアのマクロ状態についての構造化された情報を想起しながら、ある安定な行為に落ち着いていく過程を情報理論とDEDS(discrete event dynamic system)理論に基づいて力学的に描いている。

 提案した協調メカニズムに基づいてセンシングビヘイビア生成ができることを実証するために、以下の二つの状況についてシミュレーションを行っている。

 一つは、行動のためのセンシングビヘイビアを考察するためのシミュレーションである。移動ロボットが安全に走行するために、各方向に必要なセンシング頻度について考える。提案したメカニズムを用いて、異なる環境、走行速度に応じて適応的なセンシング頻度分布が自律的に生成され、不変な環境では頻度分布は安定することが示された。このような動的な発見方法により、環境に対する頑健性と効率性の間に存在するをトーレドオフを考慮したセンシングが実現されると考えられる。

 もう一つは、認識のためのセンシングビヘイビアを考察するためのシミュレーションである。8×13の格子で構成した英字アルファベット像を識別するためのセンシングシーケンスの生成過程を考察する。提案したメカニズムを応用することにより、目的に対する効率的な測定方法を明示的に記述しておかなくても、環境評価に基づいて動的に測定方法を発見し、環境に適応できる方法で測定が実行されることを示している。

 協調メカニズムの解析およびシミュレーションの結果により、ロジスティックモデルを用いてセンシングビヘイビアを自律的に生成するシステムを構築することが可能と考えられる。個体の協調から全体の適切な安定状態を作り出す原理をセンシングビヘイビアの生成に応用することで、よい結果が得られた。メカニズムは明確、かつ単純な目的及びビヘイビアを創り出す進化(発展)方法から構成され、利用する情報は構造化されていないので、低レベルの自律メカニズムと考えられる。

 さらに、提案した能動的認織のダイナミックプロセスを用いてセンシングビヘイビアが合理化できることを実証するために、対象の認識のための情報表現空間とセンシングビヘイビアについてシミュレーションを行った。

 自律協調により生成された表現およびセンジングシーケンスは知識として保持される。その場合、客観的な要因と主観的な要因がセンシング方法に影響を与えることについて解析している。また、環境が変化するとき、主観的な経験を保持したまま解決すると、効率が悪くなる可能性がある。その問題については、DEDS方法を用いて断続的に形成された表象とセンシングシーケンスの整理によって、解決することができる。

 能動的ダイナミックプロセスにより自律的に生成された適応的なセンシングシーケンスは認識対象が増加とともに長くなり、効率が悪くなる可能性がある。ここで、対象個数がm=2n(n:正整数)で、かつシーケンスがnより大きい場合、DEDS法で探索することにより、より合理的な方法を発見できる。この方法により、センシングビヘイビアは環境に適応しながら、合理的な性質を持ち続けることができる。また、下位のイメージ情報の変化に基づき、段階的に上位のシンボリック情報に影響を与えることが可能になると考えられる。

 まとめると、本論文では知的センシングビヘイビアおよび生成するメカニズムを提案し、以下のような特徴があることをシミュレーションにより実証している:

 1.冗長なセンシングによって、未知環境で適応的なセンシング手順を自律的に発見することができる。

 2.安定な環境に対して、センシング手順を安定になることができる。

 これらの性質により、提案している方法はセンシング過程では柔軟性と効率性の両面を考慮し、動的環境と静的環境に適応したセンシングをすることが可能になる。

 今後の展望として、理論と応用の両面について考える。

 理論面では以下のことを解明することを期待している。

 DEDS方法は動的な環境で断続的に探索することができる方法であり、この方法を使用している過程では、個体のカオス的な振舞がある条件で現れるという現象がある。その現象は協調メカニズムでもある条件で示される。この共通性により、一般的なメカニズムの存在が予想される。OGY法はこの共通性を持つ解析方法であり、この一般的なメカニズムを構築するために応用されると考えられる。

 カオスにおけるアトラクタの一般的な表現は幾つかの準周期的な軌道の集合からなる。各軌道集合の間に連結部分が存在しており、いずれの軌道集合でも単純な一本の軌道ではなく、数多くの形状の似た軌道を含んでいる。想定する安定点があれば、(OGY法で)力を施してこの点を含む周期軌道を求められる。ここで個々の安定点を認識対象の特徴と対応させれば、この現象は生物のセンシングにおける連想機能に相当する。この仕組みは適切な知識表象、創造的な学習などの曖昧で定義されていない事象と繋がっているが、本論文では簡単なイメージ段階で、知覚循環の手がかりを用いて相似なものをセンシングしながら想起することを試みた。しかしながら、生体系の持つ優れたカオス状態から素早くセンシングされた対象の表現像を取り上げる機能を再現するには一層の研究が必要である。

 応用の面では、シミュレーションに基づいて実用的なセンシングビヘイビアを生成することが期待される。局所的な柔軟性は頑健、かつ効率的なセンシングを生成するための必要条件であり、また柔軟なセンシング法は能動性を向上するには不可欠の条件と考えられ、ロボットや自動機械に応用できる可能性が大きいと考えられる。

審査要旨

 本論文は、「ダイナミックモデルに基づくセンシングビヘイビアの生成」と題し、生物の知覚メカニズムの特性を参考にして、柔軟な計測システムを構成することを目的にしている。論文では、計測対象の情報表現空間の概念及びセンシングビヘイビアの概念を提案し、これらの相互関係を解析し、それに基づいてセンシングビヘイビアを生成するダイナミックモデルを提案している。

 第一章の序論では研究の背景、目的と意義、並びに研究の概要について述べている。

 第二章ではまず、冗長性のもつ両面を考慮して、センシングビヘイビアと調和性のある情報表現空間の概念を提案している。次に、生体系の効率的な計測システム(知覚の形成システム)を参考にして、センシングビヘイビアを生成するメカニズムを提案している。

 第三章では協調作用について、センシングビヘイビアを構成する各センシング要素(ミクロ)が互いに競合しながら成長していく過程がロジスティック方程式の安定状態を表すモデルとして描かれている。このモデルを用いて、各センシング要素を互いに協調させることによりセンシングビヘイビア全体の適応性を創り出すことができることを示している。

 提案した協調メカニズムに基づいてセンシングビヘイビアの生成を実証するために、次章以降で二つの例題についてシミュレーションを行っている。

 すなわち、第四章では、例題としてロボットの走行制御問題を取り上げ、提案したメカニズムを用いて、異なる環境、走行速度に応じて適応的なヤンシング頻度分布が自律的に生成され、定常的な環境では頻度分布は安定収束することを示している。このような動的な発見手法により、環境に対する頑健性と効率性の間のトーレドオフを考慮したセンシングが実現されることを示唆している。

 第五章では、認識のためのセンシングビヘイビアを考察するためのシミュレーションの例題として、8*13の格子で構成した英字アルファベット像を識別するためのセンシングシーケンスの生成過程を考察している。提案したメカニズムを応用することにより、目的に対する効率的な測定方法を明示的に記述しておかなくても、環境評価に基づいて動的に測定方法を発見し、環境に適応できる方法で測定が実行されることを示している。

 以上の2章に述べた協調メカニズムの解析およびシミュレーションの結果により、ロジスティックモデルを用いてセンシングビヘイビアを自律的に生成するシステムを構築することの可能性を示唆している。

 第六章では、さらにDEDS(discrete event dynamic system)理論を用いて,対象認識のための情報表現空間とセンシングビヘイビアについて前章のシミュレーションを行ったうえ、DEDSの性質について解析した。ここで、対象の個数mが2"(n:正整数)で、かつシーケンスがnより大きい場合、DEDS法で探索することにより、より合理的な方法を発見できることを示している。

 第七章は結論であり、まず知的センシングビヘイビアおよびそれを生成するメカニズムを提案し、シミュレーションにより実証した結果についてまとめている:

 1.冗長なセンシングを行うことによって、未知環境に適応的なセンシング手順を自律的に発見することができる。

 2.定常性のある環境に対して、センシング手順を安定に求めることができる。

 本論文で提案している方法により、柔軟性と効率性の両面を考慮しつつ、動的環境と静的環境に適応したセンシングが可能となることを述べている。

 以上、本論文は、測定に際してセンシングビヘイビアをどのように生成するかという測定の基本的問題について正面から取り組んだ意欲的な論文ある。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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